Roseliaのグループトークに、メッセージが来ているのに気が付いたのが昼休みだった。《正直な気持ちを伝えたいので、集まって欲しい。放課後、いつものスタジオで待っています》。湊さんからのメッセージ。
ようやく決着するのか、という安堵が真っ先に出た。もう一週間近く経っていたから、この数日がタイムリミットだっただろう。空中分解まで秒読みといった状態だった。
どちらに転ぶにせよ、今日でこの鬱屈とした感情とは一旦おさらばできる。自分の手が届かないところで事態が進んでいるという事象に慣れていないせいか、無駄に気を揉んでしまったような気がする。
部外者だという意識もあるけれど、流石に行かない訳にもいかないだろう。意思決定に口を出すかは兎も角として、素知らぬ顔をして帰るのも不義理が過ぎる。
チラリと白金さんの方に目をやると、束の間目が合って、すぐに逸らされた。これも何度目かのやり取りだ。私から話しかけるべきなのだと分かっていても、変に拗れるのが嫌で楽な道を選んでいる。
人間関係においては、あまり自分を信用していない。拗れた関係を仲立ちして解決できるとも思わないし、そもそも彼女たちがどういう言葉を欲していて、どういう考えを持って日々を送っているのかもよくわかっていないから。今度の人生に微塵も責任や使命を背負っていない私には、これからを生きる彼女達に無責任な言葉を投げ掛けることも許されないだろう。
教室を抜け出して向かったのは、以前白鷺さんと話した踊り場。昼食を食べ終えてからの10分程度の逢瀬は、いまのところ毎日欠かさず続いていた。
「……女子高生って、もしかしてみんなこんなに上達が早いのかしら」
「これは、上手くいっている方なの? 先生からは特に褒められもしないから、よく分からないのだけど」
「私の想定よりは早いけど、……よく考えたら他を知らないからなんとも言えないわね」
迂闊な発言だったなと内省する。白鷺さんはかけられる時間の割に頑張っていると思うが、比較対象は今まで見てきた学生ギタリストたちだ。白鷺さんが私の
それと、ギタリストとしての成長が数値で見られるわけじゃないのもそう。メジャーからマイナーコードまでとりあえず弾きこなせます、とか、ある程度の曲なら耳コピで弾けます、とか、あるいは音大生やプロミュージシャンレベルの腕前を持っているとか、なんとなくの段階みたいなものは存在するかも知れないけれど。
比較形式で語ることがナンセンスだ。ミュージシャンはスポーツ選手ではなく芸術家寄りなのだから、誰が誰より上手いとか下手とか、そういう話に意味は無い。
「紗夜ちゃんはどうだったの?」
「メジャーコードを一通り触るまでに、だいぶ時間をかけた覚えが……それに私はだいぶ手探りで始めたので、比較する意味もないかと」
「……そう。それでも少し、目安というか目標が欲しくなるものね」
目標と言われると、まあ確かに成長の指標になるものや目指すべき方向性なんかがあるとやりやすいだろうなと思う。
「──この譜。紗夜ちゃんは弾けるわよね?」
「ええ、まあ」
白鷺さんがバインダーから取り出したのは、つい先日も日菜と一緒に弾いたPastel*Palettesの曲の楽譜だった。どの程度のクオリティを求められるかにも依るが、弾けるといえば弾ける。ライブにはそのまま出せないが、即興のセッションには持ち込んでもいいくらい。つまり、練度は高くないわけなのだけれど。
「その、できればでいいのだけど。手本を見せてくれないかしら」
「手本なら事務所のトレーナーがいるのでは?」
「先生はギターを教えてくれるというより、ユニット全体に対して意見をくれるという感じなのよね。見本になってくれるわけではないし……」
それは、少し酷じゃないだろうか。ほぼ独学で初心者にギターをやらせるわけだから、上達が早いはずもない。
「ビジョンが欲しいの。自分がどう成長すれば良いのかという絵を描きたい」
「まあ、別に構わないわ。……どうしましょうか。演奏している手元の動画でも送れば良いのかしら」
「動画で送ってくれるのが1番有難いわ。もちろん直接聴かせてもらうのでも構わないけれど」
このあいだの日菜とのセッションの動画を送ってしまえばそれが1番手間がかからなくて楽なのだが、なんとなく日菜が嫌がりそうだ。秘蔵映像、なんて言いながら、何がしたいのか動画をノートパソコンのフォルダに集めている。
「……頼りすぎね」
「そう思うのなら、その分日菜に良くしてくれればいいわ」
5限目の予鈴が鳴った。教室へ戻るのが気が重い。
「音楽って、楽譜通りに弾ければいいというわけでもないでしょう? その感覚があまり、馴染めないわ」
「俳優だって台本通りに台詞を諳んじればそれで済むわけじゃないでしょう」
「……それもそうね」
1歩分早く階段を降りる。この数日ずっと2人でここにいるからか、窺うような視線が増えた気がする。やましい事をしているわけでもないので特に問題はないのだが、気分良くは無い。
「じゃあ、お願いね」
「ええ」
♦
「揃ったわね」
放課後、スタジオに到着したのは、私が最後らしかった。
「まず、謝罪をさせて欲しい。1バンドメンバーとして、Roseliaのリーダーとして、この間の対応は不適切だった。自分の感情と、あなた達との関係を、正しく認識できていなかった」
「それはどういう意味で、ですか」
「──私にとって、思っていたよりもあなた達がずっと大切な存在になっていたという話よ。……スカウトは断ったわ」
勿体ない、と思ってしまうのは湊さんへの冒涜だろうか。彼女ならメジャーデビューする機会もまた降ってくるだろうから、それほど惜しいものでもないのかもしれない。
「『FUTURE WORLD FES』にさえ出られれば、それで良かったはずなのに。今の私はあなた達と音楽がしたい」
「……どうしてそれほどフェスに拘っていたんですか?」
「父の雪辱を果たすためよ。父の音楽を商売のためにねじ曲げたレーベルも、ファンとレーベルの間に立ってもがいていた父の心を折ったフェスも、私が見返してやると思っていたの。父の音楽を聴いて育ってきた私の歌が通用するのなら、父はきっと間違っていなかったと言えるから」
湊さんが白金さんと宇田川さんに話すのを、1歩後ろで聴いていた。私はどうあれ湊さんが筋を通す限りは協力するつもりでいるから、あとは二人次第だ。
「湊さんの、お父さんも、……フェスを目標にされていたんですね」
「そうよ。そして客に媚びた音楽だと侮辱された。だから私があなた達を集めた元々の目的は、その復讐のため。スカウトの返事を保留したのは……そうね、私の心が弱かったからよ。Roseliaとフェスを天秤にかけて、迷ってしまった」
「……あこ、友希那さんのこと何も知らなかったのに酷いこと言っちゃいました」
「いえ、迷ったのは事実なのだから仕方ないわ。……それでもあなた達がまだ私に付いてきてくれると言うのなら、もう一度やり直したい。フェスを目標にするのは変わらないけれど、その先も──」
つかの間の沈黙。
次に口を開いたのは宇田川さんだった。
「あこは、もう一度Roseliaのみんなでやりたいです。友希那さんに憧れたのも、みんなで演奏してるときに楽しかったのも、ぜんぶ本当のことだから」
「わ、私も、あこちゃんと同じ気持ちです……」
「……ありがとう」
一件落着か、と内心でため息をつく。蓋を開けてみれば随分と円満に話し合いができたものだ。
「……紗夜」
「はい」
「失望したかしら」
「ええ、少し」
「紗夜! そんな言い方……」
「リサは黙っていて」
Roseliaとフェスを天秤にかけて迷ったという事実に、ガッカリしなかったと言えば嘘になる。ただ、私には湊さんの悲願の重さが分からないから、それを一方的に責める気にもなれなかった。
「じゃあ、もうこの手をとってはくれないのかしら」
「まさか。しばらくは付き合うと言ったでしょう。前言を翻すつもりはありません」
来年の夏くらいまでだろうか。受験のことも考えればそれくらいが潮時だろう。期間にして10ヶ月くらい。1年弱と考えればそれなりに長い。
「……氷川さん、その、避けていて、ごめんなさい」
「気にしていません。妥当な対応だと思っていましたし」
白金さんに避けられていたことに関しては本当に気にしていない。
このまま仕切り直しのセッションでもできればいいのだろうが、生憎ギターを持ってきていなかった。家を出た時点ではまだ召集がかかっていなかったから、仕方ないと言えばそう。
「……緊張したわ。みんなに拒絶されたらどうしようかと」
「ユキナ、アタシには訊いてくれないの?」
「……リサは付いてきてくれるでしょう?」
「えー?」
「アナタがそう言ったんじゃない」
「それでも訊いて欲しかったの!」