月輪より滴り   作:おいかぜ

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お久しぶりです、皆様。
さよひな誕生日が何日か覚えてらっしゃいますか。


後日談 雲の(うすぎぬ)まとう月夜(つくよ)
《77》コースター


 

 東京に戻ってきた。卒業論文を早々に書き上げてしまったら、あとは月に1回ゼミに来て修正を加えるだけでいいよと言われてしまって、1年の余暇を得てしまったような形になる。

 単位を多めに取ろうかとも思ったけれど、Roseliaで活動する時間を増やしたくて結局、ほぼ卒業確定状態のまま地元へ帰ってきた。

 

 ただし、出かけるのは少し億劫になった。Roseliaの氷川紗夜さんですか、と声を掛けられることが増えて、結局のところ大した存在では無い私はそれに気疲れしてしまうのだった。

 

「私に引っ付いていないで、さっさと作業に戻りなさい」

「やだ〜! 失恋ソングしか思いつかないんだもん!!!!」

「はぁ……じゃあ、缶詰でもするのね。私は出かけてくるから」

「う゛〜」

「丸山さんに似てきたわね」

「不名誉!」

「失礼よ」

 

 作曲と作詞に詰まっているらしい日菜が私に縋り付くのを引き剥がす。恋愛事情を打ち明けてから、日菜は割とずっとこんな感じだった。引き摺っているわけでもなく、かと言って私を口説くでも、なにか策略を巡らせるでもなく。ああでも、大学を卒業したら実家を出て二人暮しをしようというのは、一応アプローチのひとつではあるのかもしれない。

 

「どこ行くの?」

「決まってないわ。夕方だし駅の方は避けて……商店街でも散歩してこようかしら」

 

 一応、日菜に隠している仕事もある。白鷺さんからの頼まれ事だった。

 そちらを進めるのにも都合が良いから、どこか作業ができる場所へ行こうと思って商店街の方へ。

 羽沢珈琲店に行くのも久々だった。それこそ四年ぶりとか、それくらい。

 

「いらっしゃいま──紗夜さん!?」

「お久しぶりです、羽沢さん」

「戻ってこられてたんですね! 奥の席へどうぞ!」

 

 相変わらず眩しい笑顔を向けてくれることに少し安堵しつつ、案内されるままに奥のカウンターへ座る。

 アイスコーヒーを注文して、スマホのメモアプリを開く。自分の思考と、白鷺さんからの要望をまとめたメモが書かれている。

 

「Roselia復帰、おめでとうございます」

「……ありがとうございます。随分と迷惑をかけてしまいましたから、その分期待に応えられるよう頑張りたいとは思います」

「私、全然違うバンドですけど、紗夜さんが復帰してくれてすごい嬉しいんです。演奏しているときの紗夜さんは、すっごい輝いてますし、その、えっと、応援してます!」

「ちょっと照れくさいわね。いえ、もちろん、嬉しいのだけど」

 

 ごゆっくりどうぞ、といういつもの定型文。コースターとアイスコーヒーが置かれて、お盆を抱きしめた羽沢さんが一礼してから去ってゆく。

 

 ストローに口をつけると、苦味の中にフルーティーさを感じる。日菜の利きコーヒーに拠ると、中煎りのコロンビアベースブレンド、らしい。ちょっと攻めてるよね、との事。日菜みたいに断言できるほど舌が肥えているわけでは無いから、とりあえず鵜呑みにしておく。飲めば何となく分かるけれど、日菜のようにブレンドの構成の大半を言い当てることは不可能だ。プロのバリスタじゃないんだから。

 

 イヤホンをつけて、作った音源を流しながら歌詞をまとめていく。

 Pastel*Palettesへの楽曲提供。本当は4年前に頼もうと思っていたのに、とまで言われて、どう答えるべきか返答に詰まったのも記憶に新しい。

 白鷺さんは随分と楽しそうだった。日菜には内緒にすること、Pastel*Palettesの既存曲に寄せる必要はないこと。それから権利関係の話をして、軽い打ち合わせを済ませた。

 

 曲のテーマについてはそれほど悩まなかった。

 どうせ、私には底抜けに明るい曲は作れない。そういう曲に憧れる、一歩踏み出す勇気もないような凡人でしかないのだから。

 

 視点主はアイドルでは無い誰か。主人公はアイドル。いっその事、二重人格にでも……それは狙いすぎか。自意識の乖離と統一で起と結を作って、なんて考えていると、とりあえず仮で作った音源の方も修正したくなってくる。

 

 ……私が、プレイヤーとしてある程度評価されているのは知っている。だからこの際、ギタリストとしてどうこう、という話をするつもりは無い。けれど、作曲家としての私は正直、本当に素人同然なのだ。

 そこの部分を白鷺さんが理解してくれているのかは少し、心配だったりする。失望を恐れて前に進めないのもどうかとは思うが、私一人だけで完結しない企画に、張りぼての『よくできた私』が組み込まれて、誰かを道連れに大失敗を引き起こすのはごめんこうむりたい。

 

 グラスに汗をかいたアイスコーヒーにまた口をつけて、1度イヤホンを外す。店内のチルなBGMと、溶け込むような雑談の音の世界に帰ってくる。

 

「あ、紗夜さん。休憩ですか?」

「えぇ。少し、疲れたから。コーヒーのおかわりを頂ける?」

「はい! あ、桃のタルトがあるんですけど、もし良ければ食べていただけませんか? その、お父さんが是非サービスでって」

 

 言いながら、羽沢さんは特に譲る気は無いようだった。空になったグラスを持って、押し付ける気満々の表情。ここ数年通っていた訳でもないのに申し訳ない、とは思ったが、どうせ折れるのは目に見えている。固辞するのも良くないかと思って、頷いた。……確か以前もほとんど同じようなことがあったはずだ。

 

「ありがとう。いただきます」

「ホントですか!? 持ってきますね!」

 

 近々何かを返せれば良いのだけれど、と思案していると、羽沢さんが引き返してくる。先程と同じ色をした黒く透き通るようなアイスコーヒーと、白桃のタルトが2切れ。

 

「最近は、私も本格的にお店に出せるようなお菓子作りに力を入れてるんです」

「では、これも?」

「はい。まだ完全に1人で作ったものをお客さんに出すことはないんですけど……」

 

 頂きます、と断って、フォークで生地ごと白桃を掬う。果肉とクリームと、パサつき過ぎないタルト生地、それからトッピングのアーモンド。美味しい、という感想が真っ先に口をついて出た。

 

「美味しい」

「……良かったぁ。ありがとうございます」

「面白い試みと上から目線で言えるほど舌が肥えているわけではないのだけど、使っているのは完熟の桃じゃないのね。少し歯応えもあって、クリームも……カスタードと……ヨーグルト? 甘すぎずさっぱりしていて、とても美味しいです」

 

 生地まで完全自作なのかは分からないが、全体的に仕上がりがとても綺麗で、やっぱり家庭のなんちゃってスイーツ作りとは趣が違うな、というのが最初に出てくる。私も時々お菓子を作ったりするけれど、味はともかく見た目はどうしても手作り感丸出しになってしまうから、まずは見た目に感心してしまった。

 

「決まりきったレシピでやるのは良くないって言われて、お父さんにお題を出されたりするんです。今回はそれが熟れきってない桃だったので、酸味を残した感じにしてみたんですけど」

「私は甘さ一辺倒のものより好み、かも。……コーヒーよりも紅茶の方が合ったのかしら」

 

 チン、と皿の上に置いたフォークが澄んだ音を立てた。

 

「アールグレイを混ぜたタルトもあるので、紅茶ならそっちの方がおすすめだったかもしれません」

「ああ、なるほど」

 

 羽沢さんが隣に腰掛けたので、イヤホンをポケットにしまう。それからまたタルトに手をつけて、本当にこんな施しを受けてしまっていいのかという少しの罪悪感。

 

 以前はここまで甘味に美味しさを感じなかったから、男女の差を感じる。

 

「そういえば、羽沢さんに会ったら聞こうと思っていたのだけど、通販対応をしていなかったAfterglowのセカンドアルバムって、まだ在庫があったりしないかしら」

「セカンドは……えっと、もうない、かもです」

「そうですか、残念」

「確か、日菜さんにはお渡ししましたよ」

「できるだけ自分の手元に揃えておきたいと思うのがファンの心境なのよ。……地味に心残りだわ」

 

 インディーズの悪いところというか、ファンとして悔しいところだ。アルバムも大量には作られないし、1度手に入れ損なうとあとからは入手しにくくなる。私の場合は、日菜が持っているだけマシだけれど。

 

「アルバムと言えば、私もひとつ紗夜さんにお願いしてもいいですか?」

「内容に依るけれど」

「サインをください!」

 

 困った顔を晒してしまっただろうか。構わないと告げると、機を逃すまいと思ったのか、アルバムを取ってきますから、と羽沢さんは奥に引っ込んでいってしまった。残されたエプロンが、椅子の背もたれで所在なさげに揺れた。

 待っている間に2つ目のタルトに口をつける。

 

 数分のうちに羽沢さんが戻ってきた。手にしていたのは、『MiDDay-Moon』のアルバム。

 

「日菜も書いているのね」

「買った日に貰っちゃいました」

 

 今の私と日菜の持ち曲を全部詰め込んだアルバム。曲の7割ほどは日菜が作っていることもあって、クオリティは私が望める中では最上位と言ってもいい。

 互いのバンドのドラマーに助力を請うて、スパルタな日菜の指示の下作り上げたアルバムだから、例のごとくボーカル以外は胸を張って他人に聴かせられる。

 

 ジャケットの表、日菜のサインの隣に氷川紗夜と書く。

 

「ありがとうございます!」

「いえ、こちらこそ」

 

 アルバムを大事そうにケースにしまったのを見ながら、ふと、尋ねてみた。

 

「ちなみに、どの曲が良かったとか、訊いても良いかしら」

「えっと、『夢なんだ!』です」

「…………陰鬱な曲を選ぶわね」

「いちばん暗いし辛い曲ですけど、上を向いて終わるから好きなんです。あと、ちょっと紗夜さんの内面が覗ける気がして」

「確かに作詞も作曲も私だけど……」

「恨み言が優しいから、私が思っている通りの人なんだなって思って嬉しくなったんです」

 

 はぁ、と曖昧な返事が漏れる。

 人生を切り売りしているようなアルバムだという自覚はあった。元々MiDDay-Moonはそういうバンドだから、と言ってしまえばそれで終わりなのだが、あまり健全なものでもない。

 

「そろそろ戻りますね。ごゆっくりどうぞ」

 

 エプロンをつけ直して、皿を片手に厨房の方へと戻っていく背中を見送って、変なことを訊くんじゃなかったと少し後悔した。

 

 中途半端な満腹感に襲われながら作詞作業に戻る。イヤホンをまた挿して、今まで作詞した分に合わせて曲のニュアンス変更と実際の変更案についてメモを増やす。

 

 20分ほどは思考に耽っていただろうか。ふと、隣に誰かが座るのに気が付いて、顔を上げた。席が埋まるほど混んできたのならお暇しようと考えてのことだったが、店内は時間帯もあってかなり空いている。もう夕方から夜に変わる時間だったし、この店は夜はやっていないから、ここからピークタイムになることはないはずだ。

 

「……青葉さん」

「お久しぶりです〜。帰ってきてたなら教えてくれてもいいじゃないですか〜」

「お久しぶりです。わざわざ知らせてまわるような仲でも無いでしょう」

「えー、あたしと紗夜センパイの仲なのにー?」

「はぁ」

 

 青葉さんが、何故か嬉しそうに隣に座っていた。確か前回も商店街で出くわしたな、と思い出す。

 

「グループで言ってくれても良かったじゃないですか〜」

「嫌ですよ。あのグループ、半分くらいは面識ないですし」

「気にしないのに」

 

 青葉さんが好き勝手言うのを聞き流す構図は、昔と同じだった。安心感さえ覚える。

 

「あ、そうだ。この後飲みに行きません〜?」

「……構いませんが」

「いえ〜い。他誰か誘います?」

「任せます。私はどっちでもいいですよ」

 

 飲みに誘われたのは久しぶりかもしれなかった。Roseliaのライブの打ち上げとか、それくらいだ。それより前に遡ると、大学のサークルで、とかになるような気がする。それでも2年前くらい。

 

 青葉さんとサシ飲みでも別に構わなかったし、誰か呼べるなら複数人でもいい。苦手なタイプの人間が来ると困ってしまうけれど、酒の席ならなんとかなる。口数が減る位は許して欲しいけど。

 

「んー、じゃあ、つぐー!」

「なーにー?」

「この後飲みに行こ〜」

「うん。いいけど、唐突だね」

「紗夜センパイも誘ったからさ」

「えっ。ほんとですか?」

「……意外ですか?」

「モカちゃんの誘いに乗るのは、ちょっと……」

「つぐ〜? それはちょっと、聞き捨てならないな〜」

 

 青葉さんが羽沢さんの頬を軽く抓って、お盆で叩かれていた。何してるんだ。

 

「7時で店終いだから、それからでもいいですか?」

「ええ、もちろん」

「閉店作業もありますから少し遅くなると思いますし、先に行っておいてもらってもいいんですけど」

「片付けはいいから、行ってきなさい」

「はーい」

 

 遠くから男の人の声がして、羽沢さんが返事をする。

 羽沢さんのお父さんの声だ。

 

「だそうです」

「りょーかい〜。予約取っとくねー」

 

 どこがいいですか、と聞かれて、この辺の居酒屋やバーは知らないと返す。青葉さんのオススメの店に行くことになった。

 

「夕食代ライブ、やります〜?」

「ギター持ってきてませんし、やるなら青葉さんのソロですよ」

「喉があるじゃないですかー」

「嫌ですよ。それならギター貸してください」

「あたしはボーカルじゃないんで〜」

「私だってボーカルじゃないです」

 

 2杯目のコーヒーを飲み終わったところで、青葉さんがスマホで私のライブの動画を開いた。

 

「あたし、紗夜センパイへの投げ銭が夕食代呼ばわりされてるの好きなんですよね〜」

「あれは地味にやらかしましたね。動画を撮られたりすることくらいはあるだろうと思っていましたけれど、変にミームになるとは……」

「そりゃあ、まあ、ねぇ?」

 

 呆れたように笑った後、青葉さんが路上ライブ好きなんですよねぇ、と言った。

 

「やる方が? それとも見る方?」

「あんまりやった事ないんで〜、見る方です」

「へぇ。……美竹さん辺りとやってみたらいいんじゃないですか。何となく、彼女は向いてそうです」

 

 私が要らないことを言うと怒られそうだけれど、と思いながら言うと、同じことを思ったのか青葉さんもくすりと笑った。

 

「紗夜センパイでも、いいんですよ〜?」

「機会があれば、ね」




 
突然の更新に突然の宣伝です!
春のバンドリ祭が3/15〜3/22に開催されます。
主催者は僕ではないですけど。
読み専の方にとっても良作短編が増えるいい機会だと思いますし、書く側の人にとっては評価が付きやすい機会でもあるので、是非に。

以下リンク
https://x.com/misoyakibuta774/status/1753991490827948163?s=20


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