月輪より滴り   作:おいかぜ

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《19》茨

 

「紗夜、これで3回目よ。アナタらしくないわね」

「……すみません」

「責めているわけではないのよ。アナタの能力は知っているし、精神性も買っているから。ただ、そのミスの原因がメンタルの不調による集中力の欠如なら、今日はもう休んだ方がいいわ」

 

 ……最悪だ。どうしてこう、私は体調不良や精神の不調が表に出るタイプなのだろうか。

 

「……帰っても改善の兆しが見込めないのでここにいさせてください」

「そう。なら、少し休憩にしましょうか。キリもいいところだし」

 

 ライブ明けの練習。同じ曲で3回もミスをして、見かねた湊さんに言及される。練習でミスをすることを恥ずかしいとは思わないが、ミスをしてそれを改善できないことは恥ずかしい。

 

「もしかして、ヒナと喧嘩でもした?」

「私が一方的に怒っているだけです」

「紗夜でも怒ることってあるんだ……」

 

 実際、集中力に欠けているのだろう。自分は精神的に器用なタイプではないから、一度精神が揺らぐとそれを割り切れないまま引き摺りがちだ。

 

「どうせヒナが紗夜を怒らせるようなことしたんじゃない?」

 

 今井さんの心配が痛い。

 日菜が「Pastel*Palettesに入る」なんて言い出さなければこうはならなかったわけだし、それ自体は間違っていないのだけれど。

 

「私が押し付けがましい忠告を守らなかった日菜に、勝手にイライラしているだけですよ」

 

 演者のことを何も考えていない事務所なのはわかっていた。丸山さん達への仕打ちもそうだし、ネットニュースにまでなっているのに大した声明を出していないのもそう。結成して数週間のユニットにエアバンドでのライブをさせて、さらに機器の不良でライブ中断なんて本当に狂っている。

 

 だからそんなところに行って欲しくないのは本心だったし、日菜のためにもならないと思っている。

 ただそれは“私”の感情であって押し付けだ。

 日菜にも考えがあってPastel*Palettesに入ると決意したんだろうし、姉としてはそれを応援してあげるべきだった。

 

 じゃあなんで私が怒っているのかといえば、理性と感情は別だからという話でしかない。

 私は正しいことを言っているのだというプライドと、日菜の自立への哀愁と、忠告が軽んじられたことへの苛立ちと。

 

 以前は日菜に何をされても怒りなんて抱かなかったくせに、今はこんなにも感情が揺らぐ。それだけ私が心を明け渡していたということなのだろうか。

 

 勝手にすればいいと突き放したときの、居場所を失ったような日菜の表情が焼き付いて離れない。

 

「姉からの忠告なんて鬱陶しいだけなのはわかっているのですけれど、どうにも直りませんね」

「紗夜さんの妹さんのことはわかんないですけど、あこはおねーちゃんから〇〇しちゃダメだって言われるのが嫌だなーと思ったことないです。あこのために言ってくれているのが分かるから。だから妹さんも、その、鬱陶しいなんて思ってないと思います!」

「……いいお姉さんなのね。私もそうあれれば良いのだけど」

 

 苛立ちと自己嫌悪。どうせしばらくすれば収まるのはわかっている。怒り続けられるほど器用な人間でもない。

 

「……大丈夫です、切り替えます」

「仲直りはしなよー?」

「謝りはします」

 

 喧嘩をしたことがないから、仲直りの仕方も知らないことに気がついた。

 

 

 

 ♦

 

「なんで日菜がPastel*Palettesに入るのを許したの?」

 

 今日は日菜の帰りが遅くなるからと3人での夕食だったから、思い切って尋ねてみた。

 母も父も放任主義なのは知っていたが、それを考慮しても普通の親があんなことがあったばかりの事務所に娘が入るのを簡単に許すとは思えない。

 未成年の契約には保護者の承認が必要なはずなので、日菜が説得したはずだが。

 

「日菜がやりたいって言ったからだよ。娘の希望はできるだけ叶えてあげたいのが親心だからね」

「紗夜が心配するのも分かるけどね。最近けっこう悩んでいたみたいだし、日菜に新しくやりたいことができたのならいいかと思って」

 

 日菜が説得したんじゃなくて、最初から反対さえしなかったのか。親である2人がそう言うのなら、これ以上私に言い返せることは無い。

 

「紗夜は反対なの?」

「うん。どう考えても対応が杜撰じゃない、あの事務所」

「新しいスタッフさんは話した感じしっかりしていたよ。それに、日菜もそんなことは織り込み済みでなお入りたいと思ったんだろう? 紗夜に反対されることもわかっていて。そうまでしてやりたいのなら、応援してあげてもいいんじゃないか」

 

 反対されると思っていたんだろうか。口振りからして、日菜は多分私がこんなにも反対するとは思っていなかったんじゃないかと思う。そして、日菜の予想から外れているということは、私の行動がきっとちぐはぐだということ。

 理性だけで生きられる人間はいないけれど、かと言って感情的で矛盾ばかりする人間にもなりたくは無い。

 

「もし何かあれば、親が責任を取ってやれる範囲だしね。契約書は読んだろ? 向こうも勧誘に必死なのかもしれないけど、正直アルバイトくらい緩い契約だったよ。それもあって許したのもあるかな」

「……なら、もう何も言わないわ。どうせ私には何もできないのだし」

「俺たちが不甲斐ないから、その分紗夜が心配するのも仕方がないさ。……苦労をかけるね」

 

 今更だ。私が気に入らなかったのは、あまり家に帰ってこなかったことくらい。親であるなら間違っちゃいけない、なんて厳しい思想を持っているわけでもないし、こうして麒麟児である日菜が育っているということはこの人たちは親として優秀なんだろう。

 不甲斐ないとも思わない。親として尊敬できる人達だ。

 

 寄生虫の分際でどの口が言うんだろうと思ってしまうから、こういう話は苦手だ。さっさと自立して出ていくくらいしか、私に返せるものがないのに。

 

「紗夜はなにかやりたいこととか、ないの?」

「……特には。バンドもたぶん来年の夏には辞めるし、普通に受験勉強をして大学を受けるくらい」

「バンド辞めちゃうのか、勿体ない」

「サポートで入ってるだけだもの。楽しめてはいるけど、元々やる気はなかったし」

 

 家族3人で観に来ていたのを思い出す。チケットを売った覚えはないのにしれっと父さんまで来ていたのには驚いた。日菜が手に入れたのか、当日券だったのか。

 

 ライブの感想合戦が始まって小っ恥ずかしい思いをする前に、早々にリビングから逃げ出した。

 

 

 自室が最も落ち着くのは万人共通の感覚だと思っているが、私の場合はそれにリビングの居心地の悪さが加算される。家族団欒という言葉に混じる異物感に耐えられなくなる感覚が、夕方以降のリビングから私を遠ざける。

 年々大きくなるこの感覚は、日菜の世話をする必要がなくなってから更に酷くなったような気がする。日菜の姉であること、日菜の面倒をみることがこの家庭においての私の存在理由というか、存在を許されるための要件になっていたんだろう。

 

 今日の練習でミスをしたフレーズを繰り返してみる。今まで失敗したことがなかったコードチェンジの遅延と、単純な抑えミス。今やってみても、特に引っ掛かりもなく弾ける。

 苦手な箇所でもないから、ここだけ反復したって無駄だ。これ以上弾く気にもなれなくてベッドに寝転がった。

 

 

 

 早々に歯を磨いて寝てしまったから、昨日は日菜に会わないまま一日が終わった。

 いつもより少し早く起きて、学校に行く準備をする。まだ家族は誰も起きていなかったから、全員分の朝食を用意しておいた。

 

 早起きの理由はもちろん日菜に会わないためだ。現実逃避でもあるし、自分の中の熱を冷ますためでもある。謝るにしても話し合うにしても、こっちが苛立ち交じりに話していたら上手くは行かないだろう。

 

 学校は学校祭目前だった。この地域の学校祭は少し遅い時期にやるらしく、9月の末にある。作り掛けの看板やらが立て掛けられた廊下を歩いて、教室に入る。流石にまだ誰も来ていない。

 

 始業まではまだ1時間ある。昨日サボった分の日課練習でもしようかと、ギターをケースから取り出した。どうせアンプに繋がなければ音なんてほとんど出ないし、迷惑になることは無い。

 湊さんからもらったメニューは結構面白かった。私は基礎練習ばかり積み上げてきたが、湊さんは結構小技というか応用編みたいな内容も織り交ぜてくる。そこから湊さんがどんなギタリストを欲しているのか見えてくるような気がした。

 

 昔よりも手に馴染むギター。昔は苦手だったフレーズが、特に問題なく弾けてしまうことに才能の残酷さを見出してしまう。

 

「あ、紗夜さん。おはようございます……早いですね」

「おはようございます、白金さん。今日はその、家に居づらかったもので」

「ああ、なるほど」

 

 しばらく経ってから、教室に一番乗りしてきたのは白金さんだった。

 

「白金さんこそ、いつもこんな時間に?」

「……はい。人混みが苦手なので、早めに」

 

 風紀委員の仕事の日は早く来るけれど、教室に寄ることはあまりないから知らなかった。

 知っていたとしても、今までは白金さんと接点もなかったからすすんで話そうとはしなかったと思うけれど。

 

「そういえば、今日は委員会があるので先にスタジオに行っておいてください。待たせるのも申し訳ないですし」

「わかりました」

 

 ギターを片付けて、ケースをロッカーの端に立て掛ける。学校にギターなんか持ってきた日には弄り回されるのは確定だと思っていたのだが、今のところ勝手に触る人はいない。生徒の精神年齢が高いのかもしれないし、もしかすると私が近寄り難いのかもしれない。理由はどうあれ、割と安心して楽器を置いておけるのはありがたいことだった。まあ高校生が買えるギターなんてたかが知れているから、壊されても大したダメージでは無いけれど。

 

「……その、妹さんとは、まだ……」

「昨日は会わなかったものですから、そのまま。別に(こじ)れているわけじゃないんです。私が苛立っていただけで」

 

 仲直り、というか、謝罪することが嫌なわけじゃない。突き放すようなことを言ってごめんなさいと、そう言うだけだ。梯子を外された悲しさとか、自己嫌悪とかがある程度失せるまで、ほとぼりを冷ましているだけ。

 

「白金さんは、ひとりっ子ですか」

「……はい。やっぱり、そう見えますか……?」

「なんとなく、らしいなとは思います。昔はよく、兄弟のいない同級生を羨んだものです。──愛されているように見えるんですよね」

 

 ひとりっ子らしいのは丸山さん、湊さん辺り。宇田川さんは典型的な末っ子気質だし、今井さんはなんとなく姉っぽい。実の所どうなのかは知らないが。

 

「愛されている、ですか」

「少し語弊がありますね。大切にされているのがよく分かる、と言うべきでしょうか」

「……私は、少しだけ、きょうだいがいる人が羨ましいです。たとえばあこちゃんみたいな妹がいたら、今よりも少し……社交的な自分になれていたんじゃないかって」

「そうかもしれませんね。弟妹がいなければ、私も今とは少なからず違う性格だったでしょうから」

 

 日菜がいなければ、どうだっただろう。もっと暗く、静かに生きていただろうか。少なくとも、ギターにはこんなに触っていなかったんじゃないかと思う。バンドに入ることもなかったし、或いは、もっと過去に囚われていたのかもしれない。

 

「彩ち、そんなとこでなにしてんの?」

 

 話し込んでいるうちに登校時間になったらしい。廊下がにわかに活気づいてくる。人前で活発に話すことにはまだ慣れていないのか、白金さんが引っ込んでいってしまったのに苦笑して、暇つぶしのために持ってきていた文庫本を取り出した。珍しい本でも高尚な本でもない、本屋のおすすめの棚から適当に知ってる作者や面白そうな題材を選んで手に取っただけ。

 作詞をしていた時の習慣の名残りか、今でもしばしば本を読む。

 

「紗夜ちゃんに怒られる……!」

「なんか怒らせるような事したの?」

「私はしてないけど……」

「それじゃあビビらないで入りなよ。紗夜っちはそんな理不尽なタイプじゃないっしょ」

 

 教室の入口で丸聞こえの会話をしている丸山さんは、どうして私が怒ると思っているのだろうか。……日菜がPastel*Palettesに入ったからか。

 扉にしがみついてこちらを見上げる仕草に、ほんの少しでも呆れを覚えないと言えば嘘になる。

 

「おはよう、丸山さん」

「お、おはよう、紗夜ちゃん」

「どうして私が貴方に怒っていると思うのかしら」

「……その、日菜ちゃんが……」

「日菜のことで貴方に八つ当たりするとでも? 私が貴方に怒るとするなら、ライブの集合時間に遅れそうなくらい長電話に付き合わせたことくらいよ」

「それはホントにゴメンナサイ」

 

 丸山さんについては本心から応援しているというのに、この緩い空気に脱力してしまいそうになる。

 

「……むしろ日菜が迷惑をかけると思うから、先に謝っておくわ。もし問題があれば遠慮なく告げ口してもらって構いません」

「ううん、少し変わってるけど良い子だったからその必要は無いと思うな」

「……そう。どちらにせよ何かあれば私に」

 

 Pastel*Palettesに入ると言った以上、あの子なりに全力でやるだろう。反対した分際で私が言うのもなんだが、実際心配する必要はそれほどないんじゃないかと思い始めている。

 ただあの子の人間関係については未知数の部分が多くあるから、気を張っておくに越したことはない。

 

「あ、そういえば日菜ちゃんに、『彩ちゃんって、ほんとにおねーちゃんと友達なの?』って聞かれたんだよね。どういう意味だったんだろ」

 

 ほら。

 

 

 ♦

 

「今日はここまで。学校祭中の見回りの担当はまた後日連絡します」

 

 委員長の一声で委員会の仕事から解放されて、そのまま帰路に就く。帰路とは言ってもスタジオへの道だけれど。

 雨が降りそうな空。折り畳み傘しか持っていないから、強く降り出すと面倒だ。

 

「あ、紗夜」

「今井さんだけですか」

「うん。友希那の方が先に出たと思ったんだけど」

「こちらも白金さんの方が先に向かったはずなんですが」

 

 スタジオに着くと、今井さんがひとりで待っていた。先に出たはずの白金さんを追い越すほど歩くのが速いわけもないし、いつもの集合時間も過ぎている。湊さんと宇田川さんもいないとなると、三人とも同じ事情で遅れているのだろう。

 

「事件に巻き込まれていないと良いのですが」

「んー、メッセージは送ったから、あと10分待って来なかったら探しに行こっか」

 

 ストイックな湊さんが遅れるのも珍しい。3人なら滅多なことはないと思うが、女性だから心配ではある。

 

「ごめんなさい、遅れたわ」

「……あれ、あこと燐子は一緒じゃないの?」

「私は用事が長引いてしまって遅れただけよ。2人は一緒じゃないわ」

 

 最初に帰ってきたのは湊さん1人だった。あの2人だけで所在が知れないとなるとかなり心配だ。腰を上げて探しに行きかけた折に、今井さんのスマホから通知音。

 

「あと五分くらいで着くって。なんかよくわかんないけど、とりあえず大丈夫みたい」

「……なら、良かったです」

 

 先に連絡して欲しいが、想定外のこともあるだろうし強くは言い難い。後でそれとなく言っておこうと心に決める。

 

「ごめんなさい! 遅れました!」

「……すみません」

 

 結局全員が揃ったのは、いつもの時間を30分程過ぎた頃だった。今日は問題なく弾けるだろうか、と自問して、ある程度折り合いをつけたから問題ないだろうと結論を出す。少なくとも昨日よりはずっとマシだ。

 

「どうしたの、2人とも。早く準備して頂戴」

「──そ、その、あこ、見ちゃったんです。友希那さんがホテルでスーツを着た人と話しているところ……」

「あこちゃん……」

「りんりん、ごめん。でも……あこはこの5人でコンテストに出たいよ」

 

 内心でため息をつく。何となく、先行きが見えてしまった。

 

「スカウトだったんですよね。その話を受ければ、友希那さんはフェスの本番に出られる。Roseliaの5人でコンテストを受けなくても、確実に」

「……そうね」

「どうして、その場で返事をしてくれなかったんですか……? あこはたとえフェスに出られなくても、このRoseliaが好きです。でも友希那さんは──」

 

 湊さんがスカウトを掛けられたのを宇田川さんと白金さんが盗み聞きしてしまったと。……私は、湊さんがRoseliaにそれほど執着していないのを知っている。湊さんにとってはあくまでフェス──FUTURE WORLD FES.に出るための足掛かりでしかないということも。今井さんも、どこまでかは知らないけれど湊さんの悲願のことは知っていて、それに付き合っている形らしい。

 ただ、宇田川さんと白金さんは聞かされていなかった。

 

「ドラムが上手くなって、友希那さんや紗夜さんにも褒められて、皆で弾けたらもっともっと楽しく上手くなれるって思ってました。友希那さんにとっては、Roseliaなんてフェスのために切り捨てられる程度のものでしかないんですか?」

「……」

 

 沈黙。言い訳しないことは美徳だけれど、話すことで埋まる溝もある。この場合の沈黙は、宇田川さんの問いを肯定する沈黙に他ならなかった。

 

「……ごめんなさい。あこが勘違いしてました。勝手に本気になって、Roseliaのみんなとなら、なんて」

「あこ、それは勘違いじゃ──」

「リサ姉は知ってたんだよね、多分」

「それは、そう、だけど」

「あこ達の技術を認めてくれたのも、Roseliaに全部かけるって言葉も、みんな、嘘だったの!?」

「あ、あこちゃん、どこに──」

 

 走り去っていく背中を見送る。嗚咽交じりの言葉に、返せる言葉を持ち合わせてはいなかった。

 

「……白金さん。追いかけてあげてください」

「……はい。氷川さんは、知ってたんですか」

「少しだけですが」

「そう、ですか」

 

 ため息。Roseliaに入った日に、何となくこういうことが起こってしまいそうだなという危惧を抱いたのは覚えている。それがまさかこんなに早く、バンド崩壊の危機として表出化するとは思いもよらなかったが。

 

「友希那、どうして何も言わなかったの?」

「……あこの言う通りだからよ」

「じゃあ、Roseliaは、このままでいいの!?」

「──私は、お父さんのためにフェスに出る。それだけよ」

「そんな……」

「帰るわ」

「帰ってどうするのさ!」

「……フェスの準備をするのよ」

 

 意気消沈した今井さんと2人きりでスタジオに残される。なんというか、青い。大人びているように見えた湊さんもまだ高校生なのだなぁという感想が最後に残ってしまった。

 みんな子どもで、みんな余裕が無い。私も、人の事は言えないけれど。

 

「紗夜は、どうするの?」

 

 縋るような言葉。お節介を焼くべきか、少し迷った。Roseliaを残そうと動くことが、果たしてメンバーのためになるのか。

 湊さんの才能は本物だ。彼女の実力を思えば、メジャーデビューしてプロのレーベルで思う存分その才能を発揮した方が良いのかもしれない。フェスに出ることもスカウトの条件に含まれているようだし、湊さんの夢を叶えるという意味でなら悪い話では無い。

 宇田川さんと白金さんは今回の件で深く傷付いただろう。1度気持ちを落ち着かせる時間を置くべきだし、もうバンドをやりたくなくなってしまったかもしれない。特に白金さんはバンド活動を通じて自分を変えようとしていたから、そのぶん虚しさも大きいに違いない。

 

「別に、どうする気もありません。あくまでサポートで入っただけで、私はRoseliaに何かしらの思い入れがあってここにいるわけじゃありませんから」

「……そうだったね」

「湊さんのフェスに対する思い入れの理由を知らないのでなんとも言えませんが、それでも彼女はRoseliaでフェスを目指すと思っていましたから、寂しくはあります」

 

 これも本心。Roseliaに問題が起こるとしたら、それはフェスの後の不透明な未来にあると思っていたから。フェスどころかコンテストにさえ辿り着かないとは思っていなかった。

 

「アタシは、嫌だよ。このまま終わるの」

「じゃあ湊さんにそう言えばいい。言い方は悪いですが、バンドメンバーを夢の踏み台にしようとしたのだから、湊さんが動かなければどうにもならないでしょう」

「でもアタシの言葉なんて友希那には……」

「話してみなければ分からないでしょう?」

 

 歪な関係だ。幼馴染というだけでこれだけねじ曲がるのだろうか。

 

「……帰りましょうか、送っていきます」

「いいよ、一人で帰れる」

「もう暗くなりますから、ダメです」

 

 スタジオを早めに出れば、行きとおなじ曇り空。まだ降っていなくてよかった。

 慰めの言葉を掛けようと思って思考を巡らせるも、何も浮かんでは来ない。結局のところ私はRoseliaが解散しようが大した被害も被らない立場にあるから、他人ごとになってしまう。

 

「紗夜は、Roseliaが好き?」

「……好きですよ」

「このまま辞めちゃわない?」

「辞めませんよ。湊さんが続けると言うなら、ですが」

「じゃあさ、絶対みんなを連れ戻してくるから、待っててよ。他のバンドにも行かないで、Roseliaの氷川紗夜のままで」

「……分かりました」

 

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