月輪より滴り   作:おいかぜ

30 / 100
《30》ピンクの塗装

 

「おかえり、日菜」

「ただいま!」

 

 帰宅直後に廊下でおねーちゃんと鉢合わせる。ラッキー。

 リサちーを焚き付けたはずなのにおねーちゃんにはなんにも変化が見えないから、するりと躱されたんだろう。南無。おねーちゃんなりに向き合ってくれるとは思うけど、それとRoseliaがおねーちゃんを絆せるかは別の話。

 本格的にあたしも腹を括ってしまったから、おねーちゃんにはRoseliaを続けてもらわなきゃいけなくなった。取り敢えず一旦軌道に乗ったらおねーちゃんへの交渉についても考えなきゃいけない。

 

 あたしが頼んだら今すぐあたしとライブをしてくれるんだろうけど、どうせなら。

 望める限り大きなハコで、望める限りの付加価値を付けて、以前の自分なんか鼻で笑えるような技術を身につけてライブをしたい。こればっかりは私利私欲のためだけれど、本気で頑張るからパスパレのみんなはどうか許して欲しい。

 

「言ってた通りパソコン借りるね!」

「ええ。数パターン録っておいたから、好きに使いなさい」

「ありがとう! 大好き!」

「はいはい」

 

 さて、ミキシングなんか初めてやるけどどうにかなるのかな。まあ細かいところはおねーちゃんに聞けばいいか。

 

 おねーちゃんのPCを開いて、ソフトを立ち上げる。有料ソフトをいちいち別々に買い直す気にもならなかったし、調べたとはいえあたしはまるっきり素人だから、おねーちゃんに頼る気満々だ。

 

 麻弥ちゃんに「ロックやる時のノリで叩いてみて」と頼んで、おねーちゃんにも同じくRoseliaでやってるときの音で弾いてくれるように頼んで、そうして2パターンの「しゅわりん☆どりーみん」を組み上げる。

 ロックバンドらしく弾いてみたしゅわりんどりーみんと、普通にライブでやったようなしゅわりんどりーみん。

 ベースに関してはあたしが弾けばいいし、シンセとかに関してはいじる必要がないから必要な材料は足りてる。……ボーカル忘れてた。インストでいいや。ボーカルの歌い分けとかは彩ちゃんと千聖ちゃんで話していたみたいだし、次これを持っていったときに擦り合わせればいい。

 ……上にサンプルとして持っていくときにはボーカルも入れたいから、1日遅らせることにはなるだろうか。

 

 おねーちゃんの作ってくれた音源を聴いて、少し面白くなってしまった。千聖ちゃんのギターに寄せて弾いてくれているのは分かるけど、おねーちゃんのギターに寄ってる千聖ちゃんにおねーちゃんが寄せてるのが、元に戻っているのか離れているのか分からなくておかしかった。

 

「おねーちゃん、一回聴いてみて欲しいんだけど」

「いいわよ。……一人でできたのね」

「細かいセオリーとかは無視してると思うから、ほんとに形だけだけどね」

「……それと、1度休憩して夕食を摂ってきなさい。2人とも呆れていたわよ」

「はーい」

 

 感想はメモしておくから、と言う言葉を背に受けながらリビングに降りて、時計を見れば22時過ぎ。ちょっと熱中し過ぎた。

 お母さんからお小言を頂戴しながらご飯を食べて、シャワーを浴びて、部屋に戻る。机に貼り付けられた付箋に感想と指摘のメモが貼ってあって、あたしがおねーちゃんに意見を聞こうと思っていたこともしっかり書かれている。以心伝心……じゃなくてこれは多分初心者あるあるのお約束に過ぎないんだろう。

 

 ちゃんとした設備で録音していないからどうしても完全に雑音を排除しきれないけれど、これはもう仕方ない。思ったよりも綺麗な音源になったからサンプルとしては十分だろうと作業を終わらせたのが、日付が変わった頃。

 

 こうして聴いてみると、しゅわりんどりーみんは元々かなりロックテイストに作られているような印象を受ける。ガールズバンドのメイン客層を取り込もうという意図も読み取れるし──それがどうしてこうなったのか。

 敢えて突っ込まなかったけれど、彩ちゃんはアイドル用に作った歌声で歌っているから声も伸びていないし、あとコーラスも過多な気がしている。別に全員歌う必要は無いんじゃないだろうか。そこは要相談だけれど。

 

 あとドラム。今日作った2パターンを聴き比べてみても、同じ譜面を叩いているはずなのに全然音が違う。エフェクターで調整しているとか、指弾きとピッキングの差が出るとかでもないのに、どうして打楽器でこんなに細かなニュアンスの違いを表現できるんだろう。……上手いからか。解決した。

 

 あとは資料作りだけど、こればかりはおねーちゃん頼りになってしまうのが申し訳ない。あたしが骨組みは作れるけど、細かいところの肉付けは経験も知識もないあたしには少し難しい。また明日アドバイスを貰って──久しぶりに新しいことをしている気がする。

 

 ガールズバンドのメイン客層とアイドルのメイン客層。後者は多少のデータが社内にあるだろうから、マネージャーを引き込んだ時に手に入るだろう。前者の分析と、それらを取り込むメリット、取り込める能力がパスパレにあることなんかを軸に話を進めなければいけない。あたし達に裁量権を渡すということは企画を丸ごと委ねるということで、紐付きであってもそれが許されるためには相当の説得材料を必要とするだろうことは想像に難くない。

 あー、空が明るくなってきた……ねむ。学校休んじゃダメかな。

 

 

 ♦

 

「で、一日で作ってきたのかしら。……これを?」

「うん。できれば麻弥ちゃんにまた手伝ってもらって、ロックバンドの曲をアイドル風に寄せて演奏したやつも作りたい、かな。ボーカルも入れこまなきゃいけないし。あとまだ作りかけだけど、資料も共有しとくね。骨組みはこんな感じで、これにデータとか分析を入れ込んでいく感じ。結論ありきで論理を組み立ててるからなんか詐欺っぽいけど……」

 

 どうやって学校で1日を過ごしたか、あんまり覚えていない。授業中ほとんど意識が飛んでいた気さえする。事務所に辿り着いて、少しだけ仮眠を取ろうと思っていたらもう既に千聖ちゃんが来ていた。

 

「……少し、読み込ませて」

「いいよー。あたしちょっと仮眠取るから……30分くらい」

「徹夜でもしたの?」

「気付いたら朝だった」

 

 タオルを顔にかけて、部屋の隅にもたれ掛かる。久しぶりに徹夜なんかしたけれど、頭痛と倦怠感と、あと別の要因での腹痛が混ざって体調が酷いことになっている。眼精疲労もあるのかな。

 むしろ効率が悪い気がするけれど、楽しかったのだから仕方ない。

 

 目を瞑って、寝た気もしないうちにアラームがなる。それでも頭がスッキリするあたり、相当限界が近いんだろうか。

 

「あ、起きたんだね。おはよう」

「おはよう。……そういえば彩ちゃんの歌い方の話、聞いてなかったや」

「歌い方って言っても……」

「じゃあ言っとくけど、あの鼻にかかったような歌い方、正直下手だよ。千聖ちゃんにも言われたんでしょ? アイドルっぽい歌い方、みたいに意識してるのかもしれないけどさ」

 

 起きたら千聖ちゃんがいなくなっていて、代わりに彩ちゃんが座っていた。みんなはトレーニングルームの方にいるんだろうか。

 

「歌い方は、変えることにしたよ。あんまり自覚はなかったんだけど……」

「ふーん。まあいいや、録音できるならしようよ」

「え、録るの!?」

「うん。いまは千聖ちゃんに渡してる音源みたいな感じで、プレゼン用の比較音源作りたいから。もう一曲を決めてからでもいいけど……というか、千聖ちゃん達は?」

「もう練習してるよ。私も今から合流しようと思ってたんだ」

 

 それなら起こしてくれればよかったのに。先に来たのに練習すっぽかして寝てるのも馬鹿らしい。

 みんな来ているならちょうどいいか。麻弥ちゃんと彩ちゃんの2人と協議して使うロック曲を決めて──彩ちゃんのケアも考えた方がいいのかな。あたしに用意できそうな人脈はあんまりないけど。

 

 ベースケースを持って立ち上がったときに、ちょっとふらついた。基礎的な体力作りもしてるし普段から寝不足なわけでもないのに、思ったよりガタが来る。

 

「大丈夫?」

「へーきへーき」

 

 彩ちゃんへの認識は、実は結構改めた。

 あたしが2番目くらいに嫌いなウジウジしたタイプの人種だと思ってたんだけど、自分で変われる人間だったらしい。マイナスよりのフラットから、プラスより、くらいの好印象。一皮剥けたような感じもするので、今後に期待するところもある。

 どうでもいい存在からは格上げされたので、その変化は大きいと思う。

 あんなライブをしてなお評価を得られる謎の人気とか、そういったところも含めてマイナスが減った分がプラスに振れている。

 

 おねーちゃんの言葉を思い出す。無条件の好意を向けられるのは、居心地が悪い。理由がわからなければ気持ちが悪いし、理由がわかっていても返す感情が用意できなければ後ろめたくなる。千聖ちゃんが言っていた感情の相互通行、という言葉にも通ずるところがあるだろうか。

 

 全体的に、千聖ちゃんにしてやられているような気もする。その分苦労はかけたしこれからもかけるつもりでいるので、多少はやり返されたって構わないのだけど。

 

「日菜ちゃんは、千聖ちゃんに引き留められたんだよね」

「そうだね」

「千聖ちゃんは日菜ちゃんのこと、よく分かっているのかな」

「さあ。理解なんかしなくたっていいよ。お互いにこれくらいならできるだろうって能力への信頼があって、やってくれるだろうって人格や判断力への信用があれば」

 

 理解したいのも、されたいのも、醜いエゴだと理解した。それでもそのエゴを向けてしまう先はひとつだけで、他に向けようとは思わない。

 

「私は日菜ちゃんのこと、もっと知りたいよ」

「あたしは知られたくないな」

 

 そっか、と彩ちゃんはへにゃりと笑った。これが拒絶の言葉だって、わかっていないはずはないのに。

 ……ちょっと感情的になり過ぎている。

 

「……人に助けられてばっかりなんだ、私」

「そうだろうね。そう見えるよ」

「だよね。……だから今度は私が助ける側に、と思ったんだけど──相手のことをよく知らないと、手を差し伸べることさえできないんだよね」

「……他人を助けられるのは、自分を助けられている人だけだよ」

 

 トレーニングルームのドアを開ける。廊下からも漏れ聞こえてきたけど、飛んでくる音楽がロックだった。

 

「あ、日菜さん。お疲れ様ッス」

「ん、おはよう。……何やってるの?」

「日菜さんが来るまで、少しあの音源みたいな弾き方をしてみたいという話をしていたんです」

 

 となると、おねーちゃんを手本にした千聖ちゃんに寄せて弾いたおねーちゃんを参考にギターを弾く千聖ちゃんがいたわけだ。なんて? 

 

「日菜ちゃん、これ。資料についての感想のメモよ」

「ありがと」

 

 千聖ちゃんからの指摘は助かる。音楽についてまだそれほど詳しくない人からの指摘にもなるし、芸能界で生きてきた人からの指摘でもある。なんならいちばん重要な視点でもあるかもしれない。

 

「麻弥ちゃん、できればもう一曲やりたいんだよね。ロックバンドの曲を今度はポップに弾きたいんだけど。なんの曲がいいと思う?」

「ジブンは2ヶ月前までに流行った曲ならだいたい叩けますから、彩さんか日菜さんに合わせますよ」

「あたしもなんでもいいんだよね。一番融通が利くし。彩ちゃんはなんか邦ロックの手持ちある?」

「えっと、じゃあ──」

 

 

 ♦

 

 録音が終わって、課題曲の練習をしたあとの定時際の廊下を歩く。マネージャーに頼んで、2箇所のアポを取った。ひとつはパスパレの活動について決定権を持つ人とアイドル事業部の部長。もうひとつは、あたしと同じ日にオーディションに受かったボーカルの女性。

 

 うちについていたトレーナーが、少なくとも彩ちゃんのボーカルについてあまりアテにならないと分かっている以上は、代役を探す必要があった。あたしが直に触れた中で1番歌が上手かったのはユキナちゃんだけれど、あの子は多分独学だしそもそも頼んでも受けてはくれないだろう。あまり理論派という気もしないし。

 

 というわけで、2番手を探しに来た。これでダメだったらまたそれはそれで考えるけれど、できれば面倒無く話が進みそうなここで決まって欲しい。

 

「お、氷川ちゃん。お久しぶり! 偶然、じゃないよね」

「約束は約束だよ、お姉さん。ゴハンおごってね。ついでにお仕事の話も持ってきたからさ」

 

 プリン頭だったお姉さん。黒に染め直してインナーカラーを入れたらしい。黒にマゼンタ。結構好きな組み合わせではある。黒に青よりは、黒に赤の方が好きだ。おねーちゃんが白と青だからそれが脳に焼き付いているのかもしれないけれど。

 

「分かってるって。最近ハマってるところがあるからそこ連れてってあげるよ。……居酒屋だけど」

「あたし未成年だからね」

「飲ませたら私のクビ飛ぶかな?」

「バレたらそうなんじゃない?」

「しゃーない。路上ライブで我慢しよう」

「それで食事代回収しようとしてる?」

「せーかい!」

 

 厳密には奢りじゃないんじゃ、というツッコミを思わず引っ込めた。ごめん、彩ちゃん。人選間違えたかも。

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