ソードアート・オンライン イフ・メモリーズ 作:虚無の魔術師
「待て待て待て!どういうことだよ!?」
「つ、つまり!ルフトはアスナとお付き合いしてるってこと!?」
主にクラインとミトが、ルフトとアスナに詰め寄っていた。先程の爆弾発言。『婚約者』という言葉は、間違いなく話を聞いていたキリト達にとっても驚きに違いなかった。
しかし、二人は迷うことなく、即座に否定を始めた。
「ち、違うよ!婚約者っていう立場だけど、そういうつもりじゃないの!」
「そうそう、アスナんちの親御さんが勝手に決めたことだし。どうせ破談になるだろうし」
慌てて否定しようとしどろもどろになるアスナ、その隣で軽い調子で語るルフト。真面目に答えろと言いたいのか、アスナは肘を打ち込んだ。相当の威力があったのか、ルフトはうごっ、と呻きながら、キリト達に説明を始めた。
「ええっと、周りに聞こえないように話すけど…………俺、有名なところの家でねー。何て言うか、有名が過ぎましてね」
「…………?」
「─────ごめん、分かんないみたいだから、もう話すよ。俺、リアルだと
「し、白銀────それって」
「白銀ェ────ッ!?もしかして、白銀財閥の白銀かよぉ!?」
シーッ!! と、焦ったルフトがクラインの口を押さえた。幸いなことに、クラインの叫びは全員には届いてはいなかった。ただ白銀という名前に驚いただけで、他の喧騒の声に紛れただけだ。
しかし、クラインの驚きも無理はない。キリトやミトも、その単語を知っている。だからこそ、驚きは強かった。
まず、世界情勢を語る必要があるか。
アインクラッドとは違い、現実世界では多くの国際情勢がある。だが、ある意味で世界に影響を与えている企業が、団体があった。
それこそが、白銀財閥である。『兵器ではなく技術を、戦いではなく幸せを作る』がモットーであり、多くの技術を世界各国に届け、世界の半分にまで影響圏を広げている。ある意味で世界平和を実現させたものがあるのならば、それこそ白銀財閥の名前が出るだろう。
ただし、完全に影響は届いてはいない。白銀財閥に匹敵するグループが存在していたからだ。その話は後に語るとして。
「白銀財閥はVR技術や色んなものに手を付けててさ。だからこそ、繋がりを持ちたがる奴等も山ほどいる。だからこそ、政略結婚を考える奴も少なくはないんだよ」
「…………ってことは、お前。白銀の子息なのか」
「まぁね。アスナの親御さんのいる会社、まぁ大企業だけど。そこと色々パスを繋げてたから、少しでも影響力を増やしたいと思ったのかね。婚約を取り付けようとしたのさ」
酷い話だよな、とルフトは言う。
それに対し、クラインもミトもそうだと同調していた。親が勝手に結婚させようとすることに不満を覚えるのは無理もない。キリトも同じ気持ちであったが、考え自体は理解できた。
なんせ、自分の子供が結婚すれば、財閥の一員になれるのだ。普通ならば、喜んですることだろう。子供を大事に思っている親だとしても、きっと進んで促すに違いない。財閥の人間になって、幸せになれないはずがないのだから。
「で、お前らは…………するのか?」
「まさか。誰がやるかよ。他人に敷かれたレールに従って歩くなんて御免だね。俺達は自分のやりたい人生を進ませて貰うし、アスナのご家族には悪いけど婚約はしない。この関係は互いにやりやすいように利用させて貰うさ」
しかそ、当の二人はそのつもりは1ミリもないらし。適当な理由でも付けて穏便に終わらせるとは言っているが、それなら何故そのまま関係を続けているのだろうか。すぐにでも関係を切っても文句は言われないはずだろうに。
「それにさ、アスナのお父さんの知ってる人に婚約者候補がいるんだけど─────あんまり良い人じゃないんだよね。どちらかと言うと、ゲームで出てくる小悪党みたいな人」
「ホントに失礼だな」
「そりゃそうだよ。アスナの両親や俺にはスゴい良い人風に振る舞ってるのに、アスナ相手には性格が悪いんだから。隠れて聞いてたけど、ホントにヒドいよ。アレ」
嫌悪を隠さず語るルフトの様子に、そこまで酷いのかと全員が思っていた。側でアスナが激しく同調していることからも、事実であることは察せられる。
「ま、あくまでもアスナの運命の相手が見つかるまで、ソイツに近付けさせない為の関係だし。理想の白馬の王子様でも来たら、遠慮なく嫁いで貰うさ」
「ちょ、ちょっと!それじゃあ私がメルヘンみたいでしょ!!」
「……そんなん比喩だよ、本気にしないでって」
困ったように笑ったルフトに詰め寄るアスナ。彼等の様子を静観していたキリトは、仲が良いなと他人事らしく考えている。
そうして、軽く世間話をした一同は各々別れた。明日に行われるであろう、一階層攻略の為の準備と休息を取るために。
◇◆◇
淡い光だけが光源となった、暗闇の中。
「─────ふむ」
コンソールの前に立つローブの人影が呟く。コンソールの盤面をなぞる指先を放した後に、フードの奥にある顎を擦るように動かしていた。声からして、男は何か考え込んでいるらしい。
「どうしました? 先生」
そんなローブの男の様子に、気付いたように声をあげる者がいた。男と同じように、ローブで全身を包み隠している。しかし男よりも若々しい、青年のものだ。
「───予定よりも、プレイヤー達が適応できているみたいだ。このままでは一階層も難なく突破できるだろう」
「…………何か、問題が?」
「─────私としては、もう少し危機感が欲しいな。彼等にはあの世界の住人の一人として、世界に向き合って貰いたい」
プレイヤー達による階層の突破が思っていたよりも安易だと判断したのだろう。行き残ったプレイヤー達の練度は高く、これでは軽く修正した通常ボスでは簡単に突破されてしまう。
それ自体に問題はない。
しかし、男は懸念していた。この世界が簡単に踏破されてしまう可能性を。少しで、それが許せなかった。だからこそ、ある決断をする。
「旧ストーリーモードを普及してみようか」
「………正気ですか?アレは普通の難易度とは違います。物語に沿う形であり、確かに臨場感はありますが、今のアインクラッド以上の攻略難易度です。ただでさえ、ベータテスターの時もクリアまでいけなかったのに────」
このゲーム、ソードアート・オンラインには隠された事実がある。『旧・ストーリーモード』という仕様。表向きなアインクラッドの世界観を大きく変化させたそのゲーム内容は計画されて数ヵ月で、開発者であった男本人によって封印されることになった。
理由は、クリア不可能と疑われる程のイベントと難易度であった。AIに自己学習させ、何ヵ月の時を与えて発展させたアインクラッドの世界は、男の手に終えぬ程の惨状となっていた。到底玄人以外にはクリアできないとして、ストーリーは削除され、ただひたすら攻略に必要な、現在のSAOへとなった。
助手の懸念も分かる。それでは、クリアが叶わなくなる。彼等の多くは死に、一万人全てが元の世界に帰れなくなる。それでは、男の望んだ夢は───一生果たされない。
「だが、不可能ではない」
しかし、男はある意味で信じていた。数ヵ月、生き残ってきたプレイヤー達の強さを。彼等の折れぬ精神性を。
「彼等ならば、変えられるかもしれない。我々すら救えなかった、あの鉄の城の世界を。我々が見放すことしか出来なかった者達を。私はそれを、信じてみたい」
「…………分かりました。それが先生の意思であるのなら、僕に異論はありません」
「───アップロードに掛かる時間は?」
「既に開始しています。時間にして五時間、深夜には全てのデータが実装可能です」
「流石だ。相変わらず、君は手早いものだ」
「私は、貴方の弟子ですから────茅場先生」
誰もが寝静まった一夜にして、仮想の世界は全く別の物語を辿ることになった。
◇◆◇
「─────ボス部屋の入り口が、消えた?」
集会所として利用された宿屋に集められた一部のプレイヤーが一斉に息を飲む。信じられないと言わんばかりのキリトの声に、プレイヤー達の中でも優れたメンバーを呼び出した張本人 ディアベルが険しい顔で頷く。
「ああ、今日の朝に事前に向かっておこうとしたプレイヤー達の報告で判明したんだ────ボス部屋へ続く階段は、綺麗に失くなっていた。隠したとか、見失ったというものじゃない。何一つ、痕跡すら消えていたんだ」
「………おいおい、じゃあどうすんだ?オレ達はボスを倒すって名目で集まったんだぜ? ボスが見つからなくなりました、なんて言って誰が納得するよ」
飄々としながらも、フレイブは問い詰めるような低い声で詰め寄る。当然、誰も答えられなかった。ボスの居場所は既に掴んでいた。それが消えたとして、自分達にどうすればいいのか。沈黙だけが続く中、相変わらず無愛想なキバオウが忌々しそうに口を開いた。
「────まさかとは思わへんが、知っとるヤツはおらへんやろな」
「……………んだよテメェ。仲間を疑ってんのか?」
「当たり前や!連中がどうせワイらを嵌めようとしとるんやろ!他の奴等に本命狩らせて自分達は知らん顔してワイらを足止めしよーって魂胆や! こんな中にいるかもしれん!!」
「─────アホくせ。なんだこの茶番。結局、テメーは仲間を疑ってんだな。くだらねぇ、ソイツの頼みで来てやったのに、こんなふざけた茶番受けるくらいなら、オレは降りるぜ。勝手にやってな」
ベータテスターが自分達に有利な情報を黙っているんだろう と騒ぎ立てるキバオウに、フレイブは馬鹿馬鹿しいと吐き捨てこの場から去ろうとする。そんな彼等をディアベルは宥めようとするが、次第にキバオウとフレイブの衝突が強くなり始め、今にも断裂しそうな勢いだ。
流石に止めるべきだと、同席していたキリトが立ち上がろうとしたところで、
「─────ゲームの仕様を変更した、という可能性は?」
ふと、あの時キバオウに斬りかかった傲岸不遜な男が口を開いた。苦手意識を持っているのか、言葉に詰まってしまうキバオウ。相手がたじろいたこともあり、すぐに喧嘩を止めたフレイブ、全員の視線が男に集まる中。彼は再び言葉を紡いだ。
「他のゲームでも経験はある。メンテナンスでは追加される予定だったボスを、別のボスへと上書きしたという内容だ。難易度の問題や、バグの発生による止むを得ぬ事情ということもあり、さほど騒ぎもしない…………貴様もそう思うだろう?」
「え、あ?………俺?」
「俺は貴様に言っているつもりだが?」
淡々と答える男の有無を言わさぬ雰囲気にキリトも最初は戸惑っていた。しかし、最初だけ。すぐに状況を思い出したキリトは冷静に、自分の考えを口にする。
「そうだな、確かにその可能性もなくはない。もし、茅場晶彦がこの現状を観測しているのなら、このままだと簡単に突破されると考えたんだろう。………全員が楽してクリアするなんて、ゲームマスターとしても面白いとは言えない。だから、調整のために別のボスに変えたのかもしれない」
「…………それじゃあ、君達の考えだと、何処かにボスがいると?」
「そう言っているだろう」
腕を組んだまま、不動の男が小さく頷く。ボスが変更された、という話が本当か分からないが、今言及すべき点はそれだけではない。
「だけどさ、その…………えっと、アンタは」
「イーラだ」
「そっか。イーラ、それだけ自信があるってことはボスの居所の予想がついているのか?」
「─────後ろにいる奴が、知っているかもしれんな」
イーラの発言に驚いた一同が振り返ると、そこにはローブを着込んだ男性が立っていた。まだまだ若々しさが目立つ中年の男性は自分を見つめるキリト達を前に、仰々しく御辞儀を行う。
それだけでは、キリト達も何がなんだか分かっていない。そんな彼等の反応を確認したらしい男性が口を開いた。
「───話の邪魔をしてしまい申し訳ありません。私はオズワルド、オズワルド・ウィンターと言う者です」
「じっ、ジブン何入ってきてんねん!?ここは貸し切りの宿やぞ!?NPCは、この宿のNPCは何しとるんや!!」
「─────馬鹿が、単細胞もそこまでにしておけ」
「なんやとォ!?」
「ソイツもNPCだ。ここに入れたのは他のNPCよりも立場が上──────町長だろう」
見透かしたように断言するイーラに、オズワルドと名乗ったローブの男は否定することなく、物腰の柔らかい様子で受け答えた。
「はい、その通りです。皆様の元に訪れたのは────貴方達のお探しである情報を対価に、お願いがあるのです」
「…………情報、だと?」
「はい、皆様が求めておられるのは────この上の階層へと繋がる階段ですよね?」
全員が息を呑む。そうだ、ボスを倒す目的は次の階層へと登るため。その階段はボス部屋にしか存在しない。だが、オズワルドはそれを知っているというのだ。本来あったボス部屋以外の通路を。
「私達は、その場所を知っております。その代わり、私達の願いを聞き入れて欲しいのです」
「………分かりました。その依頼聞き入れます。代わりに、話してくれませんか?」
真剣な様子のオズワルドに、ディアベルは優しく聞いた。その願いとはなんなのか、と。沈黙の中、オズワルドはゆっくりと語り始めた。
「────私達の町には偉大な英雄がいました。名を、守護者 ガルム。町が創られた当初から我等を導き続けた、素晴らしい御方です。
ですが、アインクラッド内で起きた謎の大戦以降、あの御方は人前から姿を消しました。『聖域』と呼ばれる場所に籠り、我々に一つの言葉を遺したのです─────『ここに立ち入ることは、未来永劫赦さぬ』と」
「…………一つだけ聞かせろ。上の階層に通ずる階段って、まさか」
「はい、そのまさかです。我々の知る上の階層への通路は、『聖域』なのです。何を考えていたのかは分かりませんが、あの御方は敢えて『聖域』を閉じたのです」
最悪だ、とフレイブは口に出かけた舌打ちを噛み殺す。ボスの相手をせずに行けると思っていたが、全員が同じ可能性を理解していた。────戦わねばならない、と。彼等の英雄であるガルムとやらと。
「────じゃあ、貴方達の依頼は」
「我等が英雄を、偉大なるガルム様を解放なさって下さい。無論ただでとは言いません────どうか、何卒」
受けるしかない、そう理解した彼等は───快く引き受けることにした。
◇◆◇
そして、翌日。
オズワルドに案内された場所、巨大な扉の前に集まったプレイヤー達は不安そうな顔を隠せなかった。突如として、予定されていたボスの変更。それをディアベルから伝えられた彼等の混乱や猜疑は僅かながら募ってはいたが、それでも集まってこれたのはディアベルの人徳───或いは、勝たなければ生き残れないという覚悟からだろうか。
「…………っ」
「オイオイ、栗坊主。今更ビビってんのか?なら帰って良いんだぜ?ヘタレ」
「あ、アホ吐かせ!ただの武者震いや!おどれこそ、足引っ張ったら承知せんで!」
「ハッ!誰に物言ってやがる!」
後退りしたキバオウはフレイヴから嘲笑を受けたことで、逆に顔を真っ赤にしてやる気を見せる。同じように戦意を滾らせて、フレイヴは大剣を握り締めていた。それは、背後にいるプレイヤー達も皆等しく同じ空気であった。
「…………」
「大丈夫?無理して来なくても良いさ、危ないのは事実だし」
「平気…………アスナや、貴方と一緒ならやれる気がする」
「そっか。なら、背中を任せて」
ルフトは不安そうな顔を隠せないミトに、自信に満ちた笑みを向ける。それを受け、ミトも何とか自身を奮い立たせたらしい。武器を握り締め、前を向くその目に恐怖は少しだけしかなかった。
そして、周りを見渡したディアベルが抜き放った剣を空へと掲げる。
「オレから言うことは一つだ─────勝とうぜ!!」
そう告げたディアベルと共に、皆が開け放たれた扉へと入っていく。そうして、全員が扉の奥の広間へと辿り着いた。
「…………静か、だな」
オズワルドの語る『聖域』へと突入した一同を襲ったのは、不気味なまでの静寂。互いの背中を預けて進む彼等は真っ暗な闇への警戒を緩めない。───何時、敵が現れるか分からないから。
「──────あっ」
ふと、何かに気付いたミトが声を上げる。咄嗟に気付いたアスナとルフトが彼女の視線に気づき、目の先にあるものを見て───息を呑んだ。
───広間の最奥。
古めかしい巨大な玉座に一際大きなヒト型が鎮座していた。自分達よりも何倍も大きい、鋼鉄の鎧。その姿から、ルフト達は目の前のソレが『守護者 ガルム』であると理解した。────だが、異様なのはその守護者の有り様であった。
玉座にもたれかかった守護者は既に亡くなっている。しかし、恐らくだがその死に様は穏やかなものでは無かったのだろう。胸に大きな剣を深く突き立て、柄を握り締める守護者は空へと口を大きく開き、苦悶に呻くように絶命していた。
そう感じ取った何人かのプレイヤーが青ざめ、恐怖のあまり吐き気を催すものまでいた。同じように顔をしかめていたキリトは、ある物の存在に気付く。
「………日記?」
守護者の亡骸の前の広間、その中心の台座に置かれた小さな日記。巨人のものとは思えない人間サイズの代物に戸惑いながら近付いたキリト達、一部のプレイヤー。
彼等は戸惑いながらも日記をめくり、中身を確認することした。
【一日目
今日から日記というものを書こうと思う。他の人も見るかもしれないので、最初に自分のことを書けと言われていた。だから、最初は自己紹介からいこう。
私はガルム。主から、この町の守護者を任されているゴーレムだ。町を守り続けて数百年、私は人々と打ち解けていき、平和な日々を謳歌していた。
───数十年前に起きた、謎の怪物達の進攻が起こる前までは】
どうやら、あの守護者がこの日記を書いたらしい。………あの大きさでこの文字を書いたのか、という疑問は飲み込むことした。黙って、続きの内容を読み始める。
【未知の怪物であった。我々の住むアインクラッドに現れた奴等は人々も現地の魔物も、平等に襲い始めた。未知の怪物『カース』と主は呼称された───奴等の目的は、この世界の全ての生命を滅ぼすことらしい。
それを知った主は、私や他の町の強者に呼び掛け、奴等との戦争を始めた。数年も続いた大戦争、互いの命運を掛けた『災厄大戦』は、我々の勝利で終わった。奴等 『カース』が滅び、アインクラッドには平和が戻った。
だが、我々に残された傷は少なくはなかった。………今日はここまでにして、休もうと思う】
そこまで読み、キリトは周りにいるプレイヤー達を見る。ディアベルやルフト、イーラも顔をしかめていた。事前に知っていたSAOのストーリーとは大きくかけ離れている。これはどういうことか、という疑問を感じながらも、日記を読み進める。
【二日目
昨日の話の続きをしよう。奴等との戦いで、我々が受けた傷は多かった。奴等は、生命を滅ぼすおぞましき瘴気を撒き散らし、多くの同胞や戦友を蝕んでいった。私も、その一人だ。
あの瘴気に蝕まれ、私は今 ここにいる。私が愛する民、彼等にこの瘴気を近付けさせぬ為に、私はこの聖域に閉じ籠ることにした。瘴気に呑まれた私自身が、彼等を襲わぬように】
【五日目
この瘴気は、恐ろしいものだ。時々、私は意識を奪われかける。内側から声が響くのだ。全ての生命を殺し、壊し、滅ぼせ、と。純粋な怨嗟であり、呪いだと確信した。こんなものに染まりながら、ただ暴れまわっていた奴等に恐怖を感じた。私も、あんな風になってしまうと思うと、身震いする】
それが、『聖域』へと閉じ籠もった理由らしい。何度か頁を捲るが、内容は変わらない日常を説明するものばかりだ。その内容に変化が生じたのは、数十枚目からだ。
【■■日、目
全身が、痛い………苦、しい。これが、瘴気の───侵蝕、こんなものを─────彼等に、向けるわけには───】
文字が大きく歪み始める。うねる筆跡が、どれ程までの苦痛を味わったのかを理解させる。そして、何日か耐えきったであろう精神は壊れたらしい、遂に日記は終わりを迎えた。
【■■■■
イタ、い────苦、シ───壊、レ、て───怖、イ。たすケて──────友、よ】
それ以降、頁は白く染まっていた。
守護者 ガルムはその瘴気が齎す苦痛と狂気に耐え切れず、自死を選んだ───それが結末らしい。
読み終えたキリト達は、沈黙を貫くしかなかった。何頁捲っても変化はない。これで終わりかと嘆息したキリトは、最後の頁を捲って───────背筋を凍りつかせることになった。
【────我々ハ、滅びない】
最後の頁に、書き殴られたその文字。それは今までの守護者の筆跡とは、明らかに違う。辿々しい文字には、さっきまでの内容とは違う禍々しさが、肌を伝う。
息を呑む音が響いた直後、空気が一気に冷たく染まっていく。
『──────AAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!』
そして、沈黙していたはずの守護者が声を張り上げる。身構えるプレイヤー達の前で、巨像の如く鎧が手足を振り回して大暴れを始めた。その鎧は口を模した兜の隙間から歯を剥き出して、唸り声を漏らす。
そして、胸に突き立てられた剣をそのままにしながら、勢いよく広間へと倒れ込む。両手を地面にかけ、四足歩行のように起き上がった守護者は狂ったように咆哮を吐き出すのだった。
『───GYAAAAAAAAAAAAAAA───ッッッ!!!!』
第一階層 『裏』ボス
【