「……全員揃ったわね」
つい先日、FUTURE WORLD FES.のためのコンテストに落選したばかりで再スタートを決めようという頃。紗夜以外が揃ったスタジオで、おもむろに口を開いた友希那がそう言った。
「紗夜さんは来ないの?」
「今日は遅れてくるわ。その紗夜について話があるのよ」
友希那が何の話をしようとしているのか、リサにはすぐに察しがついた。Roseliaで唯一サポート参加という形をとっている紗夜は、実質的には他のメンバーと変わらずとも、明確にバンドから距離を取っている。
「紗夜がサポートという形でRoseliaに参加してくれていることは全員承知していると思うのだけど、コンテストの後、明確に期限を提示されたわ。最長でも来年の8月まで、だそうよ」
「そこで紗夜さんは抜けちゃうってこと?」
「このままなら、そうね。本来、正式メンバーを見つけるまでの繋ぎという体で入ってくれたのだから文句は言えないけれど──」
「……あこは紗夜さんじゃなきゃ嫌です」
「そう、その相談をしようと思ったのよ」
とうとう明確に期限の話をしたのか、と少なくない驚きがあった。リサの中では、このままなあなあで紗夜も正式にRoseliaに入ってくれるんじゃないかという甘えた期待があった。実際に紗夜はかなり甘い性格をしているし、Roseliaでのライブも練習も、それなりに楽しくやっているという手応えがあったから。
「私は、紗夜以外のギターを探す気は無いわ」
「……でも、引き留めちゃっていいんでしょうか。氷川さんは、頭も良いから、受験に専念するんだと思います、けど」
「別に、構わないでしょう。私はこれからの紗夜の人生も背負うつもりで紗夜を口説く覚悟を決めたわ。Roseliaでプロを目指すなら、紗夜が必要よ」
それで、と続けて友希那。
「だから、アナタたちにも意思確認したかったの。紗夜を引き留めるのなら、紗夜が乗るか乗らないかは別として、彼女に人生設計を捻じ曲げてくれと頼むことになる。Roseliaでプロを目指すという前提での話になるのよ」
「……あこはずっとそのつもりでした」
「アタシも。友希那について行くって言ったしね」
「……私は、私も、Roseliaに懸けているつもりです」
言い切ってから、すごい話をあっさりと済ませてしまったなと自分でも驚いた。別に、リサのこれからの人生が決まってしまったわけではない。大学でも専門学校でも好きに受験できるし、就職もできないわけじゃない。それでもRoseliaでプロになるという決意をしてしまった以上は、Roseliaを人生の最優先事項に持ってくるということだ。
「でも、どうすればいいのかしら。今の状態で紗夜を誘っても、頷いてくれる気がしないわ」
「もう少し時間を重ねてからでいいんじゃない? もっと仲良くなれば紗夜の認識も変わるかもしれないし」
「……時間の浪費にならないかしら」
「人間関係なんて焦ってもいいことないよ、きっと」
見えてる世界が違う人間がいる、とリサが初めて実感したのは、高校一年生の頃だった。羽丘女子学園は中高一貫のエスカレーター方式で、高校に進学しても半分以上が内部進学の顔見知りだ。だから概ね誰が頭がいいとか運動ができるとか、そういうのも分かりきっていて、それだから中間テストで貼りだされた成績上位者の貼り紙に少なくない衝撃が走った。
中学での3年間、テストで一位を取り続けたのはほとんど同じ名前だった。塾にも通っていて凄く熱心に勉強をする子で、高校に入ってもその序列は変わらないのだろうと内部生の殆どが思っていたはずだ。
けれど一番最初に書かれていた名前は、「氷川日菜」。同じクラスの外部生だった。
「氷川ちゃん頭良いんだね!」
「そう? フツーだと思うけど」
「ミユちゃんが2位とってるの初めて見たもん。中学のときはずっとミユちゃんが1位だったんだよ」
「へぇ」
大人しい子、という印象だった。話しかければそれなりに返してくれるし、内気そうな印象も特には抱かなかったけど、さりとておしゃべりが楽しくてたまらないというようなタイプでもないように見えた。
本を読んでいたり、絵をかいていたり、考え事をしているようだったり、誰かと話していたり。他人との関係に依存していないというか、少なくとも学校生活においての氷川日菜は単体で完結した存在だった。
最初の模擬試験も、日菜が1位を取った。それどころか全国順位も3位と、その時点で学力のレベルが違うことが誰の目にも明らかだった。期末テストも、その後の模試も、全て。
リサは何となく日菜のことが苦手になっていた。人当たりは悪くないし、話が通じない訳でもないのに、日菜が根本的に他人に興味を抱いていないのがリサには分かってしまったからだろう。
普通の人間がコミュニケーションをとる上で守る前提や線引きを、あっさりと踏み倒してくるかもしれない。そんな類の恐ろしさが、日菜にはあった。
夏に差しかかる頃には、クラスの中での日菜の立ち位置は類を見ないものになっていた。完全な中立地帯。日菜が誰かに肩入れすることがないから、日菜を中心としたグループができることもなく。しかしながら彼女ほど存在感のある人間を排斥できるはずもなく。いつの間にかクラスの真ん中に立っているのが氷川日菜という人間だった。
狙ってその立ち位置を獲得したんだろうということは、リサにも容易に察せられた。
最初の席替えで、リサと日菜は隣の席になった。
「そんなにあたしのことが気になる?」
「……へ?」
「あたしのことそんなに見てるの、キミだけだよ」
最初に口を開いたのは日菜だった。まさか向こうからそんなことを言われるとは思わなくて、先手を取られたリサは面食らう。
「えっと、ごめんね?」
「どうして謝るの? なにか気になることがあるから見てたんでしょ?」
「そうだけど……気分が良いものではないかなって」
「まあ良い気はしないけど、別にどうでもいいよ。それより、知りたいことがあるんでしょ? あたしの何が気になったのか知りたいな」
変な子だな、と二度目の感想。琥珀色の瞳に射抜かれて、リサの思考は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「……その、他人のことが嫌いなのかなって、気がしたんだけど……」
「へえ?」
「他人と関わりたくないから、他人と関わってるように見えたんだよね。氷川さんなら──」
「日菜でいいよ」
「じゃあ、ヒナは、クラスの中心にもなれるのに、わざと今の立ち位置にいるような気がしたから」
人との関わりを拒絶しても、どうしたって不本意な形で人との関わりを強制されるのが学生生活だ。グループワークだってあるし、体育なんかでペアを組まされることもある。
日菜はあえて人と浅く関わることでそれ以上他人に踏み込ませず、距離を保ったまま学生社会の中で孤高を保っているように見えた。あくまでリサの所感であって、日菜の思考はリサには読み取れないのだが。
「面白いね。キミにはあたしがそう見えてるんだ。……えっと、名前なんだっけ」
「今井リサだよ」
「じゃあリサちーって呼ぶね。──あたしは別に、人と関わりたくないわけじゃないよ。くだらない地位競争に付き合わされるのは御免だけど、わざわざ学校に来てまで独りでいるのも勿体ないじゃん?」
多分嘘だな、と直感した。何も根拠がない、言いがかりじみた思考で、リサは日菜が嘘をついていると断じた。一人でいるのも勿体ない、と思っているのは多分本心だけれど、それはそれとして日菜は他人との関わりを欲していない。
「あは、信じてなさそう。……逆に、リサちーはどうしてあたしの事を見てたの? キミって、誰が誰と仲良くしてるとかそういう情報ばっかり知りたがるタイプだと思ってたんだけど。その点で言えば、あたしのことなんてどうでもいいじゃん? 誰とも仲良くしてないし、誰とも嫌い合ってないんだから、キミたちが何よりも気にするクラス内の人間関係に関わらないんだし」
「……恐ろしいからだよ」
「あたしが?」
「そう。アタシ達とは全然違う価値観で動いてそうだし、頭がいいからアタシよりも沢山のことを知ってそうだから」
言ってしまった。リサの胸中は後悔で一杯だった。つい口を滑らせて、言うつもりのなかったことまで言ってしまった。日菜の雰囲気に飲まれている自分を、強く自覚した。
他人に「恐ろしい」なんて言われて、気分が良いはずもない。日菜の事をなんとなく怖いと思っているくせに、その日菜を敵に回しかねない発言をした自分の馬鹿さ加減に頭が痛くなる。
「じゃあ、友達になろうよ」
「え?」
予想外の言葉に驚いて、返事に詰まった。日菜と話しているとテンポを崩されてばっかりだ。
「嫌だった?」
「嫌じゃない、けど。友達って、そうやってなるもの?」
「さぁ? でも区切りがあってもいいんじゃない?」
区切りがあってもいい、というのはたしかに。リサにとって友達とはいつの間にか成っているものだったけれど、友達になろうと宣言したって何か問題があるわけじゃない。
「知らないから怖いんだよ。だから仲良くなればあたしのことが怖くなくなるかもしれない。それに、あたしもキミのことが気になるし」
だから、よろしくね? なんて右手を差し出される。
リサが日菜と友人になったのは、そんな経緯からだった。
リサが約1年と半年で氷川日菜という人間について知り得たことはそう多くない。
天才という言葉で形容されるのが嫌いなこと。真実才能に溢れていること。凄まじくストイックな性格をしていること。姉のことが好きなこと。概ねその程度だ。
「あたしと同程度以上に努力してる人間にしか、あたしの事を天才呼ばわりする資格はないと思うんだけど」
「一理あるとは思うけど、流石に無茶じゃない?」
リサから見た日菜は、たしかに天才だった。体育で触れたスポーツでそれを専門にしている運動部をボコボコにしていることも多いし、学力は言わずもがな。少なくとも学校生活において観測できる範囲で、日菜は
それでも人並みに、日菜にも悩むことはあるらしかった。
最初に困ったらしいのは、日菜の姉のことが学校に広まったとき。多くの生徒にとっては未知の存在だった日菜が、凄まじく懐いている存在がいるということで学校の話題になった事件があった。放課後に日菜が姉と出かけている姿は度々目撃されていたのだが、たまたまそのときは話が大きくなってしまった。
あの日菜が懐くなんてどんな人間なんだ、とか、凄まじく美人だった、とか。それ以外にも結構好き勝手言われていて、その時の日菜の苛立ちようは凄まじいものだった。
結局どんな手段を用いてか、その話はすぐに鎮火したのだが、それ以来日菜の姉は羽丘でも少しだけ有名人になっている。
「結局、日菜のお姉ちゃんってどんな人なの?」
「えー。その話、蒸し返すの?」
「話したくないなら良いけどさ。日菜がそれだけ慕う人がどんな人なのか、結構気になるなーって」
その騒動が収まって少ししてから、ふとしたときに尋ねてみたことがあった。日菜が散々イラついていた興味本位の野次馬と同じ動機なのは癪だったが、それでもこの完璧超人にしてエイリアンみたいな思考回路を持った天才に慕われる人間は一体どんな人物なのだろうと気になってしまったから。
「んー、あたしの上位互換? ああでも、運動はあたしの方が得意かも」
「それ、本気で言ってる?」
「おねーちゃんに関しては嘘つかないよ。あたしより頭がいいし、あたしより身長も高いし、性格もいいし、大抵なんでもできるから、まあだいたい上位互換って言っていいよね」
「ちょっと信じ難いんだけど、そんな完璧超人が実在するの?」
「ほんとにねー」
上位互換、という言葉が日菜の口から出てきたことに驚いた。自分が大抵の人間の上位互換のくせして、あっさりとした語調でそう口にするものだから、逆に真実味があった。
今のところリサが日菜を嫌味に感じていないのは、日菜が努力家であることを知っているからだろう。曰く「姉に置いていかれないため」らしいが、日常の勉強量も読書や調べ事の量も、リサには目眩がしてくるくらいの量だった。
まだ見ぬ日菜の姉がどれほどの人間なのかと震えたのを思い出した。
なんでもできる天才の少女が慕う姉ってどんな人? という疑問に対して、その少女以上の天才、という解答を持ち出してくるのは流石に理不尽だろうと思わなくもない。たしかに道理に沿っているとは思うけれど、嫌に現実の非情さというか不公平さを感じる。創作だったら、不器用だけど心優しい人、とかそういう答えが返ってくるものなのに。
「納得した?」
「……うん」
それと、どう言い繕っても日菜は変人だった。まず、基本的に物事の基準がズレている。自分の能力を基準にして物事を測るから、とりあえずで他人に求めるハードルが凄まじく高い。そのせいで勉強を教えるのが驚くほど下手だった。本人いわく、「なんで分からないのか分からない」らしい。これだから天才様は……
いつの間にか、日菜への恐れは消えていた。知らないから恐ろしく感じるだけだ、という日菜の言葉が間違っていなかったのに気がついて感嘆する。
そんな日菜との関係が変わったのは、2年の夏になってからだった。日菜がベースを始めたと聞いて、ライブをやるなら絶対に誘って欲しいと言って夏休みに突入した。
2年になってすぐ、サボっていたベースを再開して幼馴染の友希那のバンドに加入したばかりだったから、タイムリーな話でもあった。バンドメンバー探しの真っ最中で、ギター担当を見つけるのに行き詰まっていた時期だったから、ライブイベントにもよく顔を出していた。
この才能溢れる友人にはじきにベースの腕前も抜かれるんだろうな、となんとなく察するものがある。
不思議と、焦りや不快感はなかった。それどころか、日菜の才能を自分の物差しで測れることが少し楽しみでさえあった。
ライブのチケットを貰ったのは、それから約1ヶ月後だった。友希那の分のチケットも買って、馴染みのライブハウスのイベントに観客側で参加する。
その瞬間の衝撃ったら、ない。ベースを始めて1ヶ月のはずの日菜は既に中級者レベル以上にベースを弾きこなしていて、けれどそれよりも目に焼き付いたのはその隣に立っていた彼女の姉だった。
同級生であそこまで弾ける人を見たのは初めてだった。馴染みのあるエレキギターではなくてアコギだったけど、どちらにせよ同じことだ。リサの隣にいた友希那も、彼女に目を奪われていた。
ライブの翌日に日菜に電話をかけて、彼女の姉を勧誘する許可を得た。絶対に拒否されるだろうなと思っていたから、意外と言えば意外。
でもあの溺愛ぶりを見るに束縛とかはしない方針なのかもしれない。
そうして、初めて会った日菜の姉──紗夜は、驚くほど普通の人だった。
容姿は日菜そっくりだし、姉妹だなぁと思わせるような似通った仕草や癖もあるけれど、ギターの腕前以外は至って常識人で、あの日菜を凌ぐ才女だと言われてもピンと来ない。
「紗夜はサポートでなら参加してもいいって言ったけど、何か意味があるの? ほら、アタシ達プロでもなんでもないからさ、実質的にはサポートも何もないって言うか……」
「貴方達がレーベルに勧誘されたときの保険です。私は音楽を生業にするつもりはありませんから。Roseliaは勧誘に乗り気なのに、私だけが否定的で水を差す、なんてことは避けたいので」
それがむしろ、気持ち悪かった。
能力がある人間は、相応の自我の強さとか欲を持っているべきだ。それは日菜もそうだし、友希那もそうだった。その能力を獲得するための努力には、相応の動機があるはずで、その動機はすなわちイコールで本人の欲求と紐づけられる。
日菜なんかは典型的な天才型といった感じで、リサにも理解こそできないけれど、そういうものだと納得はできる。あこがれに追いつきたいという動機は勿論、凡人とは見えている世界が違いすぎるが故に細かなプロセスを飛ばしがちなところとか、持たざる者の言い訳じみた理屈を理解できないところとか、そういった能力がある者特有の歪みが生じているのもそうだ。
或いは友希那のように、何かを切り捨ててきた人間の姿を隣で見てきた。音楽に、歌に全てを捧げて、人間関係も青春も娯楽も捨て置いて、そして彼女が得たのがあの歌声だ。人生丸ごとフェスに懸けていた友希那の決意は、今の彼女を成立させるのに必須の燃料だっただろう。
「紗夜はプロでもやっていけそうだけど」
「まさか」
紗夜には、全くと言っていいほど熱がなかった。
なんというか、日菜と比べてもこちらの方が重症なのでは、と思わなくもない。
リサは自分に人を見る目があるとは思っていないから、どうかこの感想が的はずれであって欲しいとさえ思う。
紗夜の感性は多分、日菜よりも常人に近い。細かな認識のズレとかが、日菜と話している時に比べて圧倒的に少ないところからもそれは窺える。それが寧ろ違和感を助長していた。
なんとなくであの日菜を凌駕するだけの努力ができるものだろうか。プロに近いレベルまでギターに打ち込んでおいて、その成果になんの執着も持っていないのは果たして健全な精神性なんだろうか。
Roseliaが仲違いをしたとき、リサは紗夜に「Roseliaは好き?」と問うた。紗夜は是と答えたけれど、そのうえでリサは「どこにも行かないで」と言葉を重ねた。
どうでも良さそうに見えた。Roseliaが好きなのは、多分本当。あこが送ってくれた動画でも紗夜は笑っていたし、ライブでも楽しそうに弾いていた。それでも紗夜は、Roseliaが解散したって大した感慨も抱かなかったんじゃないかと思う。誰かに誘われれば、ふらっとどこかに行ってしまいそうに見えて、リサは「Roseliaの紗夜」なんて言葉を口にした。
言葉にするなら、「執着がない」。
例外があるとすれば、それはたぶん日菜だ。紗夜が心乱されているのを見たのは日菜と喧嘩したらしいあの日だけだったから、そうじゃないかと睨んでいる。姉妹の関係にまで土足で踏み込む気もないから、これ以上は妄想になってしまうけれど。
友希那達が改めて紗夜を勧誘したとして、彼女が頷いてくれる可能性はほとんどないような気がしている。人生を擲っても良いと思えるほどの熱情を紗夜がギターに持っているとは思えないし、紗夜から見たリサ達は、運命共同体になるには力不足だろうから。
つい先日のフェスのコンテストでも、紗夜はいつも通りの平静を保っていた。あの日のリサはいつにも増して緊張でガチガチで、あまり周りを見る余裕がなかったけれど、他のRoseliaメンバーが多少は気負ったりしているのに対して、紗夜は凪いでいた。
落選を通告されて、講評を聞いたときにはそれなりに落胆していたように見えたけど、それくらい。来年のコンテストに紗夜は参加する気が無いわけだから、「あと一年研鑽してからこのコンテストで優勝して本戦に臨んでください」なんて言われたら肩透かしを食らわされたようなものだ。
「それ、あたしにしていい話?」
「え、駄目だった?」
「あたしがおねーちゃんの受験の方を優先するとは思わなかったの?」
「どっちにせよアタシ達だけじゃ多分無理だし、それは考えてなかったなぁ」
学校で、全て日菜に話してみた。紗夜に抱いている感想も、Roseliaに改めて誘いたいことも。
「それに、悪口……」
「悪口じゃないって!」
「あはは、ジョーダンだよ。実際あたしもそう思うし」
怒られるくらいは覚悟していたのに、日菜はケタケタと笑った。たしかに否定的な考えもあったけど、悪口と取られるのは心外だった。拙い語彙をフル活用してそれなりに言葉を選んだつもりだったのに。
「……うん。ちょっと考えたけど、間違ってないと思うよ」
「そう?」
「あたしに対する大枠の捉え方も、おねーちゃんに対する分析も、当たらずとも遠からずって感じだと思う。本人に言うのはどうかと思うけど」
昔からリサちーってそういうところあるよね、あたしが怖いって言ったりさ、という有難いお言葉を頂戴した。腹を割って話すのが下手なところはあると思う。言うのを我慢することはできるのに、いざとなると勢い余って全部話してしまいがちだ。
「おねーちゃんが行こうとしてる大学、都外だからなぁ。Roseliaに残って欲しいなら進路から変えてもらわなきゃね」
「え、……厳しくない?」
「厳しいんじゃないかな」
最終手段は、受験期だけ活動を控えて受験が終わってからまた紗夜を交えて活動する、というものだったから、最初からその手が使えなくなったことに頭を抱える。
「まあ、あたしも協力はするよ。そっちの方が都合がいいし」
「ほんとに?」
「うん。じゃあ早速ヒナちゃんアドバイスその1。さっさと当たって砕けておこう」
「砕けちゃ駄目じゃん!」
「最終的におねーちゃんを勧誘できればいいんでしょ? なら早く言っといた方がいいよ。直前に言っても絶対揺らがないからね」
「でも、『時間はあげたのですから私に構っていないでさっさとメンバー探しをしてください』とか言われないかな」
「言われて折れるんなら最初から誘うのやめなよ。おねーちゃんより上手い人──は難しいかもしれないけど、おねーちゃんよりやる気がある人ならいくらでも見つかるだろうから」
簡単そうに言うけれど、リサとしては紗夜の代わりになるギターを見つけるのは不可能だろうなと思う。まず、友希那を満足させるレベルである必要があって、その要求水準が凄まじく高い。技術のレベルだけで言えば、リサもあこもまだそのレベルに至っていないくらいだ。燐子はピアノだけなら合格していそうだけれど。
性格の相性とかそれ以前の問題で、Roseliaは本来友希那のエゴが詰まったバンドだった。
「Roseliaを続けて欲しいってことは伝えておいた方がいいと思うよ。おねーちゃんはぜったい分かってないから」
「あー、そうだよね」
「あとはRoselia次第になっちゃうかもね。おねーちゃんにとってRoseliaがどれだけ大切なものになるかって感じ?」
無理そうだなぁ、と不穏な呟き。
「リサちーは気持ち悪いって言ったけどさ、おねーちゃんはずっと『ああ』なんだよ。基本的に満足しちゃってるって言うか、悟ってるって言うか。起爆剤になりそうなのは幾つか考えてるけど、今すぐは無理だし」
「燃え尽きてるみたいな感じなのかな」
「んー、別に疲れてるわけじゃないと思うよ。例えばあたしはおねーちゃんに追いつきたいってモチベがあるし、勉強とかも面白いと思ってやってるけど、おねーちゃんはそうじゃないってだけだと思う。プロになるつもりもないのに必要以上にギターに打ち込む意味は無いし、大学に行けるだけの学力があるんだからこれ以上勉強にのめり込む意味もないってだけ。目標が低いから無気力に見える」
日菜の言う理屈は文字通りに受け止めれば理解できなくもないけれど、やっぱりおかしい。やる気もないのに楽器がプロに準ずるレベルまで上手くなるなんてことはそう無いし、受験勉強だってそう。普通の学生が日々を過ごしながら少しずつ追い込んだり追い込まれたりして学力を目標値に到達させるのに対して、さっさと勉強して日本で1番学力が高くなったからもういいか、なんて常人の思考じゃないだろう。
それともこれが天才姉妹には普通の思考に思えるのだろうか。だとしたら見えているものが違いすぎる。
「……リサちーは、おねーちゃんと弾きたいの?」
「当たり前じゃん。まだ足を引っ張ってばっかりだから、ちょっとそこは申し訳ないけどね」
見透かすような視線。実際に日菜なら、リサの内心なんてあっさりと見抜いてしまいそうで、少し緊張した。
紗夜のことは好きだ。落ち着いたところとか、驕らないところとか、性格面においても尊敬できる人だし、能力は言わずもがな。冷たさを感じることはあれど、基本的には甘い性格をしているのもそう。彼女の立場ならあっさりとRoseliaを見放しても許されただろうに、リサの背中を押しさえした。
「んー、やっぱり相性悪いなぁ」
「相性?」
「おねーちゃんを絆せるのって、たぶんポピパみたいなバンドだと思うんだよね。Roseliaってなんか、ビジネスライクに見えるからさ」
「まあ、そうだね。あくまでバンドとして集まってるだけって感じかな」
「おねーちゃんに発破をかけるだけなら単純な話なんだけどね。Roselia全体がおねーちゃんよりも上手くなればいいだけだから」
「……無茶言ってる自覚ある?」
「まあね。でも、二つに一つだよ。情でおねーちゃんに折れてもらうか、それともおねーちゃんの人生を歪めるくらいにRoseliaが魅せるか」
机に突っ伏した。人を誘うのって、本当に難しい。今回は特に、今後の人生さえ懸けて欲しいと頼むのだから、生半な覚悟じゃいけないとわかってはいたつもりだった。
「なんにせよ1回話してみないと分かんないかな。あたしもおねーちゃんに関しては測り損ねてるところがあるし。だから当たって砕けてきてよ」
椅子を傾けて面白そうに笑う友人が恨めしい。
「案外あっさり頷いてくれたりして」
「他人事だと思って面白がってない?」
「まさかぁ」
でも、と続けて、
「あたし達のことをそんなに見てるの、リサちーが初めてかも。あたしに言ったようにおねーちゃんにも全部ぶつけてみてもいいかもね」
「怒られそうだけど」
「それは大丈夫。おねーちゃん寂しがりだから」
「……それ関係ある?」