ソードアート・オンライン イフ・メモリーズ 作:虚無の魔術師
『ソードアートオンライン』
略称、『SAO』。2022年現在、最も流行しているゲームの名称である。
それは今までの物とは違い、世界初の完全な『フルダイブ型』、『V R M M O RPG』と呼ばれる種類の物なのだ。そのゲームはすぐに世界中で有名になり、予約が殺到し、すぐに売り切れる程であった。
プレイの方法も今までとは違う。『ナーヴギア』と呼ばれる流線型のヘッドギアを顔を覆うように被るだけ、それだけで十分。
複雑な構造からプレイヤーの脳に直接接続する事により、ゲーム内部のアバターの五感を自ら感じ取ることが出来るのだ。
その『ナーヴギア』最初は抽選にて1000人に与えられ、その後同じように一万人の人間が限定的に選ばれ、本格的に『ソードアート』を楽しむことになる。
────筈だった。
『プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ』
17時30分、その言葉と共に地獄が幕を迎えた。『始まりの街』に全プレイヤーは転移させられ、空中に浮かぶローブの人型のホログラムが続けるように言葉を発した。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
このゲームの制作者の名を名乗ったローブは立て続けに告げていった。
───このゲームからの自発的ログアウトは出来ない。もし外部からナーヴギアを外されるような行為が起これば、そのプレイヤーの脳を破壊する。
───唯一ログアウトする方法は、ただ一つ。この世界、『鋼鉄城アインクラッド』全百層を突破すること、それはつまり『ソードアートオンライン』をクリアする事だった。
出来るわけない、そう叫ぶ声があった。無理もない、ベータテストとしてこの世界に現れた千人のプレイヤーがクリアしたのは、たった六層。素人たちがいくら集まろうとクリアなんてまた夢の話だ。
消える直後、ついでと茅場晶彦は全プレイヤーに手鏡を渡し、彼等の姿を現実の姿へと戻した。
まるで、これは現実だと言わんばかりに。
当然、何が起こったか理解できていなかったプレイヤーたちは様々な反応をしてみせた。
泣き崩れ、地面に座り込む者。怒りに染まり、茅場晶彦に出てこい、と叫ぶ者。今だに呆然としている者。
そして現実を理解し、抗おうとする者。街の外へと出ていったプレイヤー、現実には滅多にない白髪の青年もその一人だった。
「──必ずクリアしてやる、誰も死なせずに……っ!」
彼の名は
曰く、現実では良家の跡継ぎでもある優等生。
曰く、心優しい好青年。
曰く、SAOではベータテスターの一人。
曰く、ユニークスキルという特殊なスキルを持つ。
曰く、白いコートに銀の軽装という姿から、後に『白銀の剣聖』と呼ばれる。
曰く、多くのビギナーたちを助けるその姿から英雄などと言われてきたプレイヤー。
確かにそうだったのだ──────それもあの時まで。
英雄は堕ちたのだ。憎悪の化身へと、復讐の獣へと。恐れられた彼は、多くのプレイヤーによって忌み名を与えられた。
─────『ディザスター』、と。
あの日から二年後、『SAO』では多くの変革があった。多くのプレイヤーたちの死闘と例外により、階層が七十四層まで進んだこと。しかし、その被害も少なくはなかった。
四千、二年の間でこの世界から退去したプレイヤーの数。言い方を変えれば、死んだ人間の数。
そして、もう一つの変化。
「クソ!」
「下がれ、エミル!早く回復するんだ!」
悪態をつく重装備の男に、剣士の青年が声をあげる。彼らは複数のプレイヤーで構成されたパーティー、クリアに貢献する『攻略組』とは実力の差が大きいが、彼らも自分たちギルドを設立して活動しているのだ。
そんな彼らが戦うのは─────同じプレイヤーだった。
「──ひゃはははッ!」
「死ね!おら死ねよぉ!?」
相手と同じように複数で行動するプレイヤーの頭に浮かぶアイコンの色は真っ赤に染まっていた。
『レッドプレイヤー』、この世界にて自分の手で人を殺したプレイヤーたちの名称。彼らは普通の街には入れないのだが、様々な方法でプレイヤーたちを殺そうとする。
そして、隙をつかれた彼等もレッドの餌食となる。盾持ちを治療しようとしたヒーラーの少女に、レッドが後ろから攻撃した。
一撃で死ななかった少女は赤くなった自身のHPバーを見て涙ぐむ。目の前に迫る死の感覚に、恐怖が体を縛る。人を殺す感覚を楽しみたいのか、レッドの男は剣を勢いよく振り上げ────
────見つ、けた
洞窟内に反響したような声を二人は聞いた。一人は殺されそうになったヒーラーの少女、もう一人は彼女を殺そうとしたレッドプレイヤーの男。剣を振り下ろそうとした手を止め、怪訝そうに暗闇を見詰めた。
直後、ズガッ!! と響き渡る。何が起こったかというと、レッドプレイヤーの顔面に赤の剣先が貫いていたのだ。
男は、は?という戸惑った声を出し、その身体をポリゴン片として散らす。痛覚すら感じさせるよりも早い、早業であった。
絶句するその空気の中でユラリと赤い剣が動く。その薄い光によって、暗闇の中にいる影がその姿を露にする。
「────『
プレイヤーの一人があげた声に、その場にいたレッドたちの顔が真っ青になる。漆黒の巨体が無言で振り下ろした剣を持ち変えた。
『
モンスターとレッドプレイヤーだけを殺す正体不明の存在。巨体を包み込むような禍々しい漆黒の鎧、光沢のあるそれはズシンと歩み寄ってくる。
手に握られた深紅の大剣は、今まで殺してきたレッドプレイヤーの血を吸った魔剣という噂もある。眉唾物として吐き捨てる者が多いが、目の前にすると本当にそうなのではないかと思ってしまう程の濃い赤色だった。
硬直する彼らを前に、『鮮血殺し』は巨体を揺らしながら近付こうとする。大岩のような体躯にレッドたちですら怯える者もいた。それはそうだろう。なんせプレイヤーを殺すことに快楽を覚える彼等ですら、目の前のそれはあまりにも禍々しかったのだから。
「クッ!落ち着け、野郎はソロだ!全員でやりゃあ──」
リーダー格のレッドはそれ以上口にすることはなかった。剣を持つ方とは反対の手がリーダー格の頭を掴み、大剣を周りに向けて振り回す。
襲い掛かろうとした他のレッドたちも切り裂かれ、また消滅していく。必死に抜け出そうとするリーダー格を近くの壁に何度も叩きつける。
ドシャッ!ドシャッ!ドシャッ!ドシャッ!ドシャッ!
何度か響くその音に、抵抗していた手足もビクビクッ痙攣すると、力なく垂れ下がり動かなくなった。
手の中で消滅を確認し、鎧の怪物は次なる獲物に目を向ける。
「ヒッ!?ま、待ってくれ!」
最後に残ったレッドプレイヤーが短刀を投げ捨て、両手を上げる。降参、という意思を認識しているのか、鎧は歩み寄ってきた。
「分かった何もしねぇ!もう人を傷つけたりも、殺したりもしないから!許してくれよぉ!?」
原始的な恐怖に駆られ、男は必死になって命乞いをする。ガクガクと震えながら土下座をするその姿には、最早同情すら覚えそうになる。
そして、目の前に立つ鎧の足がピタリと止まる。
「ひっ、ひぃぃぃっ!死にたく────え?」
その命乞いに、鎧の行動は簡単だった。
何も声を出さず、大剣を動かそうとする。見逃すのか、とパーティーの者たちは思い、レッドプレイヤーは心から安堵していた。
しかし、違った。
勢いに任せるように剣を振り上げ、問答無用に斬り伏せようとする。口から……へ?と漏らし呆然とする男の顔はそのまま切断されそうになる。
しかし、横から流れるように割り込んだ剣がそれを防ぐ。下から上へとかちあげる一撃に、鎧が僅かに呻き声をあげて引き下がる。
漆黒のロングコートの剣士。髪も黒、剣も黒という黒一色の青年はパーティーの面々に失神したレッドを連れて、去るように促す。彼等も素直に従い、男を拘束して走り出す。
立ち去っていったプレイヤーたちの姿が見えなくなるのを待ち、黒の剣士はようやく口を開いた。
「久しぶりだな……………ルフト」
「キリト……………………前にも言ったが、奴は一度死んだ。俺はクロム、『
剣士の名前を口にした鎧…………ルフトは、頭部を覆う装甲を押し上げ、その顔を見せた。
今やこの世界でもあまり見ない、色素の抜けたような白髪。そんな前髪を持つ美形の顔。しかし、その顔は酷く疲れきったようなものになっており、青っぽい目も濁りきっていた。
かつて英雄と呼ばれていたまでに人情に厚く、多くのビギナーを助け出してきたビーターの中でも異例の存在。
彼がそこまで変わってしまったのは──────
「……復讐か」
「あぁ、それこそ俺が生かされてきた理由だ。全てのレッドプレイヤーを殺し尽くすまで、俺は止まらない。止まれないんだよ」
核心をつくような発言に、あっさりと肯定する。さらさらと口にした言葉には激しい怒りと憎しみが籠っており、一つ一つが呪詛のように響いてきた。
「………分からなくもないさ、その気持ち。あいつらを許したくないって気持ちは」
この世界で人を殺す『レッド』を許せないのは、誰もが同じだ。自分もそうだった、とキリトは語る。
「でも、お前がそこまで堕ちる理由にはならない。アスナやクラインも、皆がお前を心配してるんだ。それは俺だって同じだ」
「なら────捨てろと、言うのか」
『ありがとう、私たちをここまで支えてくれて。そしてごめんなさい、また迷惑をかけちゃった』
───歌姫の少女は、最後まで笑顔で散った。
『ルフト……さん、私は……貴方に会えて……良かった…………で、す』
───自分を慕ってた剣士の少女は涙ながらに告げながら消えた。
彼女たち以外にも、救えなかった人が多すぎた。守れない命が、取り零した命が、何一つ守れなかった己自身が─────
───『レッド』たちを許すな、救えなかった者たちに償えと。
「理不尽に死んでいったあいつらや、他のプレイヤーたちの無念を………捨てろって、忘れろって言うのかよ。
そんなこと、出来るわけないだろうがァッ!!!」
そして、彼は吼えた。憎悪にも似た絶望の嘆き。何も守れなかった無力さを、敵意と殺意に変えた青年の慟哭。
迷宮の中で木霊し、反響していく声は死者達の怨念を体現していた。禍々しい鎧がそれに呼応するように、蠢く。さらけ出していた青年の顔を装甲が覆い、深紅の宝玉が浮かび上がる。
「俺は憎い、憎くてたまらないんだよ!モンスターども
も、レッドどもも!この世界の全ても!無様に生き残って、誰も助けられなかった俺も!!何もかもがッ!!」
言葉の通り、今まで溜め込んできたであろう憎悪を動力源として生きてきたであろうルフトの姿を、誰が責めることが出来るだろうか。
今まで多くのプレイヤーが彼に助けられてきた、だが、そのプレイヤーたちが彼を助けたことは、一度もなかったのだから。
だからこそ、彼は破滅の道を選んだ。誰よりも正義を、誰よりも善意を信じた青年は、大切な者たちの死を前に完全に折れたのだ。
もし救われた者の一部が彼を本気で支えようとしていれば、彼も止まったかもしれない。けれど、そうはならなかった。現実は都合良くはない。
彼が強かったから、助けられた人々は心配すらしなかった。憎悪という闇に堕ちていく青年に気付くことすら無かったのだ。
「………どうしても、続ける気なのか」
「────なら来いよ、黒の剣士」
挑発するように指を動かすルフト。彼を見つめるキリトの視界に、大きな画面が映る。
───
「お前は俺が止めたい、俺は奴等を殺し続ける。なら、戦いで決めるべきだ」
つまるところ、そういう意味だ。止めたいならば実力を見せろと、そうでもしなければ止められると思うなと。
「やっぱり優しいよ、お前は」
「……………」
「だからこそ───こんな事を続けさせる訳にはいかない」
薄い青の光と濃い黒の闇。深紅の輝きと深淵の如くの暗さ。
かつては背中を預けた戦友だが、二人とも遠慮も容赦もない。
死んだプレイヤーたちの代わりに全てへの復讐を果たす。より深い闇へと堕ちようとする戦友を止める。
本質は違えど、誰かの為にあるその望みに優劣はない。だが、それが叶うかを決めるのは───勝敗のみ。
故に、彼らは剣を交える。
例えそれが、望まぬ戦いだったとしても。
第零章────Aincrad編
■■話『黒の剣士と銀の狂王』
オリ主人公解説
ルフト
ソードアートオンラインに囚われた内の一人。心優しく正義感が強く、多くの人を助けてきた。その事もあり、ソードアートオンライン内ではアインクラッドの英雄として慕われ、賞賛の声を浴びた。
しかしある事件以来、仲間を殺されたことでプレイヤーキルを行うレッドと無力だった己への憎しみが爆発し、暴走を引き起こす。呪いの装備『狂王の鎧』と共鳴したことで憎悪を倍増させられ、復讐の権化となり、生あるものを殺し尽くす災厄と成り果てた。
序盤から闇堕ちした主人公とか書いてみたかったんです(言い訳)