次8章にしようと思います。
「ボイスAI?」
「そうです。音声合成ソフトウェアで、まあ平たく言えばボーカロイドみたいなものですね。それで、そこの提供元の企業さんから案件が来ていまして、湊さんの声を元に製品を作りたいと」
「友希那さんAIってことですか? 凄いです!」
大学生になっておよそ1年。同時に、メジャーデビューしてからも1年が立った。Roseliaの活動は軌道に乗り、友希那の想定をはるかに上回る形でRoseliaは人気を博していた。
バンドマンの聖地である武道館でのライブに始まり、全国ツアーを終えて、ようやく少しのゆとりを確保した頃。
晴海が持ち込んだのは、一風変わった案件だった。
機械音声には友希那も理解がある。もはや日本の音楽の一大ジャンルでもあるそれらを拒絶するほど器量が狭いわけではなかったし、アンテナが低いわけでもなかった。
ただ、実際に使ったことがあるわけでもないから、それがどういうものなのかをよく知り得ているとは言い難い。
「……あこはどう思う?」
「受けるべきですよ! こんな機会滅多にないですし、あこはユキナロイド欲しいです」
「あこ……?」
あこの意見は関係なしに、友希那としてはこの案件を受けるのはありだろうと思っている。
自分の声を使った表現の幅、分析の幅、試行の方法が増えるのは大きなメリットだ。もちろん機械音声のクオリティにもよるが、歌い方の研究に全く寄与しないということはないだろう。金銭面以外にも得られるものが大きいのだから、相当のデメリットがない限りは受けていいはずだ。
「私の糧になるかというところで考えて欲しいのだけど」
「うーん、それだと案外、難しいと思います。機械音声って、特にこういうタイプの製品って、元になった人の歌よりいいなって思うことはほぼないんですよね。機械音声にしかできない表現とかはもちろんありますけど、友希那さんにとって有用かどうかを考えると……」
でもあこが欲しいので受けてください、と真顔で言うので、リサが笑いを堪えるのに必死になっていた。
このところ、あこはDTMにハマっているようだった。『Neo-Aspect』以来、Roseliaでは時折編曲コンペティションをするようになったが、それ以外にもあこは曲を弄って遊んだりしているらしい。
本人は紗夜の影響だと言っていたが、元々向いているのだろう。
近頃は作曲担当を友希那一人のままにしておくのではなく、あこにも任せてみようかと考えつつある。
バンドとして自分たちの曲とか作風とか、そういったものを守るのはもちろん大事だが、同時にある程度の変革も必要だ。マンネリ化は緩やかな衰退に繋がるし、成長しないまま先鋭化していけばやがて破綻するのは目に見えている。
となれば、良い機会ではあるのだろう。ギターも弾くようになったが、友希那の武器は声だ。友希那にとって唯一無二、最大最強の武器を研ぎ澄ませる材料のひとつにでもなれば万々歳。
自分の歌を客観視しやすくなればそれだけで大きな収穫になるだろうから、あこの発言を聞いてもあまり悲観してはいない。
それに、自分たちで完結する内容でもない。ようは、友希那の声が楽器として市販されることになるのだから、それを作曲の材料にしてくれる人も現れるだろう。そこから受ける刺激は、きっと今までの友希那には覚えのないものだ。
「晴海さん。サンプルを聴かせて。一応、今のところ前向きに考えているわ」
「はい! ……正直、私としては受けてくれるのは助かります……」
ギターを手に、ステージに立つようになった。
友希那が実感する、この半年で最も大きな変化はそれだった。
かつて紗夜に、ギターを持ってステージに立つ気は無い、というようなことを言った記憶がある。ギターボーカルなんてそう特異なものではないが、友希那には向いていないだろうと薄ら感じていたからだ。
結局、ギターを演奏しながら歌うのはマルチタスクである。今まで歌唱を100パーセントのクオリティでできていたとするなら、ギターボーカルはそれぞれ70から80ずつくらい。友希那自身が成長しているから全体的なクオリティはあまり落ちていないように思えるが、しかし無駄な労力を割いている感覚は否めない。
非効率をおしてでもギターが欲しい、という話がRoselia内で何度か話題に出て、紗夜が抜けてからコツコツと練習していたギターをライブに持ち込み始めたのが大学一回生の夏頃。
余計に物足りなさを感じるようになったのには、燐子と2人で苦笑した。
表現の幅を多少取り戻したとしても、質で劣るのであれば納得のいくものにはならない。
紗夜と二人なら、120パーセントずつだったから。
ギターを背負って、駅からスタジオまでの街路を歩く。
『ROSEができましたよ!』というあこの連絡が入っていたから、少し楽しみにしていた。先方との調整にはあこが頻繁に参加していた。向こうとしてもユーザーとして製品を使い慣れている人間がいるのは楽なのか、歓迎されている様子で、話がスムーズに進んだので友希那としては有難い。
渡された試作品をあこに預けていたから、今回はそのお披露目会になる。
ROSE、というのは製品の名前になるらしかった。あこ曰くユキナロイドでは格好がつかない、ということらしい。友希那としては当たり前だろうと思ったのだが、無難な名前になったと思う。Roseliaから捩ってROSE。単語としては薔薇という意味になる。青い薔薇をモチーフにしているRoseliaとは少しイメージが変わってくるような気がするが、バンド内の些細なこだわりを外部まで持ち込む気はなかったし、概ね好意的に見ている。
「あ、『ROSE』のプロモーション出てるよ」
隣を歩いていたリサが提示したスマホの画面には、美麗なイラストと共に宣伝コピーが載ったプロモーション映像が流れていた。
「まだ実際の音声は公開しないのね」
「動画は今月末だって。なんか聞いたところによるとアタシ達のライブ映像も使うらしいよ。晴海さんに言えば見せてくれるかも」
「公開されてからでいいわ」
随分と美化されたイラストだ、と自分で笑ってしまいそうになる。ROSEのモデルにされているのが友希那であることは明らかで、そうなると2次元と3次元の落差に妙な可笑しさを覚えてしまうことは避けられないのだった。
友希那の銀髪よりも白に近い髪、白い肌、青薔薇をモチーフにしたのだろうゴシックドレス、機械──AIであることを示すような、肌に刻まれた回路。秀逸なデザインではある。特にこういうのが好きなあこが大興奮していた。ついでに、衣装デザインに刺激を受けたらしい燐子も。
スタジオに入ると、先に来ていたらしいあこがノートPCを弄っている。
「『Neo-Aspect』を作りました。ROSEは友希那さんの別側面……つまりネオ友希那さんなので」
「まあ、今のところ代表曲だし、妥当な選曲ではあると思うけど」
「でも全然友希那さんの歌に太刀打ちできないので、あこにはもう無理かもしれません……友希那さんが調声してくださいよ……」
「今後は私も使うわ。でも一番最初に触らせて欲しいって言ったのはあこじゃない」
「難しすぎて後悔しました。友希那さん、どうやって歌ってるんですか?」
「どうって……」
あこのテンションは、メッセージの文面よりも格段に低く、落ち込んでいるようにさえ見えた。納得のいくクオリティにならないらしい。
「AIが自動でやってくれるので、大まかな調声は一瞬なんです。でも、それじゃ友希那さんとは全然違うので、声を揺らしたり、ノイズになっていそうな部分とかを弄ったりしてみるんですけど……」
「とりあえず、聴かせて頂戴」
「……怒らないでくださいね」
「なんだと思っているのよ」
スタジオのスピーカーに繋いで、あこが曲を流す。
ROSEは、友希那の予想よりずっと質の高い歌唱を披露した。特にサビ以外、Aメロ、Bメロ部分に関してはかなりの精度だと思える。
「うーん、迫力がなぁ」
「うん。友希那さんの響く高音が出せないんだよね。低音域は悪くないと思うんだけど……」
リサには不評らしかった。高音域の芯のなさというか、ふわついて掠れた感じは確かに気になるが、予想していたよりは悪くない。この分なら友希那がぼんやりと絵図を描いていた自分の歌の分析も可能だろう。どの部分が魅力に感じられているのか、とか。単一であるよりも比較対象があった方がわかりやすい。
「ちなみに、紗夜さんからも不評でした」
「え、紗夜に送ったの?」
「うん。『部外者に送って大丈夫なの?』って聞かれて、わかんないって言ったらめちゃくちゃ怒られた」
ほら、と悪びれもせずあこがスマホの画面を示す。
これ部外者の私が見ても大丈夫なんですか。わかんないです。今通話しても大丈夫ですか。怒りますか? 怒ります。着信履歴。通話時間42分23秒。
「紗夜と頻繁に連絡取ってるんだね」
リサが言った。その前の会話は確かに、近況を窺うようなものではなく、あこと紗夜が日頃から連絡を取り合っているような文面だった。
「うん。……黙ってると関係が切れちゃいそうだから」
「だからってウザ絡みし過ぎでしょ。ほら、燐子も困った顔してるって」
「えー?」
「……あこちゃん、ちょっとライブに誘いすぎかな……」
「だって来てくれないんだもん!」
「博多公演なんか来るわけないじゃん。紗夜も引いてるし」
関係が切れないように、という部分には同意する。
普段は自分から発信することのない友希那でも時折紗夜と連絡を取ったりはするし、ひまりとリサがホストしている複数のガールズバンド混合のトークルームでも、一切話さない紗夜に話題が振られていたりするから、みんな考えることは同じなんだろう。
……友希那達がまだ諦めていないと知ったら、紗夜は気味悪がるだろうか。
3度目の正直、と言うか、紗夜が大学を出て人生の方向を確定してしまう前に、もう一度だけ誘いをかけるつもりだった。
晴海の許可も取っている。
反対されてもなにか方法を考えただろうが、元のRoseliaを知っているだけあって意思疎通はスムーズだ。
かつては絵空事に過ぎなかった「紗夜の人生を背負う」という宣言も、今ならある程度の信用を帯びてくれるだろうか。
紗夜が未だに音楽を手放していないのは知っている。しばらく更新は空いたが、日菜と共通のチャンネルでまたギターの演奏動画を投稿し始めているし、腕が荒れている感じもしない。
なぜこんなに拘るのかと自問してみても、答えは出ない。
紗夜くらい上手い同年代のギタリストにも出会った。ギターなしでもやっていけることを証明した。それでも、ずっと部品を欠いたまま走っている感覚が消えてなくならないのは。
「……話を戻しましょう。ROSE自体は、私は良いと思う。せっかくだし、ライブに取り入れられないかしら」
「ライブで使うROSEの映像作れないかな。ROSEの……なんて言うんだろう、キャラクターというかデザインに権利がかかってて難しかったりするのかもだけど」
「ああ、アニメ映像のように、ということ?」
「うん」
「どうせならROSEのリリースに合わせてやれないかしら。……日程的にはギリギリね。ダメ元で言うだけ言ってみて、という感じかしら。……あこ、次の新曲はあなたが作ってみる?」
「え、いいんですか?」
「ええ。ROSEと私のデュエット曲か、もしくはそれ以外の形式でもいいけれど、ツインボーカルを活かせる曲をお願いね」
あこは元々作曲をやりたがっている節があったし、友希那もそれを前向きに考えていたから、丁度いい機会でもあった。早速唸り始めたのを引き止めて、あこをドラムの前に座らせる。PCの前に置いておくとこのまま作り始めかねない。
「友希那さん」
「なに?」
「10曲くらい作り貯めてるんで、あとで全部披露してもいいですか?」
「…………構わないけれど、どうして黙っていたのよ」
「ビックリさせたかったんです」
「……目論見は成功した?」
「はい!」