月輪より滴り   作:おいかぜ

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《17》彼我の距離

「なんでオーディションとおねーちゃんのライブが被ってるの!!??」

「あなたが決めたんでしょう。お母さんは紗夜のライブを観に行くから、日菜はオーディション頑張りなさいね」

「もう、キライ!!!!!」

 

 土曜日の朝からドタバタ。母さんと日菜が騒いでいるのが1階から聴こえてきた。

 槍玉、と言うと少し違うか。話題にされているのが私だから余計に、面倒くさい。時刻を見れば9時半。そろそろ起きた方が良いのには違いないが、日菜が出掛けるときに起きよう。面倒くさい。ほんとに。

 

「おねーちゃん!」

 

 階段を駆け上がる音が聞こえて、この部屋に来そうだなと思っていたら案の定。

 

「……早く行ってきなさいよ」

「ライブ、絶対間に合わせるから」

「ライブなんてこの先何回もあるでしょう」

「そうだけど……」

 

 充電器からスマホを引き抜く。ホーム画面が開いて、LINEの通知量の多さに面食らった。昨日は早く寝たから気づいていなかったが、夜に何かあったらしい。

 

「スタジオミュージシャンの応募なんて、初心者が行って受かるようなものでもないのだから、気負わず講評だけ貰ってきなさい」

「ひどいや」

「朝から喧しいのよ。それとも、貴方なら受かると言って欲しかったの?」

「ううん。あたしもそのつもりで受けるわけだし」

 

 トーク履歴を漁ると、丸山さんに何かあったらしい。そういえば昨日は丸山さんのデビューライブがあったのだったか。もしやライブが滑ったのかと色々と調べて、全てを察してしまった。

 

「あ、Pastel*Paletteのやつ?」

「知っていたの?」

「うん。昨日ネットニュースになってたし。エアバンドで初ライブやって機器の不調で全滅、なんて可哀想だよね」

「それでいけると思った事務所に驚きだけれどね。……今日、受かっても辞退しなさいよ」

「受かんないっておねーちゃんが言ったんじゃん」

 

 朝から気が滅入る。無責任な大人に、努力してきた子どもの夢が潰されるのが胸糞悪かった。口パクでさえバレるのに、空演奏なんてバレないわけが無い。その程度のことも分からない無能が指揮を執っていたのか、ある程度織り込み済みの炎上商法だったのか。いや、この有様では焼け残りさえしないだろう。

 

 丸山さんから個人チャットが来ていた。夜中だったから無視する形になってしまったけれど。今更ながらに返事をして、それからあまり無責任なことを言わないようにと心の中で自戒する。

 

「早めに出るんじゃなかったの? あんまりぼうっとしてると結局10時になるわよ」

「うん。行ってくるね」

「行ってらっしゃい」

 

 絶対間に合わせるから、と再度言い残して出ていった日菜に手を振って、さすがにそろそろ起きるべきかと部屋を出た。

 

「おはよう」

「おはよう、紗夜。何時に出るの?」

「……4時くらい。父さんは?」

「日菜を送っていったわ」

 

 時間が微妙だから朝食はもういいかと、水だけ飲んでソファに座り込んだ。最近あまり父さんに会っていない気がする。……私が休日に出かけているからか。

 

「まさか紗夜も日菜も楽器にのめり込むなんてね」

「意外?」

「ええ。でもお父さんもギターをやっていたのよ。直ぐに飽きたけどね。『続けてたら俺も2人と弾けたのになぁ』って悔しがってたわ、昨日」

 

 直ぐに飽きる感じならどの道続きそうにはないけれど、確かに父親としては娘と同じことができるのは嬉しいのかもしれない。特に父さんは子煩悩だし。

 

「紗夜には車出さなくていいの?」

「うん。すぐ近くだから」

「遠慮しなくていいのに」

「次のライブの方が車を出して欲しかったのだけど」

「そっちは仕事で……ごめんなさいね」

 

 昼のトーク番組は、程々に中身がなくて気楽に観られる。買い物特集とか、コーディネート紹介とか。ワイドショーは観る気になれないけれど、心を負の方向に波立たせないどうでもいい情報の氾濫は心地よかった。

 

 テーブルの上に置いたスマホが震える。丸山さんからの返信だった。

『話せないかな?』

 

「少し、電話してくる」

「はいはい」

 

 丸山さんになにか言えることがあるだろうか。慰めて欲しいのならもっと仲が良い友人がいるだろうし、彼女が私に何を求めているのかよく分からない。比較的仲が良いとはいえ、ただのクラスメイトに。

 

「もしもし、丸山さん?」

『あ、紗夜ちゃん。ごめんね、急に』

「別に構いませんが……」

『紗夜ちゃんも、もう聞いたよね。私たちのライブの話』

「ええ」

 

 思ったよりも明るい声音。無理をしているのでなければいいのだが。

 

『空演奏でライブなんて難しいんじゃないかと思ってたけど、やっぱりこうなるんだよね。ギターの子は事務所ごと辞めちゃったし、ベースの子……千聖ちゃんもあまりバンド活動に乗り気じゃないみたいだし……もう中傷記事も出てるんだよ、私たち』

 

 私だったらさっさと辞めていただろうなと思う。こんなことをしでかすスタッフなんて信用ならないし、それ以前に心が折れる。夢が叶うと思った拍子に、それを土台ごと崩されるなんて。

 

『ねぇ、ここから立ち直れると思う?』

「活動を続けるだけなら、かしら。スタートから大きなマイナスイメージがついた以上、私が事務所のスタッフならプロジェクトごと切り捨てるわね。最初から1万人規模のライブなんて相当な初期投資がされているプロジェクトだと思うから、もしかするとその回収のためにしばらく動かしてくれるかもしれないけれど」

『そう、だよね。また1人探すか連れ戻すかするところから始まるわけだし……』

「あなたの事を想うなら、私は今すぐ事務所を辞めることを勧めるわ。大多数からの中傷に耐えられる人間なんかいないの。心も身体も摩耗して、それで丸山さんに何が残るの?」

 

 丸山さんのことを想うならというのは少し違ったかもしれない。丸山さんを大切に守っておきたいなら、と言う方が近い。

 

「それとも、発破をかけてもらいたかったのかしら」

『えへへ、実はね』

「……私なら諦めるわ。努力だけでどうにかならないことの方が、この世界には多いと知っているから」

『……うん』

「そしてきっと、後悔する。やりきってなお届かなかったのなら、私には手に入らないものだったのだと諦められる。けれど中途半端に逃げ出してしまえば、それは一生残る後悔になる。あと少しだけ踏ん張っていたのなら届いたかもしれないのに、なんて、今後の人生に突立つ茨になる」

 

 楽な道を歩くのが好きだ。舗装された道路を歩いて、私は今までを生きてきた。そして多分、これからも。

 丸山さんのような人種が眩しく見えるのは、私が決して選ばないだろう道を歩いているから。

 

「労力をかけるほど良い結果が返ってくるなんて単純な世界じゃない。労力をかけずとも良い結果が舞い込んでくるなんて優しい世界じゃない。──けれど、努力するだけ無駄だなんて無情な世界でもない。努力をしても届かない場所があって、努力をしなければ届かない場所もある。結局、貴方がその夢にどれだけ自分の人生を懸けられるか次第よ」

 

 私が丸山さんの立場にいたとして、さっさと見切りをつけてしまうだろう。だからどの口が言うんだという話ではあるが。

 もう十分だろう、というのが本音だ。だって、必死で積み重ねた努力を、軽率な赤の他人の行動で全て崩されたのだ。悔しいだろうし、虚しいだろうに。

 あなたは十分頑張ったと言うべきだと思うのに、丸山さんがまだ諦めていないのならそれはむしろ彼女を苦しめる言葉になる。

 

「……本来私は諦めなさいと言う立場なのよ?」

『うん、ありがとう。……でもなんか、紗夜ちゃんに言ってもらいたくて』

「どういう意味かしら」

『紗夜ちゃんがいちばん、世界を冷たく捉えていそうだったから。実感が篭っている気がして、活力になるんだ』

「……やる気が湧いたなら結構だけれど」

 

 私ほど世界に夢を見ている人間はそういないと思う。この世に超常現象が存在することだって知っているし、この歳になってなお人間の感情の繋がりに過剰な期待を抱いている。

 丸山さんが満足したのならそれで構わないが、腑に落ちない部分もあった。

 

「次は仲の良い友達か家族に頼みなさい。その方がきっと、貴方のためになる」

『また頼んじゃダメ、かな?』

「駄目よ。私の心労が酷いことになる」

『そこは仕方ないわねって言うとこだよ!』

 

 違うと思う。

 

 ♦

 

「あ、紗夜。珍しく最後だったね」

「……友人の長電話に付き合わされてしまって、すみません」

「遅れてるわけじゃないし大丈夫だよ。楽屋で友希那がソワソワしてるけど」

「信用がないのでしょうか」

 

 4時半集合で、2分前に着いた。いつもはかなり余裕を持って動いているから、Roseliaの集まりに遅刻しかけたのは初めてだった。遅刻しかけたとは言ってもライブのための点呼は5時だったはずだからかなり余裕はあったのだが。

 

「友希那は紗夜のことめちゃくちゃ買ってるからねー。アタシにはわかんない感覚だけど」

「私にも心当たりがないのですが……」

「でも紗夜が来てRoseliaが少し良くなったのは確かだよ。楽器隊の目標ができたからね。ほら、友希那はボーカルだから少し勝手が違うじゃん?」

 

 音楽への感覚が近い、と湊さんは言っていたが、正直なところ私には全く共感できるところがない。湊さんからの評価を聞く度に買い被りだなと未だに感じているし、それに、湊さんの音楽というのがよく分からない。

 

 彼女が私のギターに理想を見るのは勝手だし、過大評価だなと思いながらもそういうものかと流してしまえるけれど、どうにも、湊さんが好きなのはどちらかと言うと宇田川さんとか今井さんのような音楽に感じる。

 好みと理想は違うという話か、それとも無自覚なのか。

 

 私の演奏は、基本的には事前に詰めきったものだ。()の名残りで、事前に運指を詰めきらないと仲間たちと同レベルで演奏できなかったから、そういうスタイルに落ち着いた。左手に微小なハンデがあるからアドリブも不得手だし、どれだけ練習してもミスしやすいコードチェンジもあった。

 そんな私のスタイルだから、練習で100出せたパフォーマンスを、90から95で常に発揮することは可能だ。演奏をするというただ1点に関してはそれでいいのかもしれないが、面白みがない。

 

 宇田川さんや今井さんの演奏は、テンションによって結構ムラがある。ノっているときは120のパフォーマンスをすることもあるし、調子が悪いと50点くらいのボロボロな演奏になることもある。実は湊さんもこのタイプなんじゃないかと私は睨んでいるが、どうだろう。練習量が凄まじいからか、元々の技術があるからか、湊さんのパフォーマンスが著しく悪かったことは今までにないが、逆に今井さんの調子がとても良かった日につられて湊さんのパフォーマンスも上がっていた。

 

「楽器が揃って士気が上がっているという意味なら分かりますが、私が刺激になるというのはあまり、実感がないですね」

「そう? まあアタシとあこが勝手に目標にしてるだけだから、実感がないのは当たり前かもね」

「目標になるほど大した演奏技術だとも思えませんが……」

 

 隣の芝は青く見えるというやつ。技術の差ではなくて、スタイルの差だ。湊さんの言動を鑑みれば、彼女がRoseliaに求めている理想は私の演奏スタイルに近いのかもしれないが。それで今の演奏を歪めてしまうのは勿体ないなと思う。

 反復練習で演奏の精度なんていくらでも上がっていくのだから、私のように無難に終わらせるのではなく、チャレンジ精神とその場のノリに合わせていた方が余程伸び代がある。

 

 楽屋に向かいながら自分の演奏について考えてみるが、相対的な評価はできても、自分自身に絶対的な評価を付けるのは難しい。たとえばRoseliaの中でいちばん技術が高いのは湊さんだ。持って生まれたものも、積んできた努力もレベルが違う。じゃあ2番目にパフォーマンスが良いのはと問われたら、多分私になる。それも当たり前と言えばそうで、何年もバンドを組んでやってきた人間が、バンドを組んで音を合わせはじめて数ヶ月の集まりに交ざったら、慣れている分実力を発揮しやすいに決まっている。

 

 私はこの慣れをいずれ必ず埋まる実力差だと感じているし、それよりも今井さんたちの伸び代を大きく評価しているが、向こうからすれば私に対して逆のことを感じているのだろう。自分の伸び代なんてよく分からないし、こなれている私が上手く見えるのも当たり前だ。だから自己評価とバンド内での認識がこんなにも食い違う。

 

「……ようやく来たわね」

「お待たせしました」

「時間には間に合っているのだから構わないわ」

 

 散々御託を垂れたが、私も今日を楽しみにしていたのは事実だった。

 ギターを弾くのが楽しい。尊敬できる誰かと合奏するのも。

 

「紗夜さん! いいライブにしましょうね!」

「ええ、もちろん」

 

 

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