ばぶみとおぎゃりの賢者の物語   作:みたけ

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五話 勇者マサヨシ

「それで、これはどういうことなんだ?」

 

 魔獣の隣で地面に伏している魔人族を指さして聞く。

 魔獣が呼びかけているが、魔人達はぴくりとも反応しない。

 返事のない呼びかけが空しく響く中、タダノ伯爵はまるで大きなカエルが笑うかのような顔で語り始める。

 

「やれやれいきなり本題ですか。ホイール家の貴族としての教育は大層斬新なものなのですねー」

「そんなことどうでも良いから答えろよ、なんだこの惨状は?人魔大戦の結果人族は魔人族の領土を手に入れる代わり互いの領土において命の危険が発生しない限りは最低限の互いの人権を保障する為、何か問題が起きた場合は国が判断する話になった。腐っても貴族だ、知らないなんて言わせないぞ?」

 

 そして魔人達は完全に俺達が抑え込んでいた。後は国の判断に任せるだけだったのだ。

 だが魔人族の2人が……こんな結果になってしまった以上少々問題になってしまう。

 何考えてこんなことしたんだ、こいつら。

 

「何をおっしゃりますか!その魔人族を殺したのは貴方達、高名な勇者御一行でしょう!」

「「「「……は?」」」」

 

 何言ってんだ、こいつ。

 そう思っていると大仰な手振りでまるで演説のように語り始めた。

 

「私は最近夜な夜な不審者が湧いている噂を聞き、自衛の為に私兵団を用意していたのですよ。すると戦闘の音が聞こえたので急ぎ場に赴いたらなんと高名な勇者様・ばぶりとおぎゃりの賢者様が魔人族と戦っているではないですか!?ここは戦闘の達人である皆様にお任せしよう、でもいざと言う時には助力をしようと考えて固唾を飲んで見守っておりました。結果最近の不審者騒動が魔人族であると突き止めた皆様と魔人族の戦闘は激しくなり、勢いあまって魔人族を殺害してしまった!とは言えこのままでは領主であるフィーア・ホイール様が綺麗に保っている街の景観が汚れてしまう。なので私と部下たちが掃除を行った、というだけの話ですね」

「……という筋書き、ということでしょうか」

「あー、じゃあこいつらに噓の情報流したのもアンタってこと?」

 

 その言葉に、本当に楽しく、本当に満足そうに笑うモーヴ伯爵。

 

「嘘だなんてとんでもない!ただ、人魔大戦の英雄の情報なんて秘匿されて然るべきなのでは、とお伝えしただけですよ。

 結果として貴重かつ綺麗な魔人族の遺体が手に入ったので、皆様方には本当に感謝してますよ!」

「……昔伯爵が魔人族の『瞳』をコレクションしてみたいと言っていたという話は聞いたことあるが、それが目的か?」

「何を仰いますか!先程もお伝えしたように、私の目的はあくまで『街に転がっている魔人族の遺体の清掃』でしかありませんよ!そこは勘違いしてほしくないですねー」

 

 満面の笑みで自らの目的を声高々に告げるモーヴ伯爵。

 完全な不意打ちで魔人族の遺体を手に入れることが出来たのでご満悦なのだろうか。

 醜悪な顔に狂喜の色が混じりおぞましい面を晒している。

 

『……そんなことのために』

「ん?」

 

 悲しみの声をあげていた魔獣が顔をあげ、唸り声を辺りに響かせる。

 

『そんなことの為に!ダミーを!カースを!僕たちを利用したのかよ!?』

 

 未だに身体を拘束され、涙が流れているが流石古代では神の眷属とも呼ばれた獣。

 地に伏していても迫力は十分。

 実際に伯爵の私兵団達は腰が引け、伯爵から距離を取り始めている。

 自分に対してのものでない、と分かっているマサヨシ君ですら一歩下がった。

 だと言うのに伯爵は全く怯えずに、それどころか一歩前に出て来た。

 

「利用したとは人聞きが悪いですね。貴方達は魔人王に敗北を与えた光の勇者様とばぶりとおぎゃりの賢者を探していた。私はその機会を与える策を授けた。それだけでしょう?」

『クソ!クソ!お前が!お前がのせいで!』

「全く、自分達が失敗しただけなのに被害者面して私に八つ当たりですか?困りますねー」

「貴方は!そんな非人道的行為をするなんて!それでも貴族ですか!?」

「たかが街の憲兵程度が貴族にそんな口を聞くなんて、領主の教育の不手際ですねー。まぁ、今回は私の機嫌に免じて許してあ・げ・ま・す・が」

 

 激昂する魔獣とマサヨシ君に対して余裕を持って言葉を交わす伯爵。

 よほど余裕を持っているのだろう、平然と今回の事件の裏で暗躍したと認める。

 

 ――なんだ?この自信は?

 

 解せない部分はある、が。

 ちんたらしている時間は無い。

 

「……どうするのですか、ドライ様。このままでは人や憲兵が集まって来ますよ」

「……そーだな。おい、伯爵様よ。こんだけの騒ぎだ、すぐ憲兵が来るぞ。そこで俺達がアンタの悪事を告げれば思い通りにはならなくなると思うが、焦らないのか?」

「焦る?私が?」

 

 心底不思議な表情を浮かべる男。

 まるでこっちが言っていることが思いもよらない言葉のように。

 言葉を咀嚼し終わったのだろう、徐々にその顔にガマガエルのような笑みが浮かぶ。

 

「ふ、ふふ!ふふふはーはっは!確かに、確かに!仰る通りかもしれませんね!試してみますか!?」

 

 全く意に返さない態度。家名に傷なんてつけたくないだろうに、この強気な態度。

 

 「あ、貴方は!」

 

 伯爵の態度に我慢の限界が来たのか、距離を詰めようとするマサヨシ君を慌てて止める。

 すると鬼気迫る表情でこちらを睨んでくる。

 

「なんで止めるんですか、ドライ様!?」

「落ち着け、言葉を重ねている時間なんて無いぞ、すぐに人が集まってくる。分が悪いのはこっちだぞ」

「……実際に魔人族の死体があり、魔人族の殺害が可能なブレイブ様とドライ様、人魔大戦の英雄がいるからですか?」

「そうだ、説得力が違う。一貴族の私兵団と俺達、どちらが魔人族を圧倒して殺害できるか、という比較の問題になる」

「そんなの!本当のことを!真実をちゃんと話せば――」

「実際に死体がある、という事実がある。少なくともこの場で俺達が潔白と即答なんてできないはずだ」

 

 派手に戦闘して既に時間が経っている。

 この街の憲兵ならすぐにでも様子を見に来るはずだ。

 そして相手の態度からすると何かしらの対策や奥の手を隠しているはずだ。

 人が集まっても伯爵家の名誉を傷つけないようにする、もしくはこの場を俺達の責任にできる何かが。

 

「正直この場は引いた方が懸命な判断だろうな」

 

 俺の言葉を聞き、まるで良く出来た生徒を褒めるかの如く顔を緩める男。

 

「うむ、うむ!とても!とっても良い判断ですねー、ばぶりとおぎゃりの賢者様?流石賢者と名が付くだけありますなー!あ、そこの獣も良ければこちらで引き取りましょうか?えぇ、えぇ!ただの善意からの提案ですがね、これは!」

「……おい、ドライ。なんかあいつムカついてきたぞ?俺が本気出してあいつら無力化するか?一瞬で終わらせれるぞ?」

「魅力的だしお前なら出来るだろうが、無駄だ。痕跡が残る以上、結局人が集まってきて伯爵達の話を聞くはずだ。この場で俺達の分が良くなることは無い」

『だったらこの拘束とけよ!僕がそいつらをやってやるよ!』

「それ聞いたら尚更拘束外せないな」

 

 周囲の喧騒が騒がしくなってきた。

 もう時間は無い。賭けに出る。

 

「マサヨシ君、悔しいだろうが、ここは撤退するしかないぞ」

「くそ、くそ!自分に力があれば!不正を正す力さえ手に入るなら!なんだってするのに!」

「ん?今なんだってするって言った?本気?」

「勿論本気です!」

 

 即答するマサヨシ君に詰め寄る。後一押しでいける!

 

「本気?本当の本当に本気?」

「……は、はい、本気……です、けど……」

「よし!ならばその心意気受け取った!()()()()()()()()()モーヴ伯爵に一泡吹かせたいというマサヨシ君の想い、この俺様が叶えて見せる!」

 

 あー、良かった!言質取れた!

 これで研究素体(魔獣)置いて撤退するなんて勿体ないことしないで済んだ!

 迷いなく前に歩き出し、魔獣の近くまで歩みを進める。

 位置関係としては地面に伏せている魔獣を挟んで俺と伯爵が向かい合っている。

 

「……ドライ様、まさか……」

「……お前、まさかだけど……」

 

 後ろでルビスとブレイブがなんか言ってくるが聞こえない。

 天才の耳には都合の悪いことは聞こえないのだ!

 

 「……なんですかな?急に」

 

 モーヴ伯爵が少し身構える。

 それに対して俺は優雅に仰々しく両手を振り上げて語り掛ける。そう、まるで一気に立場が逆転したのだという事実を教えるかのように。

 

「いやいや、ここまでご自身の計画をうち明けるんだ。賢明なるモーヴ伯爵ならおそらく何かしらの対処方法を用意しているのでしょう?その方法はわかりませんが――」

 

「こちらにも奥の手があるんだよ!」

 

 足を広げ魔法の準備に取り掛かる。

 現代の魔法では発生しない垂直の円柱状に湧き上がる青白い光の魔法陣。

 モーヴ伯爵も私兵団の人達も見たことの無い光景に一瞬見惚れたようだが。

 

 「き、きききさま、貴様!まさか!?」

 

 『見たことない魔法』に今更思い出したのだろう、俺の忌まわしき称号を。

 まぁ、もう遅いんだけど。

 遅いんだけどそれでも抵抗するモーヴ伯爵。

 懐から見たこともない宝石を出し、掲げて唱える。

 

「さ、させるか!最上位洗脳魔法【チョロチョロリン】!」

「許せ、魔獣!」

『……え?……ぐぇっ!』

 

 足元にいる魔獣の地面を上位土魔法で隆起させ、魔獣の身体を浮かせて伯爵の魔法を防ぐ。

 どうやら伯爵の奥の手は洗脳魔法のようだ。

 

 ――あんな魔法使えるなんて亜人族の王位のはずだが……。

 あの宝石の力か?出来ればあれも欲しいが、今は置いておこう。

 宙に浮いていた魔獣が再び地面に落ちる。良い盾だったと褒めてやりたい。

 

「ひ、ひとの心ないのか、お前!き、貴様ら!あのバカ魔法使いを殺せ!」

「「は、はい!」」

 

 そう言って剣を抜きこちらに詰め寄る私兵団達。

 けどまぁ。

 

「「ひぃ!!!!」」

 

 ルビスが自身の大剣を私兵団の近くに投げ地面突き刺さる。

 それを見て腰が抜けたかのように地面に座る男達。

 ついでに落ちてる剣を拾い俺の近くにくるルビス。

 こいつがいるなら心配はない。

 

「ブレイブ、そこの魔獣連れて俺の家に連れていってくれ!後は俺とルビスとマサヨシ君がなんとかする!」

「ブレイブ様、よろしくおねがいします」

「あいあーい、じゃあ後はよろ!マサヨシ頑張れー、トラウマになるなよー!」

 

 ブレイブが魔獣を軽々と肩に担ぎあげると同時に放つ。

 太古に存在し、今は伝えられない失伝魔法。

 古代が畏れ、滅んだ原因の一角となり。

 人魔大戦終結の象徴であり、人魔両種族を恐怖の底に叩き落とした最恐魔法。

 

「ど、ドライ様、ちょっとお待ちくださ――」

「ま、まて、まってください、ホイール家の欠陥――」

 

 

失伝魔法(ロストマジック):【ばぶりーる・おぎゃりーな】!」

 

 

 

 〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●

 

 

 「何事だ!?戦闘の音が響いたように聞こ、え、た……が」

 

 戦闘音を聞き駆け付けたホイール街の憲兵達。

 垂直に迸る魔法陣の光を見ているので、間違いなく戦闘が起きていると確信し、既に全員が剣を抜いている。

 

 連日の不審者遭遇の多発から警護人員を増やし備えていた。

 今日不審者達は人魔大戦の英雄達が解決に手を出すということを告げられたが。

 幾ら不気味な事件とは言え、それに任せっきりで良いと思えることができないほどには自分達の職務にプライドを持っている。

 その志を持った彼らが目にしたのは――。

 

「モーヴさん、今回の事件について全部はなちてほちぃの!」

「あぁ、マサヨシちゃん、全部言ったらモーヴ困っちゃうんだけど……」

「やぁーなの!やぁーなの!全部はなちてほちぃの!」

「うーん、しょうがないなー。あれは街の外で怪我をしている魔人達を見つけてねー――」

 

 青臭い正義感を持っているが、将来が楽しみな高潔な青年。

 自分達の同僚であり、人前で決してあんな無様な姿を晒さない同僚、マサヨシ。

 伯爵という地位を持ち、横暴と権利の行使を得意としてモーヴ領民からすら評価は低い。

 しかし、美術品など商人のツテが強い為貴族間でも影響力が強い、タダノ・モーブ伯爵。

 その二人がおぎゃばぶしている光景、が目に入った、入ってしまった。

 

「なんでこんな事件起こすように誘導したの?」

「あのー、マサヨシちゃん、これ以上言うとタダノ困っちゃうなー」

「やぁーなの!やぁーなの!」

「もー、しょうがないなー。あのね、タダノ魔人さんのお目目がどーしても欲しくて!偶然手にいれた洗脳魔法を秘めた宝石を――」

 

 満面の笑みでモーブ伯爵の膝の上に乗り甘えるマサヨシ。

 時々駄々を捏ねているマサヨシを腕の中に抱えるタダノ・モーブ伯爵。

 意外に彼は見た目のわりに身体能力が高い、という事実に驚く。

 いや、正しくはそういった方向に注目しないと脳が溶け出し今滝のように流れている汗に混じって流れ出すと全ての憲兵達が直感したからだ。

 

 ばぶおぎゃしているマサヨシと伯爵。

 その近くで転がっている魔人族のような特徴を持つ遺体。

 地面に座り込んでいる武装した男達。

 そして、その近くにいる。

【ばぶりとおぎゃりの賢者】ドライ・ホイール。

 

 一人の憲兵が勇気をもって話しかける。

 

「……その、是非お話を聞きたいのですが……。両手を縛ってもよろしいでしょうか?」

 

 この出来事は【ばぶりとおぎゃりの賢者】勇名(?)を尚轟かせることとなった。

 

 




ストックは無くなってからが本番って誰かが言ってた

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