月輪より滴り   作:おいかぜ

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《63》雲骸奏転

 

 翌日。プロデューサーに呼び出されて、彼女の縁の地に連れ回された。

 中華街、動物園、エトセトラ。そして最後に、武道館。

 アイドルにとっても、バンドマンにとっても、歌手にとっても、武道館は聖地だ。武道館のステージに寝転がって、自分達の原点を考えてみろ、と言われる。

 

 あたしたちの原点──パスパレの原点。……たぶん、あたしには見えていない景色だ。みんなは何を思い浮かべているのだろう。最初のライブ? 雨の中チケットを売った通り? 2度目のライブ? 最初のライブはあたしが入る前だし、その後の2つはあたしにとっては苦い思い出だ。原風景と言うには、些か。

 

 あたしの、パスパレにおいての原点はきっと、あそこだ。千聖ちゃんと2人きりでの企み。

 

 そもそも、あたしたちは武道館へ続く道を歩けている。TISなんてイベントに頼らずとも、あたしたちの消費期限が切れる前に、そこにたどり着く算段ができている。

 TISに出るのはいい。けれどそのために自分たちを歪めてしまえば本末転倒だろう。

 

 イライラする。みんな馬鹿みたい。

 ……思考を落ち着ける。傲慢になっても足元を掬われるだけだ。

 

 武道館からの帰り道。ボロボロのバンに乗って、興奮冷めやらぬみんなをどこか冷めた気持ちで見つめていた。

 

 これも多分、あたしが悪い。

 あたしには理解できない考えだけど、1歩1歩坂道を登って山頂に至るよりも、シンデレラのように魔法の馬車で山頂まで連れて行ってもらう方が良いらしい。

 そうでなければ、彩ちゃん達は自分の実力で武道館ライブなんか開けないと感じているのか。……変なところで自信が無い子だからそれはありそうだけど。

 

 逆に、あたしだけがパスパレのみんなと景色を共有できていない異端者であるという見方もできる。麻弥ちゃんは彩ちゃんのアイドル像に特別憧れているようだし、千聖ちゃんも彩ちゃんにはとりわけ思うところがあるようで、あたしから見れば過剰な信頼を寄せている。イヴちゃんは割とフラットだけど、それ故にみんなと仲が良い。

 

『絆』と呼ぶべきそれを、持ち得ていないのはあたしだけだ。

 

「氷川〜」

「はーい?」

「帰ったら個人面談しよっか」

 

 バックミラー越しにプロデューサーと目が合う。あたしだけ名指しなのは、今までのパスパレの運用形態をマネージャーから聞いたからだろうか。それにしても千聖ちゃんと一緒で良さそうなものだけど。

 

 まだ少しだけ荒い運転の揺れを感じながら事務所に戻って解散になる。少し心配そうに見送られながら、プロデューサーと2人でミーティングルームへ向かう。

 

「何の話だと思う?」

「今後のプロデュース方針の話?」

「まあ、それもある。相談に乗ってもらいたいこともあるし」

 

 ミーティングルームに空きがなかったので、スタジオを借りることになった。この前千聖ちゃんと使ったのと同じ部屋。

 

「ぶっちゃけ、私の事微塵も信用してないでしょ」

「うん」

「物怖じしないね君」

 

 最初からクライマックス、と言った感じ。プロデューサー──東中野ナオにとってあたしが不都合なら、排斥しようとするのだろうか。居場所を奪われるのは腹が立つ。パスパレを追われようと困りはしないけど、あたしが必死になって育ててきたコンテンツをまるまる横取りされるのにはイラつくに違いない。

 

「正直ね、どうすっかなーと思ったんだよね〜。私、必要ないじゃん?」

「お飾りでいてくれる方があたしには都合がいいけど、別に。必要ないってことはないかな。千聖ちゃんの負担が大きかったのは事実だし」

「それは思ったけど、それにしたってセルフプロデュース完璧すぎるでしょ。……これでもさ、私は一応成功した部類に入るアイドルだし、後続の助けになりたいとは思うわけ。ただ、必要ないところにお節介焼くのは違うんだよね〜」

「だからやる気ないの? それならさっさとやめてくれた方が助かるんだけど」

 

 一切、歯に衣着せていない。話す内容は選んでいるけれど、タメ口だし、プロデューサーが邪魔だというスタンスも崩さない。

 

「そういうわけにもいかないんだよな〜。……というわけで、話し合いをしようか」

「はぁ」

「もちろん、氷川のことはできるだけ調べてきたよ。所属は東京大、誕生日は3月20日、好きな食べ物はガムやジャンクフード、嫌いなものは味の薄いもの。趣味はアロマオイル作りとベース、好きな物はお姉ちゃん」

 

 それを知ってなんの意味があるのか、と思っても口には出さない。こちらが向こうを測りかねているように、向こうもこちらを探ってきている。

 

「大学でも立ち居振る舞いでもなんとなく分かるけど、頭良いんだね」

「別に、普通の範疇だよ」

「どこが? ……まあいいや、パスパレでは調整役担当なんだよね。リーダーは丸山だし、白鷺の方が顔が広いからそこは妥当かな。活動方針を決めてたのは氷川なんでしょ?」

「最終決定は彩ちゃんだよ。あたしは提案とフォローだけ」

「誰が信じるのかね、それ。……実際、白鷺に確認取ってるから隠さなくていいよ。実態の話をしよう」

「なんだ、先に言ってくれれば良かったのに」

 

 千聖ちゃんが吐いたらしい。いや、むしろ率先して話していそう。千聖ちゃんが知りたいのは、パスパレの状況を把握した上でプロデューサーがどう動くかだろうし。

 ブラフの可能性も考えたけど、たぶんそれは無い。別にあたしが騙されていても問題があるわけじゃないから、たとえブラフでも構わないけれど。

 

「交渉はイニシアチブの取り合いだよ」

「あたしは全部委ねてもいいけどね」

「嘘つけ、やる気なくす癖に。『アイドルバンド』というコンテンツの確立、成長に携わる条件で白鷺の提案に乗ったんでしょ? 私が取り仕切ったらそうはいかなくなる」

「千聖ちゃんにあたしを絆してみろとでも言われた?」

「半分正解ってとこかな」

 

 プロデューサーは困ったように笑った。あたしとしては、本当に全部委ねても構わない。本来は演者の一人に過ぎないのだから、口出しさせろとも言わない。ただ、それによって生じる不和に責任は取らないというだけ。

 あたしがパスパレに価値を感じなくなったりする可能性はゼロじゃない。千聖ちゃんとの約束だからここにいるけど、本当はいまだって全てを放り捨てておねーちゃんのところに行きたいと思っている。

 

「歪だね、パスパレは。あくまでアイドルをビジネスとして、プロのパフォーマーとして捉えている人間と、夢と理想の象徴、その具現と捉えている人間が入り混じってる。それ自体は悪いことじゃないけど、両極端だ」

「どっちかに偏ってたら、遅かれ早かれ破綻すると思うけど」

「どうだろう。例えば今、両極入り混じる現状が原因でバンド内に不和が起きているわけで。仮に私が『氷川のプロデュース方針を全部引き継ぐ形で取り仕切る』と言ったら、氷川は本当に受け入れる?」

「異論は唱えないよ。契約の更新も1年先だし、パスパレのベースとしての役割は全うするつもり」

 

 つまらないから急に辞める、なんてことはしない。

 当時は新しいアイドルコンテンツを作ることに惹かれてパスパレに残ったけれど、今はパスパレも一端のバンドだし、芸能界の仕事は普通の学生生活よりも余程刺激がある。

 今より楽しくなくなるだけで、まあそれなりには続けるつもりだ。

 

 ……そうなると、別にパスパレじゃなくてもいいのか。

 

 懇意にしているグループもあるし、頻繁にサポートで入っているコンポーザーもいるし、ソロ活動だってできなくもない。……今よりはだいぶ規模が小さくなるだろうけど。

 

「それは異論を唱えてるって言うんだよな〜」

「元々パスパレを続ける気なかったんだよね、あたし」

「聞いたよ」

「じゃあ分かるでしょ? あたしのモチベになっている部分を全部持っていくんだから、その分あたしのやる気がなくなることは至極当然の結果じゃない? 感情論とかじゃなくてさ。いちごのショートケーキからいちごとクリームを取り除いたら美味しく感じないじゃん。その程度の理屈だよ」

 

 要するに、駄々を捏ねているだけ。

 千聖ちゃんがプロデューサーを受け入れたのなら、千聖ちゃんにとって今までの運営の負担が大きすぎたということ。他のみんなが反対する素振りもないのは、結局これまでの活動も、あたしの独りよがりに過ぎなかったということ。

 

 そう言うと、プロデューサーは姿勢を緩めてため息を吐いた。

 

「はぁ〜、無理。今の段階で認めさせるって無理じゃない? こういうのって積み重ねじゃん」

「今のところは外部から入ってきた監査役か管理職って感じだしね」

「丸山の素直さを見習って欲しい」

「パスパレが壊れちゃうよ」

 

 プロデューサーに対する不満はある。今のところ期待外れだし、意欲も低そうなのは戴けない。

 けれどそれ以上に──

 

「まぁ、パスパレの問題だね。今まで腹を割って話したことはある?」

「無いんじゃない? 最初期に少し話したくらい」

「そっか〜。……氷川ってさ、丸山のこと嫌いでしょ」

「へぇ。どうしてそう思うの?」

「私が氷川の立場だったらめちゃくちゃムカつくし嫌いだろうなって」

「あはは、それ問題発言じゃない? 確かにイラッとすることはあるけど、嫌いじゃないよ。頑張れる子だし、変われる子だもん。価値観が合わないだけ」

 

 パスパレの問題じゃない。あたし以外の4人で上手く回るのなら、パスパレにとっての不純物はあたしだ。あたしだけの問題なのだ。

 

「良い子だ。考え方は大人びてるし、頭も良いけど、まだやっぱり青いね。メンバー内で認識がズレてるなら、話し合わなきゃいけない。不満があるなら口に出さなきゃいけない。若宮が心配そうに時々見ていたのに気づいてた?」

「あんまり対人能力が高くないのは自覚してるけど、それ、意味ある? 『あたしプロデューサーが気に入らないな〜』って言うの? それこそプロデューサーが来なかったら問題になってなかったんだけど」

「ううん、本当の問題はそこじゃない。分かってるでしょ?」

「さぁ?」

「原風景の話をしたとき。武道館という頂の話をしたとき。氷川は、きっと共感しなかったんじゃない? そういう認識のズレとか──」

 

 プロデューサーの意図した通りにあたしが話を受け止めたかは怪しい。けれど、あたしにとっては地雷に近い話題だった。

 

「──『絆されろ』って話? それはプロデューサーに都合の良い展開ってだけだよね。絆なんてなくても、やることは変わらない。パスパレの価値を高めて、最高のパフォーマンスをするだけ。それとも、あたしに不利益な事務所の動きを、『仲間のため』って耐え忍んであげると思ってるの? あたしの意欲を削いだ代わりに、絆とか友情とか、そんなもので繋ぎ止めようって? あたしは絶対に、自分を弱く矮小化して妥協する方向には折れないよ」

 

 折れてはならない。妥協してはならない。立ち止まってはならない。

 おねーちゃんに追いつく為に、己に強いてきた生き方だ。己のために、おねーちゃんに強いた生き方だ。

 

 友情も絆も否定はしない。けれど、妥協の材料としてそれを持ち出すのは許さない。

 

「彩ちゃん達が、活動が順調なときにそれでもストイックに、無我夢中で先を求められる人間じゃないことは知ってるし、それでいいと思う。レッスンはやってるし、向上心はちゃんとあるから。だから音楽関係の新規開拓はあたしがやってるんだし、交渉は千聖ちゃんがやったりもする。逆境になれば彩ちゃんはあたしの想像を超えた展開を呼び込んでくるし、あたしはそこを尊敬もしてる。そこを曲げる必要はないでしょ。『嫌いか』なんて聞いてきたけど、喧嘩でもさせて仲直りすれば一件落着になると思った?」

「じゃあ、どうすれば氷川は納得する?」

「今すぐ納得なんかしないよ。事務所が余計なことして、あたしが今までの失敗に気づいただけ。プロデューサーが上手くプロデュースすればいいんじゃない?」

 

 自分が何に興味を持つかなんて事前には分からない。予想がつく範疇のものには大抵手を出しているし、未知なる好奇心に遭遇することも多い。

 

「データはマネージャーに貰ったでしょ? パスパレで付き合いのある作曲家には繋ぐし、必要があるなら千聖ちゃんにも頼めばいい。モチベに関わらずあたしは自分の仕事はするし、プロデューサーはTISに向けて采配を振るってくれればいい。……何も問題ないでしょ」

 

 結局、あたしが言うことは変わらない。千聖ちゃんが良しとするならあたしはプロデューサーを拒否しないし、妨害する気もないから好きにしてくれればいい。ただし事務所の妨害に腹は立っているし、今まで通りのモチベを保ってパスパレに全振りするようなことは期待してくれるなというだけ。

 今すぐ辞めるどうこうという話でもないし、このプロデューサーが何を求めているのかも理解しかねる。

 

 今のあたしたちにできているようなことしかしないなら、千聖ちゃんの負担軽減以上の意味は無いなと思うだけだし、有能ならそれはそれで構わない。今の時点で認識を改めてくれと言われても、結果で示してくれとしか返しようがない。

 

「ま、仕方ないか。ムシが良すぎるかな〜とは思うし。信頼はおいおい稼いでいくよ。氷川のことはだいぶわかった気がするし、一旦はそれでいい」

 

 プロデューサーはあっさりとそう言い放って、アンプを軽く叩いた。それからタブレットの画面に目を落として、独り言るように呟く。

 

「今後の方針だけど、氷川と白鷺の作った基盤を崩すつもりは無い。他との差別化も、ファンの得やすさも、活動の広げやすさも完璧だから、これを崩す意義は全くないと言っていい。SNSと動画サイトの活用方法も今のところ理想的だし、そちらからの流入ファンも他のアイドルグループに比べて多いから、十分な強みになっていると思う。楽曲の評判も上々、タイアップも目に見えて効果が出てるし、初期の不祥事の評価も払拭できてる。……氷川、アイドルやめてここのプロデューサーやったら?」

 

 ここの人達の下には就きたくない。

 

「分かってはいたけど、アイドル方面ももっとプッシュできるね。当面の方向性としてはそっちかな〜。握手券封入特典とかもやればいいのに。まあ、リスク考えて様子見してたんだろうけど」

 

 握手会や、オンライン通話なんかの特典をCDに付けることは、もちろん一度検討した。ただ、この事務所はアイドルを一人放り出してチケットを手売りしてもなんとも思っていないような事務所だ。ファン感謝祭的なイベントならともかく、単体でこの手の売り方をするのはなるべく避けた方がいいと判断していた。

 

「あと、話は変わるけど、氷川は悩みを相談できる相手とかいる? 友達とか、親とか」

「悩みってほど困った記憶はあんまりないからなー。必要に駆られれば意見を求められる相手はいるよ」

「へぇ。……ああ、お姉ちゃんか。なるほどね」

「何考えてるのか知らないけど、くだらないドキュメンタリーのドラマ演出におねーちゃんを使おうとしているのなら、あたしはありとあらゆる手段でパスパレ及びこの事務所の不利益になる行動をして即座に脱退するからね」

「いやいや、やらないって。怖いからやめて」

 

 どうだか。あたしの同意なしにおねーちゃんに接触されるのが一番困る。あたしよりも余程おねーちゃんの方が塩対応だろうけど、おねーちゃんもたまにはっちゃけることがあるのは否めない。あたしをダシに使われるのも困るし、釘は刺しておくべきだ。

 

「プロデュース方針はそれで、氷川には引き継ぎも手伝ってもらう。それと、パスパレの問題点についてだけど、私もそれだけは譲らないよ。絆すとかそういうレベルじゃなく、パスパレには話し合いも、互いへの理解も足りてない」

 

 逃げるなよ〜、とふてぶてしい笑み。

 ひっぱたいてやりたくなった。たぶん、あたしはこの人が嫌いだ。

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