「紗夜、作詞をする気は無い?」
土曜日の休日練習。いつも通りの調子で、不意に湊さんがそんなことを言った。
作詞。経験自体はあるけれど、とんとやっていない。元々センスがある人間ではなかったし、以前はボーカルがやっていたからそもそも機会があまり巡ってこなかった。マンネリ払拭のためにコンペをしたときとか、それくらい。
「……私に『Roselia』の曲は書けません」
少し、嫌な告白だった。仲違いとフェスを乗り越えて、Roseliaのメンバーが共有しただろう果ての景色は、私には見えていない。
「わかっているわ。Roseliaで歌える曲になるかは、そうね、怪しいけれど。私はあなたが書く詞が読みたいし歌いたい」
曲はもうあるの、とグループに曲が送信されただろう通知音。それからスマホをローテーブルの上に置いて、流し始める。特徴的なギターフレーズばかり。全体的には湊さんらしい曲調ではあるけれど、少し違うのはギターの雰囲気だろうか。ディストーションが控えめで、代わりにキレのあるカッティングフレーズが多い。
「かっこいい曲ですね! Roseliaの曲は全部かっこいいですけど……」
「これの作詞を、私が? 勿体ない気がしますが」
「あなたの詞じゃないと成立しないわ。あなたをモチーフに書いたのだもの」
いい曲だ、と感じた直後にそんな情報を後出ししてくる。湊さんから見た私は、この曲のように綺麗なのだろうか。彼女には私が随分と良く見えているらしいから。
「……畏れ多いです。私には、勿体ない」
「いいじゃん、友希那が良いって言ってるんだし。それに、アタシも紗夜の書いたもの読みたいよ」
「そうですよ紗夜さん! 紗夜さんに作られた曲に紗夜さんが書いた歌詞がついたらサイキョー! じゃないですか!」
逡巡した。それでも受け取らないわけにはいかない。Roseliaで使える歌にする必要はない、と言われてしまえば突っぱねる理由もないから。
「ねぇ、いつもの通しが終わったらこの曲もやりたいです!」
「Roseliaで使えるものにはなりませんよ。まだ何も思いついていませんが、そういう確信があります」
「ライブで使わない練習曲だっていっぱいあるじゃないですかー」
「それはそうですが……」
「いいわ、やりましょう。譜面も作ってあるから」
面倒なことになったとため息を吐いた。
♦
理論上は、作詞なんてそう難しいものでは無い。テーマを決めて、そのバンドの客層や曲調に合わせた詞を書くだけ。共感性の高い内容にするか、芸術方面に寄せるか、なんて考え方もできるかもしれないが、私に後者は無理だから実質的には一択だ。
そして、理論上は難しくないということは、現実には難しいということになる。
湊さんが作ったデモ音源を聴いたときは、夜の雨みたいな曲だと思った。──ああ、『紗夜』か。最初から正解を引いているじゃないか。
ネタ帳にするために机の引き出しから引っ張り出してきた使いかけのメモ帳に、『夜の雨』と書き込む。
湊さんが何を望んでいるのかも、私が何を疎んでいるのかも、何となくわかっている。作詞をするとき、完全に自分の内面から溢れる感情を遮断することは難しい。自分の価値観とか、そういったものがどうやったって滲み出る。それが歌詞の味になるし、私がさらけ出したくないものでもある。
練習が終わって、夕食をとった後の自由時間。思索に耽っていた。
無難なものを書けと言われれば多分、それなりに手早く書き上げられるだろう。ロジカルな部分から組み立てて、それなりにメッセージ性のある言葉を並べ立てていけばそれっぽくは作れる。それをして湊さんに顔向けできるかは別の話だが。
プライドという程のものではないけれど、湊さんに失望されたくないという思いくらいは残っている。あの人の努力も才能も実力も本物で、本来私が並べるような存在じゃないのだから、せめて、認められているうちは──なんて。後ろ向きが過ぎるだろうか。
譜面のままに弾いてみる。ひたすらカッティングは鋭く。歪みは小さめで。やりすぎると迫力がない。過剰に早められたメトロノームのよう。
普段の曲よりもポップスに寄っている気がする。Roseliaで合わせているときはそう感じなかったから、無機質な音源のせいか。好き勝手叩いているときの宇田川さんのドラムだとなんでもメタルロックに寄るから。
……モチーフについて考えたところで意味は無いか。私のどういう感情を切り取って歌詞にするか、ということが重要なのだから。
自己分析は嫌いだ。自分の弱さを直視して、人間関係において低きに逃げてきたこれまでが見えてしまう。
「おねーちゃん、セッションしよ! ──って、なにか悩み中?」
「ああ、日菜。作詞をすることになったから、少しね」
「あー……なるほど」
日菜には私が危惧するところがすぐに伝わったらしい。どんな曲か聴きたいというのでイヤホンごと渡してしまった。完成する前の曲を部外者に聴かせるなんて本当は良くないのだろうが、まあ、これくらいは。
「……うん、わかった。ユキナちゃんも案外見えてるんだね。ちょっと意外、かも」
「そう。……私には読み取れないけど」
「あたしもバイアスかかってるだろうし。……でも、おねーちゃんはもうちょっとさらけ出してあげても良いと思うよ。『前』の話じゃなくて、素の部分をさ」
素の部分と言ったって、最早あまり仮面を被っている気もしていない。小中学生の振りをする意味もなくなったし、家ではだいぶ気を抜くようになったから、それにつられているのもある。無意識な部分があると言われればそうなのかと頷くしかないが。
「別に、隠しているつもりはないわ」
「でも敬語じゃん? それは、わざとでしょ」
「貴方には意味が分かると思うのだけど」
「分かるよ。でもあたしは結局のところ、『こっち側』の人間だからさ。おねーちゃんにこっち側に来て欲しいなって思いも……まあ、少しはあったりするわけです」
醜い生き方をしている自覚はあるのだ。本当は。
「わがままね。……誰に似たのかしら」
「んー、誰だろね」
この手のひらから全部零してしまった後に、ついでに命まで落っことして。そこで終わりでよかった。
やり直しなんて望んでいなかったのにと拗ねて、逃げて、代替品なんかいらないと遠ざけて。
なんて、わがまま。
「でも、作詞かー。考えたことなかった」
「貴方は作曲の方が向いていそうね」
「そう? 勉強してみよっかな。今あっちは楽しくないし」
「……楽しくないのに、続けるのね」
「とりあえずライブを1回やるまではね。すぐ辞めちゃうのも勿体ないかなーって。1万人の景色を見て、つまんなかったら帰ってくるよ」
日菜がいっその事、帰属意識をパスパレに向けてくれたら良かったのに。この独占欲を振り払って、私を置いて世界の外へと馳せてゆけば。
全部無くなれば、私だって何処かへと逃げ去ってしまえるのに。自分の弱さが作り出した楔だった。
彼女の巣にはなれない。寄り添うことも、導となることも。私はただ、全て受け入れることしかできない。ただそこに在るだけ。
走り出す速度に追い縋ることさえもできずに、息切れするのがせいぜいだ。だから、こんな瑣末な犬小屋なんか飛び出してしまえばいい。
「貴方に──首輪を、付けたくはないわね」
「じゃあ、残念だね。もう手遅れだもん」
「能動的にそうした覚えはないわ」
「餌と首輪を目の前でぶら下げたくせに? や、それともあたしが捕虫器に引っかかっただけかも」
おねーちゃんはなんか、そういう人なんだもんね。との事。
スマホとイヤホンが返ってきて、ついでにベースを持ったままくっついてくる。ネックが邪魔だ。
「おねーちゃんはさ、あたしがお願いしたら──いや、やっぱ止め! 今のなし!」
「はぁ。まあいいけれど」
何を言いかけたのかは分からなかった。言葉をつぐんだということは、このタイミングで話して望むような返答が得られるような内容ではなかったのだろう。たとえば、あたしが頼めば──前世を置いてゆけるの、とか。推察でさえない、ただの言いがかりだ。
「それよりさ、つぐちゃん達アルバム作ったらしいよ」
「物販に置いてくれるのかしら」
「さぁ。普通そうなんじゃないの?」
「あそこは自分たちで完結していそうな空気があるから、どうなのかと思って」
日菜が話を逸らしたのに乗って、Afterglowが出すというアルバムに思いを馳せる。ここ最近で新しく触れたバンドの中では彼女たちの曲が一番好きだ。
幼馴染バンドと言うだけあって全員が同じ方向を向いている気がするし、曲のコンセプトも纏まっていて安定している。
立ち止まらないこと。絆を結んだ仲間がいること。いつも通りであること。そんなところだろうか。部外者には真意なんて分からないけれど。
「近々ライブはやるのかしら。何も調べていなかったわ」
「公式アカウントフォローしてなかったっけ」
「……SNSを開かないからあまり意味がなかったのよね」
「2週間後にCiRCLEだってさ」
自分のライブと被っていそうだな、と日程を確認し直して、固まる。……対バン相手か。
「どうしたの?」
「同じライブか、と思って」
「あたしのデビューは次の日だから行け……ないね。残念。おねーちゃんが買ってきて〜!」
「それはいいのだけれど、貴方は同じ学校でしょうに」
金が吹き飛んでゆく。趣味の買い物で無くなる分には特に構わないのだが、バンドの維持費で削られる分も勘案して収支をプラスにしなければならないから面倒だ。
最長であと9ヶ月ほど。……どこかで短期バイトを挟めば問題ないか。ライブの収入も結構大きいだろうし。
黙ってミニアンプを弄り出したのを尻目に、脇に置いていたギターを引き寄せる。さっさと弾きたいということらしい。ほとんど毎日やっているのに、よく飽きないなと感心させられる。
「……上手くなったわね、本当に」
「んー、全然だけどなぁ。おねーちゃんだって上手くなってるし」
「貴方に付き合って練習時間が増えているのだもの。まあ、そうもなるでしょう」
「あたしが誘わなかったらギター弾かないってこと?」
「練習、という意味でなら基礎メニューをぼちぼちやるくらいじゃないかしら。毎日数時間も弾かないわ」
「あー……」
あぁ、じゃない。
高校は静かでいい。
感情を揺るがすような事件も起こらず、ただ無為に日々を消費できる。
部活に入っていれば違ったのだろうか。運動部以外であれば入っても良かったかもしれないとは思う。それならギターをまたやり直そうなんて思わなかっただろうから。
放課後、各々部活やバイトに向けて散り散りになっていく生徒を教室から見送って、さて、どうしようかと考えた。いつもだったらそのまま家に帰るのだが、歌詞を書くことを考えたらいつもと少しだけ違うことをした方が刺激になる気がする。
どうせ帰っても日菜はいないし、今日はRoseliaの練習もない。今まではどうしていたっけと思い返せば、大抵日菜に振り回されているか勉強しているか本を読んでいるか。
誰かを誘って出掛けようにも、特に誘うような友人もいない。……これは悲しい自虐になるか。
詩書きにはコーヒー。折角だから喫茶店に行こうかと思い立った。ちょうど昨日Afterglowの話をしていたし、羽沢珈琲店でいいかとそちらへ足を向ける。
もう少しで冬になる。冷たいのは嫌いだ。
商店街の方へと足が
「いらっしゃいませ! あ、紗夜さん。来てくださったんですね!」
「ええ。ブレンドコーヒーを頂けるかしら」
「はい。お好きな席へどうぞ!」
さすがに羽沢さんはいないだろうと思っていたから、少し面食らった。高校から帰ってそのままホールに入っているのだろうか。それはなんというか……すごい。勤勉だとか熱心だとかそういう言葉では言い表しにくくて、なんというかエネルギーがある。
人が入り始める時間というところだろうか。店内は席が埋まり始めている途中といった様相だった。
カウンターの端寄りの席に座って、2つ離れた席で参考書を広げている受験生だろう学生に応援の念でも送っておく。
「ブレンドコーヒーです。……ホットで良かった、です、よね」
「ありがとう。そういえば聞かれなかったわね。ホットで良かったから問題ないわ。ごめんなさい」
「いえいえ! 私が抜けてたので、すみません」
コーヒーを受け取って、角砂糖をひとつ放り込む。一度湊さんがコーヒーにドバドバと砂糖を入れているのを見てドン引きしてしまったのを思い出した。他人の趣味嗜好にケチをつける気はないが、そこまでするなら初めからカフェオレとか、ほかの飲み物を飲めばいいのにと思う。
「そういえば、Afterglowでアルバムを作ったと聞いたのだけど」
まだ仕事に追われているという感じではなかったので、少しだけ話を振ってみた。邪魔をする気は無いので、少しだけ。
「まだみんな誰にも言ってないと思うんですけど……日菜先輩ですか?」
「……そうよ。ああ、ごめんなさい。公開する気のない情報なら、今の話は忘れて」
「いえ! 次の物販に置いてみようって話をしていたので、そこは問題ないんですけど」
「なら良かった……」
やらかしたかと心臓が跳ねた。確かに「つぐちゃんから聞いた」とは言っていなかったけれど、それならどこから知ったんだろう。他のメンバーから普通に聞いただけならいいのだけれど。
「アルバムを買いたいから、もし一般に販売するつもりなら私にも売ってくれないかと思って」
「もちろん大丈夫です! むしろありがたいと言うか……アルバムを作るのって、あんなに大変なんですね……」
「お金も時間もかかるわね」
普通に作ろうと思ったら半年とか、なんなら1年とかそういうスパンで作るものだ。まだあの話をしてから……3ヶ月くらいだろうか。初めてだろうに無茶をしたな、という印象はある。
「元々レコーディングしていた曲もあったのでその分は早く済んだんですけど、それでもちょうど先週できたばかりなんです」
「3ヶ月くらいかしら。学校が始まってからなのに、よくやったと思うわ」
「その分できあがった時は嬉しかったですけどね。……お売りするのは問題ないんですけど、日菜先輩を経由した方が良いですか?」
「2週間後にライブで会うらしいから、折角だし直接そのときに頂こうかしら」
ついでにサインでも貰えたらラッキー、といったところ。サインペンは持っていこう。
「日菜先輩と出られるんですか?」
ついで、羽沢さんの口から出た疑問が思わぬ方向から飛んできたものだから、少し驚いた。そういえば、羽沢さんにとって私はMiDDay-Moonの氷川紗夜なのか。対バン相手だったのもそうだし、Roseliaとしては出会していないから。
「いえ、……ああ、確かに、羽沢さんはそういう認識になるわよね。今はRoseliaにいるの」
「へ? 最近やっとギターが入ったとは聞きましたけど、凄腕のギタリストって紗夜さんだったんですか!?」
「……別に凄腕じゃないわよ。誰なのかしら、その噂の元は」
「ああいえ、巴ちゃんも又聞きだって言ってたので……巴ちゃんがRoseliaについて聞くアテって──あこちゃんじゃないですか?」
「……頭が痛いわ」
凄腕なんて分不相応な尾ひれが付いて噂が広まっているなら最悪だ、と思って出処を訊いたのに、容疑者として浮かんできたのは我がバンドのツインテ魔王。如何にも「言いそう」なのが少し──いやだいぶ嫌だった。
ホールに戻っていったときの羽沢さんの苦笑いが、痛い。