月輪より滴り   作:おいかぜ

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《44》記念受験

 

「夏フェスに出てみない?」

 

 春休み最後の練習で、今井さんが突然そんなことを言った。

 目的意識も薄く練習するにも中弛みが気になってくる時期だ。湊さんの目標である「FUTURE WORLD FES」のことを考えても、あと半年以上ある。中期目標としてはアリだろう。

 

 恐らく、今井さんもそういう意図で提案したに違いない。

 

「良いんじゃないかしら。目標としては丁度いいし」

「リサ姉、どのフェスに出るの?」

「そりゃあもう、でっかいやつに出ようよ。『NIPPON ROCK FES』とか。今のRoseliaならコンテストも通ると思うし……」

 

 NIPPON ROCK FES.というと、8月の中頃に行なわれる日本有数の夏フェスだ。規模の割にコンテスト枠が多いことでも有名だった。確か、8組とか。

 

 そこがひとつの節目になるのなら、ちょうどいい。Roseliaに入ってから一年、何もせずに抜けましたというのも味気ないと思っていたし、このまま後任が決まらないでコンテストを迎えるようなら、最後にひとつ、何かを成せたのだという満足感と共に終わりたい。

 

「『NIPPON ROCK FES』でいいんじゃないかしら。コンテストが確か、7月でしょう。となれば書類審査が6月くらい。期間としては十分ね。あこは賛成のようだけど、紗夜と燐子はどう?」

「私も賛成です。具体的な目標はあった方がいいですから」

「……私も、何もしないよりは」

 

 少しの緊張感があった。私の『期限』を意識したからだろう。

 誰も、その事に言及しなかった。

 

 ピックを握る時間が長くなったせいで凝り固まった指を解す。関節を鳴らしそうになって、無意識の衝動を抑えた。見苦しいからと消した癖だ。

 

「──動画投稿による審査もあわせて行う。動画の再生回数、クオリティ等を多角的に審査し、一次音源審査の加点対象とする──って、書いてあるけど、アタシ達ネットでの活動は最低限だよね。ちょっと心配になってきたんだけど」

「ライブの動画とリリックビデオ上げてるだけだもんね」

 

 大手の動画サイトでの再生数を加点評価とするのは、随分と思い切っているが合理的な判断だと思う。新人発掘と題打っていない限りは、コンテスト出のアーティストでも人気があるアーティストをフェスに起用したいはずだ。

 

 レーベルとの独占契約の有無なんかを前提条件にしている以上、インディーズバンドの発掘というコンテストの主旨は損なわれていないようにも思える。それにあくまで『加点対象』だ。上手い言い方をする。

 

「伸ばしたいなら、日菜に聞けばいいんじゃないですか? 近頃は動画投稿でも遊んでいるようですから、参考になる意見も出るかと」

「あー、それって、もしかして紗夜も何本か動画上げてるやつ?」

「アコギのデュオなら上がっているかもしれません。単独では無いはずですが……」

「紗夜はあんまり把握してない感じ?」

「……? なんのことかは分かりませんが、好きにやらせてます」

「登録者、8万人だよ。2ヶ月で」

 

 呆れたように、今井さんが言った。

 まさかと思って動画サイトを開き、マイページから日菜のチャンネルに飛んでみると、8.7万の文字が。

 

「まあまあ伸びてるって……」

「まあまあ所じゃないね。アテにできるってことだから喜ばしいことだけどさ」

 

 日菜の能力ならこれくらいは別に驚くような事じゃない、とも思うが、能力があるからと言ってウケるような単純な世界でもない。

 

「……まあ、それはいいです」

「リサ姉、それなんてチャンネル?」

「えっと、ちょっと待ってね──」

 

 ギターをスタンドに立てかけて、背筋を伸ばす。

 ライブの演出やセットリストについて私が主導することは無いので、意見を求められたらいくつか述べるくらいだ。なんだかんだ湊さんは浪漫家ながらも地に足をつけた活動を好んでいるので、突飛な企画が見切り発車することもないし。

 

「動画投稿は未発表の新曲に限る、ね。いつも通り私が書くけれど、誰か、編曲する?」

「理論が分かるのアタシと紗夜だけだしなー。せっかくならあこか燐子が練習としてやってみてもいいと思うけど、どうかな」

「うぇ!? 嬉しいですけど、責任重いですね……」

「コンペ形式というのは……どうでしょうか?」

「もしダメなら、友希那の原曲のままやればいいんじゃない? コンペでもいいけどさ」

 

 新曲。いい加減に託された曲も完成させたい、とは思う。実の所、歌詞の案はもうまとめてあって、渡してしまえる状況にはあるのだ。

 氷川紗夜が書いた曲であって、氷川紗夜の曲では無い歌詞を。磨耗しかけのプライドがそれを許さなくて、机の中にしまったままだった。

 

「コンペにしましょう。その方が2人も気楽だろうし」

「んー、まあ、そっか。アタシも久しぶりだなー」

「紗夜さんは──」

「全員がやるなら私も参加しますよ。まだ作詞も終わっていませんから、どれだけ溜め込むんだという感じではありますが」

 

 宇田川さんに窺うような視線を向けられて、努めて気負っていないふうに言った。

 作曲なら断っただろうが、コンペで編曲をやるというのなら2人のためにも乗った方が良いだろう。初めてなんて上手くいかなくて当然だし、何かしら保険があった方が気が楽だろうから。

 もちろん私の編曲の方が余程残念な評価を受ける可能性だってあるし、あまり偉そうなことは言えないのだが。

 

「じゃあ、決まりね。4人がそれぞれ持ち寄って、5人で投票することにしましょう。もちろん、最終的には選ばれなかったアレンジからも良いフレーズを引っ張ってきたりすることにはなるでしょうけど」

「はーい! あこ、かっこいいの考えてきます!」

「来週の練習にはデモを持ってくるわ。元から考えていたものがあるの。元は『FUTURE WORLD FES』の方で考えていたのだけど、あまり温めていても仕方が無いし」

 

 言いながら、湊さんが私を見た。

 

「最後、だものね。私は最後にするつもりなんてないけれど」

 

 思わず目を逸らしたのは、後ろめたさからか。少なからず、居心地が良いと感じてしまっている自分を忘れるように被りを振った。

 

「ええ、最後です」

 

 視線が集まる。黙って見送ってくれないんですか、と軽口を叩く気にもならなかった。きっと彼女たちは、言わずとも最後にはそうしてくれるだろうと思う。

 だから、言えない。

 

「最高の演奏にしましょう。せめて、最後くらいは飾りたい」

「アタシ達はいつも最高じゃん。夏フェスでも変わんないって!」

「そう、ですね。……氷川さんが、惜しくなるくらいに……」

 

 ああ、眩しい。

 

 

 ♦

 

 

 あっさりと新年度が始まって、私たちは高校三年生になった。今日ばかりは委員会の仕事もないので、登校ラッシュに交ざって通学路を歩いた。例の流れなら、三年の教室前の広場に張り紙がしてあって、クラス分けが張り出されているはずだ。

 

 あまり、誰と一緒になりたいとかそういう願望もないから、心躍るイベントでもない。ああでも、前のクラスはかなり居心地が良かった。そう考えると少し憂鬱なのかもしれない。

 

 案の定、広場は混みあっていた。誰と一緒だった、とか離れた、とか。修学旅行もこのクラスで行くから、親友と離れたりなんかしたら悲しいだろう。

 

「紗夜ち゛ゃん゛!」

「どんな声を出しているのよ……」

「だってぇ……」

 

 横合いからピンクの影に飛びつかれたのを、スクールバッグを盾にして防いだ。アイドルが出していい声じゃない。

 

「丸山さん、そんなに不本意なクラスだったの?」

「紗夜ちゃんとも燐子ちゃんとも離れちゃったし、千聖ちゃんとも花音ちゃんとも一緒になれなかったから……バンド勢の中では一人ぼっち、になっちゃった」

「ああ……」

「友達はいるんだけどね。なんとなく疎外感が……」

 

 少し遠目からクラス表を見ると、Aに私の名前が。丸山さんが言っていた4人とも、Aクラスだったらしい。丸山さんはBクラス。丸山さんと別れるのは確率的に普通の話だとしても、5クラスある中で残りの4人がAクラスに偏ったのは確かに、1人外れ物になった身からすればいい気はしないだろう。

 

 松原さんは、ほとんど話したことがなかったはずだ。『ハロー、ハッピーワールド』のドラムで、白鷺さんと仲が良いらしい、ということくらいしか知らない。

 

「ああ、彩ちゃん、やっぱりそんな反応なのね」

「千聖ちゃん〜!!! 私だけ仲間外れだよ〜!」

「仕方がないわよ。こればかりは」

 

 白鷺さんから声を掛けられるなり、白鷺さんにも飛び込んでいって返り討ちにされていた。普段からこんな感じだっただろうか。それともテンションがおかしくなっているだけか。

 

「紗夜ちゃんは、同じクラスね。よろしく」

「ええ。……丸山さんはそんな顔をしないで。隣のクラスなのだし、白鷺さんとは放課後一緒になるでしょう」

「うぅ……」

「遅刻してくれば私とも朝から確実に会うわね」

「う゛」

 

 遅刻常習犯なわけではないが、そそっかしいのか数分遅れてくることはたまにある。反応が面白いのでついついからかってしまうけれど、少し可哀想だったかもしれない。それでも見たところ前のクラスで仲が良かった子達とも同じクラスのようだし、今まで通り楽しく過ごせるだろう。

 

「修学旅行……文化祭……うぅ」

「文化祭はクラスもあまり関係ないでしょうに」

「そうだけど……そうだ、紗夜ちゃん! 文化祭バンド!」

 

 文化祭バンド、と言われて思い出した。去年も誘われて断ったのだったか。そのときは特にしがらみとかはなかったけれど、単純に楽器をやっている友人がいなかったからと断ったはずだ。

 

「今年こそやろうって言ったら、受けてくれる?」

「……そうね。9月、でしょう」

「千聖ちゃんも!」

「私は構わないけれど。花音も誘って……燐子ちゃんも来てくれるかしらね」

 

 今度こそ受けたいが、9月か。

 Roseliaを抜けたあとだから、時間的に余裕はある。しかしRoseliaを辞めたその足で別のバンドに参加するのも、義理を欠くようで気が引けた。文化祭だけとはいえ、だ。

 

「紗夜ちゃん。駄目、かな」

「…………そんな顔をしないで。少し、考えさせて欲しい」

 

 躊躇する。少し傷ついたような、とはいえ仕方がなさそうな表情で丸山さんが頷いた。

 邪魔にならないように広場から少し離れて、何となくクラスごとに別れつつある纏まりにどっちつかずの立ち位置をとる。

 

 松原さんと白金さんは既にクラスの友人と話しているようだった。

 丸山さんが2人にも話を持ちかける。松原さんは白鷺さんと仲が良いこともあってあっさりと提案に乗ったようだった。そういえば、丸山さんともバイト先が同じだとも言っていた気がする。

 

「迷わないでください、氷川さん」

 

 白金さんは私を見るなりそう言った。

 

「ですが」

「私たちのことを気にしているのなら、ですけど。……悲しい別れにする気はないんですよね」

 

 私であれば、引き止めたにもかかわらずあっさりと自分のバンドを抜けた人間が何食わぬ顔で文化祭の即興バンドに出ていたら少しイラッとするだろう。

 あまり不義理なことはしたくない。しかし、友人の頼みを断り続けるのも居た堪れない。今年は3年生、つまり最後の文化祭だ。丸山さんにとっても、最後の機会。

 

「それに、私も文化祭ライブ、やりたいです」

 

 酷い人だ。私がかけて欲しい言葉を易く吐き出す。

 まだ先の話ですけどね、と笑ったのに、深くため息を吐いた。

 

「……私も参加します。ですが、湊さんに怒られても知りませんよ」

 

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