月輪より滴り   作:おいかぜ

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《28》黄色の舞台裏

 

「つまらなさそうね」

 

 ライブの翌日。自主練が終わったあとも一人残っていた日菜ちゃんに声を掛けた。爪弾くベースが奏でるのは、月光の第一楽章だろうか。考え事の片手間に弾いているように見えた。

 

「ライブの感想、見た?」

「エゴサーチはしたわよ」

「……どう思った?」

「どうって……出だしとしては好調だと思ったわ。批判的な意見も少なかったし、彩ちゃんの素直な謝罪も効いたんじゃないかしら」

 

 前から思っていたことだけれど、彼女にかける言葉には気を使う必要がある。浅い考えで発した言葉には突っ込まれそうな圧があって、それと、彼女に失望されたくないという勝手なプライドも作用しているんだろう。

 

「『まだ下手だけどこれからが楽しみ』『頑張ってるのが伝わってきた』『可愛くて推せる』『発展途上って感じ。見守っていきたい』」

「そういう感想も多かったわね」

「アイドルとして、これは正しいの? 下手な演奏を聞かせて、『かわいいね、頑張ってるね』って言って貰えるのが正解? それで次は、『前より上手くなってる! 頑張ってるんだ、すごいね!』ってなるのかな」

「……」

「それって、くだらないね」

 

 吐き捨てるような言葉。本気で嫌悪しているように感じた。

 完全同意とまではいかずとも、気持ちは理解できる。

 

「演奏の技巧で魅せようとまでは言わないよ。あたし達は初心者交じりのバンドだし、初めから完璧にこなせるわけじゃないのはわかってる。──けど、お遊戯会をしてるわけじゃないよね?」

「そうね、プロである以上は観客を魅せる義務がある」

「そういうパフォーマンスをしちゃったんだから、この感想は仕方ない。けど、これに満足しているのなら、あたしはここに居たくないな」

 

 努力する天才。紗夜ちゃんは日菜ちゃんのことをそう形容していて、私も日菜ちゃんの天才性を目撃したわけではないけれど、言動の節々に滲む頭の良さからその表現が的を射ているのだろうと軽く納得している。

 楽器歴で言えば私やイヴちゃんと変わらないらしいし、それであのレベルの演奏をしているのだから、才能ももちろん努力の量も尋常ではないんだろうことが窺える。練習をサボったこともないし、明らかに嫌がっていたチケットの手売りにも大雨の中まで付き合っていた。表面的な態度から受ける印象とは打って変わって、ひどく真面目でストイックなのが氷川日菜という人間だった。

 

 最も厄介なのは、彼女にとって「努力している」という言葉が言い訳にしかならない事だ。努力が前提条件である以上は、「努力している」という言葉は何もしていないのと同義になる。

 彼女が彩ちゃんにあまり関心を抱いていないのはそれが理由なのだろう。私が彩ちゃんの魅力として受け止めているそのひたむきさや愚直さも、日菜ちゃんには当たり前のもの、あるいは逃避にしか見えないのだろうから。

 

「昨日のライブってさ、あたし達『音源』だったよね。アイドルとしての彩ちゃんがいて、あたし達は立ってるだけ。あたし達が存在していたのって、MCのときだけなんじゃない? それって、アイドルバンドである意味があるのかな。あたし達全員楽器を放り捨てて踊った方がいいんじゃない?」

「……少し考えさせて」

「うん? ……うん」

「それは、きっとパスパレに必要な思考だわ」

 

 日菜ちゃんのズレは、アイドルとバンドとしてのズレだ。今のパスパレは、実質的にはただのアイドルグループになっている。観客の層も、売り出し方も、メンバーの意識もそうだ。ただ1人日菜ちゃんだけがバンド寄り、あるいはアイドルバンドとしての在り方を見出そうとしている。

 

「アイドルの強みって、何?」

「事務所とかジャンルが持ってる客層が大きいことじゃないかな。売り出してすぐ安定して大きめの固定客が付くよね。ボーカルもダンスも、突き抜けた実力は必要ない。あとメンバー同士の関係性でドラマを作りやすいよね。容姿も武器になるし、グッズ展開もやりやすい上に大きな収入源になるんじゃないかな」

「じゃあ、バンドの強みは?」

「うーん、独自色? ジャンルとか、自分たちの曲とか、演奏の音作りとか、自分たちの色を作れるよね。演奏で勝負できるっていうのはあたしにとっては強みに入るかな。音楽的に強いのはこっちだと思うよ。商業的に強いのは断然アイドルだけど」

 

 事務所やジャンルが持つ客層というのは、昨日のライブに来てくれていたような人達なのだろう。そして、感想を呟いてくれていた人達。俗にドルオタとかそういう呼ばれ方をする人たちのことだ。

 商業的に売り出しやすいのはアイドルの方だという話にも頷ける。

 

「──それって、私たちがバンド方向に寄せる意味があるのかしら」

「そんなにないんじゃない? だから楽器投げ捨てればって言ってるんだし」

 

 売れたかどうかがこの世界では正義だ。その点では、このままアイドルとしての軌道に乗ってしまった方が良い。日菜ちゃんの意見は一部では正解だけれど、一部では穿った見方をしているのも事実。

 

「……いえ、短期的にはそうでも、長期的には必要ね」

「その心は?」

「アイドル路線はすぐに飽きられる。例えば、パスパレを彩ちゃんの成長コンテンツに仕立て上げたとして、一年も経たずに一端のアイドルにはなるでしょう。それから、パスパレの人気が何年保つのかしらね」

「後追いでもっと上手いグループも出るだろうし、数年も保たないだろうね」

「だから、パスパレ独自の強みを持つ必要がある。そしてそれにアイドルバンドという肩書きは都合が良いように思えるわ」

 

 でも、まだ「色」がない。楽曲も、歌い方も、演奏も。十把一絡げのアイドルと同じで、パスパレらしさとかそういったものは確立されていない。

 生演奏という付加価値を自虐的に活かしたのが前回のライブだ。あれはあれでその場のベターな択ではあったけれど、今後も続けるわけにはいかない。当て振りでないことの証明としてはもう十分だし、観客に見くびられることが演者としてプラスになるわけもないから。

 日菜ちゃんは特段の価値を感じていないみたいだけれど、生演奏だからこそできるライブ演出も幾つかは思いつく。それは強みになるし、付加価値としては十分に機能する、と思う。

 

「あたしもそう思うよ。本気でパスパレを残したいと思うのなら、次回か次次回までにこの成長路線は卒業して、舵を切る必要がある。……まぁ無理だろうけど」

「どうして無理だと思うのかしら」

「彩ちゃんの意識が変わんないもん。曲とかはまあ、在野から作れる人を探してきたっていいけど。彩ちゃんがなりたいのはアイドルであって、似非バンドのボーカルじゃないでしょ。あたしがアイドルに興味無いみたいに、彩ちゃんもバンドをやりたいわけじゃない」

 

 無理だとは思っていないのだろうな、と直感的にわかった。彩ちゃんを説得する気がないからこういう言葉が出てくる。

 

「今日一日見てたけど、彩ちゃんは一旦満足しちゃってるんだよね。昨日のアレで満足できるならあたしとは相容れないし──そんな中でつづけるのはなんていうか、お互いに息苦しいじゃん」

「だから、辞めるの?」

「そうしようかな。明日──はここに来ないから、明後日にでもマネージャーに言うよ」

「話し合いさえしないのかしら。あくまであなたの予想でしょう、彩ちゃんに関しては」

 

 少しわかってきたのは、日菜ちゃんが他人と話し合うのを煩わしく思っていること。最初から価値観が合わないと割り切って、擦り合わせることを試しさえしない。

 今まで嫌な思いをしてきたんだろう、というのは勝手な予想だけれど、それほど間違っていないんじゃないかと思う。頭が良くて感情を無視した合理的な選択ができる日菜ちゃんには、周りがどうしようもない馬鹿に見えて仕方がない瞬間があったに違いない──これは、自己投影がすぎるだろうか。

 

「ぶつかれば、曲がるんだよ。あたしにとってはどうでもいいけど、彩ちゃんにとってそれはマイナスじゃない?」

「あなたが辞めてしまう方が余程マイナスよ」

「……千聖ちゃんに言われるとなんかちょっと申し訳なくなるからやめてよ」

 

 日菜ちゃんの言う通りに彩ちゃんが現状に満足しているのなら、それは少し改めて貰った方が良い。こうは言っても日菜ちゃんはかなり言葉を選んでいるように見受けられるし、正論しか言っていない。正論が人に優しくないことは知っている。それでも、現実よりは余程優しい。

 

「それに、あたしが説得される場を設けろって言うの? パスパレにとってのあたしにそんな価値はないと思うけどな」

「価値を決めるのはあなたではなく私たちよ」

「それは、そうだけどさぁ」

 

 価値がないわけが無い。容姿が整っていて、グループ全体を見られる視野の広さがあって、冷静で、頭が回って、楽器自体も上手い、なんて人材がそこらに転がっているはずもないのだから。

 日菜ちゃんについて、何も知らないことに気がついた。パスパレに入った目的も、何がしたいのかも。

 

「あなたは、なんでパスパレに入ったの? 入る前から彩ちゃんの人柄は知っていたはずよね?」

「スキルアップ目的と、あとはプロの世界ってどんなものなんだろうと思ったからかな。ちょっと行き詰ってたから、スカウトに乗っただけ。──辞めたらどっかのサポートに入るか、練習してオーディション受け直すかなぁ」

「つまり、特に先の展望はないというわけね?」

「まあ、そうだね」

 

 どうすれば説得できるだろうか。思考を回す。

 幸いなことに、日菜ちゃんはアイドル的な魅せ方に拒否反応を示しているわけじゃない。観客の反応に関しては……これもライブの回数を重ねれば修正できる。

 日菜ちゃんのモチベーションと、彩ちゃんとの相性。そこさえ解消出来れば説得の余地はある。彩ちゃんだって愚昧な人間じゃない。日菜ちゃんの指摘の意味だって理解してくれるだろうし、こんな成功体験にしがみつくほど思考が硬直するタイプでもない。話し合えばなんとかなる、はず。

 

「……コンテンツを作ることに興味は無いのかしら」

「アイドルバンドというジャンルの確立って話?」

「そうよ。パスパレはそもそも、ガールズバンドの流行に合わせて考えられたアイドルバンドの試験的な運用なのだもの。あなたと私たちの認識がズレているのではなくて、あなたには先が見えていて私たちには見えていなかった、と言うだけの話なのではないかしら」

「んー、それはどうかなぁ」

「マネージャーが口パクについての通告をもってきた時も、ライブの先を見据えて反論したのはあなただけだった。あなたは後から入ってきたから分からないかもしれないけれど、私たちにとって1度目のライブの失敗は相当に重かったのよ。目の前のライブを成功させるのに必死で、その先を見ている余裕なんてなかった。過去を精算して、ゼロに持ってきたのが昨日のライブなの」

 

 水で喉を潤す。どうにも、真剣な話をする時に芝居を入れてしまいそうになる癖を抑えなければならなかった。あらぬ受け取り方をされたくない。

 小賢しさを隠すための思考が既に小賢しいというのに。

 

「そう言われると外様のあたしにはなんにも言い返せないかな」

「そういうことも含めて、話し合う機会を設けて欲しいと言っているのよ」

「じゃあ最終決定は今週末の打ち合わせにするから、それまで好きにしてよ」

 

 話は終わり、とばかりに再びベースが爪弾かれる。しゅわりんどりーみんのギターパート。ギターソロまでなぞられて、今からこの子がギターになっても私より上手くやるんじゃないかと思えてしまう。

 

「本番でこれやったら怒った?」

「かもね」

 

 本当に音楽を楽しんでいるんだろうことが伝わってくる。こういうところから感覚が違うんだろう。

 

「アイドルバンドを作るって話なら、あたしは面白いなと思うよ。マネージャーをある程度抱き込むこともできるだろうし、千聖ちゃんが協力してくれるなら最低限の裁量でコンテンツを確立するビジョンも見える。まあ、パスパレのメンバーがやる気を出すならって前提だけど」

「ほかのメンバーについては問題ないの。あなた自身のやる気が引き出せるならどうにでもなるわ」

「パスパレ自体をそういう方向性で大きくできるなら、あたしの目標とも一致するし、そこに協力するのは吝かじゃないかな。ただ、多分昨日のライブで得たものを全部ぶち壊すことになると思うけど」

 

 パスパレを私物化したいわけじゃないんだよね、という補足。

 

「それ、紗夜ちゃんと関係がある話?」

「……まあ、そうだね。出来ればそれ以上踏み込まないでくれると助かるんだけど」

「そうね、今は」

「ずっと、だよ」

 

 シールドを巻き始めたのを尻目に、少しやりすぎたかと反省する。線引きを確かめ合った後に、意図的に踏んでみたのだが。

 

「言っとくけど、あたしは彩ちゃんにこんなぶっちゃけた話する気無いからね」

「なんとなく危惧することは分かるけれど、彩ちゃんはそんなに弱くないわ」

「だとしても、あたしが言いたいことだけ言っておしまい、なんてことになったら話し合いの体裁すら整わないと思う」

 

 事前に話をしておく必要はあると思う。今後のパスパレのこと。メンバーの意識のこと。日菜ちゃんへの認識。擦り合わせるべき感覚もなおざりにしてきたから、今更こんな話をすることになっている。

 

「あたしが辞めるのを許せるのも今だけなんじゃない? 今ならあたしは臨時要員だった、で済ませられるけど」

「……私は()()()が必要だと言ったはずよ」

「……そうだったね」

 

 ベースをケースに仕舞うのを見届けて、鞄を手に取る。事務所を出た途端に吹き付ける11月の凍て風。トレンチコートを突き抜ける冷たさに辟易する。

 

「さむー。よく3人とも風邪ひかなかったと思わない?」

「本当にね」

 

 はぁ、明日が憂鬱。

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