「ベースの癖は日菜ちゃんに似ているのね」
練習の合間に、白鷺さんがそう呟いた。
日菜のベースを取りに帰って、初めての合わせ練習に小会議室を借りることになった。
「日菜に習っているから、まあ、多少は引っ張られるものでしょう」
「……私も最初は『おねーちゃんのギター』だと言われたものだから、少し面白くって」
なんだかんだとこの1年毎日のように日菜と弾き続けてきたから、日菜の音は耳に染み付いている。無意識にクセや音が寄ってしまうのは仕方がないことだった。
日菜やRoseliaのメンバー以外と弾くのはいつぶりだろう。初合わせということもありクオリティはお察しだが、新鮮味があってこれはこれで楽しい。
私はといえば一人だけ下手すぎて、周りのレベルについて行こうとするのに必死なわけだが。
松原さんのドラムは、ポップスによく合っていた。軽くしなやかで弾むような音。それと、スネアの叩き方ひとつで巧みに表現を変えてみせる手管は、マーチングバンド由来のものだろうか。
決して見くびっていたわけではないが、少し意外だった。松原さんがドラマーとして参加しているハローハッピーワールドというバンドは、演奏の巧拙よりも子供を楽しませる演出や、パフォーマンスの方に重点を置いているように見えていたからだ。幼稚園や小学校、施設を訪問したり、公園でライブをしたり、なんならライブをそっちのけで劇をやったこともあるらしい。
音楽にうるさい観客でもなければドラムのほんの僅かなテンポのズレなんかには気が付きもしないし、週に何時間もスタジオに籠って練習したりするようなバンドでもないだろう。ドラマーとしての腕は最低限でいいはずだ。ある程度リズムが取れれば、それで十分。だからベースの私より少し上手いくらいなんじゃないか、という予想を立てていた。
ドラムについて私は詳しいわけではないが、同じバンドだった
白鷺さんの親友という時点でよくできた人物なのは自明だったか。
「……私は、氷川さんらしいな、と思いました」
「そうですか?」
「はい。スケールの交ぜ方とか、リズム感覚とか。あとは、ピック弾きだからか、リズムギターの感覚に近いような気がします……」
白金さんは終始どこか楽しそうだった。
白金さんの演奏もRoseliaのときとはかなり違う。この即席バンドではそれぞれが所属するバンドからひとつずつ曲を持ってきてカバーすることになっているのだが、Roseliaからは『BLACK SHOUT』を使わせてもらうことになっていた。その『BLACK SHOUT』を取っても、元のゴシックな雰囲気を薄めてポップスに寄せているのがよく分かる。一番は丸山さんに合わせているのが大きいのだろうが。
この『BLACK SHOUT』がとにかく厄介で、私のやる気をひたすら削ぐ要因になっていた。
今井さんのベースと比べてしまうのに耐えられない。ずっと隣で聴いていたハイレベルな演奏と、手元の弦の虚しい響きを比較してはげんなりする。上手くなる希望が見えればまだ違うのかもしれないが、ここから文化祭までの短期間での上達なんてたかが知れている。
──集中しきれていない。
こんなに心が揺らぐような人間じゃなかっただろう、と思考を切替える。
音楽が楽しさだけのものじゃないなんて、元々だ。……まあ、つまらないという程ではないのだが。
しかし初心に返ってみれば、氷川紗夜として始めた音楽は自分が楽しむためのものじゃない。日菜とライブをして、Roseliaに参加して、勘違いしていただけだ。今回の文化祭ライブで、それも終わり。日菜がパスパレをやめてまで私についてくるつもりなら、またライブをする機会はあるのかもしれないが。
「……今井さんと湊さんに怒られないでしょうか」
「怒らないと思いますけど……」
「自分の曲が下手に演奏されていたら不快になりません?」
「えっ、それ、私も怒られるかな……?」
冗談めかしたつぶやきに、丸山さんが反応した。
もしかすると不快に思われる可能性はあるが、怒られはしないだろう。怒られるとしたら、Roseliaを辞めた私がのうのうとこの即席バンドで楽器を握っていることについてだろうから、丸山さんと今井さん達の友情が揺らぐことは無い、はず。
「丸山さんなら大丈夫よ。許可は取っているのだし……きっと」
「その含みがある感じ、怖いよ……」
日菜が一時期愚痴っていたが、今の丸山さんは普通に歌が上手い。そのうえ同じ事務所の歌手から指導を受けているらしく、テレビやライブで聴く度にボーカルのクオリティが着実に上がっている。
湊さんと比べてどう、というのは系統が違いすぎて難しいが、白金さん経由で許可を取っている以上はむしろ参考になる部分は取り入れる、くらいの感覚なのではないかと思う。実際に湊さんたちがライブを観に来るのかは別にして。
「……『わちゃ・もちゃ・ぺったん行進曲』のアレンジはどうかしら。なるべく原曲の意図に沿うようにピアノパートを作ったつもりなのだけど」
「良いんじゃないかな。私は好きだな、これ」
「なら、とりあえずはこのままで。白金さん的にはどうですか」
「ベースはこれでいいと思います。あとは私の方で少し調整するかもしれませんが……」
「それは勿論」
『わちゃ・もちゃ・ぺったん行進曲』にはキーボードパートが無かったから、パートを加える編曲をすることになった。本来は作曲者である奥沢さんに頼む予定だったのだが、どういうわけかこっちで編曲することを勧められた、らしい。
それでも松原さんか白金さんがやってくれればよかったのだが、2人とも忙しそうだったので私にお鉢が回ってきたわけだ。
Pastel*Palettesから引っ張ってきた『しゅわりん☆どりーみん』に関しては、『BLACK SHOUT』と同じく原曲そのままだ。松原さんのドラムの影響か、アイドルポップ調ながらもPastel*Palettesの演奏とはかなり雰囲気が違う。私も松原さんに合わせるべきなのだろうが、如何せん、スキルが足りない。音の粒を揃えながら表現を変えるというのは高等技術なのだ。
それでも課題が可視化されたのは収穫だろう。夏休みでも決まった時間に鳴るチャイムに急かされて、3時間ほどで練習は解散になった。
帰路が少し被るのは丸山さんだけだったので、ほかの3人とは校門で別れた。
夕方の5時でも、まだまだ日中の明るさだ。後頭部を炙られながら、ローファーで小石を蹴り飛ばす。
「紗夜ちゃん。……やっぱり、迷惑だったよね」
「文化祭ライブのこと?」
「うん。バンドを抜けたばっかりなのもそうだし、本来のパートじゃないベースを任せちゃってるし、燐子ちゃんとも気まずいだろうし……」
「……そうね。実際、気が重い部分はあるわ。でも誘って貰えたことは嬉しかったし、別に嫌々やっているわけじゃないのよ。嫌ならさっさと断っているだろうし」
きっと、嫌でも断れなかっただろうとは思う。去年、丸山さんの誘いを流してしまったことは頭にあったし、自分が少しばかりめんどくさく感じたとして、断った場合の罪悪感とか、自己嫌悪を天秤にかけて丸山さんに付き合う方を選択しただろう。
実際には、面倒に感じることがあろうともそれなりに楽しめているわけで、丸山さんへの返事に嘘は無い。
「ほんとに? 紗夜ちゃん、ちょっと分かりにくいから」
「……白鷺さんよりはわかりやすいと思うわ」
「え、どうかな……」