月輪より滴り   作:おいかぜ

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第3章 Anfang Rose
《14》イントロ


 

「正式な加入をという話であれば、お断りします」

 

 湊さんの勧誘に対してそう返した。日菜とのバンドが実質的に凍結しているとはいえ、即断即決で他のバンドを兼業するのもどうかと思ったのがひとつ。

 Roseliaというバンドに、下手すればこれから先の人生を一部預けることになるという重さを認識して躊躇したのがひとつ。

 プロの世界に最早幻想を抱いていないのがひとつ。

 

「どうしてか聞いてもいいかしら。私たちの演奏は、貴方に並び立てるものだと思っているのだけれど」

「演奏がどうこうではなく、私にそれほどの熱意がないというだけの話です」

 ですから、と続けて、

「正式なギターを探す間のサポートくらいなら構いませんよ」

 

 これが妥協点だった。

 私にもライブ欲が戻ってきていて、そのために仕上げるくらいの気力はある。日菜の顔を立てる、というわけでもないが、日菜の友人が困っているのなら少しくらい協力しようというモチベーションもあった。

 実力がある人たちのバンドに楽器が欠けているのは勿体ない。

 

「もちろん皆さんの目的次第ですけれど」

「私たちの目標はFUTURE WORLD FES.よ。……そうね、いいわ、サポートでもいい。アナタとなら──」

 

 1度目を瞑って思考を巡らせたらしい湊さんが、手を差し出す。

 反射的に握り返してから、そのフェスについてはよく知らないことに気が付いてしまった。彼女程の人間が「目指す」というくらいなのだから、それなり以上に大きな意味を持つのだろうけれど。普通に大きなフェスだという認識で間違いないのだろうか。

 

「え、サポートでいいの?」

「……私たちの演奏で紗夜の認識を変えていけばいいでしょう。メンバーさえ振るい立てられない音楽が『フェス』で通用するはずがないわ」

「んー、それもそっか。じゃあ紗夜、よろしくね」

「わーい! りんりん! ギターも揃ったから、新生Roselia誕生だよ!」

「……うん、少し、楽しみ。白金燐子です……よろしく、お願いします……」

「紗夜さん! ドラムの宇田川あこです! よろしくおねがいしますっ!」

 

 代わる代わる手を握られる。伝え聞いていた「ユキナ」のバンドのイメージとは結構違うなとは思ったが、噂なんてそんなものだろう。

 

「よろしくお願いします。足を引っ張らないことくらいはできるでしょうから」

「……冗談?」

「紗夜、今から合わせられるかしら」

「……少し待っていてください。妹を待たせているので」

 

 ギターケースをスタジオに置いて、廊下を逆戻りする。

 あっさりと加入を決めてしまった気がするが、まあいい。一定ラインを越えないための線引きはしたし、特に問題はない、はずだ。一時の気の迷いだとは分かっているが、上手い人たちの波に揉まれるのに少しワクワクしている自分がいる。

 

「日菜」

「あ、話終わった?」

「ええ。ひとまずはね」

「入るんだよね。おねーちゃんの事だから、『仮に』とか言ったのかもしれないけど」

「貴方が嫌だと言うなら今すぐ取り消してくるわよ」

「んーん。リサちーのところならまだいいかな。そのつもりで紹介したんだし」

「……何をどう言い繕おうと、氷川紗夜()の巣は貴方(ここ)よ」

「わかってる。……それに、けっこう楽しみなんだよね、おねーちゃんのライブを観るの」

「私は恥ずかしいけれどね」

 

 月島さんと話していたらしい日菜に声を掛けると、予想通りの言葉を返してくる。なんというか、日菜の雰囲気からして私が別のバンドに参加することを歓迎している訳ではないのは分かるのだが、それにしても意図が分からない。

 逆の立場なら分かるのだろうか。鈍い私には、どうにも。

 

「それじゃああたし先帰ってるね」

「結局今井さんには会わないの?」

「明後日には会うし、バンドの邪魔をするのも悪いから」

 

 夜はあたしと弾こうね、と言い残して日菜は帰って行った。ついてくるのは手間だったのではないかという思いと、そこの意図を汲み取れないから私は駄目なんだろうなという諦観が過る。

 たぶん、断るのが良かったんだろう。丸く収めるのならきっとそうだ。日菜のことを考えて断ったと知れば日菜は少し怒るかもしれないが、そこは誤魔化したっていい。

 

 それとも、日菜の言葉通りに受け取るべきか。自分がオーディションを受けるつもりだから、私を置き去りにするのが後ろめたかった。それはそれとして私が別のバンドに加わるのは少し気に食わない。これが一番分かりやすく納得がいくけれど、それだけじゃない気がした。

 

「紗夜?」

「ああ、今井さん。すぐ戻ります」

「うん。ヒナは帰っちゃった?」

「会っていかないのかとは訊いたのですが、どうせ明後日には会うからと」

「アハハ、まあそうだけどね」

 

 場を辞してからそれほど時間が経ったわけじゃないから、本当に日菜の顔を見に来ただけなのだろう。さすがに急かしに来たわけではないと思う。

 

「じつはヒナから紗夜の話は良く聞いてるんだ。なんでもできるおねーちゃんがいるって」

「誇張ばかりだと思ってください。私はありふれた普通の人間です」

「それはちょっと難しいかなって……」

 

 ますます高校で日菜が何を話しているのか気になる。今井さんか羽沢さんに聞けば詳しく分かるのだろうが、少し恐ろしくもあった。

 

「お待たせしました」

 

 スタジオに戻ると、スコアを手渡される。タイトルは『BLACK SHOUT』とある。

 

「コピー曲のレパートリーもあるけれど、どっちがいいかしら」

「時間を頂けるのならどちらでも」

「なら、こっちね」

 

 前回のライブでも聴いた曲だが、これをギターなしでやっていたのは随分と勿体ない。キーボードと音源で誤魔化せるとはいえ、今度はキーボードパートが薄くなりそうなものだ。

 

 何度かフレーズごとに弾いてみて、急拵えの割にはマシ程度には仕上げる。精度はお察しだが、そんなことはここにいる全員が承知の上だろうし。ギターのインパクトが強い曲だ。音の作り方で随分と印象が変わりそうで、色々と試してみる。

 

「……問題なさそうね」

「お耳汚し失礼しました。とりあえず、というレベルですが」

「それじゃあ合わせましょう」

 

 湊さんのアカペラから入る。ライブの時も思ったが、間近で聴くと尚更上手い。なんの補正もなしにこれだけ歌える人間は、インディーズには少ないんじゃないだろうか。

 

 叩き付けるようなストローク。しばらくアコギばかり触っていたから、少し違和感がある。ドラムがあると抜群にやりやすいなという分かりきっていた事実に少し感動して、それから今井さんのベースに合わせるのに気を遣う。日菜とばかり弾いていた弊害だ。

 

「すっごーい! ギターが入るとこんなに違うんだね!」

「曲調が曲調ですからね。……しかし、思ったよりも私が下手ですね」

 

 スコアを完全に暗記していないとか、初めてやるメンバーだからとか、言い訳のしようはあるけれど、思ったよりも弾けていない。普段日菜と無意識に合わせている部分に意識を割きすぎている。

 

「予想以上よ、紗夜。始発点としては十分でしょう」

「そうそう。さすがヒナのおねーちゃんって感じ」

 

 ああ、と今更ながらに気が付いた。湊さん達はアコギを弾いてる私しか知らないのか。その状態でスカウトなんて随分と思い切ったことをしている。それだけギターの不足に切羽詰まっていたのだろうか。

 いっその事多少レベルが低くても人を集められれば、くらいの感じだったのかもしれない。

 

「もう一度お付き合い頂けませんか。だいたい流れは掴んだので、次はなんとか」

「もっちろーん!」

 

 最長でも彼女達がプロに行くか私たちが卒業するまでくらいの付き合いだ。楽しくやろう。

 

 

 

 ♦

 

「紗夜、少しいいかしら」

「ええ。場所を変えます?」

「そうね」

 

 結局夕暮れまで付き合って、解散の流れになった折、湊さんに声を掛けられた。今後のことについては私も話し合っておかなければならないと思っていたからちょうど良い。

 

 ラウンジの端っこに陣取って、自販機で買ったお茶を一口飲む。あまり汗をかく事を考慮した服装で来なかったから、貼り付いて煩わしい。

 

「まずひとつ、確認よ。私たちの目標は『FUTURE WORLD FES』に出場すること。そのためには事前に行われるコンテストで3番以内に入る必要がある。だからひとまず目指すのは、そこね」

「はい」

「いくつかのイベントに打診を貰っているから、ライブをこなして、冬にあるコンテストに向けて調整するつもりでいるわ」

 

 湊さんの言葉を脳内で反芻してみるが、特に問題はなさそうに聞こえる。準備期間が短い気もするけれど、コンテストなんてものは出る回数が多ければ多い程良い。試行回数も経験も稼げるから。ただ、

 

「その後の展望は? 湊さんは、Roseliaでメジャーを目指しているんですか? それとも──」

「『売れるための音楽』なんて、邪道よ。……アナタにだけは言っておくけれど、私の目標はフェスに出ること。その後の展望なんてありはしないわ」

「……それは、メンバーには言っていないんですか?」

「リサは知っているわ」

 

 重症だ、と天を仰いだ。宇田川さんと白金さんがどういった動機でRoseliaにいるのかが分からない以上はなんとも言えないが、間違いなく特大の不和の種だろう。

 

「サポートだと線を引いた以上は、何も言いません。とりあえず、そのコンテスト及びフェスまでは協力するつもりですが、正式なメンバーは探しておいてください」

「……十分よ。アナタの演奏を聴いて、私は確信を得たの。アナタとなら間違いなく、私が望んだままのメロディを奏でられる」

 

 不和が生じたとしても、メンバー同士で解決すべきだろう。部外者だと定めた以上は、それほど肩入れする気もない。年長者として助言くらいはするかもしれないが、何をしたって余計なお世話になるかもしれないのだし。

 ただ、メンバーの意識には随分と差がありそうで不安だった。音楽やバンドに対する意識がズレればズレるほど、当然長続きしない確率が高くなる。飽きるくらいによく見た光景だ。雨降って地固まるとなれば安泰なのだろうが、それが難しいことは自明だ。

 

「私以上のギタリストなんて、それこそ掃いて捨てるほど居ますよ。それがわからないわけでもないでしょう」

「少なくとも、今まで出会ったことがないの」

「買い被りが過ぎます」

 

 狭い世界で生きてきたわけでもないだろうに、よく分からない。あるいは私が湊さんを買いすぎているのだろうか。

 

「……帰ります。ライブの日程とスタジオ練習のスケジュールは送っておいてください」

「練習メニューはいるかしら」

「組むのが負担にならないのなら頂きます。今のメニューも中弛みしつつあるので」

「なら一緒に送っておくわ。参考程度で構わないから」

「ありがとうございます」

 

 退屈だった世界が、ガラリと動いてしまった。日菜のこともそうだし、Roseliaのこともそうだ。ぼんやりと模範的で一般的な人生をなぞって、緩やかに寿命を消費してゆくつもりだったのに、2回目の人生をして新鮮に感じるくらいには環境の変化が著しい。

 

「あ、紗夜。話は終わった?」

「ええ。湊さんを待っていたんですか?」

「んーん、待っていたのは紗夜の方」

 

 ライブハウスを出ると、沈み掛けの西日が照りつけた。顔を背ければ、背後には紫の星空が顔を覗かせ始めている。

 話が終わるのを待っていたらしい今井さんに声を掛けられた。

 

「二人して私に何かを背負わせる気ですか」

「え!? いや、うーん、そうなのかな? ヒナのことなんだけどさ。紗夜はヒナと二人でバンド組んでるんだよね」

「一応は。日菜から聞いたかも知れませんが、活動の予定は白紙なのでそれに関して気に病む必要はありませんよ」

「うん……」

「なにか懸念が?」

「……違和感が、と言うか、紗夜とは初めて会ったんだからアタシの思ってたのと違うのは当たり前なんだけど、そうじゃなくて、ヒナらしくなかったなって」

「……ああ。日菜のことをよく見てくれてありがとうございます。それに関しては理由がわかっているので、お気になさらず」

 

 わかっているとは言っても、大まかな理由でしかないのだが。しかし他人にまで心配をかけるのは日菜も本意ではないだろうから、とりあえずはこう言っておく。

 

「そっか。ゴメンね? 首突っ込んじゃったみたいで」

「いえ、寧ろありがとうございます。私はあまり、あの子のことを見てあげられていませんから」

「えー、いいお姉さんだと思うけどなぁ」

「まさか」

 

 日菜にも友人ができたのだな、という感慨がなんとなくある。上辺だけの人間関係を面倒くさがるタイプだから、今井さんとはそれなりに深く付き合っているのだろうし。正直、日菜の友人であるというだけで今井さんへの評価に上方修正が入っている感じも否めない。

 

「リサ、紗夜も。まだここにいたの?」

「あ、うん。ちょっと紗夜と話そうかなって」

「そう。じゃあ先に帰っているわ」

「え、ちょっと。一緒に帰ろうよ! どうせ隣の家なんだから」

「……もう話は一段落したので、2人で帰ってください。まだ明るいとはいえ、日も暮れますから」

「うん、じゃあね、紗夜」

「ええ、また」

 

 会計を終えたらしい湊さんが出てきたのを皮切りに、家路につく。そういえば、この道を一人で歩くのは初めてだった。ここ1ヶ月はずっと日菜がくっついてきていたから、なんなら一人で出歩くのも久しぶりな気さえする。

 

 少し早い夏の虫の声が、植え込みから響いた。

 

 

 

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