SNSの運用だけでここまで変わるのか、というくらい、Roseliaの認知度は急激に上昇した。いくつかのカバー曲の動画投稿と、SNSでの宣伝。今井さん主導の下行われた広報戦略で、元々Roseliaのライブ映像の保管庫のようになっていたチャンネルは、一気に登録者数を伸ばした。
夏フェスの運営に書類を送り、要項の通りに動画を投稿した。新曲の名前は、仮題をそのまま使って『Neo-Aspect』。結局、宇田川さんのアイディアが主に採用されて、ディストーションを効かせたギターをひたすら前に押し出すような曲になった。私と白金さんの案は、フェスでやるには大人しすぎるとの事。ご尤もではある。
どうせならキーボードも押し出せばいいじゃん、という今井さんの発言に宇田川さんが乗っかって、引き算ができない人が作ったゴチャゴチャの曲になりかけたところを友希那さんがまとめ直した。
「続ければいいじゃん、Roselia」
「できるのならそうしたいわよ。前世の記憶をまっさらにできるのなら──こんなにも悩むことは無かったのにね」
修学旅行の前夜。荷物の最終チェックをしながら動画を眺めていたら、それを日菜に見咎められた。
「本当の氷川紗夜はどんな性格をしていたと思う? もしかすると、私は生まれ変わったのではなく、氷川紗夜という少女を乗っ取ってしまったのかもしれない。二人の娘の魂を塗りつぶして、二人の娘のふりをしてのうのうと生きている。そんな私が二人に愛されようなんて傲慢な──」
「
「……そうね。考えても分からないことは、考えるだけ無駄ね」
Roseliaが好きだ。本心からそう思うようになった。
彼女達と紡ぐ音が好きだし、彼女達と立つステージが好きだ。
もしもこの愛しくも恨めしい記憶が消えてなくなるのなら、私は土下座してでもRoseliaにしがみついたかもしれない。
それも全て、無意味な仮定に過ぎない。
私は私で、俺は俺で、◼️◼️◼️◼️は氷川紗夜で、氷川紗夜は◼️◼️◼️◼️。混ざりあって分けられない以上は、周囲の肉ごと患部を抉り出すしかない。
私という身をもって、せめて彼らが真に娘に愛を注げますように。紛い物の娘に、どうか気が付きませんように。
「お父さんのことも、お母さんのことも、好きでしょ?」
「ええ」
「それでいいじゃん」
「だとしたら、何? 『貴方を親だと思ったことはありません。貴方の娘であるつもりもありません』、なんて言うの?」
「黙ってればいいでしょ?」
「黙っているつもりよ。そして、それに耐えられないから逃げ出すの」
キャリーケースに詰め込む荷物は、男だった頃よりもずっと多い。元々荷物は少ない質だが、それでも気軽に物を買い足せない修学旅行だとそれなりの量になる。
「なんで急にそんな話を?」
「寂しかったから」
「私が数日居なくなるのが?」
「うん」
至って真面目な顔でそんなことを言うので、呆れ返る。今更そんな歳でもないし、日菜だって最近はパスパレの活動に夢中で、もう私に執着するような精神性からは脱却したように見えた。
「今日も一緒に寝ていい?」
「いいけど、明日は早いわよ」
「起こして」
「……昔より手がかかるようになったわね」
シングルベッドに2人で寝るのは普通に狭いと思っているのだが、日菜曰くそれがいいらしい。いつの間にか枕がひとつ増えていたのには閉口した。
「今日はベースやるの?」
「基礎練はやったから、今日はギター。それとも、動画でも撮りたかった?」
「んーん、どっちでもいいよ。……初心者ベース動画撮ろうと思ったのに、最初から普通に上手いんだもん。MiDDay-Moonチャンネル、企画倒れでーす」
ベースも、元々少しは触っていたからある程度は弾けると言っていたはずだった。もちろん腕は荒れに荒れているし、下手になっている。けれどどうすれば上達するかもわかっているし、全くの初心者とは比べ物にならない。
文化祭即興バンドをやるなら、ベース枠がいないから私がやることになるんだろうと思って少しずつ練習していた。Roseliaを抜けた後にまでバンドをやるのかという気持ちと、RoseliaがFUTURE WORLD FESに今年も挑むのなら、なるべく早く抜けてしまった方が向こうのためになるという言い訳が頭の中をぐるぐると回る。
いっその事打ち明けてしまいたい。自分が楽になるためだけに、両親の愛に泥を塗り付けるような所業だ。許されても、許されずとも、楽になるのは間違いないから。
「10曲選んでメドレー形式でマッシュアップしましょう。リズムだけ決めて、即席でね。それで今日は終わりよ」
「おねーちゃん、実はスパルタだよね」
「そうかしら」
いつもより朝早かったというのに、日菜は私に合わせて起き出してきた。
制服に着替えて、いつもとは違うリュックを背負う。母が昔使っていた紅いキャリーケースを曳いて、父の車に乗り込んだ。
「なんで日菜も乗るんだ」
「いーじゃん、あたしも乗っけてってよ。駅からは電車で学校行くから」
「あんまり紗夜にベッタリだと嫌われるよ」
「嫌われません!」
「でもほら、呆れた顔してる」
「あれはいつも!」
「それはそれでどうなんだ……?」
そんなやり取りがあって、日菜も隣のシートに乗り込んでくる。
起きてきた時点でそんな予感はしていたから、もう何も言わなかった。
安全運転に揺られて、朝の冷たさを味わう。
中学の頃はどうだっけ、と思ったが、修学旅行も日菜と一緒だった。今思うと、日菜と離れての外泊は初めてかもしれない。一日会わないことくらいはあったかもしれないが。
「楽しんでおいで」
「……うん」
「あたしも行きたいー!」
「日菜は秋だろうに」
元々スニーカーでもいいと言われていたので、ローファーではなくスニーカーを履いてきていた。歩きやすくて楽だ。普段からこっちにしてくれればいいのに。
駅で下ろしてもらって、仕事へ向かう背中を見送った。日菜も乗ったままでいてくれれば良かったのだが。
奇異の目で見られる覚悟を決めて、西口へ向かう。チラホラと花咲川の制服の流れに合流して、集合場所に到着した。
「ひ、日菜ちゃん……?」
「おはよう、彩ちゃん、千聖ちゃん。修学旅行、楽しもうね」
「え? え?」
「はぁ……紗夜ちゃんに止められなかったの?」
「学校には間に合う時間だからねー。怒られることはないんじゃないかな。別にここも、花女の敷地じゃなく公共のスペースだし?」
「それもそうだけど……」
「……日菜ちゃんも行くの?」
「そうだよー? 今日から彩ちゃんのクラスに転校したの」
早速丸山さんに面倒臭い絡み方をし始めた日菜を見なかったことにして、クラスの集団の端っこに交ざる。
「おはよう、紗夜ちゃん。賑やかだね。千聖ちゃんも彩ちゃんもちょっと楽しそう」
「おはよう、松原さん。私としては出だしから騒動を作らないで欲しいのだけど……無理そうね」
「あはは、はしゃいじゃうのも仕方ないよ。みんなこの日を楽しみにしてたんだし」
丸山さんと日菜が写真を撮り始めた段階で、もう収拾がつかなくなってしまった。点呼が始まるまでには帰るはず、というか10分後の電車に乗らないと遅刻ギリギリになるはずだからそれまでの騒ぎなのだが、既に気勢を削がれている。
「日菜、あまり私を困らせないで」
「はーい。じゃあね、おねーちゃん」
生徒の数が増えてきて、修学旅行への期待も相まってかPastel*Palettesの3人への騒ぎが大きくなり始めたので、そろそろ切り上げて貰うことにした。
担任があからさまにほっとした顔をしたので少し申し訳なくなった。新任の先生で、前の私よりも若いんじゃないだろうか。不慣れによるミスもそれなりに多いけれど、人柄が良いのでよく慕われている。
「……ここで日菜ちゃんに会うとは思わなかったわ」
「すみません。着いたらさっさと帰るか私のそばにいると思ったのだけど……」
「彩ちゃんに取られちゃった?」
「だとしたら、良い兆候ね」
1度私の手を握ってから去っていく背中を見送る。行きから少し疲れてしまった。私のクラスはそうそうに全員が集まったからか、担任から軽く説明を受けてホームへと移動する流れになった。丸山さんとはここで1度お別れだ。
東京から京都へ、その後に大阪に移動して、新幹線で東京に戻ってくる3泊4日の旅程だ。何となく、私立はオーストラリアで公立は国内旅行、というイメージがある。
「私、新幹線初めてなんだ。みんなは乗ったことある?」
「……わ、私はピアノのコンクールで何度か……あまり覚えていませんが」
「私もお仕事でよく乗るわね。紗夜ちゃんは?」
「あぁ……えっと、初めてかしら」
以前はよく乗っていたが、今は家族旅行となると専ら父の車での移動だから、氷川紗夜が新幹線に乗ったことはない。白金さんに窓側の席を譲って、通路側の席に座る。
「氷川さんは、どこが楽しみですか?」
「一番見に行きたいのは伏見稲荷ですね。班で回って楽しいのは清水だと思いますが」
「伏見稲荷……いいですよね、鳥居。私も一度は直接見たいと思ってたんです」
京都に限らないが、観光名所というのは前情報なしで行っても楽しめるものとそうでないものがあるように思う。例えば二条城に行ったとして、その歴史的な価値や関わった人物、背景を知らなければ城の外観と屏風を楽しんで終わりという肩透かしになってしまうだろう。
私が楽しみにしている伏見稲荷大社はというと、稲荷信仰の総本宮であるという背景こそあれど、千本鳥居の幻想的な景色の方を主に置いてしまう。
班行動の行動予定はすんなりと決まった記憶がある。ほぼ丸一日の自由行動なのだが、白鷺さんが京都の美味しい料理屋なんかを知っていると言ったから、概ねそれに従う流れができた。
松原さんが迷子になりやすいと言っていたから、それに気を付けるくらいだろうか。
「あ、それ……森見ですか?」
「はい。暇つぶしには良いかと思って、二冊だけ。それに、京都ですからね」
リュックの上の方に入っていた文庫本を目ざとく見つけて、白金さんが話題に出した。そういえば彼女も本が好きなのだったか。『夜は短し歩けよ乙女』。まだ序章しか読んでいないが、文章にユーモアがあってなかなか好みだった。
読みますか、と差し出すと首を振られた。自前で持ってきているらしい。タイトルを訊くと、SFの金字塔だった。
窓の外の景色に時折目を奪われながら、数時間。しりとりに交じったり、本を読んだり、各々のバンドの話をしたりしながら過ごして、ようやっと京都駅に着く。建物の構造自体は人生を跨いでも変わらないらしい。相変わらず開放的なデザインだ。
駅で諸注意を受けて、班別行動になる。白鷺さんが公共交通機関が苦手で、松原さんがそもそも迷子体質なので、移動に関しては私と白金さんが気を張らなければならない。
清水寺までの道程を確認するためにスマホを開いたときに、通知が目に入った。今井さんからのメッセージだ。
「あ、あの、氷川さん、Roseliaのトークルーム──」
「はい、見ました。……通ったみたいですね、書類選考」
非日常が刹那、日常へと立ち返る。
修学旅行の始まりに、学生生活の終わりの足音を聞いた気がして、胸が堰くような感覚を覚えた。
「夏フェスの話?」
「ええ、そうよ。もともと音源審査は問題ないだろうと言われていたのだけど、それでも少し、安心したわね」