「……屈辱だ」
そう言い、手に持った依頼書の数々を机の上に放り投げる。
既に辞めたタバコを思いっきり吸いたくなる衝動に襲われる。それほどのストレスを与えたこの依頼書と原因に対して思いつく限りの罵倒を言いたくなる。だが、天才である俺がそんな無様なことをするのは許されない。どうにかしてこのストレスを発散できないかと思索していると。
「何が屈辱なのですか、ドライ様?」
扉を開け部屋に入ってくる白い肌と銀髪、長い耳と眼鏡を付けているメイド服の女性が入ってくる。
彼女の名前はルビス。
俺の家事手伝い兼魔法実験協力者であり、護衛も兼ねている。手にはポッドを持っており、香りからしてコーヒーだろう。
俺がイライラしているのを見て淹れてくれたのだろう。
優秀なメイドに育ってくれて嬉しいよ、俺は。
「天才の中の天才様でもそんなにイライラすることあるんですね。頭ヨシヨシでもしてあげましょうか?」
いつもの澄ました表情ではなく、明らかにこちらを小馬鹿にする表情でそう言ってくる。ついでに鼻も鳴らしてくる。
優秀なメイドに育ってくれて嬉しいってのは訂正する、育て方を間違えてしまったようだ。
「雇い主である俺にそんな口聞くとはな、明日から別の職探しでも始めるか?」
「ドライ様がイライラしているのを察知して、好みの味のコーヒーを淹れるメイドが他に心当たりでもあるのですか?」
「……口を動かしてないで早くコーヒーをくれ」
「はいはい」
皆さん、見てくださいよ、この敬意なんてこれっぽっちも持たない冷たい反応!
机の上に置かれるコーヒー。礼を言って一口飲む。程よい濃さで俺好みの味だ。自分好みのコーヒーを飲んでると少し落ち着いてきた。
「それで何にイライラしていたんですか?」
俺のイライラが落ち着いてきてるのを感じてそう聞いてくる。ホント優秀だな、こいつ。
「……これを見てみろ」
「これは……ドライ様への魔法解決依頼書、ですよね?」
「そうだ、魔法を使用しての困り事解決の依頼だ。……問題は内容だ」
ルビスに内容を見るよう促す。
「えっと、22歳男性、匿名希望の方から。
『高名な【ばぶみとおぎゃりの賢者】であるドライ様。俺には勿体ない位可愛い年上の恋人がいますが、彼女は頑張りすぎる傾向があるから偶には俺に甘えて欲しいんです。しかし、彼女は責任感も強く、全然甘えてくれないんだ!そこで貴方様の魔法で彼女が俺に甘えるよう魔法を使用してほしいです!』
……次が6歳の女の子、匿名希望。
『【ばぶみとおぎゃりのけんじゃ】さん、こんにちは。あたしには好きな人がいます。18歳のおとこのひとです。いつもはあたしが甘えるんですが、偶にはあたしに甘えてほしいです。もしよければそのまま恋人になりたいです。おねがいします』
………………50歳男性、匿名希望。
『拝啓【ばぶみとおぎゃりの賢者様】――。』…………なんですか、これらは?」
「……全部、俺に【ばぶみーる・おぎゃりーな】を使用してほしい、という依頼書だ」
古代文明時代に開発されたというこの魔法は別々の対象に母性化と幼児化を付与する精神魔法。
この失われた魔法を魔法学者、いや、天才魔法学者である俺は無事復活させ、その威力で先の人魔大戦を終わらせた功労者の1人だ。
その偉業を称えられ、【ばぶみとおぎゃりの賢者】と称されるようになった。
――いや、ふざけんな!
「古代魔法の復活をなんだと思ってるんだ!偉業だぞ!
確かに復活させたのが、その、ちょっとあれな効果だが!
今後の魔法研究に役立つ可能性があるんだぞ!
そ、れ、を!異性とのプレイの一環に!活用しようとするんじゃない!」
そう、これは正当な怒りだ。嫉妬などではない。魔法学者として、研究者として、使用者として真っ当な怒りだ。
「そもそも【ばぶみとおぎゃりの賢者】ってなんだ!?今までは魔法学者かつ魔法使いとして有名なドライ・ホイール様だったと言うのに!今では【ばぶみとおぎゃりの賢者】としか言われない!今まで俺がどれだけの種類の魔法の制御術式開発に貢献したと思ってるんだ!」
「……その中で『人魔大戦終結の一手になった』『古代魔法を使用して魔王を陥落させた』以上に有名な成果はありましたか?」
「…………ない」
「では、そう呼ばれるのも仕方ないのでは?」
「五月蠅い!主人を正論で殴るな!」
ルビスの意見に思うところはあるが、正論だ。
そう、結局。
名声や評価なんてのはより強力な印象で塗り返すしかないのだ!
「……決めたぞ、ルビス!」
「……何をですか、ドライ様?」
ヒナがため息をつきながら聞いてくる。興味がまるで無い、ということが丸わかりだ。
「俺は、この忌まわしき古代魔法【ばぶみーる・おぎゃりーな】の解除と制御魔法を創造する!
これは古代文明でも出来なかった偉業だ!それを以て【ばぶみとおぎゃりの賢者】という汚名を返上するんだ!」
そうだ、元々人魔大戦に巻き込まれなければ俺はそれを研究し続けるはずだったんだ!
魔王を倒す旅で遅れたが、研究を再開する!
隣でルビスがそれだとばぶみとおぎゃりを極めた者と言われるだけでは?と言ってるが、聞こえない。天才の耳には都合の悪いことは聞こえないのだ。
「というか別にいいじゃないですか、【ばぶみとおぎゃりの賢者】と言われても。害があるわけではないですし」
「お前が今持ってるその依頼書こそ俺に害をもたらしている物筆頭なのだが」
まぁ、良いさ。暫くは【ばぶみとおぎゃりの賢者】なんていう汚名は被ってやろう。
「という訳だ、ルビス。ばぶみーる・おぎゃりーな関連以外で普通の魔法解決依頼書がいくつかあっただろう?それらを持って来てくれ。多少低レベルのでも良い」
とにかく必要なのは大量の魔法素材と購入用の金だ。
今来ている依頼を解決して研究に必要な分の金を揃え、その金で素材を揃える。
その為には今までは受けなかった興味のない小規模な依頼でも受けるとしよう。
「……です」
「んぁ?なんだって?」
「今来ている依頼は――ゼロです」
ゼロ?ぜろ?零?
ゼロとは数字上の0のことか?
これが文脈に使われる場合大体、無いと同義だ。
そうか、つまり俺に来ているばぶみーる・おぎゃりーな関連以外で普通の魔法解決依頼は無い、ということか。
そうか、そうか。うんうん。
「――はぁ!?ぜろぉおお!?!?」
「はい、ゼロです」
「そんな馬鹿な!人魔大戦が終わってもいくつか依頼があっただろ!?それらはどうしたんだ!?!?」
「全件本日付けで依頼取り消しの連絡が来ました」
「取り消し!?依頼取り消し!?な、何故だ!この街で俺以上に優れた魔法使いはいないはずだぞ!?」
「その天をも貫くプライドの高ささえなければもっと人に好かれるでしょうに……」
「そんなことはどうでも良いから取り消し理由を聞かせろ!」
もしも依頼人が俺以上に適任が居るなんて口走ろうものなら、俺の実力を見せつけてやろうではないか!
「えっと、最も多い理由が『ばぶみとおぎゃりを人に強制させる魔法を使える上に自分を【ばぶみとおぎゃりの賢者】なんて誇ってるやつは怖くて信用できない』ですね」
「めっちゃ害与えてくるじゃん、この【ばぶみとおぎゃりの賢者】って称号」
「ちなみに魔法解決依頼だけでなく、魔法の共同研究の依頼も同様に無くなりました」
「大損害じゃねーか!?その事実知ってるのに良く『害は無い』なんて言えたな、おまえ!」
てかヤバイヤバイヤバイ!解呪・制御魔法の研究に金が必要なのに、その金を稼ぐ手段が無いなんて!
「……いっそ、今来ているばぶみーる・おぎゃりーなの使用依頼でも受けますか?」
「それすると最早汚名じゃなく、事実にしかならないのよ!」
ばぶみーる・おぎゃりーなを駆使して金を稼ぐ魔法使い。
そりゃ【ばぶみとおぎゃりの賢者】なんて言われて当然になってしまう。
しかし、本当にどうするか。
このままだと当分は大丈夫だが、屋敷の維持費などの生活費用も問題になってしまう。
なんとか金を稼ぐ手段を考えねば…………。
そう考えていると扉の外が騒がしくなってきた。
音からして鎧、大人数、の何かしらがこっちに向かってる……?
…………気は進まないが、仕方ない。
「ルビス、お客さんの様だ。対応してあげなさ――」
「【ばぶみとおぎゃりの賢者】!【ばぶみとおぎゃりの賢者】はいるか!?」
「よーし、今言ったやつ前に出ろ!?お茶の代わりに爆発魔法ぶちかましてやる!」
扉から数人の鎧を着た男達が入って来ながらそう言ってきた。
――あぁ、厄介ごとの匂いがする……。