月輪より滴り   作:おいかぜ

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《68》春眠秋散

 作曲よりも作詞の方が難しい。この辺りは人生経験の少なさが影響しているのだろうか、と思う。

 面白みのない歌詞を書いて千聖ちゃんに突き返されては、千聖ちゃんのつまらない歌詞に斜線を引くこと3度。あたしじゃなくても書けるものを書いてくるな、という千聖ちゃんの発言はまあ、正鵠を射た表現ではあると思うけど、千聖ちゃんだって実行できていないからあんまり効かない。

 

 曲の方はとりあえずアドバイスを貰いながら何とか二つ、形にできたと言うところで、あたしたちの前には歌詞が立ちはだかっている。

 

 決して作曲を軽んじているわけではないけれど、千聖ちゃんの求めるハードルが高すぎるのが問題だった。

 あたしならできるでしょ、みたいなハードルの上げ方がすごい。そんなところまで似なくていいのに。

 

 芸術を苦手にしているということはないけど、文芸──ではなくて文学は多分不得手な方だ。己の内面に向き合うのは難しいし、苦しいし、それをさらけ出すのは恥ずかしい。

 

 おねーちゃんが作詞に困って唸っていたのを思い出す。あたしと同じような気持ちだったのだろうか。当時のおねーちゃんのアイデンティティは『前世』の方に偏っていただろうから、特に難しかったんだと思う。

 あたしも、内面に関しては明確な軸を一つだけ持っている。ただまあ、この感情を面に出すわけにはいかないのが問題なわけで。この特大のおねーちゃんへの恋を綴った歌詞を千聖ちゃんに見せてみたらどんな反応をするだろうか。15年もののラヴ・ソング。……とっくに腐ってるか。

 

 次のパスパレ公式チャンネルの企画はどうしようか、と案を練りながら、片手間で作詞のことも考えている。

 

 事務所内に併設されたカフェは社割が効く上に、あたしたちは1日2杯までタダなので、あまり重要でない考え事をする時にはここに寄ることが多かった。

 

 歌詞から人間性が透けるとは限らないけど、実際には覗ける場合も多いだろうと思う。相手がどういう思想を持っているのか、どういう分野に造詣が深いのか、どういうものを好むのか。文章を通して筆者の視点に入り込むことができる。アプローチのひとつとして、まあ、悪いものでもない。

 

 千聖ちゃんが友希那ちゃんと同じ発想、同じアプローチを取ったことと、あたしとおねーちゃんが揃って同じような探りの入れ方をされているのは面白かった。

 

 友希那ちゃんの場合は完全におねーちゃんへのラブレターという感じで、内実を見れば全く同じというわけでもないけど、歌詞からパーソナリティを探ろうというのは共通している。ありがちな発想なのだろうか。

 

 それと、千聖ちゃんの発言についてもモヤモヤさせられたままだ。あたしが千聖ちゃんを気に入っている理由。仲間意識だとかシンパシー以外の答えをあたしは思いつかないけれど、確かに出会ってすぐの頃からあまり千聖ちゃんへの印象は変わっていない。

 危機感なくのほほんとしている3人の裏で一人奔走する千聖ちゃんに、あたしを重ねたと見るのも厳しい。

 

 尊敬、とか。同世代で抜きん出て優秀な人間と言えばおねーちゃんくらいだったから、そういう意味での驚きみたいなものはあったはず。

 

 けれど結局は分からない。

 

 逆に、あたしもよく分からない心の内を紐解いて、答えにたどり着いているあたり、千聖ちゃんは何者なんだと思ってしまう。俳優だから、という問題でもないだろう。心理学でもなんでも、人間の心を読み取るものは大抵、前例から「こういう心の動きをした場合にこういう行動に出る」というデータを集めて、膨大なサンプルの中から個人を分析する程度のものだ。こういう環境で育った人間が内向的になりやすい、とか、そんな理論を煮詰めただけのものに過ぎない。

 とりわけ芝居なんてものは感情の『型』をなぞって表現するような芸術のはずで、こんな心を読んだような芸当に寄与するものではないと思う。

 

 読心術とかそういう能力が千聖ちゃんには備わっていたりするんだろうか。残念ながら『ありえない』と断じることはできない。現行の物理法則をひっくり返す超常現象だって、身近に存在したりするものだ。……まあ千聖ちゃんにそんな能力はないと思うけど。

 

 

 その後の悪癖の話はわかりやすい。

 

 出不精で面倒臭がりで、あたしに大して興味もなかった幼時のおねーちゃんを何とかして誘うためについた癖だった。

「服を買いに行こう」と誘ってもおねーちゃんは嫌がるけど、「去年の夏服のサイズが合わなくなって買い替えなきゃいけない」と言うとついてくる。多分目的はなんでもいいけど、理由がなければ出掛けたくないらしい。

 

 おねーちゃん以外に誰かを誘うこともあまりなかったから気づいていなかったけれど、やっぱり変な癖になっていたらしい。

 

 おねーちゃんのせい、とも言い難い。おねーちゃんの影響なのは間違いないけれど。

 

 エゴサがてらスマホの画面を眺めていたら、リマインダーの通知が来た。『ビビキャン ダンスレッスン』。後輩アイドルの3人組から、パスパレにパフォーマンスを見て欲しいと頼まれていたんだった。麻弥ちゃんとイヴちゃんはロケ中だから、彩ちゃんと千聖ちゃんとあたしの3人か。約束の時間まで10分。2人がいるならいいか、とすっぽかすことにしてスマホを手放した。

 

 ビビッドキャンバスのことは、あまり得意じゃない。苦手なタイプというか、いまいち人生に本気じゃないように見える。あたしがあまり関わりあいになりたくなかった、かつてのクラスメイトの大半と似たような感覚。

 それでも正統派アイドルとしてぽつぽつと人気を稼ぎ始めているのだから、実力やセンスが無いわけではないのだろうけど。

 

 カプチーノを飲み干して、次はエスプレッソにしようかなと席を立ったところでスマホに着信。

 

『もしもし、日菜ちゃん?』

「なに、千聖ちゃん」

『今どこにいるの?』

「事務所のカフェ」

『ビビキャンのレッスンだけれど……来るわよね?』

「えー。あたしいる?」

『私はダンスに詳しいわけじゃないもの』

「彩ちゃんいるじゃん」

『彩ちゃんしかいないのよ』

 

 千聖ちゃんが切実そうに言うので、仕方なくレッスンルームに向かう。ベースを背負い直して、土曜日で少し人の少ない事務所を早足で歩く。

 

 ビビキャンの子達とどうやって話そう。この間は確か、自分の魅せ方を意識することさえできていないって話をして、バレエとかフィギュアスケートとか、その辺もあたしは参考にしてると言ったら微妙な顔をされたんだった。

 歴史の長い芸能や制限の多い中での表現は、ひとつの所作さえ極限まで煮詰められていて、いっそ恐ろしくなるくらいに美しい。ビビキャンの子たちは動きを揃えることは意識していたけれど、その辺でキャパシティオーバーしていたような気がするから単純に練習不足だろう。

 

 彩ちゃんがいらないことを言って、少しあたしが踊ってみせたら変にショックを受けていたみたいだから、苦手意識を持たれていそうだ。

 

 なんだかんだと彩ちゃんのレッスンに混ざったり、アイドル事業部全体の練習に混ぜられたりして上達しつつあるこのダンスは、いつか使うことがあるのだろうか。ベースを弾いている限り披露する機会はなさそうな気がする。……公式チャンネルの企画でやってもいいか。5人でダンスしたり、とか。

 

「あ、そうそう。歌詞についてなんだけど、ひとつ思い付いたから送るね」

『なら、ついでにその話もしましょう。……すっぽかさないで頂戴ね?』

「今向かってるって」

 

 

 

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