月輪より滴り   作:おいかぜ

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歌詞の使用とか、推奨BGMの設定とか、作者の主義としてはあまり好まないのですけれど、今回はそのへんも活用して書いてみました。
『ZEAL of proud』か『BRAVE JEWEL』を聴きながら読んでいただけると臨場感があるかもしれません。特に後半。

Roselia編最終話前半です。 
どうぞよろしくお願い致します。
 
 
 



《73》永訣の朝

 

 逃げ癖がついている。その自覚があるから、自分を信用していない。他人が差しのべてくれた手のひらを掴んでも、いつか振り払ってしまいそうで。

 

 日菜が曲がりなりにも私を気にかけてくれていたのは、記憶を保ったまま人生をやり直しているという特異性に同情しているからという部分も大きいはずだ。

 

 前世という特異性が薄れるにつれ、私個人の悪癖が詳らかに白日の下へ晒されていく。

 

 日菜に前世の話を打ち明けたのは何故? 日菜が私にとって都合の良い慰めの相手になり得ると感じたからだ。自分一人で抱え続けるのに限界が来て、日菜を巻き込んでしまおうと魔が差したからだった。

 

 日菜が自分から離れていくのを望みながら、いざその通りになると焦燥や苛立ちを覚えたのは? 私の事をせっついてくる存在が無くなる代わりに、都合よく私の弱さを肯定してくれる人間もいなくなってしまうからだ。

 

 日菜への信頼? 首輪の言い間違いだろう。

 

 Roseliaに関しても同じ。あれほど引き留めてくれたのだから、日菜が両親に私の秘密を晒したあとにRoseliaに戻る選択肢だってあった。メジャーレーベルに所属してもRoseliaが易々と崩壊することはないだろうと思っていたし、音楽だけで食べていけるだけの能力があることも知っていた。それでもなおこの大学に来たのは、私の事を知る全てから逃げたかったからだ。

 

 今更戻ろうと思わないのは事実。感情的にそう望んでいても、現実としてありえない選択肢だ。

 彼女たちは既にプロのミュージシャンとしてその存在を確固たるものとしているし、そこにぬけぬけと「また入れてください」なんて言いに行くほど厚顔無恥にはなれない。私のプライドなんてものはさておいて、向こうに迷惑だろうから。

 

 トラウマ、なのだろうか。理屈で考えている以上に、感情が拒否反応を示す。

 

 プロを目指し始めてから狂った、私たちのバンド。

 

 実力が足りないわけではない、と気付いている。けれど、ならばどうして私たちのバンドは崩壊したのか。

 

 私が音楽に人生を捨てなかったから? 

 バンドは好きだったけれど、フリーターとして暮らす選択肢はなかった。

 金銭的に豊かではない人生を送ってきたからこそ、新卒市場のルートから外れる恐怖を無視できなかった。誰かがバンドマンの才能に「実家の太さ」なんてものを挙げていたけれど、何も間違っていない。

 ライフタイムも可処分時間もズレて、「お前は諦めるのか」なんて言われて──狂ったのは私か。夢から醒めてしまった。

 

 望むレーベルに入れなかったからといってメジャーデビューを拒否する必要はなかった、と今では思うが、その辺の折り合いをつけるのにはもう少し歳を重ねる必要があったように思う。まだ後があった私たちには、妥協が許されていなかった。

 会社から帰ってそのままライブハウスに行ったり、寸暇を惜しんでギターを弾き倒すような生活が長く続くはずもなく、精神も肉体も摩耗したまま私は朽ちた。

 

 ──私たちのような舐めたバンドとRoseliaを比較するのは失礼だと思うが、私は何も変わっていないのだから仕方がない。

 

 今の完成した彼女達の邪魔をする気もないし、うじうじと悩むくらいは許して欲しいところだ。

 

 

 薄手のジャケットを1枚羽織って外に出る。Roseliaのライブを目前にして思考が逃避に偏っていた。

 鶴見さんとの待ち合わせまでは時間的に余裕があったが、どうせ早く来ているだろうと思って集合場所の駅まで早めに向かうことにした。一人だと行くのが嫌になる。

 

 駅の東口に到着して、一応鶴見さんがもう来ていないか確認すると、喫茶店なんかに入るでもなく広場のモニュメントの前のベンチに腰掛けていた。

 

「おはよう」

「あ、おはようございます。早いですね!」

「あなたが早く来ているだろうと思って。何分前に来たの?」

「30分前です!」

「……まだ待ち合わせまで30分あるのだけど」

「待ちきれなかったので!」

 

 集合時間の1時間前に来ていたらしい。既にソワソワしていたので、早めに向かっておきましょうか、と提案する。喫茶店に入ることも考えたが、落ち着かなさそうだからやめておく。向こうの方が混んでいるかもしれないが、あちらで落ち着ける場所を探した方がマシだろう。

 

 プラットフォームに立つと、駅の独特な匂いが香る。都会の人間臭い駅とは違う、この雰囲気は嫌いじゃない。

 

「そういえば、報告があるんですけど」

「どうしたの?」

「氷川先輩のおかげで、バンドが組めることになったんです」

「……へぇ。おめでとう。サークルのバンドに空きが出たの?」

「いえ、おなじ学部の子が組んでくれることになって。ギターとベースのスリーピースです」

 

 鶴見さんが照れくさそうに笑った。バンドを組むというスタートラインに立つことさえ苦戦していたのに少し気を揉んでいたから、素直にめでたい。

 

「私のお陰なんかではないとは思うけれど」

「氷川先輩との動画を見てくれてたみたいで。それがきっかけになったんです。だから氷川先輩のおかげですよ」

「鶴見さんの実力でしょう」

 

 メンバーがどんな人なのかは知らないが、せっかくバンドを組むのならできる限り楽しんで欲しいと思う。一人でドラムを続けるよりも上達は早いだろうし、鶴見さんがドラムをやるなら他2人が初心者だったとしても、すぐに聞けるようになるだろう。

 ギターだけ上手くてもどうにもならないが、ドラムとベースが上手ければ何とかなる。これだけは真だ。

 

「それで、その、氷川先輩も……」

 

 やっぱり、なんでもないです。

 そう、言葉を区切った鶴見さんが何を言おうとしたのか、私には分からなかった。バンドに関することなのだろうが、生憎、言葉尻から全て察せるほど、まだ互いを知り得ていない。

 

「……またバンドを組もうとは思わないんですか? 去年は組んでいたって聞きましたけど」

「あまり乗り気ではないわね。去年だって、ほとんど活動はしていないし」

「勿体ない……」

 

 列車に乗り込む。乗り換えは2回。白鷺さんだったら嫌がりそうだな、と乗り換えの度に思うようになった。

 

 鶴見さんの言葉に、MiDDay-Moonがあるからと返す気にもならなかった。日菜は活動を増やしたいと言っていたが、それよりもPastel*Palettesの方が忙しいだろう。私と会う頻度は上がらないだろうし、私のやることはレコーディングくらい。別にバンド活動をするわけではない。

 

 

 深く息を吐いた。

 

 ──半端に救おうとしないで欲しかった。

 

 そんな恨み言が胸中を(よぎ)ってしまう。

 自縄自縛でもあるけれど、やっぱり高校卒業前の日菜の暴挙については恨み言くらい言って良いと思う。

 

 あの時点で、全てを拒絶してどこへなりとも消えてしまえば良かった。日菜がたとえばRoseliaの面子に同じことをしたのなら、躊躇せずにそうしただろう。私が両親に特大の負い目を抱えていることを知っていて、それを利用してくるのだからタチが悪い。

 

 生殺しだ。

 

 

 都内へ向かう列車の車窓から見える景色は、瞬く間に時代を進めていくタイムマシンのようだ、と思うことがある。はるか昔、地元から上京した時にも抱いた感想だ。

 住宅街と言えば聞こえは良い下町から、開発された地方都市といった風情の中心部を経由して、この国の経済の中心へ。立ち並ぶビル群に今更感傷を覚えはしないけれど。

 

「音楽をやりたいだけなら、バンドを組む必要はないもの。目指す場所があるとか、この人たちとバンドを作りたい、という動機がない限りはね」

「今更僕が氷川先輩にバンドの良さを説くつもりはありませんけど……」

「けど、何?」

「僕はバンド組んでる氷川先輩が見たいです」

「それには反論できないわね、確かに」

 

 少しおかしくて、笑みがこぼれた。

 

「でも、それなら今年の文化祭ステージには出ないんですか?」

「ああ、サークルの? 人手が足りないなら出ても良いけれど、出演バンドは足りているでしょう」

「部長から頼まれたら、出ます?」

「何をしようとしているのか、バレているわよ」

 

 一人でステージに立ってもいい。その瞬間だけ、私は氷川紗夜から解放される。

 ただ、あまりこの世界に誠実ではないと思うから、すすんでそういうステージを作ろうとも思わない。

 

 1時間程の旅程で目的地の最寄りにたどり着く。時間が余っているからとチェーンのカフェに入った。

 

「関係者席って、どんな感じなんですか? 入り口とか」

「ハコにもよると思うのだけど、チケットゲートだけ別口で、すぐに一般の人たちと合流するイメージね。席の位置はあまり前過ぎず後ろ過ぎず、スクリーンが見やすい正面寄りの場所にあると思うのだけど……」

 

 電子チケットに書いてある席の位置を調べればわかるが、行ってみてからのお楽しみということになった。

 アイスコーヒーを頼んでみたが、味はいまいち。羽沢さんに飼い慣らされた舌は、無駄に選り好みをするようになってしまった。この系列は合わない、と脳内のメモに書き込んで、ガムシロップを入れる。どうせ1年後には忘れて同じことをするのだろうが。

 

「そういえば、この前の選曲についてなのだけど、鶴見さんは『ZEAL of proud』と『Song I am』が好きなの?」

「1番好きなのは『Neo-Aspect』なんですけど……、その、先輩に弾いて欲しいのはあの2曲だったって感じ、です」

「……なるほど。いえ、薮蛇だろうから掘り下げないでおくわ」

「えー、Roseliaトークしましょうよ! 先輩はどの曲が一番好きなんですか?」

「日によって変わるから選べないわ。けど、そうね。以前弾いた2曲は、認めがたい、かもしれない」

 

 物販に行きたいと言うので、結局早めにカフェを出ることになった。

 金銭をケチるつもりは無いが、グッズを買う気にはなれなかった。Roseliaの名残を部屋に置くことが、いかにも未練がましく感じられる。

 

 そんなことを言うと、人混みに巻き込むのは悪いので、と一人で物販の荒波に飛び込んで行った鶴見さんの背中を呆然と見送って、待機列から少し離れた植え込みの近くに立ち尽くす。

 

 薄曇りの天気。まだ残暑厳しい秋、過ごしやすい天気でよかったと思うか、気持ちの良い晴れが良かったと思うべきか。どうせ熱狂に身を任せるなら、晴れでも良かったのかもしれない。

 

「あの、氷川紗夜さんですか?」

「……ええ。なにか?」

 

 途中、何度か話しかけられた。ライブ前に気が立っている人はいないから、至って穏やかに言葉を交わしただけで済んだが、あまり丁寧な対応をしなかったのは少し申し訳ないような気もする。

 

 結局、タオルやらリストバンドやら、Tシャツやらのグッズが入った袋を抱えて鶴見さんが戻ってきたのは、入場が始まってからの事だった。

 案内に従って別ゲートから入ると、関係者席は正面のバルコニー席だった。ステージからはさすがに遠いが、展望は良い。

 

 

 ──嗚呼、始まってしまう。

 

 照明が落ちる。

 喧騒が止んで、観客の目が中央のステージへと集まった。

 

 未だステージにRoseliaの姿は無い。

 

 と、思えば、ステージの脇にスポットライトが当たる。湊さんが現れて、一人きりでステージへと上っていく。

 

 演出なのだろうが、会場に足音が響いた。ブーツの踵がフロアを打つ音が、断続的にリズムを奏でる。

 

 会場が、静寂(しじま)の向こうへと忽ちに連れ去られる。

 

 ステージの中央に立って、スタンドマイクの前に静止した湊さんは、黙したまま会場を見渡し、それから息を吸った。

 

『Neo-Aspect』。それも、アカペラで。

 今まで、こんな演出をしたことは無かったはずだ。急遽予定を変えて大炎上したというのは、パフォーマンスを丸々新しいものに刷新しようとしたからなのだろうか、と考えてみる。

 

 相も変わらず、ゾッとするくらいに際立つ歌唱だった。Aメロで既に会場中を虜にしている。

 

 それから、宇田川さんが歩いてきて、パーカッションが加わる。サビの間に今井さんが手を振りながらステージに上がって、ベースが曲に乗る。白金さんが静かにシンセサイザーの前に立って──そして、湊さんが肩から吊り下げたギターにピックを振り下ろした。

 

 (はじ)ける『Neo-Aspect(新たな側面)』。この曲の最大の魅力の一つであるイントロからの強烈なリズムギターのリフを、一切消去した編曲。

 いっそゴスペルのような歌唱から、バッキングとリードのみのギター、メロディをひた走るオルガン。

 

()の色をまるで感じさせないこの曲の違和感が──嗚呼、いや、それが正しいのだけれど。

 

 2番を駆け抜けて、ギターソロ。ギターは苦手だと言っていたくせに、あっさりと弾きこなしているのだからタチが悪い。Cメロの緩やかなピアノを超えて、()が変わる。

 

 より元の──私がいた頃に近い曲調へ。

 

 刻むようなギターリフ、私がRoseliaで多用していたものに近い音作りでアウトロに抜けていく。

 

『今日は──Roseliaのライブに来てくれてありがとう』

 

 脇をみれば、鶴見さんと目が合った。心配そうな視線。私は変な顔をしているだろうか。……酷い顔をしてはいるのだろうな。

 

 余韻を拭い去って、湊さんが極めて淡白に、口を開いた。先程の歌との落差で余計にそう聞こえる。

 

『そして、まず最初に謝らせて欲しい。今日のライブは、本来予定していたものとは大きく内容を変えているわ』

 

『急拵えというわけではないの。以前から考えていたものを、訪れた千載一遇の機会に持ってきただけ。……私たちは普段のライブで、私たちが納得できるライブにするという前提の元、観客が最大限に楽しめるように演奏を考えて、曲を選んできた。──けれど、今日だけはRoseliaのためのライブにさせて欲しい』

 

『人気のない曲もセットリストに入れているし、人気がある曲でもセットリストに入っていないものもある。編曲に乗っている意図も、盛り上がりだけを重視したものじゃない』

 

『今日、このライブだけは、私達に譲って欲しい。これからのRoseliaのために必要な儀式でもあるし、挑戦でもあるし、悲願でもある。……もちろん、あなたたちを高みへ連れて行くことに妥協を混ぜるつもりはない。全力で楽しませるつもりでいるし、余計な思考なんか吹き飛ばして私たちについて来て欲しい。──でも、黙っているのも不誠実でしょう? だから、先に謝っておくわ。今日は、あなた達観客に歩幅を合わせるつもりがない。ついてこれる者のみがついてきて』

 

『──私たちは、()()()を埋めに来た』

 

『二曲目。新曲ね。『Imperfection Symphony』』

 

 オーディエンスの何割が、湊さんの言葉を飲み込めたのだろう。きっと、一割も伝わっていないだろうと思う。湊さんの言う通り自己満足の宣言なら、それでも構わないのだろう。

 

 ただし、飲み込めた側としては心穏やかにはいられない。

 

 不協和音混じりの強烈なギターイントロから始まった新曲は、悲しみの曲だった。敗北の曲だった。喪失の曲だった。

 失ったものたちの、悔いるための歌。至れなかったものたちの、惜しむための歌。

 

 毛色が違うと誰もが感じたはずだった。そして、Roseliaのためのライブという言葉の意味を、理解せずとも納得しただろう。

 

 単調なリズム。なんの面白みもないツーフィンガー。ただバスドラムを叩きつけるような演奏に、苛立ちを示すようなギターリフ。

 AメロからBメロまでをそのまま走り抜けて、サビの入りで宇田川さんのスネアに色が乗る。そこでガラリと曲の印象が一転した。リズムパターンを複雑化させることでフィルにより大きな効果を持たせているのだと思う。逆に言えば、この程度のことが複雑性に寄与していると思えるほどに単調なリズムで進行していたということになるのだが。

 

 なんというか、湊さんらしくない曲だ。1番のサビ以降の盛り上がりをより強調するために、イントロからの流れを完全に捨ててしまうだなんてそんなチープな表現を、湊さんが取り入れるだろうか。Imperfection、意味はわかるけれど、やはり、らしくない。シンプルなメロディは、それを如何に魅せるかを工夫すべきだ。単純さと複雑さの落差を作りたかったとしても、どちらかを粗く作るべきでは無いと思う。

 

 だから、好きじゃない。

 歌詞も、曲調も。

 

 湊さんの歌詞の良さは、自分たちを鼓舞し、音楽の力を信じ、繋がりを確かめ合うような内容にあったと思う。

 

 それを曲げてこんな曲を作らせたのが、もし、私なのだとしたら。

 

 酷く恐ろしい想像だった。

 

 月の海の水平線。引く潮騒。突如降り始める夜の雨。

 待っているばかりだった後悔。二度と同じ過ちを犯さないという決意。

 

 最早どこへでも飛んでいける翼はなく、浅瀬をもがきながら歩いて、波をかき分け月を追いかける。

 恐らく「悲愴」と「月光」からの引用と思しきオルガンに、珍しく裏声を多用する湊さんの異質な歌唱。

 

 私以外のオーディエンスも、少なからず衝撃を受けていた。

 

『灰を、美しいと思ったことはある?』

 

 曲が終わったあと、会場の動揺も理解しているはずの湊さんは、それを無視して言葉を綴る。曲の解説も、弁明もなしに──確かに不親切だ。観客を置いてきぼりにしかねない独りよがりのライブ。

 

『ほの明るく(くずお)れる灰。焔を滲ませる灰。燃え残り、吹き荒ぶ風に今にも流されてしまいそうな灰。そこに、私は生命のようなものを幻視することがある。神話の時代の人々が、不死鳥が蘇るプロセスに灰と炎を紐づけたことに、酷く納得したの。輪廻転生、蘇る命の息吹』

 

『──翼は必要よね。何があっても折れない翼が、Roseliaには必要よ。私たちが頂点へと至るために』

 

『揺籃は燻る灰。翼には炎が宿る』

 

『──灰より生れ出づる。『FIRE BIRD』』

 

 熱に充てられて、会場が狂騒に飲まれる。意味もわからず、湊さんの歌唱に、Roseliaの演奏に、無理やりテンションが引き上げられる。まさに熱狂と言わざるを得ないハイボルテージ。

 

 ステージから炎が噴き上がる。これはインディーズ時代には難しい演出だったろうな、という思考はきっと現実逃避だった。

 

 湊さんが何をしようとしているのか、そこに察しがつき始めているから、努めて考えないようにしていた。

 

 灰。いつかの晩秋、湊さんに私自身をそう準えられたのを覚えている。

 セットリストの変更。関係者チケット。Roseliaのためのライブ。

 

()()()()()()なのだろう。

 

 あろうことか彼女達は、億単位の金銭が動くライブを、たった一人の裏切り者のために使い潰そうとしている。

 

 馬鹿じゃないのか、と言ってやりたくなった。

 

 強烈にぶち上げるドラムフレーズ、僅かな休息も許さないコーラス。全霊のドラムを叩き続ける宇田川さんが、心底楽しそうに笑う。

 

 ラスサビの前のブレイク。何度もRoseliaが使い倒している演出だが、これ以上ないくらいに強い演出だとも思っている。ドラムのインパクトと、湊さんのボーカルがこれ以上ないくらいダイナミックに映える演出は、Roseliaの強みを押し付けてくる。加えてこの曲では白金さんのオルガンも前面に出てくるから、尚更。

 

 そして、また灰へ。湊さんが呟いた。それから、スタンドからマイクを剥ぎ取って右手に握る。

 

『今のギターに文句はないけれど、欲しいギターがあるの』

 

『何よりも正確無比なカッティングフレーズを奏でるギター』

 

『月光に煌めく浅葱に一目惚れをして、一生をかけてでも買いたいと言ったのに、ついぞ私の手にはやってこなかった』

 

『諦めが悪いのよ、私は』

 

『きっと、そのギターを手に入れれば、メジャーバンドとしてのRoseliaの音楽性は幾分変わってしまうことになる。変化を嫌う人もいるでしょうし、そもそも、こんなライブをしていることに不満を抱く人もいるでしょう』

 

『──それでも、欲しい』

 

 スクリーン越しに、湊さんと目が合った気がした。

 

 MCで話すのは湊さんだけ。まるでストーリーライブのように、湊さんの語りのみでライブが進行していく。朗読劇のようで、それでいて観客にも語りかけるように。

 

『『ZEAL of proud』。歌詞を知っている人はわかると思うのだけれど、この曲は5人の曲として作ったの。1,2,3,4,5,All. 何度かライブでも披露したことがあるけれど、本当の意味では未だ完成していない曲とも言える』

 

『つい最近、『5』を聴いたの。……笑ってしまうくらい、何にも分かっていないのよ。そうよね、背中に触れる真実には、目を向けられないものね』

 

『今日を、5歩目にしたい』

 

 突如として今井さんのベースソロが始まる。『R』のイントロよりも細かく、技巧を誇示するようなソロ。そこに白金さんがピアノを乗せて、湊さんがスタンドにマイクを置き直す。

 

『変化させたくない軸はある。揺るぎない、Roseliaの芯となるものが。……変えたいものもある。この、ギターを弾く度に感じる満たされなさ、とか』

 

『ZEAL of proud』、と湊さんが呟いた。やけに澄んだ声色で、湊さんの言葉が耳朶を打つ。今井さんと白金さんのデュオに、飛び入るように宇田川さんのバスドラムが吼える。

 

 曲が始まってすぐ、ギターパートに大きく変更が加えられているのに気が付いた。

 メタルらしいディストーションの効いたギターリフを排して、とことんまでカッティング重視のリズムギターに組み直している。

 

 私への当てつけだということはすぐにわかった。1,2,3,4と別れたパートを歌って、『5』の部分だけにボーカルが入らない。本来なら、私のパートとして作った部分なのだろう。CD音源では湊さんが歌っていたところを、今回はギターがボーカルラインを奏でることで曲を成立させていた。

 

 本来のギターパートを私が弾いたら、どうなるだろう。無意識にそんなことを考えていた。

 

 FUTURE WORLD FES.の予選を観に行ったときの情動がよみがえりそうになる。

 

 悔しさ、焦燥。

 

 ステージに私がいないことが悔しい。

 

 あの会場に置いてきた後悔のはずだ。おそらく、湊さんの思い通りになっていることに反抗心を抱きながら、右手に作った拳を握りしめた。

 

 頂きを望むこともなく顔を下げた私には、新世界を歩む資格があろうはずもない、と思う。

 

『……今日のセットリストは、いつもと違って大枠をあこが考えたの。だから、MCをどうしたものかと思って──恨み言をぶつけることにした』

 

『未完成の曲と言えば、『Song I am』もそうね。私たちの──Roseliaの『LOUDER』』

 

『『LOUDER』は私の原点、父から引継いだ曲なの。だから、厳密にはRoseliaの曲ではないとも言えるわね。メジャーデビューをしてから長らく演奏していなかったのも、そういう理由から。代わりに、『Song I am』には『LOUDER』の大半を引継いだ。特にギターリフなんかがわかりやすいかしら。あとは、そうね。歌詞も』

 

『強迫観念の元歌ってきた私が、初めて自分の意思で歌うことを決意したときに、この曲を作ろうと思った。悩んで、苦しんで、苛まれながらこの曲を作り上げた頃には、もう月が欠けているのだもの。永遠に未完成に終わるのかと絶望したわ。永訣の夜に、この曲を封印してしまおうかと思った』

 

『結局、アルバムにも入れているし、こうして今から演奏もするのだけれどね。未完成のまま歌うとしたら、これが最後の機会になるんじゃないかしら。そういう覚悟で、私はここに立っている』

 

『このライブは、そういう意味では私の、私たちの、一世一代の告白なのかもしれない』

 

『激励や訣別なんて綺麗な言葉で飾れるものにするつもりは無いわ。私のエゴで、私が心底欲しいものを求めている』

 

『こうして長々と話をしているけれど、あまり言葉を紡ぐのは得意じゃないの。だから、深い部分は歌から読み取って欲しい。私の想いを、この会場中の熱狂を、たった一人の心の壁を破るために束ねる。そのために私は歌うの』

 

『さあ、聴いて。果てまで届けるわ、『Song I am』』

 

 LOUDERによく似たギターフレーズ。Roseliaの『LOUDER』という意味もよく分かるし、『私たち』に私を含めてくれていることに仄暗い喜びさえ覚える。

 

 歌詞そのものは、湊さんからRoseliaの皆への信頼であり、恐らく父への感謝であり、そして決意表明なのだろうと思っている。

 CD音源にあったコーラスを悉く排して、歌は湊さんのメインボーカルと、時折挟まれる今井さんのハモりのみ。

 

 ゾッとするほど流麗な歌声が、身を焼くほどの熱量を引き連れて会場を席巻する。

 

 ──Shout to The top! 

 

 ハイトーン・シャウト。『ZEAL of proud』なんかと同じようにラスサビに盛り上がりの極点を持ってくる、超絶技巧のロングトーン。

 

 ──強く 熱く 届けよ 果てまで(アナタへ)

 

 ──LOUDER!!!! LOUDER!!!!! 

 

 総毛立つ。

 今度こそ、湊さんと目が合った。互いに豆粒ほどにも見えないだろう距離で、それでも、そう錯覚するほどの視線が私の方へと向かっていた。

 

 音楽で心は通じ合うのか。かつて、日菜が私に提示した命題だった。

 

 言葉なしに、音楽だけで心が通じ合うことはまあ、無いと思う。音色からお互いのことがなんとなく察せられたり、その程度は有り得るだろう。丁寧な人だ、とか、目立ちたがりらしい、とか。けれど、その程度。

 

 ならば、歌詞を通した歌唱なら? 

 

 音楽に愛された天才が、全霊で感情を込めた歌声で、想いを載せた歌詞を綴ったのなら? 

 

 数万人規模のライブを私欲のために使い潰しているという前提。この場で綴られる言葉が、全て私に向けられたものであるという確信。

 

 ──告白。そう、私のためのライブだと、彼女は言った。

 

 気が狂いそうになる。とっくに情緒は壊れていて、心がぐるぐるとかき混ぜられている。

 

『──最後ね。『Neo-Aspect』を書いたとき、少し反省したのよ。半分当て書きのような歌詞を書いても、遠回しであれば知らないふりをされるのだから、たまったものではないわ』

 

『作曲はあこ。但し、テイストは私に寄せたままで。作詞の草案はリサ。編曲は燐子、歌詞を最後まで書き上げたのは私』

 

『わかりやすい説教よ。匂わせても素知らぬ振りをするのなら、直球で伝えてあげる。これ以上逃げることは許さない。2年も待ったのだもの』

 

『──Roselia唯一無二、最愛のギタリストへ。『BRAVE JEWEL』』

 

 ── 自分を責めないで 抱きしめなさい

弱さを知る者は 強さを宿す

貴方は手にしてるから

 

 ──光に点滅した闇 誘われず追いかけないで

仲間の眼 離さないこと

高みを目指すからこそ 出逢う壁

心が半開きのまま 受け止めないで

 

 ──傷口庇えば 本物は遠ざかるだけ 平和にもたれず埋もれず

 

 ── 戦いぶつかり迷って落ち込んだ そんな日でも

灯った ほんの小さな希望

震えが張り付くならば 絆かざして剥がせばいい

抜け殻に別れを告げて

 

 ── 築き上げたものは無駄にならない

()らせば 全部見えてくるはず

勇気をひとしきり吸い込んだら

怯えを瞬時に吐き切って

命の学びを胸に 奏でて未来の歌を

 

 ── 貴方の存在は 今も誰かを支え

大事な人には正直に

どんなものにでも真剣に

全身で答えなさい

 

 ── 純度高い想いは宝石となり

涙も汗も皆 自分を照らす

無限が綴る可能性 握って

諦めないと叫んでみて

揺るがない地平線のよう 果てしない存在となれ

 

 

 嗚呼、もう、無理だ。

 

 心が受け止めてしまった。

 

 周囲の熱狂も、観客の喧騒も、何も耳に入らなかった。或いは、演奏が聴こえているのかさえ、私には分からなかった。

 湊さんの声だけが、心の内に響く。

 

 歌詞の意味を噛み砕く。確かに、説教だ。

 私の弱さも、結局バレている。

 

 

 ──もう一度、彼女達と話したい。

 

 そう思ってしまったのだから、私の負けだろう。

 吐いた息が震えていた。耳の奥で主張する脈動は早く、鳥肌は立ちっぱなしで、膝から崩れ落ちそうなくらいの虚脱感が襲い来る。

 

 2年越しで、感情も記憶も色褪せていたはずだった。

 確かにRoseliaで過ごした1年ほどは、私の中では得難い記憶として残っていたけれど、当時の高揚も熱狂も、とうに実感として残っていたとは思えない。

 戻りたいという感情はあっても、本当に戻る気はなかったのだ。良い思い出だったと振り返るだけ。私にとってはただの過去でしかなかったはずだった。

 

 だから、ここまで心動かされている現状に動揺している。

 

 浅ましいと自虐する気力さえ湧いてこない。完全に打ちのめされていた。忘我の心地で、曲の余韻に浸る。

 

「最悪」

 

 たとえ誘惑を振り切って逃げ帰ったとして、もう二度と、私に充足は訪れないのだと突き付けられたに等しい。

 清々しささえ感じる中、吐き捨てた言葉は、戻ってきた喧騒に溶けて消えた。

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