魔法陣から出現した灰色の狼と思われる獣から迸る魔力。
文献でのみ言い伝えられる、魔獣という存在だろう。
「ドライ様、魔獣とは?」
「太古の昔神の眷属と呼ばれた獣だ。魔人族を超越している身体能力に加え魔法を防ぐ体毛を持ち、自身も魔法を使える怪物だ」
「なるほど、魔法を防ぐ身体能力が高い敵ともなればドライ様では少し分が悪いですね」
『ワタシのことを知っているなら話が早い。首を垂れろ、ニンゲンども!痛みなく終わらせてやろう……』
話している俺とルビスに向けて話しかけてくる声。発生源は恐らく目の前の魔獣、ケイン。
そのあまりにも有り得ない事態に一瞬頭が真っ白になる。
「ば、馬鹿な!言語を話す知恵のある魔獣だと!?!?古代の文献にも記されてないぞ、そんな個体!」
「そ、そんなに凄いやつなんですか!?我々逃げた方が良いやつですか!?」
「なんて……。なんて……!」
「ふふん!どうやらケインの凄さに慄いているようだな」
「無理もない、コイツは特別だからな!」
『どうやらワタシの偉大さはわかるようだな……。ならば大人しく首を――』
「さいっこうな研究素体なんだ!!!」
「「「『…………は?』」」」
魔人達から呆けたような声が聞こえたがそんなこと気にする余裕はない。
「ブレイブあの魔獣は任せた!殺すなよ、絶対に殺すなよ!それ以外なら何でも良い!四肢を切り飛ばす位なら許す、生け捕りにしてくれ!そこの魔人たちは俺とヒナでなんとかする!」
「あーい、あい。ルビスちゃん気を付けてねー」
「承知しました。ブレイブ様も気をつけてください」
「いやいや!いやいや、いやいや!なんでそんなに落ち着いてるんですか!?!?」
「マサヨシ様こそ落ち着いてそこから距離をとってご自身を守ってください、魔人達は私とドライ様でなんとかしますので」
「んじゃあ、さっさとやろーぜ、魔獣君!いっくぞー!」
『……え?』
そう言って魔獣と戦い出すブレイブ。俺の前に立ち魔人達に対して身構えるルビス。中途半端な位置でウロウロしてるマサヨシ君。その位置邪魔なんだけどなー。
「……舐められたものだな!」
「全くだ、勇者がいなければ我ら魔人族が人族に負けるはずがない!」
「「ばぶみとおぎゃりの賢者、覚悟!」」
そう言い俺に襲い掛かってくる魔人達。
その速さは流石の魔人族と言ったところで俺も、マサヨシ君も反応できない速さの奇襲。
――を一刀両断するかの如く目前に振り下ろされる大剣。
当たる寸前で後退した魔人達が直前まで居た場所の地面を抉る大剣。
成人男性位の大きさのその大剣を片手で扱うメイド服の女性、ルビスが左肩に大剣を担ぎ直して立ち塞がる。
「馬鹿な!こんな大剣がいきなり出て来るだと!?」
「ふふん!聞いて驚け!ルビスはこの俺様が。天才の俺様が開発した小型召喚陣によって一瞬で大剣を呼び出すことが出来るのだ!」
ちなみに無機物以外を召喚すると悲惨なことになる上、召喚陣を書く木の材料が高価かつ使い捨てな上に、魔法陣との相性が最悪な為定期的に魔法陣の追記調整が必要という困った代物だ。
ついでに言うと召喚先の物体の質量が紙の重さになるので、ルビスは常時大剣を担いでるのと同じことをしている。
これらの欠点を補って大量生産できるようになったら研究費程度賄えるはずだが、今の俺では無理だ。
「申し訳ありません、私も食い扶持が無くなるのは困りますので。雇い主を守らせて頂きます」
「……なるほど、ただの女ではないようだな」
「だが!女一人で我々を倒せると思うのなら、思い上がりも甚だしいぞ!」
「そこまで思い上がってはおりませんが、ドライ様を害するには私を倒してからになりますのであしからず」
その言葉を皮切りに再度ぶつかり合うヒナと魔人達。
一撃に重きを置き、大剣を振り回すルビス。自分達の爪を長くし、振り回す大剣の隙を突き肉弾戦を仕掛ける魔人達。
相性もあるだろうが、人数不利もあり肉弾戦に詳しく無い自分でもわかる位には追い詰められ始めるルビス。
そのヒナの姿を見て武器を構えて突進しようとするマサヨシ君…………って待て待て待て!
「おいおい!何しようとしてるんだ!?」
「何って見てわかるでしょう!?ルビスさんのフォローをしないと!」
「いやいや、君がどれだけ強いかはわかんないけど、多分足引っ張るだけだろ!?俺と同じでさっきの魔人達の動きに反応出来てなかったし!」
図星だったのだろう。悔しそうな顔をするマサヨシ君。自分の力不足に思うところがあるのだろう、ほんとに真面目な青年だ。
「で、でもこのままだとルビスさんが危ないのでは!?」
「まぁ、そうだな。いくらルビスが強くても1対2だしキツイだろうな」
「そ、それがわかってるなら――」
「だから俺がいるんだし」
そう告げると同時、両手で魔法陣を計3つ高速で展開する。使用する魔法は雷魔法、風魔法、土魔法。
目的は風魔法と土魔法で相手の体制を崩し、雷魔法で相手の動きを止める、もしくは閃光での目くらまし。
上級魔法は不要。相手の体勢さえ崩せば、ルビスの大剣に対して一瞬でも足が止まれば、そのまま切り潰される。
相手もそれを防ぐ為に解除・抵抗魔法を唱えようとするが俺の魔法を防ぐ為に行動するなら、ルビスがその隙を見逃すはずがない。魔人達の居た場所を大剣が薙ぎ払う。
これによって手数はこちらと互角、もしくは少しこちらが上回る。
なので俺は何も考えずに魔法を叩き込み続けるだけで良い。いやー、楽で美味しい仕事だわ。
「ば、馬鹿な!別属性の三種同時展開だと!?!?」
「それに展開が早すぎる!魔法、が……!対処が追い付かん!」
「くそ、ダミー!俺がメイドを抑えるからお前が魔法使いを――ぐぁっ!」
「カース!大丈夫か!?」
なんか油断してた魔人の左腕をルビスが吹き飛ばす。
魔人族なのですぐ再生するだろうけど、そのせいでよりこちらの魔法と大剣のコンビネーションへの対処が遅れる。
後は手数で押し切れるだろう。
つまり、もうこちらの勝ちだ。
「くそ!おい、ケイン!なんとかこっちに加勢――なっ!」
魔人が魔獣に助けを求めるがそれは無理だろう。
「おーい、ドライ!魔獣抑えたぞー!」
「でかした、ブレイブ!そのまま抑えておいてくれ!」
「あーい」
『くっ!殺せ!』
なんせ魔獣の相手はあのブレイブだ。
あいつが負けるなんてあり得ない。
現にピンピンして相手の魔獣の頭を踏みつけ地面に叩き伏せている。
というか魔獣に傷1つついてないように見える。両者無傷で抑えつけたのか?
なんだ、あの化け物勇者。
「ば、ばかな……。こんな、ことが!?……ぐあ!」
「ダミー!」
もう一人の方にも魔法が直撃し、その隙にルビスが大剣の腹で吹き飛ばした。
その隙は見逃さない、即座に上位雷魔法で相手を失神させ、土魔法で四肢を拘束する。
相手は残り1人。既に形勢は決した。
「あー、そこの魔人さ、降参してくんない?悪いようにはしないからさ」
「………………。殺さないのか?」
「人魔大戦の協定で互いの領域での犯罪の裁きは国が行うからな。俺達に殺す権利は無い」
「…………。わかった」
そう言い、両手を挙げる魔人。どうやら大人しく掴まってくれるようで良かった。
土魔法で再生された左腕含めた四肢を封じ、あとついでに倒れ伏している魔獣の四肢を封じ、ついでに手持ちの魔封じの鎖を首にかける。
念のため全員同じ場所に固めておく。
これなら何か抵抗しようとしても俺達なら対処できる。
「んじゃあ、マサヨシ君、憲兵達呼んで来てくれない?魔人達に対しての魔力封じの腕輪とかも必要だろうし」
「は、はい!呼んで来ます!」
「……魔王様の無念を晴らす事は出来なかった……か」
残った魔人、カースと呼ばれてたやつ?が言葉を漏らす。
どうやらもう諦めてるようだ。ちょっとは冷静になったのかな?
もしそうならちょっと聞いてみたい事あるんだよなぁ。
「なぁ、ちょっと聞いても良いか?」
「……敗者になにか聞きたい事でもあるのか、【ばぶみとおぎゃりの賢者】」
「勿論ある。なぁ、なんでこんな回りくどいやりかたを選んだ?」
俺の疑問にマサヨシ君が足を止める。ちょっと気になったのだろうか。
「……回りくどい、だと!?」
「俺への復讐が目的なら事件起こすのは悪手だろ?誘い出すにしても今みたいに多少の武装や準備してくるんだし。
それなら直接屋敷に奇襲した方が成功率高いだろ?不本意ながら【ばぶみとおぎゃりの賢者】って名前も屋敷だって有名なんだから」
そう、明らかにおかしい。
こいつらの目的に対しての手段の選択が。
復讐目的なら奇襲の方が間違いなく良い。
こんな事件起きてなかったら俺への襲撃時にブレイブが居ない可能性の方が高い。
もし俺とルビスだけなら地面に倒れ伏しているのは俺達だったはずだ。
「――有名、だと!?【ばぶみとおぎゃりの賢者】の居場所や正体は秘匿されているのでは無かったのか!?!?」
「あん?初耳だぞ、そんなこと。マサヨシ君なんか市井でそんな噂聞いたことある?」
「い、いえ!聞いたこと無いです!むしろ市井でもドライ様の噂は有名かと!」
「だよなー。お前達変身できるならちょっと人族に化けて話聞けば俺の場所なんてすぐわかったはずだぞ?」
「…………ば、馬鹿な……。ばか、な」
「……俺が秘匿されてるなんて情報、どうやって、いや。誰から聞いた?」
――何者か、が意図的に魔人達へ偽りの情報を流している?
まだ、裏に何者かがいる。
そう確信し、魔人に嘘の情報を流した何者かの話を聞こうとしたところ。
突如、闇夜を切り裂き放たれる魔力が魔人達の首を両断した。
突然の出来事。
急ぎ臨戦態勢を取り距離を離すが、状況がつかめない。
『だ、ダミー……カース……?』
魔人達に語りかける魔獣。
それに応えることができない魔人達。
その首の無い身体……遺体からはとめどなく血が流れ、地面を赤く染めている。
ぴくりとも動かない。
空気が一気に張り詰める。
「おぉ!流石は勇者様方!薄汚い魔人族を倒して下さったのですね!」
その張り詰めた空気に黒く濁ったかのような声が響く。
声のした方向、魔法が飛んで来た方向を見る。
そこには小太りした、小奇麗な見るからに貴族と分かる男と、武装した男達が立っていた。
「そしてお久しぶりですねー、ホイール家の欠陥嫡子、ドライ・ホイール様」
「久しぶりだな、タダノ・モーブ伯爵、相変わらず動きにくそうな恰好だな」
タダノ・モーブ伯爵。この街の貴族の一人だ。