月輪より滴り   作:おいかぜ

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《26》雨音とブルー

 

「Pastel*Palettesです! よろしくお願いします!」

「お願いします! チケット販売中です!」

 

 千聖ちゃんに言われたことを思い返してみる。見下している云々は抜きにしても、当事者意識の欠如についての指摘は否定できないような気がする。

 結局のところあたしがパスパレにいる動機は「比較的面白そう」だったからだし、こうして内心でくだらないと思いながらチケットを売っている現状を鑑みれば、パスパレを軽んじていると言われるのも仕方がない。

 

 他人事。あたしが常々おねーちゃんに感じているそれに近いんだろうか。実際にあたしはパスパレにもアイドルにも大した興味を抱いていないし、これはおねーちゃんがRoseliaに向けている感情よりも余程希薄な思いなのかもしれない。

 千聖ちゃんの言うことは尤もだった。

 

 かと言って、あたしが態度を改められるかと言えばそれも無理だ。

 人間関係は等価交換、だったっけ。多分、千聖ちゃんの立場としてはパスパレのメンバーを動かしたいなら相応に熱意を見せろと言いたいのだろう。

 あたしはパスパレに関心も期待も抱いていないし、わざわざ身を切ってまで何かをすることもない。千聖ちゃんの理論で言うなら、返して欲しいものもないのに何かを与える意味もないから。

 パスパレが持ち直したのならそれはそれでいいけど、別に潰れたっていい。そういう意味では千聖ちゃんとモチベーションはそんなに変わらないんじゃないだろうか。

 

「まだ続けてたんだ」

「手売りって、必死過ぎでしょ」

 

 あたしが通行人の立場でも同じことを思っただろう。一万人の前でデビューライブをして、当て振りと口パクがバレたアイドルバンドなんてさっさと畳んでしまった方がいいに決まってる。

 それでもチケットが2枚売れている辺り、あたしが思っているよりも世界は優しくできているらしい。

 

 彩ちゃんをちらりと見遣る。これでめげているようなら本格的にしんどいかなぁ、と思ったけど、折れてはいないようだった。

 この子に関してもあんまり分からない。だって、あまりにも普通だ。カリスマもリーダーシップも能力も、あるようには見えない。それどころか迷走する始末。

 急がば回れでは無いけど、ライブをまともに成し遂げたいと思うなら練習するしかない。1度大炎上したアウェーのアイドルバンドのライブがまともに成立するかは怪しいところだけれど、せめて演奏の質を上げるくらいのことはしなければ何にもならない。

 演奏が良ければオーディエンスから多少の関心は引けるかもしれない。学芸会みたいな演奏をしたなら今度こそおしまいだろう。

 

 自己満足でチケットの手売りなんかするのは勝手だけど、パスパレの他のメンバーを道連れにしてることもわかっているんだろうか。

 

 

 

 ♦

 

「Pastel*Palettesです! ライブやります!」

「よろしくお願いします!」

 

 次の日も、その次の日も。チケットの手売りを続けて5日経っていた。その間に売れたチケットは9枚。多いと思うか少ないと思うかはそれぞれだと思うけど、あたしにとってはかなり多く感じられる。まあ実際のところはワンマンライブというわけでもないし、あたしたち目当てでチケットを買った人はいないんだろうと思う。

 

 ライブまではあと一週間。麻弥ちゃんは大丈夫。あたしも麻弥ちゃんの足を引っ張らないようにかなり詰めた。イヴちゃんと千聖ちゃんも、それなりに見れるくらいにはなったんじゃないだろうか。彩ちゃんに関しては比較対象がないからなんとも言えない。振り付けの善し悪しも、歌の上手い下手も。そんなに歌が上手いとも思えないから、まあパスパレのレベル相応なんだと思っている。

 無難にライブを熟すだけなら、多分大丈夫だとは思う。炎上して落ち目の木っ端アイドルグループとして、浮上しきれないまま漂うくらいのことはできるだろう。技巧面で付加価値を付けるのはもう無理だろうから、あとはもうあたしに関与できることじゃない。

 

 事務所の都合に巻き込まれた可哀想なアイドルグループとして売り出すか、偶然がパスパレを拾ってくれるのを待つか。

 

 そうなったら辞めようかな、と考えている。

 

「わ、雨」

 

 夏でもないのに突然の雨。天気予報は曇りだったっけ、なんて考えている間に瞬く間に雨足が強まる。夕立みたいな土砂降りだった。

 チケットは少し濡れたからといって問題があるものじゃないけど、屋根もない場所じゃまともに売れるはずもない。声さえ通らないくらいの豪雨だ。

 

「戻りましょう、風邪をひいてしまいます」

「みんなは戻ってて。私はまだ続けるよ」

「彩さん……ですが、声だって通りませんし……」

「お願い……止めないで」

 

 戻ろうと促す麻弥ちゃんとイヴちゃんへ、彩ちゃんは首を横に振った。

 千聖ちゃんの言葉を思い出す。焦り、という解釈は間違っていなかったんだろう。

 

「あたしが彩ちゃん見とくから、2人は戻ってていいよ」

「日菜さんまで……」

「1人にするわけにもいかないし、全員で風邪ひくわけにもいかないからね。タオルくらいは用意しておいてくれると助かるかな」

「……分かりました。イヴさん、戻りましょう」

「ですが……」

「イヴちゃんだってモデルの仕事があるでしょ? 逆に残ったらダメだよ」

 

 2人を送り返して、彩ちゃんの隣に戻る。数分前とは様相がガラリと変わって、人通りがほとんど無くなってしまっていた。傘をさして歩く人と、カバンを頭の上に置いて足早に駆け抜けて行く人。僅かに得られていた注目も、皆無になる。

 

「Pastel*Palettesでーす! ライブチケット売ってまーす!」

「どうか、お願いします!」

 

 叫んではみるけど、どこまで聞こえていることやら。どうせ誰も振り向かないとわかっているからむしろ気楽だ。

 濡れた前髪が邪魔になって、後ろに流した。この調子だと下着まで濡れていそう。替えはあるからいいけど。

 

「日菜ちゃん」

「なに?」

「日菜ちゃんも戻ってていいんだよ? 私だって、馬鹿なことをしてるのはわかってるし……」

「うーん、まあ、あたしも付き合うって言ったからね。彩ちゃんが戻るならあたしも戻るけど、そんなつもりはないんでしょ」

「……うん」

 

 1人にする訳にはいかないでしょ、という至極真っ当な言葉は飲み込んで、それでも彩ちゃんに巻き込まれてここにいるんだということは伝えておく。

 ほんとに、なんでこんなところに立ってるんだろ。

 

 何となく、あたしがストレスを感じてる要因もわかってきた。まず、人の下につくことに絶望的に向いてない。自分で言うのも開き直っているようで嫌だけど、協調性も共感性もない上に能力至上主義気味だから、集団行動が下手くそだ。それこそおねーちゃんみたいな人間が上につくならいいんだろうけど、彩ちゃんとは相性が良くない。

 イヴちゃんと麻弥ちゃんは彩ちゃんをリーダーとして認めてるんだから、あたしもパスパレに殉じるつもりならどこかで折り合いをつけなきゃいけない。

 

「なんでよりによってこんな大雨なんだろ」

 

 台風の予報とかあったっけ、とスマホを取り出してみても雨に濡れて指が反応しない。めんどくさくなってポケットに戻した。

 

「……ごめんね」

 

 あたしがいても寧ろストレスかな。かといって、麻弥ちゃんに「残って」と言うわけにもいかなかったし、我慢してもらうしかない。

 

「あたし達の演奏を聴きに来てください! Pastel*Palettesです!」

「チケット販売中です! 私たちの歌を聴いてください!」

 

 人通りがほとんど無くなってしまった。雨が降ってるのにわざわざ徒歩で出掛けるような人は少ないだろうし、必然ではある。これが駅前とかならまだ可能性はあったかもしれないけど、劇場の前だから尚更。うちの事務所に興味がある人が通りがかる可能性が高い、という意味では天気がいい日なら良い条件の場所と言えるのに、今は屋根のない過疎通りだ。

 

「あ、千聖ちゃん」

「……日菜ちゃんも残っていたのね」

「ん、まあね」

 

 傘もささずに歩いてきた千聖ちゃんを見て、やっぱりお人好しだなぁと苦笑いが零れた。たまたま通りがかった、みたいな顔をして、何をしに来たのか分かりやすい。

 

「チケットは何枚売れたの?」

「今日は、まだ……」

「そう。──Pastel*Palettesです! 来週末にライブをやります! 私たちの歌を聴きに来てください!」

「千聖ちゃんまで……」

「後悔したくないんでしょう? 雨の中なのだから、もっと声を出さなくちゃ聞こえないわ」

 

 千聖ちゃんが来たんだからあたしは帰った方がいいかな、と思ったけど、ここで帰るとなんか空気が読めてない感じもする。

 ああ、寒い。晩秋の雨は普通に堪える。

 

 果たしてチケットの手売りは努力に入るのか。「できることはなんでもやりたい」という言葉に反してはいないか。ただ、こうやって実際に外に立ってなお時間の無駄だと思う。10枚近くチケットが売れたことはプラスだけど、あの人たちはあたし達からじゃなくてもどのみちチケットを買ってくれていたような気がするし。

 今更ネチネチ言ったところで仕方ないけど、これで明日3人とも風邪をひいたら最高に馬鹿らしいので笑ってしまうかも。

 

「撤収ー!」

「……そうね。さすがに、もう暗くなってきたし」

「うん」

 

 結局、雨が上がったのはそれから30分以上経ってからだった。日も落ちかけて気温が下がっている。

 

「千聖ちゃんは、どうして来てくれたの?」

「あなたの事を知りたかったから、かしら。同じ景色を見てみるのもいいかと思ったのよ」

「……それで、千聖ちゃんの目に、私はどう映ったの?」

「愚直でひたむきな人ね。不器用で、夢に向かって藻掻くことしかできない」

「……うん、私には──」

「──『私にはそれしかできない』、でしょう? ……あなたらしいわ」

 

 本当に、甘いなぁ。おねーちゃんに少し近いような印象を抱いていたけど、最近はめっきりその印象が変わってしまった。おねーちゃんは無関心故に他人に優しいけれど、千聖ちゃんは心根から善人な気がする。いや、おねーちゃんの性格が悪いとかそういうわけじゃなく。

 

「私には、日菜ちゃんがいた事の方が意外だったのだけど」

「そ、そうだね。……私も」

「千聖ちゃんみたいにセイシュンって感じの答えを期待されても困るなー。仮にもアイドルを一人にできるわけないじゃん。……仕方なくだよ」

「そ、そうだよね……」

 

 びしょ濡れの不審者3人組が連れ立って事務所に戻る。フロアを濡らしてしまいそうだから、どうしたものかと事務所の前で少し悩んでいると、ちょうど麻弥ちゃんとイヴちゃんが出てきた。

 

「千聖さんまで……タオル持ってきましたから、早く拭いてください」

「ありがとう」

「アヤさん……思い詰めてしまっていませんか?」

「ちょっと思うところはあったけど、大丈夫。ありがと、イヴちゃん」

 

 水気を絞って、更衣室で着替える。彩ちゃんが頻繁にくしゃみをしていたのが不穏だった。とりあえず今日の自主練はナシかな。

 

「皆さん、コレ見てください! 彩さん達のことが話題になってます」

「『大雨の中、チケット手売りしてるPastel*Palettesの彩と千聖と新しいベースの子を見かけた。誰もチケットは買ってなかったけど、すごい根性だな。見なおした」

「『それマジ? 知らなかった。明日もチケット売ってるのかな。買いに行ってみようかな』『口パクバンドだと思ってたけど、今は地道に努力してるんだな』」

「『研究生時代から頑張り屋さんだった彩ちゃんの、ひたむきな姿がまた見られて嬉しい』『どんな状況でも頑張ってこそ彩ちゃん!』」

「アヤさんの頑張りがファンの皆さんに届いたんです! 無駄じゃなかったですよ!」

 

 偶然に拾われたわけだ。……この言い方は負け惜しみみたいで良くないか。彩ちゃんの愚直さがファン層に刺さって、それが思いのほか大きな波になった。明日以降どうなるかは分からないけれど、それでも大きな話題作りのきっかけになったのは事実。

 

「彩ちゃん、泣いているの?」

「ご、ごめん……私、すぐ涙が出るから……」

「……タオルを取ってくるわね。まだ髪も濡れているし」

「あたしも行くよ」

 

 千聖ちゃんについて廊下に出る。ついでに温かい飲み物でも買っていこうか。

 

「てっきり、気にしていたのかと思ったわ」

「んー、まあ、思うところはあったけどねー。別にパスパレのメンバーを見下してるつもりもないし、あたしがあれこれしなくても千聖ちゃんは彩ちゃんに協力的みたいだし」

「……1週間前のあなたでも、彩ちゃんと残ったかしら」

「残ったんじゃない? さすがに一人にするわけにはいかないでしょ。何を期待してるのか知らないけど、さっきの行動に感情的な理由なんかないよ」

 

 千聖ちゃんはあたしにどんな変化を期待してるんだろうか。……でも、あたしが千聖ちゃんの立場だったら同じことを考える気がする。実際、あたしだって千聖ちゃんがパスパレに協力的になるよう仕向けようとしたわけだし。

 

「千聖ちゃんには向いてないと思うよ、その役回り。嘘も下手だし、根が優しすぎるから」

「それならせめて、あなたのことを信用させて欲しいものね」

「仰る通りです」

 

 パスパレが崩壊したって大してなんとも思わないだろう、無責任な人間に向けるべき信用なんかない。自分を貶められたらそれも面白いかもしれないだなんて、破滅願望交じりの邪な感情さえ抱いている人間には。

 

「でも、あたしだってパスパレ存続のために動いてるんだよ?」

「なんの含みもなくその言葉を受け取ってもらいたいのなら、さっきネットで話題になっていると言われたときに、喜んでいるフリでもすべきだったわね」

「んー、それはあたしの精神的に未熟なところが出ちゃったかなぁ。 誰だって自分が空回って徒労になったらガッカリするじゃん?」

「それは、そうね」

「ライブでやらかさなければとりあえず汚名は(そそ)げそうだし、彩ちゃんが現状を打破したのも事実だから、そこに文句をつけるつもりも無いよ」

 

 単純なスキルアップと、あとは芸能界に入ることによっておねーちゃんをこっち側に引きずり込みやすくなったらいいな、なんて淡い期待。現状あたしがここにいる理由なんてその程度だから、思い通りにならなくて困るというものでもない。

 

 自販機で温かい飲み物を幾つか買って、タオルを取ってくる。

 

「……あなたに抜けられるのが、いちばん困るのよね」

「そうだろうね。あたしは別に契約に縛られてないし」

「どうすればあなたを縛れるのかしら」

「さぁ? 彩ちゃんに期待したら?」

「彩ちゃんとは相性が悪いでしょう」

「じゃあ千聖ちゃんが頑張るとか。人間関係は等価交換、なんでしょ? あたしは、染めるか染められるかだと思ってるけど」

 

 性格的に相性が良いのは千聖ちゃん、なのかな。自分でもあんまりよく分からない。1番印象が良いのはそうだけど──よく考えたらあたし友達とか全然いないや。サンプル数が少な過ぎて自分の傾向さえよくわかんない。

 

「……あなたが1番嫌っているのは私でしょうに」

「え? パスパレで一番好きだよ、千聖ちゃん」

「……はぁ?」

 

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