月輪より滴り   作:おいかぜ

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《18》切符

 

 思っていたより、つまらない。最初に抱いた感想がそれだった。

 即興で組まされた4人でオーディションの課題曲を弾く。

 

 緊張で走るドラムに、自分の技術をひけらかしたいだけのギター。ボーカルは上手いのに、伴奏がぐちゃぐちゃだから孤軍奮闘って感じ。とりあえずドラムに合わせているけど、頻繁にテンポがズレるし乱れるからどうにも難しい。いっその事あたしが引っ張ってやろうか。でもそうしたら今度こそ崩壊するような気もする。

 

 ベース歴2ヶ月って馬鹿正直に書いたから見込みのないグループに入れられたんだろうか。特に活動歴がなかったんだから仕方がないじゃないかとは思うけれど、あたしでも同じような判断をしたかもしれないので責められない。

 

「はい、OKです。控え室で結果をお待ちください」

 

 しょーもない。もっと上手い人ばっかりだと思ってたのに、素人のお遊戯会みたいだった。この中でも受かるような人は余程上手いんだろうけど、玉石混交がすぎると言うか。

 

「キミ、学生さん?」

「そうだよ、高校生」

「若いのにこんなところに来るなんて、凄いね。熱心だ」

「ボーカルさんは?」

「22のロクでなしだよ」

 

 ぼーっとしていたら、ボーカルの人に話しかけられた。ドラムの人は離れたところで落ち込んでいて、ギターの人は他の人に紛れて見えない。

 スウェットにプリン頭。ロクでなしかはともかく、だらしないのは確かっぽい。歌は上手かったけど。

 

「酷い演奏だったね」

「んー、あたしに恨み言でも言いに来たの?」

「いやいや、さすがにそんな大人げないことしないって。他の二人のことだよ」

「陰口も大人げないと思うけどなー」

「仰る通りで。……なんだ、お姉さんが慰めてあげようと思ったのに、全然気にしてなさそうじゃん」

 

 無視しようかなとも思ったけど、しばらく暇だから話に付き合うことにした。こういう場所に慣れてそうな雰囲気もあるし。

 

「受かるつもりもなかったしね」

「へぇ、じゃあどうしてここに来たの?」

「この後の講評目当て。刺激になるかなーって」

「熱心だねぇ」

「お姉さんは?」

「私は普通に食い扶持を求めてオーディションだよ。この分なら落ちてるかなって感じだけど。あーあ、昨日の件で辞退者も多そうだし、狙い目だったんだけどなぁ」

 

 発表待ちの控え室でこういう話をするあたり、無神経なタイプの人間だなぁと思う。あたしも人のことは言えないけど、おねーちゃんなら顔を顰めそうだ。

 

「ベースはどれだけやってるの?」

「2ヶ月くらい。だからすっごい初心者だよ」

「んじゃあ半年後くらいには余裕で受かってそうだねぇ。今日はドンマイって感じだけど」

「……オーディションっていつもこんな感じなの?」

「割とそうだよ。私は楽器とかやんないからボーカルのオーディションばっかり受けてるし、個人のアカペラとか空オケとかも多いけどね。ベースだったら合奏が多いだろうし、募集要件のないオーディションならこんなもんだよ」

 

 それはちょっと、つまらないかもしれない。やっぱりバンドを探した方がいいかな。悩ましい。

 

「合否を発表致します。番号を呼ばれた方は別室に移動してください。番号を呼ばれなかった方で、講評が聞きたい方はこの部屋に残ってください」

 

 いつまで時間がかかるんだろう。夕方までかかりそうならさっさと帰るんだけど、この分だと3時くらいには終わるだろうか。

 

「1003番、3004番、4012番──1024番」

「お、呼ばれちった」

「おめでとー」

「3024番」

「あれ、あたしも?」

「やったじゃん、おめでと」

「困るなぁ」

 

 嬉しい意味じゃなくて、文字通り本当に困る。辞退すればいいだけなんだけど、トントン拍子に話が進むところに腰を折るのが申し訳ないし。面倒くさい。

 席を立って、お姉さんと廊下を歩く。

 

「3024番、氷川日菜さんには別件でお話がありますので、301室へお越しいただけますか?」

「うん?」

「あー、なるほどね。それじゃあここでお別れだ、氷川ちゃん」

 

 案内された部屋の手前で、案内してくれていた人とは別の女の人に引き止められた。話がよく分からない方向へと転がっていく。

 なるほどねって、お姉さんは何の話か察しがついたんだろうか。面倒な話じゃなければいいけど、表情が面白がってるから面倒な話だと思う。

 

「キミのお陰で通ったようなもんだよ。だから感謝してる。今度会ったらご飯くらいは奢ってあげよう」

「ほんと? 連絡先くらい聞いとけばよかったかな」

「縁があれば会えるでしょ。その方が面白くない?」

「会えたら面白いね、会えたら」

「ロマンがないねぇ」

 

 合格者の部屋に入っていく後ろ姿を見送って、ため息をついた。おねーちゃんのがうつったかな。

 

「その部屋ってどこですか?」

「301号室はこの廊下の突き当たり右です。突き当たりに案内板もございますので、迷うことは無いと思います」

「はーい」

 

 何の話って、心当たりはあんまりない。廊下を歩きながら掘り返してみるけど、不正とかをしたわけでもないし、一際優れたパフォーマンスをしたわけでもない。もしや、と思わないこともないけど、正解して欲しくない想像だった。

 

「失礼しまーす」

 

 スマホの録音をオンにしてから、ノックを4回。はい、という声の後にドアを開けた。割とどうにでもなれという思考。

 

「突然お呼びだてして申し訳ありません。私、アイドル事業部の早川と申します。この度は氷川日菜さんにスカウトの打診があってこの場を設けさせて頂きました」

 

 嫌な予感的中。でも、考えようによってはアリかもしれない。ちょうど、これから先のアテが無くなったところだったわけだし。

 

「Pastel*Paletteというアイドルバンドをご存知でしょうか」

「はい」

「では、先日のニュースもご覧になりましたか?」

 

 頷く。朝からおねーちゃんが見ていたニュースだ。あたしも軽く記事を読んだくらいだけど、概ね何があったかくらいは知っていた。

 

「私は今日からそのバンドの担当スタッフになったのですが、メンバーに欠員が出ておりまして、後任のメンバーを探しているわけなんです」

「それであたしを?」

「はい。アイドルができるくらいの容姿があって、楽器を弾ける人というのは結構貴重でして。欠員が出ているのはギターなのですが、現在ベースを担当している白鷺さんはまだベースが弾ける状態では無いので問題なく代わっていただける手筈になっています」

「そのギターの子はどうしちゃったんですか?」

「事務所を退所致しました」

 

 ああ、1人辞めちゃったんだ。それなら芋づる式にみんな辞めていくような気がする。

 

「少し踏み込んだ話を致しますと、Pastel*Palettesには少なくない初期投資がされておりまして。1回失敗したからはい終わり、とはいかないわけなんですよ。幸いなことに残ったメンバーはやる気を見せてくれていますし、再デビューの計画を整えて半年、一年単位のスパンで活動を続行するか、収縮及び解散するか審査する形になると思われます」

「はぁ」

「つまり、スカウトを受けていただけるのならかなり氷川さん側に譲歩した条件にすることも可能です。給料も出ますし、レッスンなどは他のメンバーと同程度の待遇も得られますし、契約の更新は半年に1度で構いません。守秘義務さえ守っていただければ、途中で辞めても責任は問いません。こちらもかなり切羽詰まっておりまして」

 

 セールスマンみたいだな、という感想。スカウト担当なんてまあ実質セールスマンみたいなものなのかもしれないけど。

 契約書次第なのはもちろんだけれど、絶妙にあたしにとっては魅力的な条件を持ってくる。正直なところ、メンバー次第では受けてもいいかなと思うくらい。ぜーったいおねーちゃんに怒られるけど。

 

「うーん、お返事は明日以降でもいいですか?」

「勿論です。できれば1週間以内でお願いしたいのですが……」

「はい。それと、Pastel*Palettesのリーダーに会わせて貰いたいんですけど」

「分かりました。今から手配しますが、事務所にいたはずなので数分で来られると思います。ついでに書類を印刷してきますので、この部屋でしばらくお待ちください」

 

 スタッフさんが出ていくのを見送って、スマホの録音を切る。特に変な話はされなかったけど、こういうのってあとから必要になってくるものだろう。

 

「し、失礼します……」

「あ、キミが丸山彩ちゃん?」

「うん、そうだけど……」

「あたしは氷川日菜。ついさっきPastel*Palettesのメンバーにってスカウトされたんだ」

 

 恐る恐る入ってきたのは、ピンクの髪をツインテールにした冴えない子だった。冴えないと言うと悪口っぽくなるけど、実際の印象がそうだったのだから仕方ない。芸能人らしい覇気とか、積み重ねてきた自分への自信とか、そんなものが見えなかった。

 

「氷川……って、もしかして紗夜ちゃんの妹さん?」

「おねーちゃんを知ってるの?」

「同じクラスの友達だし、もちろん。妹さんがいるのは知ってたけど──」

「イメージと違った?」

 

 ああ、だからおねーちゃんがあの記事を見て顔を顰めていたのか。妙な縁だ。クラスメイトが所属しているグループが炎上していたら心配するに決まってる。

 

「ううん、イメージ通りかも。紗夜ちゃんも似てないって言ってたし」

「似てないかな?」

「雰囲気はそんなに似てない、かな」

 

 姉妹だから見た目は似てるはず。一卵性じゃないから全くの同一じゃないけど、それでも同じ日に生まれた姉妹だから。雰囲気のことを言われると確かに、全然似てないだろうなと思う。あたしにはおねーちゃんみたいな静謐さとか落ち着きがないから。

 

「日菜ちゃんは、早川さんにスカウトされたの?」

「あのスタッフさん? うん、そうだよ。まだ入るかは決めてないけど」

「……紗夜ちゃんに嫌われないかな」

「どうして?」

 

 彩ちゃんがおねーちゃんとどのくらい仲がいいのかは知らないけど、おねーちゃんはそんなに人を好きになったりも嫌いになったりもしないような気がする。

 あたしがおねーちゃんにめちゃくちゃ怒られるのはともかく、あたしがPastel*Palettesに入って彩ちゃんが文句を言われることは流石にないと思う。

 

「Pastel*Palettesの現状は、だって──」

「まあ、泥舟だよね。メンバーもいないし、評判も最低だし、演奏技術も無いって、お話にもならないもん」

「うぅ……」

「あたしがキミと話したかったのはね、どうしてまだ諦めてないのか知りたかったから。教えて欲しいな、やるだけ無駄だって分かりきってるのに、どうして沈み掛けのバンドにしがみつくの?」

 

 別のグループで評判をリセットしてやり直すなり、別の事務所を受けてみるなり、いくらでもやりようはあるはずだ。辞めたギターの子は続けるだけ無駄だと悟ったから辞めたんだろうし、あたしもそれで正解だと思う。

 沈み掛けのバンドを立て直すのも楽しそう、なんて思い始めてしまっているあたしも、無責任な立場にいるからこんな楽観的な考えを持っているだけだ。当事者だったらさっさと辞めていた気がする。

 

「やるだけ無駄かどうかなんて、わかんないからだよ。才能がある人には分からないかもしれないけど、Pastel*Palettesはできの悪い私が唯一手に入れたチャンスなの。これを逃したら、もう二度と私には夢を掴む機会は巡ってこないかもしれない。なのに()()()()()()()()で投げ出す方が勿体ないでしょ?」

「その1度の失敗が致命的なのに?」

「うん。頑張れるだけ頑張って、それでも届かなかったのなら仕方ないから諦めるよ。私には分不相応な夢だったと見切りをつけて、それでおしまい。でもそれまではどれだけ頑張ったっていいかなって」

 

 別に、面白い話じゃなかった。せっかくのチャンスだから足掻けるだけ足掻こうという、それだけの話。

 

「ふーん。なるほどね」

 

 気に入らない。おねーちゃんもだけど、己の才能に見切りをつけている人が嫌いだ。

 頑張る、だなんて言うけど、ただ現実から目を背けているだけにしか見えない。実らないことが分かりきっている努力を積み重ねてなんの意味があるんだろう。それならもっと、他のオーディションを受けるなりなんなり、できることなんかいくらでもある。それだって、努力だ。

 

 所詮、あたしにとって他人事だからこんなふうに感じるんだろうけど。

 

「ありがとう。時間取らせちゃってごめんね?」

「それはいいんだけど……日菜ちゃんは、アイドルになりたいの?」

「んー、そうでも無いかな。バンドに興味はあるけど」

 

 ああ、違う。そういう人たちがあたしに向ける目が嫌いなんだ。「お前は才能があるから」なんていうレッテル貼り。届かなかった人たちの諦念。

 

 天才なんて蔑称が、嫌いだ。

 

 ああ、八つ当たり思考。彩ちゃんに突っかかったのはあたしの方だというのに。

 

 自分が俗に言う、「才能がある」側に立っていることは、もう否定しようのない事実だった。あたしにとっては普通にこなせることの一つ一つが、他の人には難しく感じられるらしかったり。あるいは、上達速度が他人と比べても早かったり、とか。

 

 ただそれって、所詮は器用なだけなんじゃないかと思う。もしくは早熟なだけ。

 あたしにできることは大抵、他の人にもできる。いい成績を取ることも、ベースを弾くことも。あたしより少ない労力でよりいい成績とか演奏技術を手に入れられる人もいるだろうし、かける労力を考えなければそれこそ山ほど。

 

 ほんとうの「才能」なんてものは、速度でも効率でもなくその高さ、「上限」であるべきだ。

 アインシュタインにもピカソにもなれやしない。

 

 天才は隣に誰も立てないから「天才」なんだ。孤独で、孤高で、唯一だから。

 

 買い被られても、あたしは「天才」にはなれない。

 

「もしあたしの気が向いたら、よろしくね」

 

 何の芽も出ないままに終わったら、あたしに特別なものは何も無いという証明になるだろうか。

 ふと、そんなふうに魔が差した。

 

 

 

 ♦

 

「お父さん、遅れちゃうよ!」

「そうは言ったって、これ以上速くはならないぞ」

 

 事務所を出たのは夕方過ぎだった。腕時計を眺めても、開演時間には間に合いそうにない。ワンマンライブじゃないから、出番に間に合えばいいかなと淡い希望だけ抱いておく。

 

「どうだった、オーディションは」

「ふつーに落ちたよ。思ったよりつまんなかった」

「そうかい。まあ、そんなもんさ」

「でもスカウトは受けたよ。アイドルにならないかって」

 

 帰宅ラッシュの波、という程でもない土曜日の夕方。結局この時間が混むことに変わりはない。歩いた方が早いんじゃないかと思うような、停滞した車の流れに苛立つ。

 

「スカウトねぇ……話は聞いてきたんだろう?」

「うん」

「俺と母さんに話を通しさえすれば、あとは日菜の好きなようにやりなさい。日菜の人生なんだからね」

「……うん」

 

 スカウトのことは、受けるかどうか決めた後にまた詳しく話すことにする。お父さんもお母さんも大して反対しないだろうことはわかっていたし、予想通りと言えばそう。

 

 大きな反応を返してくれそうなのは、おねーちゃんくらい。ただ、おねーちゃんがどういう反応をするかまでは予想がつかない。怒るかもしれないし、普通に応援してくれるかもしれない。喜んではくれないような気がするけど、否定したりもしないだろう。たぶん。

 

「紗夜は反対するかもしれないな」

「そうかな。あんまり興味無さそうだけど」

「大概あの子は日菜に過保護だぞ? 自覚はないのかもしれないけど」

 

 前まではそうだったかもしれないけれど、最近のおねーちゃんはあたしに外の世界を見せたがっている節がある。いや、案外昔からそうだったかも。あたしが頑なに閉じこもっていただけで。

 

「おねーちゃんが反対したら、お父さんも説得してね」

「うーん、それは難しいんじゃないか?」

「おねーちゃんをなんだと思ってるの……?」

「少なくとも俺は勝てないからね……立場的に」

 

 おねーちゃんが聞いたら困惑しそうな会話をしながら、ライブハウスに着いたのが開演時間を1時間ほど過ぎた頃だった。次がおねーちゃん達Roseliaの番らしいので、むしろちょうど良かったのかもしれない。

 

 ドリンクをもらってお母さんと合流する。家族総出で観に来ているのがなんだか不思議で、おねーちゃんは嫌がりそうだななんて話していた。小学校の発表会じゃないんだから、とか言いそう。

 

「紗夜のちゃんとした演奏は初めて聴くなぁ」

「あなたよりよっぽど上手いわよ」

「それを言うならギターを買って3日目の時点で俺より上手かったさ」

 

 あ、ステージのおねーちゃんと目が合った。露骨に嫌な顔をして、ため息をつかれる。いつもの仕草だけど、予想通り過ぎて3人で顔を見合せて笑った。

 

『Roseliaよ、よろしく』

 

 前にも一字一句同じものを聞いたような気がするMC。前も演奏は聴いたけど、ギターとしておねーちゃんが入るだけでどれくらい変わるものなんだろうか。

 リサちーがこっちを見た。それからおねーちゃんの方を見て、その表情に苦笑い。

 

『一曲目、BLACK SHOUT』

 

 おねーちゃんのギターは、“らしい”ギターだ。ギターと言えばバンドの華、自己主張の化身みたいな楽器だけど、おねーちゃんはあまり前に前にと出てこない。

 どっちかというと性格的にはベースの方が向いてそう。テンションに任せた荒々しい演奏も、映えるテクニックに走ることも無く淡々と弾きこなしていく感じが特に。

 

 ユキナちゃんもなんかわりとそんな感じだ。歌もぶっちぎりで上手いけど、そもそも息継ぎの音すらほとんど聞こえないのが、根底にある技術のレベルからして違うんだろうなって。

 

 バンドとしての主軸はユキナちゃんで、楽器の軸はおねーちゃんにあるように見える。ドラムもピアノもリサちーも、それほど余裕が無さそうだから。時々後ろを振り返っておねーちゃんがフォローを入れているのがわかる。

 3人ともあたしよりは上手いけど、あたしと同じくらい場馴れしてない感じがする。

 

 うーん、言葉で言い表すなら発展途上? はるかに浅いあたしにすら伸び代が見えるくらい。

 

 それでもおねーちゃんは楽しそうだった。あたしよりも遥か先で、あたしじゃない人たちと笑っている。

 

 何となく、わかってきた。あたしが抱えているこの感情は、おねーちゃんが変わっていくことへの恐怖だ。置いていかれることを恐れているし、かと言って2人で停滞することにも耐えられないジレンマ。

 

 あたしだけの世界ではもう煮詰まってきてしまっているから、更なる刺激を外の世界に求めている。わざわざオーディションなんかを受けたのもそうだし、Pastel*Paletteへの勧誘に心動いている理由もそう。

 

 外付けの自己同一性、というおねーちゃんの言葉を思い出す。そう考えると、本当に狭い世界で生きてきた。

 自分に関するあらゆる物事の物差しにおねーちゃんを使ってきたから、それが崩れた今、誤魔化してきた自己と世界のズレに戸惑っている。多分これはこの世界のほとんどの人間が本来通過していく類のもので、それが遅れてやってきただけ。

 

 あたしが真に天才だったのなら、こんな悩みなんて抱かなかったに違いないのに。

 

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