月輪より滴り   作:おいかぜ

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《29》水色の嘘

 

「彩ちゃんは、現状に満足しているのかしら」

「え? いや、うーん……まだまだ全然かなって、思う、よ?」

 

 日菜ちゃんと話した翌日。今日は日菜ちゃんが来ない予定だったから、都合がいいだろうと思って話を切り出した。損な役回りだ。本気でパスパレのメンバーとしての役割を全うすると腹を括った数日後に、こんな仕事が回ってくる。

 

「まず、言っておきたいのだけれど……日菜ちゃんはパスパレを辞めるつもりよ」

「え……!?」

「そんな、ヒナさん、辞めないって言ってたのに……」

「確かに『今のところは』って言ってた気がするッスけど……」

 

 彩ちゃんの目を見る。動揺は見えるけれど、大丈夫。

 

「それは私のせい、かな」

「……私たちのせいかしらね。私たちはライブが成功したと感じているけれど、日菜ちゃんは早々に未来がないと見切りをつけた」

 

 どう話したものかと思考を回す。日菜ちゃんの言葉をそのまま使うべきだ、とは思うけれど、それだと棘があり過ぎる。彩ちゃんは弱くないと言ったのは私なのに、それは少し躊躇せられた。

 

「日菜ちゃんを引き止める方法も、私たちがこれから先を生き延びる方法も、考えてきたの。少し長くて抽象的な話になるけれど、聞いてくれるかしら。特に彩ちゃんには、冷たく聞こえるかもしれないわ」

「……聞くよ。今の私たちは、この5人でPastel*Palettesなんだもん。私にできることなら、なんだって」

「じゃあ、日菜ちゃんに殴り返してみましょうか」

「──え?」

 

 それはそれとして、私が認めた人が悪し様に言われるのも腹が立つ。

 

 ♦

 

 

「と、まあそういうわけなのだけれど」

「正論ッスね」

「仰る通りです……」

 

 現状のパスパレの弱点、武器のなさと消費期限について。懇切丁寧に説明した上で『アイドルバンド』の話をする。

 筋道は私が舗装できる。絵図は日菜ちゃんが描ける。彩ちゃん達が乗ってくれるのなら、Pastel*Palettesを唯一無二にまで引き上げられるはずだ。

 それと──

 

「彩ちゃん。これは紗夜ちゃんに聞いたのだけど……」

「うん」

「あなた、アイドル用に歌い方を変えてるわよね?」

「そ、そうだけど」

「それ、スクールで教わったのかしら」

「……うん」

 

 日菜ちゃんは多分、これにも気が付いていたのだろう。……紗夜ちゃんと話して本当に良かった。ここで気が付かなければ数ヶ月はこのままだったかもしれない。なんでカラオケよりもずっと下手に歌うのかしら、なんて言われて心臓が跳ね上がりそうになった。

 

「そこも、模索しましょう。後で歌も聴かせてもらって──それで、彩ちゃんは変わる気があるのかしら。日菜ちゃんのために、わざわざ最低限の成功が約束されている道に背を向けることが、あなたにはできる?」

 

 わざと、日菜ちゃんを欠いた上でのパスパレの話をした。日菜ちゃんが抜けて、今度はサポートという形になるかもしれないけど、穴埋めのベースが入って。今の路線のままアイドル活動を続ける。

 少なくとも1年間は、このままパスパレを保てるだろう。日菜ちゃんは必ず落ちぶれると断言したけれど、あるいは今回のライブのように偶然が味方をしてパスパレが上向きになる可能性だって無いわけじゃない。そうなれば数年単位で人気を伸ばせるかもしれないし、名実ともに人気アイドルグループになる可能性だって残されている。

 

 アイドルバンドというジャンルを進むことは、もしかしたら酷く無謀なことなのかもしれない。もしかしたらファンから総スカンを食らうかもしれないし、新しい道を行こうとする以上、思わぬ困難に阻まれるだろうことは目に見えている。

 

「私は──変われるよ」

 

 私が認めた彩ちゃんの強さは、折れないことだった。努力して、努力して。才能がないと自覚してもなお諦めない。

 折れたのか、成長したのか。

 

「この感情は、日菜ちゃんに直接伝えたいな。先にみんなに許されちゃったら、甘えが出そうだから」

「……不安だわ」

「……大丈夫だよ、たぶん」

 

 


 

 麻弥ちゃんは、良くも悪くもアイドル像を彩ちゃんに委ねている。だから彩ちゃんの心境の変化次第では自分がブレてしまうんじゃないかと危惧していたらしいけれど、彩ちゃん曰く「大丈夫」らしい。

 イヴちゃんはメンバーの思想に左右されないというか、仲良しでいて欲しいらしいので今日の話し合いが上手く行けば無問題。

 

 空気を読んでか少し遅れてやってきた日菜ちゃんが席について、場が整う。とは言っても、別に誰かが進行をするようなことはしない。一応話が平行線になったら私が仲裁しようと思ってはいるけれど、日菜ちゃんと彩ちゃん次第だ。

 

「話は纏まったの?」

「う、うん」

「じゃあ聞かせてもらおうかな。彩ちゃんがどう感じて、何を思ったのか」

 

 あたしは別に興味ないけど、と副音声が聞こえた気がした。

 

「その前に、その、訊きにくいんだけど──日菜ちゃんって、私のこと嫌い?」

「嫌いじゃないよ。チケットを手売りしたいとか言い出したときはちょっと冷めたけど……好きでも嫌いでもないかな」

「なら、良かった。私はね、日菜ちゃんのこと好きだよ。パスパレに加わってくれたことも、感謝してる」

「あんなに冷たくされたのに?」

「それはまあ、悲しかったけど……でも当たり前のことしか言われてないし」

「……まあ、受け取っておくよ。それで? 好き嫌いの話をしに来たんじゃないよね」

「うん。先に言っておきたかっただけ」

 

 好きでも嫌いでもないということは、関心がないということ。その意味が彩ちゃんには分かっているのだろうか。肌で感じ取っているとは思いたい。

 

「私はね、アイドルになりたかったの。アリーナから、ステージで輝くアイドルを見て、その輝きに魅せられた。私もああなりたいって──何をしても普通な私でも、輝いてみせるって思ったのが、私の原点」

 

「日菜ちゃんもわかってると思うけど、私って頭も要領も悪いし、取り柄だってそんなにないから、スクールでも同期や後輩にどんどん抜かされていって──それで、最後のチャンスがパスパレだったの。なのに最初から躓いて、日菜ちゃんが来るまで話も進まない中、焦りに焦って……それで2度目のライブを迎えた」

 

「やり遂げた、って思ったんだ。成功した、って。チケットも売って、練習もして、口パクじゃなくて歌うこともできて、キラキラな衣装を身にまとって──それで、『頑張ったね』って言われたの」

 

「それって、『アイドル』かな?」

 

 奇しくも、日菜ちゃんの言葉と一致したように聞こえた。私は日菜ちゃんの言葉をそのまま録音して聴かせるようなことはしていない。かいつまんで概要を話しただけ。

 日菜ちゃんは分かり合えない、なんて言ってたけれど、こうして同じことを考えている。

 

「麻弥ちゃんは私に、一生懸命自分を貫いて輝いていたって言ってくれたけど、私は本当に、自分を他人に誇れるのかな。自分の芯を貫いて、ブレることも無く、やれることは全てやってライブを全うしたって、他人に言えるかなって、考えてみたんだ」

 

「多分、最低限のことはやったんだ。ライブが成立するだけの努力をして、それで、おしまい。ステージに立つことしか私は考えてなかった。努力もして、みんなと絆を深めて、ステージに立てば今度こそ魔法がかかって私は、アイドルになれるんだと思ってた」

 

()が魅せなきゃいけないのにね。『頑張ったね』なんて言われちゃいけない。『頑張ろう』って言わなきゃ。『頑張るよ』って言わせなきゃ。私は、それが『アイドル』だって思ったんだから」

 

 不安だったけれど、ひとまず問題なさそうだ。もしかして折れてしまってやいないか、なんて私の危惧も他所に、彩ちゃんはきちんと成長していた。

 

「そんなことも分かってなかったんだから、私が日菜ちゃんに言われたこともわかるよ。努力しかできないのに、努力さえしてない。そんな足でまといにかける言葉なんて無いよね」

「……そうだね」

「だけど、お願い。私と一緒に、アイドルバンドをやって欲しい」

「彩ちゃんについてプラスの印象になる情報がなんにもなかったんだけど」

「取り繕ったって仕方が無いし……」

「それに、そんなにアイドルの話をしてたのに『アイドルバンド』でいいんだ?」

「アイドルって音楽ジャンルとかそういうものじゃないんだ、って思ったから。私は『アイドル』として在りたいだけ。それって、アイドルバンドの話と両立しないかな?」

 

 日菜ちゃんは、思ったよりもまともな言葉が返ってきたことに驚いたような、それでいて特に期待値を超えてくることもなかったんだろうと窺わせるような表情をしていた。

 隠されると私でもほとんど読み取れないから、今はわざとあけすけにしているような気がする。そういうところは、甘い。

 

「反省は伝わったよ。でも、そんなにすぐ変われるものじゃないでしょ?」

「すぐ変わるのは無理かもしれないけど、昨日の私のままでいないことはできるよ」

「──ま、いいか。別に許す許さない、みたいな話のつもりじゃなかったし」

「え、そうなの……?」

「『アイドルバンド』路線に彩ちゃんが否定的じゃなければ──あと、彩ちゃんが立ち止まらなければ良かったからね」

 

 パ、といつもの感情を感じさせない明るい表情に戻った日菜ちゃんに、私より女優に向いているんじゃないかとため息を吐いた。

 

「千聖ちゃんがみんなにどんな話し方をしたのか知らないけど、あたしはライブの後すぐ千聖ちゃんに説得されて『残ってもいい』とは言ってたからね」

「嘘。残ってもいいだなんて言っていないでしょうに」

「そうだっけー?」

 

「そっか」、息を吐いたのか、それとも言葉にしたのか分からないくらいの掠れた声で彩ちゃんが呟いた。

 

「良かったぁ……」

「彩ちゃん? ……泣いてるの?」

「だって、日菜ちゃんが……」

「え、これあたしのせい?」

 

 彩ちゃんに縋りつかれて、困った顔で助けを求めてくる日菜ちゃんを無視する。さすがにこの場で払い除けるような非情さは持ち合わせていなかったらしい。

 

「仲直り、ですか?」

「……そうみたいね」

「私もハグ、したいです!」

「ちょ、イヴちゃ──」

 

 いい気味だ。もみくちゃにされている日菜ちゃんを眺める。凄まじく居心地が悪そうで面白い。3人団子になったまま引き倒されて、観念したように力を抜いた。

 

「なんで彩ちゃんがあたしのことそんなに気にするのさ」

「……前は、引き止められなかった。仲間だったのに、友達だったのに、私は──」

「あー、はいはい。知らない誰かの代わりにしないでよね」

「……違うもん」

 

 殴り返そう、なんて言葉の意図とは違ったけれど、結果として面白いことになったからこれはこれで。

 

「私は……日菜ちゃんとも、Pastel*Palettesで在りたかったから」

「……ふーん。後悔しないといいけど」

 

 案外この子は、直接的に好意をぶつけられることに弱いのではないか、というのが新たな発見。パーソナルスペースは広いし、踏み込んでいいラインもきっちりと線引きしてくるタイプだからこそ、それらを衝動的に突き抜けてくるタイプに弱い、ような。

 ……好意を持たれれば多少絆されるのは人間誰でもそうか。日菜ちゃんも例外ではなかったというだけ。機械じゃないんだから。

 

 ただ、振り払えないのが少し面白い。拒絶はするし逃げもするけれど、直接的な攻撃に転じる素振りは一切ないのが……根の性格の良さなのだろうか。内心はどうあれ、先日も他人の人格について「自分と合うか合わないか」、あるいは「目的を達するに向いているか」という話しかしなかった。

 

 多分、そういうところは不器用なのだろう。感情だけで動くことを嫌う雰囲気もあるし、自分の触れられたくないものに関係なくこういう状況に陥った時に、対処に困るのかもしれない。

 

「振り払わないのね?」

「……もういいよ。そう言うなら剥がしてくれればいいのに」

「そんな酷いことできないわ」

「……性格悪くなったね」

「誰のせいかしら」

 

 好きでも嫌いでもない。残酷な言葉だと思う。この様相を見るに、日菜ちゃんの中での彩ちゃんはその括りから抜け出したのではないかという印象も抱くけれど。努力賞、という感じだろうか。私の勝手な想像だ。

 私が日菜ちゃんを絆されやすく捉えたいという、色眼鏡がかかっていることは否定できない。日菜ちゃんの言葉通りに、未だ彩ちゃんを眼中に置いていないのかもしれないし。

 

「で、どれだけ入れ知恵したの?」

「何も。私はかいつまんだ説明しかしていないわ」

 

 日菜ちゃんの危惧についても、方針転換についても話した。だから、彩ちゃんが日菜ちゃんに交渉できるだけの材料は渡したと思う。ただ、直接話したわけでもないのに必要な材料を的確に集めて組み立てたのは彩ちゃん自身だ。

 

「へぇ? じゃあ、本心なんだ」

「嘘なんかつかないよ!」

 

 彩ちゃんが嘘をついているかどうかなんて日菜ちゃんにはある程度見抜けそうなものだが。信じたくなかったのか、認識に齟齬があったのか。彩ちゃんの評価が上方修正されたのは間違いないと思うけれど、如何せんこの子は分かりにくい。

 

「あ、麻弥ちゃん。後で時間貰っていいかな」

「大丈夫ッスけど、なにかするんですか?」

「機材のことでちょっと聞きたいのと、あと1曲ドラム叩いてもらいたくてさ」

「ジブンにできる範囲でなら……」

「よゆーだって、多分」

「多分!?」

「それと、他人事みたいな顔してる千聖ちゃんが一番動かなきゃいけないんだからね」

「……分かっているわよ。それを承知で引き留めたのだから」

 

 一人で藻掻くよりマシだ。自分より大局が見れる人間がいる方が動きやすいし──それに、これは私の個人的な興味でしかないけれど──

 

「いい加減離れてよ、泣き虫リーダーさん」

「やだ」

「もう……めんどくさいなぁ」

 

 ──やる気のある天才というのは、どれほどのことを成せるのだろう? 

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