月輪より滴り   作:おいかぜ

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【悲報】パスパレ編が原作に追いつき、詰む


《62》相想容類

 

 東京に残ることに決めたのは、どんな顔をしておねーちゃんと一緒に暮らせばいいのか分からなかったからだ。

 

 共感性がない。

 小さい頃から散々言われてきたことだった。

 

 自分では、そんなことはない、と思う。他人の思考回路を読むことに関して、長じているとまでは思わないが、一般的な水準にはあるはずだ。

 たとえば勉強ができない人間に、「どうしてできないの? あたしはできるのにな」なんて言ったりはしない。勉強をしないのはつまらなくて面倒くさいからで、成績が悪いのは勉強をしてこなかったから。それを指摘もしないし、かといって「うんうん、分かるよ」と言ってあげたりもしない。

 

 中学時代の中ごろには、そういう人間付き合いに必要な言葉の選び方や態度をおねーちゃんに教えられて理解した。幼い頃はあまり、おねーちゃんの存在がぶっ飛んでいて、それに多大な影響を受けている自分が周囲とズレていることも理解しきれていなかった。

 

 違うか。他人に興味がなかったから、周囲もどうでもよかったのかもしれない。昔からおねーちゃん狂いなのだ。

 

 おそらく大多数の人間がそうであるように、あたしも集団生活に馴染むために仕方なく処世術を学んだ。

 嫌がらせをしてくる同年代の男子とか、やたらと支配したがる女子とか、そういう自分にとって害でしかないような人間をどうして許さなければならないのか、とか。おねーちゃんに諭されたあとでも、ちゃんと納得はしていない。

 

 一人で生きていけるなら何にも気にする必要はないけど、残念ながら現代社会の恩恵を享受したいのならそれは難しい。

 おねーちゃんでもそうなら、あたしには無理だ。あたしにとっては単純明快でわかりやすい指標。

 

 あたしが見ていないところで、あたしを標的にした嫌がらせにおねーちゃんが対処していたのも知っている。その後の経過を見るに、嫌がらせを企てた子にもおねーちゃんは穏当に接したのだろう。当時のあたしはなんというか、それにがっかりして、ほんの少し失望したのだった。思えば、第二次性徴、反抗期がちょうどその時期だったのだろうと思う。

 

 今でも、あたしが逆の立場だったら相手をとことん追い詰めている。今思えばおねーちゃんには「大人が子どもを追い詰めるようなことをするべきでは無い」というような思考があったのかもしれないが、あたしにはそんなブレーキは無いから突っ走るだろう。持てる手段を全て用いて、相手をへし折ろうとするはずだ。あたしはその方法を知り得ている。

 

 人間関係に対する認識は、中学時代とそれほど変わっていないんじゃないかと思う。幼い、自分勝手な思考のままというか、今でもパスパレの皆に友情という程度のものさえ真っ当に抱けている気がしないのは、たぶんそういうところだ。

 

 つぐちゃんと話すようになった後に、蘭ちゃんに言われたことを思い出す。

「他人を能力でしか見ていないくせに、どうしてつぐみに関わるんですか」

 今思い返せばとんだ暴言だと思う。図星というわけでもなくて、反応に困って首を傾げた記憶がある。

 

 他人を能力によって差別するような思想は無い。ただし、自分にないものを持っている人間に興味を抱きやすい自覚はある。おねーちゃんであったり、友希那ちゃんであったり、千聖ちゃんであったり、麻弥ちゃんであったり。天に愛されているとしか言いようがない彩ちゃんもそうか。

 そして、あたしみたいな人間に歩み寄ろうとしてくれる人のことも、大切にしているつもりだ。つぐちゃんとか、リサちーとか。最近だとあこちゃんとも話すようになった。

 

 とはいっても、あたしがどう自覚しているかというのはあまり関係がない。他人からはあたしが、能力至上主義のように見えるらしい。あたしがそうじゃないと思っているだけで、実際にはそれが正解なのかもしれない。友希那ちゃんにも、そういうニュアンスの発言をされた記憶があるから、余計に。

 

 共感性なんて言葉を思い浮かべたのは、自分への戒めのためだ。おねーちゃんの生き方をあたしがねじ曲げたように、あたしも生き方に制限をかけてみる。

 おねーちゃんと離れて暮らすことにしたのは、そんな理由からでもあった。

 

 あたしがおねーちゃんにとっての幸せを勝手に定義したように、あたしもおねーちゃんの定義したあたしの幸せに沿って生きてみる。

 共感性の欠如によっておねーちゃんへの予想を違えていたのなら、認識を修正しなければいけないし、謝らなければいけない。

 

 

 お父さんとお母さんにも、ひとつ、あたしの秘密を告白することにした。

 恋愛的に、性的に、おねーちゃんを愛していること。恋をしていること。

 

 もしかすると、おねーちゃんの秘密を話したときよりも困った顔をしていたんじゃないだろうか。同性で、近親。親として応援するとは言い難いはずだ。

 

 そして、あたしが告白をしたとして、おねーちゃんが受け入れかねないことにも気が付いただろう。おねーちゃんも副次的に性同一性障害を患っているし、家族に対して特大の罪悪感を持っていることは2人も承知している。

 

 2人は、応援するとは言わなかった。代わりに、否定もしなかった。

 おねーちゃんとあたしの仲を無理に修復させようとしなかったのは、多分消極的に反対の立場にあるからだろうと思う。あたしだって2人の立場だったら困り果てるだろうから、異論は無い。仮にあたしがおねーちゃんと暮らすと言っても否定はしなかっただろうし、精一杯の優しさだと思うから。

 

 告白する気はあるの、とお母さんが言った。

 どう答えるべきか、つかの間迷って、「ある」と返した。

 だから孫の顔は期待しないでね、と言うと、それは本気で残念だと言われる。お父さんが、「嫁に出さないで済むのか……」といってお母さんに叩かれていた。

 

 実らないだろうと知っている。

 

 あたしは手放したのだから。

 

 


 

「日菜ちゃん、ちょっと調子悪い?」

「ん? ……どうかな。なんか変?」

「いや、少し声と表情が暗い気がして」

 

 4月。

 事務所の招集を受けて、土曜日の午前中からミーティングルームに集まっていた。少し気が抜けていたのか、彩ちゃんに不調を指摘される。体調が悪いわけではなくて、メンタル面の問題だ。去年の冬からずっと、あたしはおねーちゃんのことで思い悩み続けている。

 

 千聖ちゃんとも目が合った。仮面を被り直す。見抜かれると面倒くさい。

 

「朝早かったからね〜。夜更かししたせいかも」

 

 今日はプロデューサーと合流する日だと聞かされている。千聖ちゃんとしばらく話し合って、未知数だという結論しか出せなかった例のアイドルOB。

 

「今日集まってもらった用件なのですが、皆さんには『東京アイドルサミット』に出場してもらおうと思っています」

「『東京アイドルサミット』って、あのTISですか!?」

「その認識で間違いありません。……知らない人もいるでしょうから、詳しく説明させていただきますね。『東京アイドルサミット』は──」

 

 超大規模アイドルドキュメンタリー。参加した全てのアイドルが、その全容を発信され、蹴落とし合い、ファン投票と審査を潜り抜けて生き残った1組だけが武道館ライブの権利を勝ち取るという、バトル・ロワイヤル。

 ノンフィクションであれば、恐らくなんでもありだ。視聴者と審査員を満足させるドラマと、パフォーマンスを演出できさえすれば。

 

 プロジェクト前のテコ入れ、という言葉は事実なのだろうと思う。今のあたしたちは、きっと堅実に過ぎる。

 

 今のあたしたちは、アイドルとバンドの良いとこ取りの売り方ができていた。

 事務所から引っ張ってきたテレビ番組の仕事や、雑誌の取材、イヴちゃんや千聖ちゃんのツテもあって、とにかくパスパレの名前を押し出すアイドル的な知名度の上げ方ができるのがまず第一。

 そして、音楽パフォーマンスによって広めの客層をキャッチできているのが第二にある。例えば、アニメやドラマ、CMの主題歌を歌うなどのタイアップ。これは単純接触効果によって曲自体の人気も伸びやすいという一石二鳥の手法だ。それから、他のバンドとの対バンや楽曲提供。特に楽曲提供を受けることは、コネを広げる手段にもなるし、音楽に対してストイックで真摯な姿勢を持っているというアピールにもなる。

 

 そして、アイドルファンに対して強力な武器となる、「アイドルバンド」という特異性。アイドル売りをしているガールズバンドは、実はそれなりの数が存在する。ただ彼女たちは、音楽で勝負できないからパフォーマンスに乗り換えた人達だったり、単純に生まれ持ったビジュアルだったりで、今のところあたしたちのライバルになるほどの売れ方をしていないし、アイドルバンドという概念を舐めているところがある。要するに中途半端なのだ。

 音楽性で売っているアイドルにはバンドという差別化ができるし、ダンスパフォーマンスで売っているアイドルとは競合しにくい。それほど食い扶持の大きくない、ニッチな分野ではあるが、あたしたちは未開拓領域のパイオニアに成れている。

 

 新規開拓には障壁が伴うのも道理で、実際、あたしたちは提携先の理解が得られなかったり、ファンの認識のズレを正すのに奔走したりもした。けれど同時に全くの新規領域ではないという部分もあって、アイドルのノウハウが生きる部分や、バンドという要素でカバーできる部分なんかが多分に含まれている。だから今のところ、バンド解散の危機になるような困難には陥っていない。

 

 じゃあ、それをありのままに伝えて面白いだろうか。否。

 応援したくなるだろうか。ならない。

 

 

 あたしは日本以外に居住したことがないから、海外と比較してどうか、という話はしない。その上で、少なくとも日本には、「苦労を美徳とする」価値観が深く根付いていると実感しているし、それは社会の風潮にも現れていると思う。

 

 例えば、事前に障害となりそうなポイントをリサーチして、炎上しそうな表現にも敏感に気を付けて、順当に成功したアイドルA。

 ドジでそそっかしくて、何度も躓いては、SNSでの発言が誤解されて炎上したり、それでも真摯に謝罪して、紆余曲折を経て成功したアイドルB。

 

 あたしは、Aの方が優れていると思うし、Aの方を信用するし、Aの方が好きだ。けれども、きっと大衆から好かれて、応援されるのはBだろう。

 

 仕事だってそうだ。なんのトラブルもなく成果を上げるより、トラブルを起こして、それを乗り越えて成果を上げた方が認められやすい。

 

 そんな価値観が間違っているとは思わない。あたしとしては迎合したくない価値観ではあるけれど、否定する論拠を持ち合わせてはいないから。

 

 じゃあ、そんな価値観を持った大衆に応援されたくなるような要件を、パスパレは満たしているだろうか。もちろん、無いわけではない。

 パスパレを立ち上げてすぐの、当て振り発覚事件。初期のギター担当の脱退。そこから、リスタートを切ったライブ。今の路線への方向転換。

 Pastel*Palettesバンドストーリー第1章と言ったところだろうか。十分にパンチのある内容だと思うし、話題性も大きい出来事だった。

 

 ただ、単発の武器では弱い。そのためのプロデューサーなのだろう。あたしと千聖ちゃんの運用ではドラマが生まれないから。

 

 

 盛り上がっている彩ちゃんとイヴちゃん、それに相槌を打つ千聖ちゃんと麻弥ちゃんを見ながら、憂鬱だった。

 

「そこで事務所としてはですね、今後勝ち進んでいくためにも、アイドル部門のプロデューサーを立てることにしました。パスパレ専任というわけではないのですが、パスパレをメインに担当してもらう予定です」

「えっと、プロデューサー、さん、ですか」

 

 イヴちゃんと麻弥ちゃんの視線が千聖ちゃんに向く。

 

「事前に話は聞いていたの。黙っていてごめんなさいね。私はプロデューサーをつけてもらうことに賛成よ」

「千聖さんがそう言うなら、ジブンは歓迎ッスけど……」

 

 少なからず、千聖ちゃんがパスパレを動かしてきたという意識が全員にある。仕事を取ってくるのはマネージャーと千聖ちゃん。音楽関係はあたしと麻弥ちゃん。広報は全員で、顔役のリーダーが彩ちゃん。千聖ちゃんの誘いに乗った身として、なるべくあたしが全てに関わって統括的に管理できるようにはしていたけど、言ってしまえばそれだけだ。あたしと千聖ちゃんでプロデューサー業を2分していた感じ。表役が千聖ちゃんだから、意見具申はまず千聖ちゃんに向かう。

 

「というわけで、どうぞお入りください」

「どもー、東中野ナオって言いまーす。これからよろしく〜」

「え、ぇぇええ〜〜〜っ!?!? Marmaladeのナオちゃん!?」

 

 まぁ正直なところ、あまり良い体制でないことは分かっていた。あたしが取り仕切ってもいずれ破綻することは目に見えているから、今の状態がベストではあったけれど、長期的に運用するには千聖ちゃんの負担が大き過ぎる。

 そういう意味では、このタイミングでプロデューサーがついたのはやはり歓迎すべきことだ。あたしの心情を別にすれば、の話だけれど。

 

「は、初めまして──じゃないような?」

「解散ライブのときに楽屋でお会いしてるよ〜!」

「彩ちゃんがどうかしてたから仕方ないんじゃない? ティッシュ使い尽くす勢いでボロ泣きしててさ。麻弥ちゃんがフォローしてくれてたんだし」

「カンキワマリ、でした!」

「あっはは、あの時は面白かったな〜。解散する私たちよりグッシャグシャに泣いてる子がいるってビックリしたよ」

 

 うーん、使えるか使えないか、という視点で見てしまう。仕事上の付き合いだから構わないと言えばそうだけど、誠実じゃない。苛立っているからだろうか。

 

「ま、その縁でこうしてパスパレのプロデューサーになったわけだし、いい出会いだったよ」

「袖振り合うも多生の縁、ですね」

「そうそう。そういうわけで、よろしくね〜」

「よろしくお願いしますっ!」

「あたしアイドル苦手なんだけど、まあ、頑張るからさ」

「え?」

 

 千聖ちゃんがあたしを見た。口を開くな、という意味のアイコンタクトなのは伝わったけれど、ここで踏み込んでおかないでどうするんだろう。

 

「あはは、どういう意味ー?」

「自分がやる分にはって話。プロデュースは初めてだけど、うーん、まあなんとかなる!」

「そんなものかなぁ」

「そんなもんだよ。うん。私が──五人を本当の、『無敵のアイドル』にしてあげる」

 

 カッコつけすぎか、というつぶやきを無視して、にこにこ笑っておく。今日のところはひたすら神経を逆撫でされている気分だけど、ここから印象を覆してくれるのだろうか。

 それとも、あたしの性格が悪いだけ? 彩ちゃんはともかく、他のみんなも特になんとも思っていないようだし。

 

「あ、もう時間。また連絡するから、それじゃあ!」

 

 身を翻してプロデューサーが消えていった扉を見つめる。

 

 挽回してくれないと困る。あたしと千聖ちゃんは今のところこのプロデューサーを何一つ信用できていない。実績がないことを前置きしておくのは良いにしても、モチベーションが低いことを示唆してきたり、口先でなんとかなると軽く言ってのける辺りはおつむが軽そうに思える。

 

 自分に着いてこさせようという気があるんだろうか。

 カリスマも、真剣さも、能力も意欲も感じない。所詮はこの事務所の人選か、とため息。

 

 もし、経験則を頼りにパスパレを凡庸なアイドルに堕とすのなら、今度こそあたしはここに残る気がない。多分、千聖ちゃんも。

 この1年ほど、千聖ちゃんは女優としての活動を控えめにしてきた。主役級のオファーひとつ断った程だ。それに見合う価値をパスパレが提供できないのなら千聖ちゃんだってパスパレには残らないかもしれない。

 

 なかよしこよしの烏合の衆ではないのだ、少なくとも、あたしにとっては。

 

 手のひらの中のものを零していく感覚。おねーちゃんも、両親も、パスパレも。

 

 手が震えてガタガタしている彩ちゃんを見て、千聖ちゃんとどうしたものかと顔を見合せた。

 

 

 

 

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