月輪より滴り   作:おいかぜ

27 / 100
《27》萌芽とグリーン

 

「チケット、たーくさん買って貰えました!」

「うん。やっぱり手売りして良かったなって思ったよ。直接お客さんの顔も見られたし……」

 

 本番まであと3日。チケットもそれなりの量が捌けるようになって、彩ちゃんのモチベーションは目に見えて上がった。

 図らずも彩ちゃんのおかげでパスパレに付加価値をつけることには成功したから、バンドとしては上向きになっている。やらかさなければ次のライブも問題ないだろうと思うくらいには、世間がパスパレに甘い。

 

「麻弥ちゃん……」

「は、はい!」

「不安なのは分かるけど、あたし達のパート練習はとりあえずもういいよ」

「そ、そうッスかね……?」

「メロディーの方が不安だからそっち優先しよ? 全体練習メインでさ」

 

 バンド内での演奏の質は均一に近い方がいいんじゃないかと思う。これがまた、ギターが飛び抜けてるとかならそっちを立てた演奏をする手もあるのかもしれない。でも、アイドル楽曲でドラムとベースが前面に出るような弾き方は多分良くない。

 千聖ちゃんもイヴちゃんも劇的に上手くなっているし、あと3日で少しでも演奏の質を上げたいならそっちにリソースを割くべきだ。

 

「私はもう少し個人練もしたいなーって……」

「実際にお客さんが聴く音は私たち全員の演奏なのだから、この時期は全体練習の方を多くした方がいいんじゃないかしら」

「あたしも千聖ちゃんにサンセー。個人練習は1人の時にすればいいし」

「うう……」

 

 アイドル楽曲だからか、音源とシンセの主張が激しい曲ばかりだ。バンドテイストを出すためにギターが前面に出る頻度も高い。そういう面でもメロディー組の練度が楽曲のクオリティを左右する気がしている。ボーカルは言わずもがな。

 

 多分いちばんミスってもバレないのあたしだなぁ。まあベースってそんなものか。

 

「お疲れ様です、Pastel*Palettesの皆さん。少し、よろしいでしょうか」

「お疲れ様です」

「少し、当日のライブについてお話しておきたいことがありまして」

 

 なんて話していると、マネージャーが入ってきた。毎度の事ながら、上から無茶振りをされて草臥れている人といった印象だ。今のところ、彩ちゃんのチケット手売りの件で好感度はマイナスだけれど。

 

「彩さんのチケット手売りの件がネットで話題になり、私たちスタッフの予想よりもずっと大きな期待がPastel*Palettesには集まっています。それこそ、初デビューのときと同等程度に」

 

 デビューのときの事務所の宣伝がどの程度か知らないからあたしには判断がつきかねるけど、思ったより大事になっているらしい。

 

「レッスントレーナーから皆さんへの演奏評価も上々で、特に白鷺さんの上達が素晴らしいとか」

「……ありがとうございます」

 

 裏で相当努力しているんだろうな。おねーちゃんに教導を頼んでいることもそうだけど、千聖ちゃんは努力を表に出そうとしない。努力をするのは当たり前で、それをひけらかす意味なんかないという価値観には同意するけれど、なんだか千聖ちゃんが誤解されているような気もして、それは少しもどかしい。

 陰で動きすぎ。仕事を取ってきているのも、スタッフと交渉しているのも千聖ちゃん1人で、それに彩ちゃん達は気付きもしていない。自分の働きを過剰にアピールする必要は無いけど、それはそれとして隠しすぎても不和の元になるような気がする。千聖ちゃんの負担が大き過ぎるし。

 

「私どもとしては、今度は当て振りではなく生演奏でライブに臨んでもらうつもりでいます。ただし、丸山さん。ボーカルだけは、また録音したものを使わせて頂きたいんです」

「それは、口パクってことですよね」

「……そうなります」

「また音声が途切れたらどうするつもりなんですか? 前回の反省を活かして私たちはここまで練習してきたという認識でしたが」

「音源のバックアップも含めて、対策は考えてあります。機器不良をカバーすることは可能です」

 

 また、口パク。どうしたものかなぁ、と思う。ワンマンライブでもないし、全体の進行のことを考えたらそういう考えに行き着く理由も分からなくもない。いや、やっぱり分からない。ここでパスパレを使い捨てるつもりならともかく、今後のことも考えるならありえない選択肢だ。

 

「丸山さんは本番に極端に弱いですし、今回は以前よりもずっと厳しい目で見られることは間違いありません。丸山さんが歌い切れるのが最善だ、という認識は私達も持っていますが、それでもなお口パクの方がリスクが低いという判断を下したことを理解して頂きたいのです」

「……少し、時間をください」

「アヤさん!」

 

 部屋を飛び出して行った彩ちゃんに、マネージャーも困った表情。この反応は織り込み済みだったんだろうけど、それでも予想より反発が大きかったのかな。

 

「……少し、一人にしてあげましょう。考える時間が必要でしょうから」

「チサトさん……」

 

 歌うなと言われるのはショックだろう。あたしは回り道をしたと思っているけど、チケットの手売りだって彩ちゃんにとっては少しでもできることを積み重ねようとした結果なのだろうし。

 

「マネージャーさん」

「はい」

「次は、どうするの?」

「次、とは」

「この次のライブも、そのまた次のライブも、口パクでやるの?」

「そこまではまだ考えていませんが……」

「今回歌えなかったら、彩ちゃんは二度と歌えないよ。断言してもいい」

「……日菜ちゃん」

 

 せっかくライブが成功する芽が見えていたのに、変な思惑で潰されても困る。

 

「口パクなんか、続けてたらすぐバレるよ。ましてあたし達は前科アリなんだから、今回1発でバレるかもしれない」

「その上での判断だと言ったはずです」

「1回だけなら、それでもいいかなって思うけど。成功体験もなしに折られたら彩ちゃんはもう二度と歌えなくなる。そしたら諸共パスパレもおしまいだって、分かるでしょ?」

「その言い分は分かります。丸山さんには酷なことをしているとも。ですが前回歌えなかったことも事実ですし──」

「前回機器不良が起きたことも事実だよね?」

「技術面で確実な対策が取れるか否かという点は大きく異なると思いますが」

「別に屁理屈の言い合いがしたいわけじゃなくてさ。パスパレを続けさせたいなら彩ちゃんに歌わせた方が良いって言いたいだけなんだけど」

「そうですね。Pastel*Palettesが立ちいかなくなるのが一番困ります。ですが、丸山さんも納得してくれそうですし、リスクヘッジという点では口パクの方が理にかなっているんです。歌えなくなるかもしれないとは言いますが、それなら丸山さんに関してはメンバーの皆さんでケアして頂けませんか」

 

 面倒くさ。なんでバンドなのにライブで歌わせてもらえるか否かで言い争ってるんだろ。あたしがズレてるのかな。ほかのメンバーも大して反応してないし。

 

「あー、じゃあわかったよ。彩ちゃんに口パクさせたらその場であたしがパスパレ辞めるから。……これって契約違反じゃなかったよね?」

「……」

「まあ後で契約書類は確認するけど、問題なさそうだったらそうしようかな」

「……はぁ。困ったなぁ……上に詰められるのは僕なんですけど」

「二度とこんなこと言わないからさ、今回だけ折れて欲しいかなって」

「……せめて条件をつけさせてください。ライブの前日までに、丸山さんが自分の意思で私に『歌わせて欲しい』と言いに来たら、ということで」

「はーい。彩ちゃんを脅迫するとかやめてよね」

「そんなことをしたら私のクビが飛びます。それに、氷川さんが私にしたこともそれほど変わらない気がするのですが」

「えへ、ごめんなさーい」

「……契約更新のときにはあの一文消しますからね」

「半年間は好き勝手していいってこと?」

「二度と使わないって言ったじゃないですか」

 

 嫌だなぁ、と言いながらマネージャーは部屋を出ていった。社会人の悲哀を感じる後ろ姿だ。これで彩ちゃんが立ち上がれなかったらあたしは唯一の手札をタダで使い捨てたことになるので、なんとか立ち直って欲しいところ。

 マネージャーと友好的な関係を保つ必要があることを考えれば、結構綱渡りなことをしてしまった。あの人も大概苦労人ポジションにいるっぽいから哀れ。

 次回からはあたしの代わり候補が用意されていて、変にわがままを言ったらそのままサヨナラされそうな気もするので本当に辞めるときにしか使えない。

 

「……ヒナさん、辞めてしまうんですか……?」

「今のところそのつもりはないけど……?」

「それなら良かったです!」

 

 柄にもないことをした、かもしれない。変に嘴を挟まれるのが不快だった。

 

「無茶なことをするわね」

「そう? 口パクとかくだらないし、パスパレを続けたいなら必要な事だったと思うけど」

「……そうね。あとは彩ちゃんが決意を固められれば……」

 

 変に勘違いされてそうな予感。別にいいか、そのうち勝手に修正されるだろうし。

 

「少し、様子を見てくるわね」

「はーい」

 

 本当は黙っていても良かった。これで彩ちゃんが立ち直れなかったのならパスパレは立ちいかなくなるだろうし、そうなったらなったで別に構わなかったから。

 おねーちゃんもRoseliaを辞めてしまうだろうから、大学受験が終わってからでもMiDDay-Moonの活動頻度を高めてみたりして──なんかそっちの方が楽しそうだな。おねーちゃんの好きな大学について行って、二人暮しをして。……ちょっと後悔してきた。

 どうせ受験が終わったあとの話だから今すぐどうこうというわけでもないんだけど。

 

 おねーちゃんがプロという言葉を神聖視するものだから、どれほどのものなんだろうと思っていたのもある。もとよりPastel*Palettesはこういうバンドだと知っていたから今の実力でどうこう言うことは無いけど、それでもオーディションにさえおねーちゃんより上手い人はいなかったし、研修生みたいな立場でここ数ヶ月フラフラしてみたけど、Roseliaよりレベルの高いバンドもあまり無い。

 

 肩透かしを食らったという印象は拭えなかった。麻弥ちゃんみたいな人がいるにせよ、期待外れ。

 

「日菜さんは……彩さんのことがあまり好きではないですよね」

「んー、好きでも嫌いでもないかな」

「ですよね。だから、あんなことを言うとは思いませんでした」

「彩ちゃんのためってわけでもないからねー。……どうする? この3人で練習続ける?」

「いえ、お二人を待ちましょう」

「おっけー」

 

 


 

 結局、彩ちゃんはマネージャーに直談判したらしかった。次の日、ぐったりしたマネージャーと出くわして嫌味のように愚痴られた。社会人は大変だ。

 

「……日菜ちゃん、ありがとう」

「ん、どういたしまして。これで歌えないとかやめてよね」

「うん、大丈夫」

 

 リハーサルも特に問題なく済ませて、本番を待つばかり。他のグループが歌っている声が楽屋まで聴こえてくる。アイドルとは言っても大概歌は上手い。さすがに芸能界で生き残っている先達というだけはある。

 

「武者震いがしてきました!」

「おお、頼もしいね」

「それ、意味合ってますか……?」

 

 千聖ちゃんが静かだけれど、場馴れはしてるだろうしそこまで心配していない。緊張していたら面白いんだけど。

 

『Pastel*Palettesの皆さん、待機お願いします!』

「はい!」

 

 ……さすがに集中しなきゃ。あたしがミスったら目も当てられない。

 舞台袖に移動して、出番を待つ。さっきは大丈夫そうだったのに、彩ちゃんの表情が固い。でも変に落ち着いてるよりはいいのかもしれない。

 

 前のグループが掃けるのに合わせてステージに出る。1万人の景色って、こんなに広いんだ。照明で細部までは見えないけれど、こんな大勢の前に立ったことなんかなかった。

 

「みなさん! こんにちは! 私たち『Pastel*Palettes』です!! まずは一曲聴いてください、『しゅわりん☆どりーみん』!」

 

 事務所の心配も他所に、彩ちゃんは予想よりもずっとまともに歌えていた。心なしかカタい気もするけどそこはこの際気にしない。……あ、音外した。

 麻弥ちゃんはさすがに安定感が違う。メロディー組もなんとかこなせていた。コーラスの方に気を回す余裕があんまりなさそうだから、あたしが気を付けないといけない。

 

 千聖ちゃんと目が合った。思ったより余裕がありそう。ギターソロだけ不安だけど、大丈夫かな。ベースでなぞったら怒られるだろうか。おねーちゃん相手でもないしやめとこう。

 

 今度は彩ちゃんと目が合った。前を見てください。

 と思っている間にソロに差し掛かる。何回も練習で聴いているけれど、弾き方が思い切りおねーちゃんだ。相当苦労したんだろうなってことが容易に想像できる。

 

 なんとか一曲弾ききって、息をつく。

 指じゃなくてピックで弾いているのもそうだし、とにかく硬く軽い音を出すのに気を使う。麻弥ちゃんのレベルが高いからあたしも半端な演奏はできない。

 

「──今日は、皆さんに謝りたいことがあります」

 

 彩ちゃんのMC。口パクと当て振りへの謝罪から始まって、観に来てくれたことへの感謝を述べる。観客の反応は好意的なものが多そうだけれど、これはライブ会場だからって感じかな。後でネットの感想を見たらどうかは分からない。

 

 千聖ちゃんが彩ちゃんのMCに補足を入れて、流れを調整する。こういうところ、ほんと馴れを感じるなぁ。元々器用で地頭がいいんだろうけれど。

 音が外れていたという指摘の野次が飛んで、それが笑いに変わる。生演奏云々の話がでた時に軽くベースを弾いてみれば、それを上手く千聖ちゃんが拾ってくれて。……PAさんは焦ったかも。まあいいや。

 

「感謝を込めて、2曲目いきます!」

 

 

 ♦

 

「最高のライブでした。ずっと、思ってたんです。『アイドル』って、自分の生き方を貫ける在り方のことなんじゃないかって。彩さんは、ホントに輝いていて──紛れもなく『アイドル』でした」

「そ、そうかな……。でもそれは、みんなのおかげだよ。私が私のままでいられたのも、千聖ちゃんのおかげだし」

「私は何もしていないわ。彩ちゃんが自分で立ち上がったのよ。私はそれを信じていただけ」

「皆さん! 仲良しのハグをしましょう! ヒナさんもこっちに来てください!」

「えー」

 

 Pastel*Palettesにできることをして、最大限の成果を掴み取ったライブと言えるんじゃないだろうか。

 口パク騒動が許される流れも作ったし、これは正直計算外だけど、彩ちゃんがミスったおかげであらゆる疑惑を晴らすことにもなった。

 

 スタートラインに立っただけとも言えるけれど。

 

 4人まとめてぎゅうぎゅうに抱き締められる。力の入り方からして他のみんなも力入れてるな、これ。苦しい。

 

 最高のライブだなんて口が裂けても言えない。ボーカルは音を外して、楽器隊も演奏に必死になって下を見てばかり。ミスだって多かったし、コーラスから意識も逸れていた。

 でも、成功したからとりあえずは良しとする。ネットの評価を見ても、驚くくらいマイナスな意見が少ない。事務所の被害者と見られているのかな。

 

「ヒナさん、楽しくなかったですか?」

「……苦しいかな」

「いえ、ライブの話です」

「そう言いながら解いてはくれないんだね。……楽しかったよ、普通に」

 

 他人の汗とシャンプーと整髪剤と香水の匂い。うへぇ。

 解放されて、逃げるように椅子に腰かけた。

 

 ライブ自体は楽しかったけれど、アイドルってつまらないんだなという思考はより固まってきた。

 

「音外してたのが逆に頑張ってる感あって良かった」「白鷺千聖が真剣にギター弾いてるのかっこよくて良かった」「ベースの子ノリノリで可愛かった」「キーボードの子が意味わかんなくて面白かった」「ドラムの子の笑い方好き」

 

 たかが感想に文句を付けるつもりはないけど、あたしが目指すものとは違う。だってこんな感想をつける人達は音なんか聴いてないんだから、結局のところ生演奏だろうが当て振りだろうが関係ない。

 下手な方が良いってどういう意味なんだろう。音楽に言及した感想の方が少ない有様で、まともに「バンド」なんて言えるんだろうか。

 

 アイドル的な魅せ方には理解ができる。容姿と、歌とダンスパフォーマンスで観客を魅せるという在り方には。ただ、バンドでそれをやる意味があるんだろうか。彩ちゃんにとってのPastel*Palettesの在り方がこれで良いのなら、つまらないという一言で片付けてしまえる。

 

 ──「アイドルバンド」らしさって、どこに求めればいいんだろう?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。