月輪より滴り   作:おいかぜ

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《71》生者の行進、遺灰は土塊へ

 

『今週末、そっちに泊まるね』

「構わないけど、急にどうしたのよ」

『アイドルサミットの余韻も落ち着いてきたからさー、土日丸々休みになったんだ』

「……家族サービスでもしなさいよ」

『家族サービスを受けに行くんだよ』

 

 日菜からの着信を受けるなり、一方的に用件を告げられる。土曜日の午前はバイトがあるけれど、それ以外はフリーだった。まあ構わないか、と買い出しの予定を立てる。布団はあるけれど、どうせ使わないだろう。マットレスを天日干しするタイミングがあればいいのだが、と思いつつ大学に行く支度をする。

 

『鶴見ちゃんにも会いたいなー。会えそう?』

「訊いておくわ。でも、あまり変なことはしないように」

『しないよー! あたしたちのファン1号さんでしょ? 会ってみたいと思うのは普通じゃない?』

「まあ、ね」

 

 部屋着から大学に行くための服装に着替える。日菜や白鷺さんから離れてみると、やっぱり私にファッションセンスはないのだと思い知らされる。

 今の友人は「無地こそ至高」を公言していて、服装についてアドバイスを求めてみても要領を得ない。結局、教えて貰った分を着回したり、似たような服を買い足したりして凌いでいた。

 

「送った動画はどうだった?」

『紙月の方はカンペキ! もう動画作っちゃった。Roseliaの曲の方はあたしのレコーディング終わったのが昨日だから、今日弄ろうかな。──あ、いいこと考えた! ハモリとコーラスにROSEを使ってもいい?』

「好きにして。私の下手くそを誤魔化してくれるならなんでもいいわ」

 

 ROSE。ああ、確かに先月買ったと言っていたのを思い出した。

 私も触ってみたいとは思いつつ、買うのは躊躇していた。未練がましいような気がしたし、以前に宇田川さんから送られてきた動画のクオリティは、個人的には納得できる域には達していないように思えたからだ。

 本物を間近で見てきただけに、湊さんの代替としての価値は全く感じられなかった。電子音声としての特徴を活かした表現をもって棲み分けができるのだろうが、そちらにはあまり関心がない紗夜としては、やはりROSEでは物足りない。

 

 クリエイティブな方に振り切れ始めている日菜にとっては面白いものなのだろうか。

 

『えー、上手かったよ? ZEAL of proudのラスサビもきっちり声出てたし。ボイトレ、まだしてるんだね』

「鍛えたものを腐らせるのも惜しいから。それでも、幾分声が出なくなったようには思うけど」

 

 湊さんにコーラスやハモリを任されて、渋々ながらもバンドのクオリティを落とさないように続けていたボイトレ。大学生になっても欠かしていなかったのは、今後、日菜とライブをする可能性があるから、というだけだっただろうか。……甘ったれた未練があって、その後押しが皆無だったとは言えない。

 

『あー、それと、顔出してよかったの? まだ消せるけど』

「前にも出ているじゃない。今更でしょう。それに、影になっていてあまり見えないと思うのだけど」

『まあほとんど見えないけど、見ようとする人はいるからね〜。地上波にも映ってるし、今更と言えばそうなんだけど』

 

 主観的にはそう感じないが、顔出しの有無というのはインターネット上では、大きな影響力を持つ要素である。とはいえ、ライブハウスの演奏動画やRoseliaの広報活動で顔出しはしているし、好んで映そうとは思わないものの、インターネット上に顔を晒すことにはもはや無頓着ですらあった。顔が映ったとして、日菜がチャンネルを運営する上で不都合だと思うなら消すだろうし、そうでないなら別にどちらでもいい。今回はスタジオの機材の配置の問題で、綺麗に写る画角があまりなかったから仕方がなかったという感じだ。流石に鶴見さんの顔を映すわけにはいかない。

 

『あと、タペストリーがあるんだけどさ』

「何の?」

『ROSEの限定版のやつ。おねーちゃんいらない?』

「遠慮しておくわ」

『えー、友達の分身なのに?』

「貴方には理解が及ばない世界かもしれないけれど、一般人は友人のポスターなんかを部屋に飾ったりはしないのよ」

 

 バインダーやペンケースをカバンに入れて、家を出る準備が完了する。ギターを持っていくかしばらく悩んで、アコギを入れたケースを背負った。

 

「もう出るから、切るわよ」

『はーい。じゃあね』

 

 

 ──なんて、話をしたのが3日前。

 

 土曜日の昼下がり、バイトを終えて、日菜を迎えに駅へと向かう。鶴見さんには日菜に会うかどうか尋ねてみたのだが、卒倒しそうな勢いで首を縦に振るものだからスタジオで待って貰っている。彼女にとっては音楽から入るのが幾分、気楽だろうから。

 

 盆には帰省していたから、あまり久しぶりという感じはしない。改札の近くのベンチに腰掛けて、雑踏を眺める。

 

 日菜との関係は、特に進展してもいないし拗れてもいない。お金の影響で、というと汚く聞こえてしまうが、日菜の動画収益の分配問題からまた日菜に演奏動画を送るようになって、少しずつ音楽の話題が増えて、会話をする頻度も戻ってきた。

 

 時間の問題だとは思っていたが、今となっては日菜への苛立ちだとか失望だとか、そういう感情も褪せてしまっている。

 すっかり私の手が届く範囲の外へと飛び立ってしまった日菜に、今更私の感情を押し付けようとは思わないし、むしろ、私の思い上がりを恥じるばかりだ。最初から住む世界が違う。日菜の態度に甘え過ぎた。

 

 良き姉でありたいとは思う。私を家族と認めてくれる、その愛には応えたいと思う。

 但し、私が日菜の特別な存在などではないことを、肝に銘じる。彼女の姉に生まれたという以外に、日菜の視界に映るような人間ではないのだ、私は。

 

 凡人と才人。屍と生者。道が交わることはあれど、同じ道を歩くことは無い。

 

「おねーちゃん!」

 

 日菜の声がした方へ振り向くと、誰かと連れ立って改札を通る日菜の姿が目に映る。誰かと思えば、行きずりのファンだったらしい。手を振って別れたあと、一目散に私の方へ駆け寄ってくる。

 

「鶴見ちゃんは?」

「スタジオに先入りしているわ。どうせ夜まで篭もる気で来たんでしょう?」

「せいかーい! ついでに、配信もします!」

「配信……生配信?」

「うん。もう匿名をやめて公開してもいいかなーって。一昨日の動画、Roseliaのみんなも反応してたし、あたしの想定よりも上手く進んでるから」

 

 1泊2日のためにわざわざキャリーケースまで引いてきた姿に呆れる。何を詰め込んできたのだか分かったものでは無い。

 

 早く行こ! と急かされる早足に合わせて、歩くスピードが早くなる。バスに揺られて10分ほど。そこから歩いて5分ほどでスタジオに着く。

 

「やほー! 初めまして、鶴見ちゃん!」

「本物の氷川日菜だ!!!!!」

「んー、偽物かもしれないよ」

「推しなんですから間違えるわけないです! あ、顔が良い……え、あ、えっと、初めまして……! その、……どうすればいいですか????」

 

 日菜がスタジオに飛び込んだ瞬間に化学反応が起きた。分かってはいたが、私のときよりも酷い。今回は事前に日菜が来ると言ってあったのに、それでも耐えられなかったらしい。

 

 頭がぐちゃぐちゃになっているらしい鶴見さんを放置して、ギターのチューニングを始める。

 

「あはは、弾こうか。……何なら叩ける?」

「パスパレとRoseliaだけです」

「それじゃあ、Roseliaの曲にしよっか。今日は録る気ないから、ゆっくりやろうね。おねーちゃん、ボーカル入れてよ」

「貴方が歌えばいいじゃない」

「あたしがRoselia歌うと高音域がスカスカになるんだもん。ポップスぽく弾いてくれるならいいよ」

「録音しないんでしょう? なんでもいいじゃない」

 

 折角チューニングしたのに、と思いながら、エレキギターを仕舞ってアコギを取り出す。特にこだわりはないけれど、音作りをあまり考慮に入れずに即興のセッションをするならアコギの方が好きだ。パーカッションがいないときにも単体でリズムを作れるし、大雑把な感じに弾きやすい。

 

 日菜が『R』から入ったので、それに合わせる。おっかなびっくり鶴見さんが追いかけてきて、今度はドラムを土台にセッションを組み上げていく。

 

「好きに叩いていいよ!」

 

 鶴見さんのドラムは、Roseliaファンだと言いながらもどちらかと言うと、巴さんあたりに近い。Roseliaはメタル色が強いから、宇田川さんのバスのビートにリズムギターとベースを被せて重厚感を演出することに拘っていた部分も大きかったが、それに比べるとAfterglowはスネアを重用する傾向があった。

 鶴見さんもひたすらに重い音でインパクト重視と言うよりはスネアやタムで手数勝負をするのが好きらしく、少しだけ変則的なビートを混じえたりもする。

 

 最近弾いたばかりだからか、『ZEAL of proud』へと帰ってくる。この曲を聴く度に切なくなってしまうから嫌いだ。Roseliaに『5』は存在しない。頂きを目指す『5』の翼はとうにへし折れてしまっている。

 

 間奏。単調な8ビートになって、その上に日菜が次の曲を重ねる。

 それを何度か繰り返して、15分ほど経ったところで小休止。

 

「今日か明日に配信しようと思ってたんだけど、鶴見ちゃんも出る?」

「む、無理です! ……けど、配信しているのを後ろから眺めてはいたいです……!」

「喋らなくていいの?」

「僕が喋ってどうするんですか」

 

 エレキに持ち替えて、日菜が配信の準備を整えている間に最近覚えたギタースラップのリフを繰り返してみる。スラップの精度はあまり良くない。角度の問題なのか、ハイポジションで押さえている時のスラップでヒットが甘くなりがちだった。

 

「あ、そういえば、この間の鶴見ちゃんとの動画、Roseliaに言及されてたよ」

「うぇっ!? それは、その、僕のへっぽこドラムが聴かれたということ……?」

「そうなんじゃない? おねーちゃんが弾いてたからだとは思うけど、聴くからにはちゃんと動画も吟味しているだろうし。……大丈夫だって。わざわざ拡散するんだから、肯定的な反応だとは思うよ」

 

 頭を抱え始めた鶴見さんとそれを見て爆笑している日菜を他所に、日菜が言及していたRoselia側の反応について軽く調べてみる。

 公式SNSで動画が拡散されていた。以前と同じならSNSのアカウントは今井さんが動かしているはずだ。ライブの告知やCDのプロモーションを流している中に、単なるcoverが割り込むのはどうかと思うが、よく考えたらこちらのチャンネル主は日菜なのだからそんなにおかしくはないのかもしれない。

 

「あー、あとギャラの話をしようと思ってたんだ。動画の収益から何割かっていうのはめんどくさいから、現金か現物で、と思うんだけど、どうする?」

「ギャラを貰える程の演奏もしてないですし、むしろこっちがお金払いたいくらいなんですけど……」

「まあまあ。今までのみんなにはそうしてきたから。現物は……鶴見ちゃんだったらチケットとかかな。Roseliaか、パスパレか……直近だとRoseliaだね」

「それって、来月のアリーナのやつですか!?」

「それそれ。おねーちゃんがチケット毎回貰ってるから」

「……私が貰っているチケットを使うなら、私が同伴しないといけないのだけど」

「おねーちゃんも行けばいいじゃん」

 

 関係者席のチケットを使えば、アーティスト側に連絡が行くこともある。あまり詳しいことは知らないし、Roseliaがどうしているのかは分からないが、わざわざ私がライブを見に行ったと知らせるのもどうか、と思う。行くなら一般席が良い。気を遣わせるのも嫌だし、気を遣うのも嫌だ。

 

「Roselia……もう3回もチケットの抽選外してるんです……氷川先輩は、僕とライブ行くの嫌ですか?」

「……Roseliaのライブに行くのが気が進まないという話よ」

「えー、行きましょうよ〜! 人と行ったら楽しいですよ!」

「貴方、結構調子に乗るタイプよね……」

 

 初対面のオーバーリアクションからの立ち直りの早さといい、順応が早い方なのは分かっていたが、距離を詰めに来るのも早い。

 割と典型的なバンドオタクタイプ。……テンプレートに当てはめるのも失礼かもしれないが。暗いよりは明るい方が良い。自分が暗い人間だから、明るい人は好きだ。

 

「良いじゃん、もう2年くらい行ってないでしょ、ライブ」

「ええ。いい加減関係者席を融通してくれるのも申し訳ないし、区切りにするわ」

 

 1度行けば宇田川さんを納得させる材料にもなるだろう。

 

「鶴見さんは、Roseliaのライブでいいの? 貴方の……その、『推し』である日菜のライブだって選択肢にはあるわけだけれど」

「そっちはまだ抽選がありますから。Roseliaの方は落ちたので、僕は両取りを狙います! ……氷川先輩も一緒に行ってくれるんですよね?」

「……構わないけど」

 

 ライブそのものには関心があったから、もう良い機会だと思うことにした。どうせ一人では行かなかっただろうから、無理やり引っ張っていってくれるなら、楽でいい。……思えば、ずっとこうして生きてきた。その度に反省して、また同じことを繰り返して、自分が成長していないことを思い知る。

 

「よーし、準備完了! 鶴見ちゃん、配信で名前出して欲しくないとかある? クレジットは本名でいいって言ってたけど」

「うーん、特にこだわりはないです、けど……僕も話すんですか?」

「話さなくていいけど、配信でもセッションしようと思うからさ。──よし、告知もしたし、じゃあ始めちゃおっか。たぶん2時間くらい」

 

 カメラの画角と音の調整が終わって、日菜が配信を始める。そういえば、前世を含めてもネット配信なんてものは初めてだった。

 

「やほー! 初めまして、『MiDDay-Moon』のベース担当、ヒナだよ! 今日は配信に来てくれてありがとう!」

 

 コメントが流れるのを目で追いかける。思ったよりも視聴者が来ているらしい。500、600、700。表示される人数が増えていく。

 

「おお、思ったより来てくれてるね」

「……ギター担当の紗夜です。よろしく」

「今日はね、告知とかでも何でもなくセッションするだけだよ。ついでに、質問とかあれば答えようかな」

 

 ベーススラップから、鶴見さんにパスが出される。極めて小さい音量で上手く音粒を揃えて叩ける辺り、やはり基礎力はある。

 

「『リクエストは受け付けないんですか』。わざわざリクエストは設けないかなー。でもコメントとかでやってくれって声が多い曲は考慮に入れたりしてるよ」

 

 例えば──とつぶやく。日菜が爪弾いて見せたのは、Pastel*Palettesと同じ事務所の大御所バンドの代表曲。1フレーズ遅れて合流する。

 

「『今来ました、何の配信ですか』。新しい事をやってみようと思ったのと、これから活動を広げていきたいなーっていう決意表明?」

「『パスパレの氷川日菜ちゃんですか』。どうだろうねー? ……うそうそ、皆が見てる通りだよ」

「『ライブをやる予定はありますか?』……このコメント鶴見ちゃんでしょ」

「うぇ!?」

「今までコメントくれたリスナーの名前は全部覚えてるからね。……ライブをやる予定はあるよ。おねーちゃんの気が乗ったらになるけど……」

「私の就活までなら構わないけれど、貴方が忙しいんでしょう」

 

 ライブをやるつもりはあるのか。言い出してこないから、とりあえず流れたものとして考えていた。

 気が乗るとか乗らないとか、日菜とライブをやるのにあまりそういうことは考えたりしない。やる意味があるか、とか、どういう意図で、とか、あとはどれほど日菜を尊重してあげたいかという指標があるだけだ。

 

「どうせならおっきくやりたいよねー。まあ、また告知するからそれは別として。結構パーソナルな質問でも受け付けるよ」

「『MiDDay-Moonの名前の由来はなんですか』。名前の捩りと、あたしが月のモチーフが好きだから、かなぁ。真昼の月、まあ安直だしここまで言えば分かると思う」

「『今後も配信はしてくれますか』。やる予定だよ。おねーちゃんと一緒かはわかんないけど、今月中にもう1回やるし、ゲストも決まってる」

「『紗夜さんに質問してもいいですか』。いいんじゃない?」

 

 ぼうっと聞いていたら、私にも矛先が向いた。

 

 

 ──『Roseliaに戻る気はありませんか』

 

 

 ユーザーネーム、ROSE。

 どこかでカチリと歯車が嵌ったような音がした。

 

 

 

 

 

 

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