月輪より滴り   作:おいかぜ

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《79》ストレイシープ

 完全に酔い潰れて帰宅した。

 上原さんも合流して5人で飲んで、私が限界を悟ったあたりで今井さんが日菜を呼んでくれたらしい。本当に何も覚えていない。

 

「もう飲まない」

「懲りずに飲むやつじゃん、それ」

「セーブするって話」

 

 今井さんの証言によると、酔ったときの癖はあまり変わっていないらしい。基本的にテンションが高くなるだけで、あとは多少楽観的になるくらいだと思っているのだけど、羽沢さんから心配のメッセージが入っていた。

 

 羽沢さんは私の性的嗜好のことなんかを知らないわけだから、男女関係で嫌な目に遭ったりしないようにと心配してくれているのは分かる。例えば飲み会で良い雰囲気になった人と、ということが無いとも言えない。私が私でなければ。流石にそこまで刹那的な生き方をしていないと言いたいのだけど、なかなか理解は得られなかった。

 

 青葉さんや羽沢さんに甘いのは、それだけ気を許しているからというだけなのだが、私からの好意は分かりづらいらしい。自覚しているだけマシだと思いたい。改善する気はあまりないというか、性分から変えなければどうにもならない。

 

「あーあ、楽しそうにしちゃってさ」

「もう、拗ねないで」

「拗ねてないですよ〜。あたしもつぐちゃん達と遊ぶから」

「……それは好きにすれば良いと思うけれど」

 

 私が遊んで帰ってきたのが相当不満だったらしく、朝から日菜にウザ絡みされている。高校2年から全く変わっていない。

 今日は事務所でミーティングがある。どう考えたって昨日のAfterglowの件だ。

 

「あー、つぐちゃんも空いてなーい! ……彩ちゃんでいいや。どうせ暇でしょ」

「なんだかんだ丸山さんと仲が良いわよね」

「……うん。遊びに行くと面白いよ。絶対なにかやらかすから」

「それは身に染みて知っているわ」

 

 テーブルの上に広げていた賃貸の情報誌を片付けて、外出の用意をする。

 日菜も丸山さんを捕まえたらしく、外行きに着替えていた。

 

 本当は大学を出るタイミングで実家を出よう、と思っていたのだが、私のRoseliaへの合流の影響で少し早めに二人暮しを始めることにした。日菜のことを考えても、1度バレると致命的な戸建ての実家よりも、住所を移しやすくセキュリティも高めやすい賃貸の方が良いだろうとは前から思っていたし、単純に日菜の希望でもある。

 意外なことに両親は反対しなかった。変に芸能活動へ理解があるというか、リスク分散の面からも合理的だと思っているらしい。感情的には嫌らしいけれど。

 

 物件も絞れてきたし、その辺のことも晴海さんに相談してみようかと心に決めておく。

 

「そういえば、曲は作れたの? 納期がまずいって言っていなかった?」

「なんとかね〜。最近はちょっと手馴れて来ちゃったからブラッシュアップしなきゃいけないんだけど、きっかけがないと難しいよね」

「イベントに出るというのは?」

「もう権限ないからなー。提案はできるけど。千聖ちゃんが大河で忙しいからしばらくそういうのは無理そう」

 

 Pastel*Palettesの活動は、上手くいっているのやらいないのやら。個人個人の活動の幅が広がって、バンド活動の頻度は下がっているらしい。メンバー同士の仲はとても良いみたいだけれど、歯がゆい思いをしていそうな雰囲気はある。

 

「しばらく個人活動かな」

「またドラマーを探してライブでもする?」

「Roselia忙しいんじゃないの?」

「FUTURE WORLD FES.と……いえ、直近で大きなイベントはそれくらいね。暇ではないけれど、貴方に時間を割けない程のものではないわ」

「んー、じゃあ、小さいハコでもいいからやりたい、かも」

 

 ドラマー探しからね、と言いつつ家を出る。

 

「鶴見ちゃんは?」

「遠いし、自分のバンドもあるでしょうから誘いにくいわね。誘いやすいのは大和さんなのだけど」

「まあね。でも前回みたいに詰めないなら実力で篩にかける必要は無いし、なんならまたデュオでもいいよ」

「そうなのだけどね。私はパーカッションがある方が好きだから」

 

 日菜にどこまで行くのかと聞いたら、ショッピングモールで集合らしい。

 電車に乗りながらライブに向けて意見出しも兼ねた雑談をしていた。ハコは恐らくCiRCLEかRiNGになるだろうけれど、誰を誘うか、という話になると難しい。

 

 私たちのライブで、日菜が真っ先にサポートに指名したのは大和さんだった。上手いし誘いやすいし気安い。私はともかく、日菜にはドラマーの知己なんていくらでもいるだろうし、その中には恐らく、大和さんよりも上手い人もいるだろう。最近日菜が一緒に動画を出したスウィング・ジャズの大御所ドラマーなんかはもろにそうだ。まあ流石にそんな人物を自己満足ライブのサポートに誘えるはずもないからそういうのは抜きにしても、大和さんと似たような条件で引っ張ってこれる上手いドラマーは何人かいたはずだ。

 

 その中で大和さんを選んだ理由は、まず私たちに合わせてくれるだろうという確信があること。仕事人タイプのドラマーが欲しいのに、グイグイ前に出てくるタイプのドラマーを引っ掛けても仕方がない。私たちの意図を汲んでくれないとか、自己中心的に過ぎるような人は絶対にいる。

 それから、その条件を満たすドラマーの中で一番上手いこと。器用で表現が多彩なこと。日菜と同じ事務所所属だから融通が利くこと。機器に強いこと。場馴れしていること、演出に理解があること。

 リスクを避けた上で最大限に利を得たかったあの状況で、大和さん以上の人材はいなかった。つくづく、スタジオミュージシャンの理想系に近いと思わせられる。

 

 大和さんに直接言ったら「何言ってるんだ」みたいな顔をされたけれど。

 

 それから次点で脳裏に浮かんでいたのが宇田川さん。どちらかと言うと自己主張が激しいタイプのプレイヤーではあるけれど、サポートとして勧誘したなら私たちに合わせてくれるだろうし、Roseliaで湊さんに揉まれて来ただけあって技術もある。日菜が選んだから大和さんに先に声を掛けたけれど、私が主導であれば先に宇田川さんに声を掛けたかもしれない。

 

「沙綾ちゃんは?」

「山吹さん?」

「リングでバイトしてるから誘いやすそうだし、あんまり一緒に()ったことないんだよね」

「そうね、私もあまり関わりが多いわけではないから、どうかしらね」

 

 山吹さんとは最近めっきり会っていない。高校時代の知己には4年くらい会っていないから、その中の一人であるというだけなのだが。

 

 まあ、それと。実際に日菜のモチベのためにライブをやるかは怪しいところだ。

 白鷺さんは、私に持ちかけたもののみならず幾つか企画を立てているだろう。

 実際、1年程度活動の幅が縮小することがどこまで致命的なのか、私には分からない。単独ライブもやっているし、動画サイトのチャンネルも動いている。今まで常に前に進んできたのを、少し足踏みするだけだと聞いているから、それほど気に病むことでもないんじゃないかと思う。

 

「夜には帰る?」

「うん」

「じゃあそろそろ物件も決めましょう。内見にも行きたいし」

 

 日菜とはそう言って駅で別れた。

 別々のエスカレーターに乗って、電車に揺られることしばらく。

 途中、事務所の最寄り駅で外国人の女性に道を訊かれた。彼女曰く、ギターを背負っている人は体感、英語が通じやすいらしい。衝撃のライフハックだった。

 

「氷川さん。おはようございます」

「おはようございます、晴海さん。後で少し、物件の相談に乗って頂きたいのですが、大丈夫ですか」

「はい、勿論!」

 

 事務所のエレベーターで晴海さんと鉢合わせた。

 彼女ほど並々ならぬ熱意を持って仕事をしているサラリーマンも珍しい、と思うくらいには日々の活力に溢れている人だ。

 私の加入でも相当迷惑をかけているだろうし、なるべく負担を掛けたくはないのだが、彼女を通して話を進めなければいけないことも多いからなんとも難しい。

 しかし当の本人には、氷川さんが入ってからの方が楽です、と言われたりするので、以前のRoseliaがどんな感じだったのかを知るのも恐ろしい。

 

「Afterglowさんの話、聞きましたか?」

「ええ。実際、どうにかなるんですか」

「なんとかします! とはいえ、それ自体はそんなに大仕事じゃないんです。メールのやり取りをした感じ、向こうも話がわかる感じでしたし。問題はスカウトして来いって言われてることで……」

 

 晴海さんは気重そうに言った。

 

「アドバイスをください」

「なんともなりませんよ。きっと、誰が言ってもそうです。……というか、どうして私に訊くんですか」

「湊さんが、氷川さんの方が感覚が分かるだろうって。やっぱり、無理筋ですか」

「……こちらから勧誘して即決、みたいなのは有り得ないと思いますよ。ただ、彼女達も人生の岐路に立っているわけですから、選択肢のひとつとして提案しておくのは悪くないと思います。……私だったら、自分だけ命綱のついた綱渡りに仲間を巻き込むのは御免です」

 

 7階に到着する。晴海さんは、私の言葉を吟味しているようだった。

 Afterglowには、私のような思いをして欲しくない。

 

 青葉さんあたりは、きっと考えているだろう。20歳も超えれば、若者でいられる期間というのはもうそんなに長くない。

 

「学生の頃の私は新卒採用に如何にしがみつくか、ということに必死でした。どうにかなると分かってはいても、最も安易な社会のレールから外れることが恐ろしかったんです」

「……私は今、盛大に踏み外していますけどね。この程度脇道に逸れるだけでも、恐ろしいものです」

 

 ミーティングルームに入ると、もう全員が揃っていた。いつにも増してハイテンションな宇田川さんが迎えてくれる。姉と共演となると、昂るのは理解できる。

 逆に湊さんは遠慮がちだった。晴海さんに詰められたのだろうか。

 

「皆さん揃われていますね。湊さんから周知があったと思いますが、現在Afterglowさんとの合同ライブを企画中です。冬季のFUTURE WORLD FES.そして直近の夏フェスの出演以外に差し迫った予定はありませんから、向こうの希望も考慮して、8月末頃に日程を入れ込めたら良いな、という感じです。ハコを押さえられるか次第ではありますが……」

 

 いつでも構わない、と湊さんが言った。今回は胸を貸す側だから、と。

 

「突然何があったの? 蘭に頼まれた?」

「ええ。けれど、深く考える必要は無いわ。私たちは、私たちを全うするだけで良い。彼女達の事情は彼女達で解決しなければならないもの」

「うーん、てっきり普通に楽しい感じだと思ってた」

「それでいいのよ、私たちは。彼女達にとっては、一種の転機になるかもしれないというだけ。もしかしたら私たちの演奏が彼女達の人生を変える一助になるかもしれないけれど、どうせ、恣意的にその方向を操作することはできないし、やりたくもないでしょう」

 

 平然と恐ろしいことを言う、と思って聴いていた。どういう文脈で、美竹さんが湊さんへ対バンを提案したのかは分からない。しかし晴海さんや湊さんの言い様からして、将来を考える時期ではあるよなとひとつ納得した。

 私の、私たちの演奏が、正解のない人生の二者択一を迫られた彼女達の灯台になるかもしれないと思うと、少しだけ気重いのだった。

 

 それと同時に、あまり心配していない私もいる。

 その理由は、多分巴さんだった。姉という生き物は結構強い。私みたいなロクデナシでさえそうなのだ。宇田川さんを見て、巴さんが変な方向へ進んでしまうようには思えない。彼女みたいな、良き姉であれる人が。

 

「会場や日程の相談もそうなのですが、ちゃんと意思確認をして書面でのやり取りをしたいので、私も直接Afterglowさんとお会いする予定です。その際にはどなたかに同行して頂きたいのですが……」

 

 晴海さんがちらりとこちらを見た。それに釣られて、今井さんと白金さんの視線がこちらを向く。

 

「構いませんが、Roseliaのリーダーは湊さんですよ」

「氷川さんが来るまでは率先してやってくれていたんです……」

「面子が必要な状況でもないのだから、話がわかる人が行った方が良いでしょう。私がサボっているわけじゃないわ」

「調整業務が全部私に回ってきている気がするのは気のせいですか?」

「適材適所というやつね」

「新入りを扱き使うのはやめてください」

 

 いつが良いですかと訊かれて、いつでもと返す。なんなら12時間前まで同じ席で飲んでいた相手だ。

 

「あの居酒屋に晴海さん呼んだ方が早かったかもね」

「思っても言わなかったのに」

「えー、リサ姉と紗夜さん一緒に飲んでたんですかぁ?」

「えぇ、まあ、成り行きで」

「いいなぁ」

「今度連れてどこか行ってあげますから」

「それ誕生日にも聞きました!」

「…………じゃあ、一週間以内にしましょう」

「約束ですよ」

「はい」

 

 宇田川さんがお酒を飲めるようになってから、Roseliaの5人で1日遅れの成人祝いの飲み会をした。そのときに口約束をしたのは覚えているけれど、なあなあで流してしまっていた。

 宇田川さんの期待に応えられるようなオシャレなお店を知っているかと言えば否だし、そもそも自分のキャパが分からない状態で初心者をバーに連れていくのもどうか、と思って躊躇していたのもある。

 

「飲み過ぎないようにね」

「昨日の今日でやりませんよ。そもそも、昨日だって半分わざとです」

「……氷川さん、潰れるほど、飲んだんですか……?」

「面白かったよ〜。後で燐子にも動画見せてあげる」

「ちょっと待ってください、そんな変なことしてましたか、私」

「めちゃくちゃ眠そうだったのを弄られてたよ」

「……まあ、そのくらいなら」

 

 宇田川さんがキラキラした目を向けてくるのを黙殺する。

 晴海さんがメールのやり取りをするのを待っている間に、少し、湊さんに真面目な話題を投げてみる。

 

「自分の歌が他人の人生を左右する瞬間を、どう思いますか」

「そうね……嬉しく思うわ。きっと、それは私の力と言うよりも、音楽の力なのよ。音楽が私の声や歌詞を渡って、誰かの人生の追い風になる。はるか昔から脈々と受け継がれる遺伝子情報のように、人間の魂を渡り歩く音楽という概念の路になれたことを、音楽のしもべの1人として誇りに思う。そういう意味では、音楽というものが持つ力の大きさに慄くこともあるわね」

「自分のせいで、とは思いませんか」

「自分の意志で背負うと決めたものしか背負わないもの。他人の決意を私の手柄にするのも違うでしょう」

 

 あなたはどう思うの、と湊さんはむしろ興味深そうに問い返した。

 

 私は、どうだろう。湊さんの言葉は、腑に落ちた。些か抽象的な物言いが、むしろ感覚的にすとんと嵌った。私たちは音楽という大いなる流れの一部を汲み取って、解釈して、翻訳して、この世界に放流しているのだ。そこに自己表現として色をつけたりしても、心の水車を回すのは水力であって水の色は大して関係がないのかもしれない。そうだとしても──

 

「私はすこし、恐ろしいです」

 

 私の存在が複数人の人生を歪めたことだけは、決して忘れられない。

 

 

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