月輪より滴り   作:おいかぜ

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《16》意味の無い薬指

 

 登校するなり、丸山さんのデビューが決まったと聞かされた。夏休み中には決まっていたどころか、私と話した数日後には決まっていたらしいが、恥ずかしくて言いふらしたりはしなかったらしい。

 

「おめでとう」

「あ、ありがとう。でも、緊張するよ〜」

「それは仕方ないわね。そういうものとして付き合っていくしかないわ」

 

 5人組のアイドルバンドで、ボーカルをやるらしい。楽器はできないらしいから、妥当なポジションだとは思う。今までのアイドルになるための練習も無駄にならないわけだし。

 

「チケットは……もう取れないのね」

「うぅ……みんなにも言われたよ。言うのが遅いって」

「賢明だと思うけれどね。初ライブなんてグダグダになりがちだし、本当に親しい人以外には慣れてから誘った方がいいと思うわ」

「実感の籠った言葉だね……」

 

 見覚えのある事務所だと思ったら、日菜がオーディションを受けると言っていた事務所だ。結構な大手だったはずだし、特に問題はなさそうに思える。日菜のことで色々聞けるツテが思わぬところから湧いてきた。

 

「白鷺千聖って、隣のクラスの?」

「うん」

「女優から引っ張ってくるなんて、力の入ったプロジェクトなのね」

「う゛っ」

 

 学校の有名人だから、流石に知っていた。というか、去年は同じクラスだったから面識くらいはある。それほど話したことはないけれど。

 それにしても、楽器までやれるなんて随分と多才だ。子役上がりで生き延びてきた女優に能力が無いわけがないと言えばそうなのかもしれないが。常に忙しそうだったし、仕事があるということは実力があるということだろうから。

 

 他の3人は聞いたことがない人だった。まあそんなものだ。大してテレビも見ないし流行りも能動的に追いかけない人間だから、芸能人の名前すら満足に知らない。

 最低限のニュースくらい抑えておけばとりあえず問題はないと思っているけど、女子高生としてはあまり良くない気がしないでもない。

 

「諦めたら届かない、って言ってたわよね」

「……覚えてたんだね」

「月並みだけど、いい言葉だと思ったのよ。実際に叶っているのだし」

 

 諦めなかった。それがどれほどすごいことなのか、丸山さん自身は実感していないのだろう。それでも傍から見れば、その努力は眩しく映る。これから先も困難ばかりなのだろうけれど、どうか報われて欲しい。

 

 

 

 なんて会話をしたのが朝のこと。

 

 放課後にかけてソワソワが大きくなっていく丸山さんを見ながら(レッスンがあるらしい)退屈な授業を受けて、脳内で譜面を追いかけていたらすぐに一日が終わってしまった。

 

「あの、紗夜さん。もし良ければ……なんですけど、一緒にスタジオまで行きませんか?」

 

 帰る準備をしていたところで、白金さんに声を掛けられた。珍しい、と言うか、教室でこちらが話しかけられるのは初めてかもしれない。

 

「ええ、勿論。いつもはCiRCLEのスタジオでやっているわけではないんですよね?」

「はい、駅の方のスタジオで練習、してます」

「私はそこを知らないので連れて行って頂けると助かります」

 

 今どき、スマホの地図アプリで調べてしまえば大抵の場所には行けるのだが、場所を知っている人がいるなら連れて行ってもらった方が余程楽なのには違いない。

 

「白金さんとはあまり話したことがありませんでしたね」

「私は……その、人と話すのが苦手なので」

「……こうして話しかけるのも迷惑でしたか?」

「いえ! ……これも、直したいんです。Roseliaに入った理由のひとつも、そのためで……ふ、不純かもしれないですけど」

 

 まあ確かに、ぐいぐいコミュニケーションを取るタイプの人種ではない。教室の角で静かに過ごしていれば満足できるタイプに感じる。人と話すことが苦手な人なんてこの世にごまんといるのだし、意思疎通を図ろうとする意思があるだけで十分に立派だ。

 

「不純だとは思いません。寧ろ──上から目線に聞こえるかもしれませんが、立派だと思います」

「……そうでしょうか」

「バンド活動をやっていれば、いやでも知らない人たちと話すようになります。そのうち慣れていくでしょう」

 

 スタジオやライブハウスのスタッフ、増えていくファン、レーベルの社員、レコーディングの関係者、楽器屋の店員、対バン相手。ぱっと思いつくだけでもこれくらいの関わりは生まれる。

 もし白金さんがあえて人と話さざるを得ない状況に自分を追い込むことによって苦手意識を克服しようとしているのなら、悪くない選択肢だろう。

 

「そういえば、白金さんはRoseliaに入ってどれくらいになるんですか?」

「2ヶ月くらいです。ライブはまだ1回きりで……そもそもRoseliaができたのが、そのくらいなので」

「では私が観たライブが唯一のライブだったと」

 

 ラッキーだったなとは思う。あのライブを見て少なからずRoseliaに興味を惹かれたのは事実だ。どちらにせよRoseliaに手を貸すことにはなったような気もするけれど、第一印象は随分変わったに違いない。

 

「その、どう、でしたか?」

「私はピアノに疎いので白金さん個人の演奏には何も言えませんが……ギター無しは無理をしていたんだろうなとは思いました。個々の実力が高いからとりあえず成り立っていたという印象は拭えません。それでも、あのイベントの中では突き抜けて上手かったと思いますが」

「そう、ですよね。友希那さんも……それに近いことを、言っていました」

 

 学校の校門を抜けて、駅の方へと足を向ける。学校から直接駅の方角へと赴くことはほとんどなかったから、あまり通ったことの無い道を歩くことになる。

 

「次のライブは2週間後だそうですね」

「はい……緊張、しますけど、楽しみです」

「足を引っ張らないようにはするつもりですが、正直、キーボードを入れた編成でやったことがないので白金さんのパートに関しては何も分かりません。そちら側から何か気付いたことや要望があれば気兼ねなく指摘していただけると助かります」

「そんな、私こそまだまだ……」

 

 実力派バンドと謳われてはいるし、少なくともインディーズの括りではその称号に違わない実力を持ってはいるが、私から見たRoseliaは未だ発展途上、というか伸び代を大幅に残したメンバーばかりだ。

 今井さんはベースに1年以上のブランクがあるらしいし、宇田川さんは明らかに伸び盛りで、白金さんはピアノ歴こそ長いもののキーボード及びシンセサイザーに触れるのは初めてらしいし、特に後ろのふたりはバンドを組むことすら初めてらしい。となれば3人とも爆発的に成長してもおかしくないわけで、まだ停滞期にさえ入っていない。

 

 私も多少なりとも成長できなければあっという間に置いていかれるだろう。それまでこのバンドにいるかは別としても。

 

「あ、こっち、です」

「こんなところにあったのね」

 

 Roseliaが普段使っているというスタジオはかなり綺麗なところだった。その分料金も高そうだったが。

 

「あの、あとからでいいので……衣装用に身体の採寸だけ、させていただけませんか」

「……もしかして、白金さんが作っているんですか?」

「え、は、はい」

「あの衣装を?」

「そう、です」

 

 つかの間、思考が固まった。高校生って、こんなに多芸な人間ばかりだっただろうか。うちの学校は服飾関係の学校では無い、はずだ。学校で習ってるから少し作れますとかいう次元じゃない。

 

「なにか不味かったでしょうか……」

「いえ、驚いてしまって。採寸は勿論構いません。できれば練習の前の方がありがたいのですが」

「大丈夫、です」

 

 汗をかく前の方がいいだろうという判断で、そのまま採寸してもらうことになった。湊さん達はまだ来ていないようだったのでちょうど良い。

 更衣室で測ってもらう時も、手際の良さに感心させられた。なんというか、“わかっている感”がある。尤もこれは私があまりファッションに関心を抱いていないからであって、他の人にとっては案外普通なのかもしれないけれど。

 

「衣装に関しての要望があれば……その、応えられるかは分かりませんけど……」

「私はデザイン関係に疎いので全面的に白金さんに任せます。肩周りの可動域が広い方が嬉しい、くらいでしょうか」

 

 身体のサイズがメモされていくのを見ながら、なんとなく気恥しさも覚えた。見られて恥じるような身体をしていないとは思うが、見せびらかすようなものでもない。

 

 制服に袖を通し直して、時計を見れば集合時間5分前。受付の方に戻れば、湊さん達羽女組が到着したところだった。

 

「来ていたのね。ちょうど良かったわ」

「昨日はずっとソワソワしてたもんね〜」

「……いつも通りだったわよ」

 

 今日からが練習本番といった感じだ。まだ細部までは詰められていないが、スコアを渡された曲はある程度手に馴染ませてきた。

 曲の方向性がまとまっているから、弾き方にあまり悩まなくて良かったというのもある。重く、鋭く、ロックでいい。ギターにかき消されるようなボーカルでもない。

 

 スタジオに入って、メンバーの雰囲気がガラリと変わる瞬間が好きだ。各々の音楽へのひたむきさが伝わってきて、そこには一体感さえ感じられる。

 

 いつか日菜に言ったことが、結局嘘になってしまったのに気が付いた。

 過去を慰めるものでしか無かった音楽が、再び私の道を照らす灯りになった。それを為したのは間違いなく日菜だ。

 

 ピックが弦を弾く度に跳ね上がる鼓動が、せり上がる衝動が、私の心を満たす。

 

「あこ、走り過ぎよ。何度も言わせないで」

「はい!」

「燐子も、あこに釣られないで」

「は、はい」

 

 宇田川さんはテンションに任せて突っ走る癖がある。勿論それは完璧な演奏を求める上で大きなマイナスだが、私としては結構好ましい。完璧にリズムを刻む職人気質のドラムに抱く感情が畏敬だとしたら、宇田川さんに感じる印象は愛嬌だろうか。

 ミスが良いと言っているのではなく、主張の強さがあった方が楽しいという話。

 

 演奏の完成度だけで言うなら、湊さんに合わせれば良いだけだ。何故かそれは凄くやりやすくて、メロディーラインを併走しながら目配せをし合っているようにさえ錯覚する。

 

「リサ、とりあえず弾けるからと満足しないで。ベースの貴方が紗夜に合わせるのよ」

 

 湊さんのレベルが最も高いのは前提として、今一番苦戦していそうなのは意外なことに今井さんだった。

 宇田川さんは今ノリにノッている成長期で、白金さんは幼少期からの積み重ねが活きている。となれば半端にブランクがあって、元々バンド活動をしていた訳でもないらしい今井さんが苦しい時期にあるのは道理であるとも言える。

 

「あの、湊さん。私にはなにかないのですか?」

 

 特に指摘されることも無いまま何度か通しで弾いて、一通りの感覚を掴んだところで、思い切って尋ねてみた。

 

「紗夜はそのままで良いわ」

「そう言われても……湊さんに見えている完成系のビジョンと、今の私の演奏は違うはずでしょう? それを修正したいのですが」

「……まだアナタになにか言える段階に無いのよ。強いて言うのなら、リサとあこの介護をする必要は無いわ。自分の実力を勘違いしてしまいかねない」

「介護なんてしている自覚はありませんが」

「走りすぎたドラムがギターに宥められることを介護と言わずになんと言うの?」

 

 きつい言い方をする。言繕うことをしないから、その分ストレートに伝わってくることは否定しないけれど。バンドメンバーがひたむきで素直でなければとっくに崩壊していそうだな、と苦笑してしまった。

 

「……分かりました。差し出がましい真似を、すみません」

「紗夜は気にしないでよ、アタシ達が不甲斐ないのが悪いんだからさ」

「そうだよ、あこが突っ走り過ぎちゃうから……」

「いえ、手癖が抜けていない私の落ち度です」

 

 実際、半分無意識だった。日菜に合わせていたときの弾き方が染み付いていたらしい。それでは成長しないと言われて、日菜に対しても良くなかったのだろうかと思い返す。……あの成長速度で成長していないとは言えないか。最高効率ではなかったかもしれないというだけで。

 

 しかし、少し見えてくる。湊さんとしては支え合うバンドよりも、個々の演奏を完璧に全うすることで結果的に噛み合うようなバンドを目指しているのだろう。理想形ではあるし、間違ってもいないとは思うが……ゆとりがないような気もする。普段の関係性を見るに、今井さんにもう少し余裕が出てきたら変わるのかもしれないけれど、少なくとも次のライブまでの間はこのままだろう。

 

 少しの休憩の後に、もう一度通しで弾く。しばしば感じていたことだが、Roseliaの楽曲はけっこうコーラスが多い。湊さんの好みなのだろうか。ギターの主張が強い曲が多いし、キーボード前提の曲ばかりなのもあって、メロディが厚い曲の方が好きなのかもしれない。

 

「紗夜。そういえば一つだけ、気になっていることがあったの」

「はい」

 

 言おうか迷っていたのだけど、という前置きで、湊さんが切り出した。気を遣わせてしまっただろうかと思わなくもなかったが、指摘は貰える方がありがたい。自分でアップデートしていくにも限界があるから。

 

「アナタ、何故か弦を押さえるときに薬指よりも小指を優先するわよね。寧ろやりにくいと思うのだけど」

「……癖なんです。意識するようにしてからはかなりマシにはなったと思うのですが」

「きっちり直すべきよ。運指を詰められている状況ならまだしも、アナタの柔軟性を著しく狭めることになりかねない」

 

 前から認知していた癖ではあった。原因もわかっていて、解消するのに問題は無い。慣れが邪魔をして思うように修正が進んでいないのはわかっていたけれど、湊さんにも指摘されるのだからそれなりに目立つ癖ではあるのだろう。

 

 ひとつひとつ、忘れてゆく。日菜に聞かせたあの曲さえ、もう◼️◼️◼️◼️ではなく氷川紗夜の演奏だった。動きの鈍い薬指の感覚を忘れて、それでも残った名残さえ惜しむことなく消し去る。

 割り切れてはいないが、過去は過去だ。いつまでも抱え込んで連れて行けるものでもない。削ぎ落として、振り落として、それでも残ったものだけ胸の内に隠しておければ。

 

 だからもう、縋ってくるな。逃避ではなく決意して、私は氷川紗夜として生きていくことに決めただろう。

 今の私なら彼らについていけたかもしれないのに、なんてあまりにも馬鹿げた郷愁。氷川紗夜でなければもはや伸び代などなかったくせに。

 左手の薬指を摩った。女々しい自分が嫌いだ。

 

「……ライブまでには直します」

「ええ」

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