月輪より滴り   作:おいかぜ

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《59》リスタート

 

『FUTURE WORLD FES』に出場が適って、友希那は「こんなものか」という呆気なさと、そしてある種の危機感を抱き始めていた。

 フェスの本番、Roseliaは大きく歓迎された。観客の盛り上がりも悪くなかったし、後に書き込まれた感想を見ても演奏が評価されたことは窺い知ることができた。

 

 つまり、所詮はその程度なのだ。今のRoseliaでも十分に通用してしまったのだから、たとえば誰かギタリストを探してきて『LOUDER』を含めたセットリストを披露したとて、恐らく評価されるだろうと気が付いてしまった。

 友希那の父の心を折ったのは、このフェスで通用しなかったことではなかった。レーベルとファンの板挟みにあったこと。己の音楽性をねじ曲げて二転三転し、後戻り出来なくなったこと。フェスはいわば、父が『詰み』の状況に至ってから最初に立った舞台であるというだけで、それそのものに意味は無いのだと理解する。

 

 もちろん、あの舞台で父の音楽を認めさせることは、友希那にとっては意義のある事だ。だが、本質とは大きくズレている。父の後悔の払拭に、大した効果をもたらすとは思えない。

 

 それ故の、徒労感。フェスの肩透かしが一つ。

 

 

 それともう1つ、友希那が目下悩まなければならない案件が降って湧いていた。

 

「プロデビュー、ねぇ……」

「あこ達もメジャーデビューできるんですか!?」

「もちろんです! ……寧ろ、ここまで実績も集客力もあるバンドがレーベルに所属していないのは珍しいと言いますか……メジャーデビューに興味が無いのかと思っていたんですけど」

「夏フェスの時点でかなりの勧誘は来ていたけど、『FUTURE WORLD FES』に出るまではとお断りしていたのよ」

「ということは、私の他にも?」

「ええ、話は頂いているわ」

「ですよねぇ……」

 

 晴海と名乗ったスカウトマンと、ラウンドテーブルを挟んで向かい合いながら、友希那は今後の展望について思索を巡らせていた。

 大手の音楽レーベルに所属することに否やはない。この場にいる4人とも、Roseliaとしてプロの音楽人の世界に踏み込むことを良しとしている。

 

 問題は、何処に、どういう契約で、という話。

 父がいたレーベルは論外としても、縛りが多く自由度の低いレーベルは除外した。そうなると、候補に上がるのは3社程度になる。その内のひとつが、今目の前にいる晴海が所属しているレーベルだ。

 

「もっと早くに声かけとくべきでしたかねー。いや、湊さんが今までスカウトを全て断わっていることは少し調べれば分かりましたから、時期を窺っていたんですが」

「そうかしら。むしろベストタイミングだと思うけれど」

「そう言っていただけると助かります。それで、こちらが提示できる条件ですが、できる限り要望に沿うつもりではいます。例として持ってきたこちらは当社に所属するバンドの契約条件なのですが……とりあえずご覧いただいてもよろしいですか?」

 

 渡された資料に目を通す。特に不都合なところもなく、この契約をそのまま当てはめてくれるのならそれでいい、くらいのものだ。

 今と比べてCDやチケットの売上に対する取り分は下がるだろうが、その分規模が大きいステージで活動することも出来る。活動の幅も広がるだろうし、結果として得られる収益は増加するだろう。後ほど計算し直す必要はあるが、概算でも特に問題はなさそうに見える。

 まだ4年は学生としての身分を享受することを考えると、目先の金銭に釣られるような愚行を犯す気もない。時間はあるのだし、レーベルも吟味するつもりだった。

 

「この資料、頂いても?」

「もちろん。疑問点なんかはありませんか?」

「そうね、まず具体的な数値を教えて欲しい点が幾つか」

「答えられる限りはこの場で答えますね。あまり詳しい部分は今すぐにとはいかないと思いますが……」

 

 デビューしてから数年のバンドのデータを見せて欲しいと言うと、平均値と代表的な例2つを提示される。CDの売上枚数、ライブの規模、音楽配信サービスからの収益、ファンクラブなど。さすがに全データは貰えないとの事だが、それは仕方がない。むしろ、用意がいいほうだろうと思う。

 

「友希那……? それ見て分かるの……?」

「……ええまあ、ある程度は。逆に、どうしてそんなに驚いているのよ」

「だって数学苦手じゃん」

「別に微積分を使うような数値じゃないでしょう。単なる足し引きと割合の問題じゃない」

「契約条件に納得してもらうのは大切なことですから、良い事だと思いますよ。どうしたって契約を結んでから『こんなつもりじゃなかった』と言う人は出てきますからね」

 

 この場で即決する気はなかったが、本当に条件は悪くない。友希那達に都合が良すぎて疑うところだ。友希那が今までスカウトを受けてきたのは中小レーベルが多いことを考慮しても、向こうがRoseliaをそれなり以上に高く買ってくれようとしていることは明らかだった。

 

「……待遇に関しては、後で吟味するわ。先に話せる部分を話しておきましょう」

「と、言いますと?」

「今後の展望、展開についてと言えばいいのかしら。活動の幅が拡げられるとは言うけれど、現実的に何処までのサポートをアテにしていいのかしら」

「うーん、Roseliaさんはセルフマネジメントもしっかりしているみたいですし、話を聞くにこちらからあれをやれこれをやれと主導するスタイルは合わないと思うんですよね」

 

 スカウト、及び営業の人間なんて信用すべきではないと思いながらも、友希那は少し、晴海のことを快く思い始めていた。こちらの意図を汲んでくれるのもそうだし、こちらが未成年だからと侮らない。あまり誠実では無い人間ばかり相手にしてきたせいで、レーベル選びの基準に担当者の人間性を付け加えてもいいんじゃないかとすら思う。

 

「まず、うちのレーベルから新曲を出してもらいます。タイアップの案件も引っ張ってこれますし、広報活動にもなるかと思います。あとは、そうですね……動画サイトを通して知名度も上がってきていますし、インターネットを通しての活動を増やして、全国ツアーを目指していきたいですね。実際、今の水準でも東京で大きめのハコを借りてワンマンライブを開けるレベルにあると思いますし、そう遠い話でもないと思います。大まかな絵図としてはこんな感じでしょうか」

 

 メディア露出ではなくツアーを中期目標に挙げたのは、友希那の性格を見越してのことだろうか。

 

「個人的な所感ですが、Roseliaさんはもう少しインターネットでの活動を活発にしても良いと思います。半年ほど前に動画サイトのチャンネルを少し動かしていましたけど、それ以来あまり投稿していませんよね」

「そうね。忙しかったのもあるし、あれは元々夏フェスに出るためのテコ入れ程度のものだったから」

「めちゃくちゃもったいないです。MVを上げてる曲、軒並み伸びてるじゃないですか。持ち曲はまだまだありますよね。ライブ映像上げてるだけじゃもったいないですよ」

「そうは言っても手が回らないわ。……まあ、その辺もセールスポイントにしたいんでしょうけど」

 

 動画サイトは放置気味、というか、手が回っていないというのが本音だった。紗夜が抜けたあとの既存曲の編曲作業や、フェスのコンテストに向けた練習、修学旅行に期末テスト。とてもでは無いがスタジオで録音してMVを作る余裕なんて無い。

 

「そうですね。経理とか雑務は丸投げしてもらって構いませんし、諸々の手続きも案件を拾ってくるのも私たちでやれます。本当に、音楽に専念してもらう感じになるでしょうか。まだまだ伸びしろのあるバンドだと思いますし、良い関係を築けると思うのですが」

 

 急かしてくるわけではないが、押しは強い。

 

「質問があれば何でも受け付けますよ。うちの部門の部長との面談も組めますし、事務所や関連設備の見学をしてもらうこともできますし──」

「買い叩かれているとは思っていないわ。むしろどうしてここまで好待遇で迎えようとしてくれるのかしら」

「あ。……ええっとですね……まあ幾つか理由がありまして……」

「それらも加味して考えたいから、教えてくれると助かるのだけど」

「一つは、私があなた達のファンだからです。お恥ずかしながら、私は最近ようやく大きなプロジェクトを任せて貰えるようになったくらいでして、完全に自分主導でバンドを受け持つのは初めてなんですよ。だからまあ、あなた達と仕事ができればいいな、という私情です。二つ目は、絶対に伸びるバンドだと確信しているからです。私達も企業人ですから、どうしても利潤を得ることが前提になります。言い方を悪く言えば、金になるあなた達を手に入れたいという目論見があるということです」

 

 都合が良すぎて怪しい、という思いはあるにせよ、他に大きな懸念は浮かんでこない。実際の契約段階になって条件を煮詰めていくうちにそういった齟齬が出てくるのかもしれないが、今のところは。

 

 こんなものなのか? という疑問はある。

 もっとこう、利益との交換条件的に不利益を蒙るものだと思っていた。それが金銭の天引きにあたるのだろうが、それにしたって失う金銭に対して見返りが多過ぎるように思う。

 

 父に相談できれば良いのに、と思うが、こんなこと話題に出せやしない。そも、父が友希那の活動を今でも快く思ってくれているのかさえ、友希那には分からなかった。

 

「……なるほど。だいたい聞きたいことは聞けたわ。あとは持ち帰って相談しながら考えることにする。ありがとう、晴海さん」

「いえいえ! こちらこそお話を聞いて下さりありがとうございます。急かすつもりもありませんし、できる限りの対応はしますから、いつでもご連絡くださいね」

 

 話している間、燐子は静かに会話の内容を吟味しているようだった。リサは、友希那の交渉には基本的に口を挟んでこない。あこは色々と聞きたくてうずうずしているようだったが、彼女も空気が読めるので黙っていた。

 

「じゃあ、晴海さんからも質問をどうぞ」

「私ですか?」

「私たちはあまり情報発信に積極的ではないから、見えづらい部分もあるでしょう。晴海さんにとっても私たちに話を持ってくる上での懸念事項なんかがあったりはしないのかしら。……無いなら無いで構わないのだけど」

「ええと、それじゃあ2つほど。まず、皆さんの進路は大学進学ということでいいんですよね?」

「そうね。そのつもりよ」

「私としてもその方が良いと思います。自由時間が短くなるのは不都合な面もありますが、私も経験則として大学を卒業しておくのに越したことはないと感じているので」

 

 大学には行っておいたほうが良い、と大人達は口を揃えて言う。実のところ友希那としては、大学へ行く意義というものをあまり感じられていないが、いざという時取れる選択肢は多い方が良い、と思う。

 

 燐子もリサも、進学する気はあるようだった。流石にこれまでと同じようにリサと同じ大学に通う、ということは無くなるだろう。それは少し、寂しい気がした。

 

「それと、ギターの事なんですけど……」

「ええ」

「サポートに入れる方を探しておくべきでしょうか」

「…………不要よ」

 

 Roseliaの音楽を実現することに、ギターの存在は必須要件ではない。

 ギターを必要とするのは、父の音楽人生を継承したいという友希那の個人的な思いであり、そしてそんな幻想は先日のフェスで露と消えた。

 

 父の音楽について、今の友希那は完全になんの見識も持っていない。

 ファンとレーベルの板挟みにあって、自分の音楽性を見失い、零落した父。その最後の舞台であるフェスで、父から受け継いだ音楽を認めさせることが最大の報いになると思っていた。

 

 視野の狭さはなかなか直らない。そんな状態で急いでギターを探すつもりもなかったし、紗夜以外を受け入れ難いというRoseliaの風潮は変わっていない。

 

「うーん、理由はなんとなく分かりますから、ひとまず納得はしておきます。ただやはり、Roseliaさんの音楽はギターがいてこそという気もするんですよね。──あ、これは結成当時から追いかけてる1ファンの戯言だと思ってくださいね。スカウトマンとしては、当然《今》の皆さんを見て声を掛けさせて貰っているので」

「……分かっているわよ。けれど少なくとも今しばらくは、このスタイルを変える気は無いわ」

 

 操を立てているわけではない、と言いかけて、それ以外になんと理由を説明すればいいのか、窮した。

 プロになれば、父のことも理解できるのだろうか。時間が経てば、この穴も塞がるのだろうか。

 

 友希那にはまだ、分からない。

 

 

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