月輪より滴り   作:おいかぜ

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《85》エトワール

 

 つまんねー、って思いもありつつ、お仕事は真面目に。

 技術を磨くのは反復訓練だけど、気付きを得るためにはこういう仕事での外部からの指摘を受ける機会も重要だ。間違いに気付くのにも、進化の方法を知るのにも。

 

 ジャズおじさんたちが来年にまた来るらしいので、そっちの勉強もしておきたい。けれどおねーちゃんはロックンローラーなわけで、当然あたしもそう。立ち止まるとそれこそ普通に置いていかれるから、えっちらおっちら、あたしも走っている。

 

 事務所の後輩グループの曲のレコーディングの仕事。バンドサウンドの曲を作ったらレコーディングにあたし達を使えるから楽だっていう思惑もわかるし、曲に人気が出たらカバーしたりライブで使ったりもできるからウィンウィンの仕事ではあるんだけど、面白くない仕事ランキングも上位だ。

 

 求められる技術水準が違う、というか。ニュアンスをギリギリまで詰め込むような鬼気迫るレコーディングを見てきた身としては、チョロいな、みたいな。ひとつ面白いのが、あたしとおねーちゃんのアルバムを作るときに駆り出した麻弥ちゃんが、当時は二度とこんな現場は御免だ、みたいな顔をしていたくせに、こうやってパスパレの仕事をしているときは「こんなのでいいんですか?」みたいな顔をしている。レコーディングであんまりダメ出しした記憶はないけど、ライブのときはお互いにかなり詰めたからなぁ。またやろうね。

 

 今日はパスパレ全体のレコーディング。ボーカルの後輩ちゃん達は別日撮影だから、ここにはあたし達とスタッフだけだ。一人一人スタジオでマイクに囲まれながら順番に録音していく。

 本来必要ないはずの彩ちゃんがどうしてここにいるのかは分からない。ダンスでも撮るんだろうか。どうせ除け者は嫌だとかそんな理由なんだろうけど。

 

 レコーディングそのものは時間よりも巻いて終わって、じゃあみんなでご飯でも食べに行こう、という話になる。

 

「その前に、ちょっといいかしら」

「うん〜?」

「新曲を持ってきたから、隣のスタジオで少しやらない?」

 

 新曲とか聞いてないけど、と思っていたら他の3人も同じだったらしく、彩ちゃんのテンションが上がりまくっていた。千聖ちゃんも珍しく声が弾んでいるな、と思いながら別室の、練習用によく借りているスタジオが空いていたからそのまま移動して、千聖ちゃんがタブレットから音源を流した。

 

「Roseliaじゃないですか!」

 

 おねーちゃんの曲だ、とすぐにわかった。

 ドラムへの指示の詰め込み具合も、メロディー全振りのギターも、キーボードに一部リズムを担わせる無茶振りも、完璧に魅せられるだろう、という挑発だろうベースソロも。

 最初に歌詞をみた時にほぼ確信していたけど、曲まで聴けばさすがにわかる。わかりやすいくらい、Pastel*Palettesのためにおねーちゃんが作った曲だった。

 

 ベースソロというか、ドラムとベースのデュオみたいになっている。これ、どっちかが一瞬ズレたらそれだけでぐちゃぐちゃになるんだろうなぁ、とか、ちょっと苦い顔をしつつ、スコアを見ながら脳内で弾いてみる。

 

 彩ちゃんが歌うことを想定して作られたキーの曲を、ずっと滑らかに歌う友希那ちゃんの声。

 

「最低でもこれ以上のクオリティで出せっていう挑戦だよね」

「ですよね」

「チョウチョウハッシの覚悟、です!」

「ちょっと違くない? いや、いいのか」

 

 今回なにげに大変そうなのはイヴちゃんだ。ショルダーキーボードだと、おねーちゃんが求めているピアノの打楽器的な側面を強調するのは難しい。もちろんあたし達が多少のアレンジや調整を入れるのは前提のもとで作っているんだろうから……って言うか、多分これ演奏は燐子ちゃんだよね。ここまでの色を付けるのは難しいだろうから、うーん。

 

 あたしと麻弥ちゃんだってかなりしんどい。レコーディングは逆になんとかなるだろうけど、ライブで弾くとなるとかなり弾き込む必要がある。

 

 おねーちゃんが結構真面目に作った曲に、全員作曲できるRoseliaが悪ノリしてニュアンス詰め込みまくった感じ。絶対におねーちゃんの想定にないでしょ。

 

「それと、まだ本決まりではないのだけど、今年のFUTURE WORLD FES.に出られるかもしれない」

「ほんとに!?」

 

 嬉しいけど大変そう。Y.O.L.O.!!!!! のときと同じような感じだなぁ、なんて思っていると、重ねて千聖ちゃんがそんなことを言った。そっちも聞いてないけど。

 ことのほか大きく反応したのは彩ちゃん。アイドルサミットやらと比べてそれほど興味はなさそうだと思っていたけれど、あたしの思い違いだったかな。

 

「それって、紗夜ちゃん──じゃない、Roseliaも出るんだよね?」

「おねーちゃんは出る予定らしいね」

「私もサヨさんと話したいですっ! マヤさんにはヌケガケされましたし……」

「ぬ、抜け駆けじゃないですよっ! 日菜さんの仕事を引き受けただけです!」

 

 麻弥ちゃんとおねーちゃんの絡みも結構面白かったな。ライブの音響やら機材関係の話を麻弥ちゃんに任せることになって、……もちろん専門のスタッフが別にいたわけで、その人との調整業務なのだけど、その辺の調整を全部麻弥ちゃんの好きなようにやらせてあげたから大感激していた。仕事が増えたのに楽しそうにしていたからおねーちゃんが少し引いていたっけ。

 イヴちゃんはどうだろう。別に、お世話になっています、くらいのものだと思うんだけど。

 

 テンションマックスです、というように彩ちゃんがわちゃわちゃと動き回っていた。

 

「プロデューサーに話通ってるの?」

「ええ、もちろん」

 

 あの人は、最近はあまりこっちに顔を出さない。その方がお互いにとって良いんだろうから、あたしも構わないけれど、それならまた独立部署にしてくれたらいいのに、と思う。掛け合ってみるか、いっそあたしが社員としてここに入ってみるか。そろそろ考えてもいいかもしれない。

 

「千聖ちゃんが、ナオさんに言ったの? FUTURE WORLD FES.に出たいって」

「そうよ。気軽に参加できるようなものじゃないかもしれないけれど、私たちだって中途半端にバンドをやっているわけじゃない。そう示すには、悪くないでしょう」

 

 さて、やりましょうか。そう言って、千聖ちゃんがストラップを肩にかけた。シールドを挿して、おねーちゃんそっくりのトーンで弦を弾く。

 

 事前にこっそり練習していたんだろう。初めてではありえない慣れを滲ませて、千聖ちゃんの指がスコアを追いかける。

 

「フェスで、これをやりたいと思っているの。一応、私の師匠は紗夜ちゃんということになるから……そうね、将棋の御恩返しじゃないけれど、同じ舞台で、彼女が用意した曲で、彼女が驚くような演奏がしたい」

 

 言いながら、千聖ちゃんは本当に楽しみでたまらないといった風だった。

 

 この、何を考えているんだか時折分からなくなるくらいに冷静で、それでいてあたしを本気で口説き落とそうとするくらいによく分からない情熱を持った親友は、おねーちゃんにギターを教わったことをずっと、大切な思い出のひとつに数えているらしかった。

 

 それは、氷川紗夜の妹としても、白鷺千聖の友人としても嬉しいことだ。

 対談企画とかやっちゃだめかな、と思う。普通にしていればこのふたりはまず踏み込んだ話をしなさそうだから、対外的な部分から攻めて行くのも悪くない気がした。

 

「まあ、まずは特訓からだよねぇ。特にイヴちゃん大変そ〜」

「がんばります!」

「とりあえずRoseliaの色を抜いた方がいいかもね。千聖ちゃん、どうせもっと平坦なデモテープ持ってるんでしょ? Roseliaバージョンからじゃなくて、そっちからあたし達で作ろうよ」

 

 それはもちろん、と千聖ちゃんは頷いた。最初に天井を見せておこう、みたいな魂胆だったのはあたしにも分かる。

 自分でも先走りすぎたと思ったのか、千聖ちゃんはギターを置き直して、別の音源を流した。

 

 考えられて作られているのはわかるけど、それでもさっきと比べればかなりシンプルなドラム。サイドギターの役割を忠実に代替するキーボード。もちろん本家には敵わない仮歌の機械音声。そして、全く変わらないベースとギター。

 

 あのさぁ、と言いたくなる。

 おねーちゃんは多分、あたしならこれくらいできるだろう、という目測でベースパートを作って、それを自分で弾けないからリサちーに頼んだ。ギターは千聖ちゃんのレベルに合わせて、とは言っても千聖ちゃんももう随分上手いから、表現に手を抜きはしなかっただろうけど、千聖ちゃんに合わせて作った。ドラムとシンセパートをソフト上で作って、ROSEを歌わせた。

 友希那ちゃんか、あこちゃんか。多分どっちかが悪ノリしてあの音源を作った。引き金はどうせ、なんにも考えてないおねーちゃんなんだろうけど。

 

 

 ほんっっとに、なんにも考えてない。

 自分が周りにどう思われていて、どういう感情を向けられているのかということに、全く頓着していない。……まあ、悩み過ぎるよりはいいけれど。どうせもう、おねーちゃんは逃げらんないんだし。

 

 千聖ちゃんのこういう感情とか、きっと、気が付いちゃいない。

 鏡のような人だから、向けられた感情に気が付けば相応に応えようとはするのだろうけれど。

 

 うっすらと、おねーちゃんは頼られる側の立場にある。能力があるし、裏打ちされた蘊蓄があるし、不器用なくらいの誠実さがある。だから、決して気軽にと言うわけじゃないけれど、おねーちゃんになら頼ろうと思う人も多い。

 そして、おねーちゃんの周りの人間は、類友というか、結局心根が清らかな人間ばかりだ。頼りにしたあとは同じものを返したいと思う人が多数で、そんな緩やかな好意の縁の中におねーちゃんはいる。

 

 それで、そんな「何かをしてあげたい感情」が、おねーちゃんの悪ノリと噛み合って、やっぱりこんなことが起こる。

 

「ちなみに曲名、なんて言うの」

「仮題『分裂流星』、らしいわ」

「あはは、最悪。よだかの星と二面性? もしくはエトワール?」

 

 ほら、どうせ好事魔多し、みたいなノリでつけたタイトルのくせに。それか、ちゃんとしたタイトルは貴方たちで決めてください、みたいな感じ。

 

「たぶん、よだかの星よね。『今でもまだ燃えている』」

 

 千聖ちゃんがおねーちゃんに曲を作って欲しいと言ったのはたぶん、あたしのため。そのうえでおねーちゃんは、いつもMiDDay-Moonで作るような互いの曲じゃなくて、彩ちゃんの曲を作った。

 

 よだかは幸せだったと思う。

 かわせみはきっと涙したのに。

 

 よだかになりたかったのだ、と数年前におねーちゃんが言ったのを覚えている。

 彩ちゃんも、おねーちゃんも、きっとよだかには成れない。その方が良いと思う。あたしもかわせみには成りたくないし。

 

 

 


 

 新居に彩ちゃんを誘ってみたらなんかついてきた。

 初めて触るんだから当たり前だけど、個人練もほぼなしにいきなりあわせてみたらボロボロで、笑いながら解散。

 最近はもっと簡単な曲ばかりやっていたから、こんなに形にならないのは久々だった。

 

 五人でパスタを食べに行って、途中で話題に出した新居の話に彩ちゃんが食い付いたから何気なしに誘ってみたら泊まって帰ることになった。

 

「ただいまー! ……あれ、まだ帰ってないや」

「……紗夜ちゃんに、その、言ってあるの? 私が来ること……」

「言ってないよ」

 

 部屋が決まってからの引越しはスムーズだった。なぜならおねーちゃんの私物がめちゃくちゃ少ないから。大学に通うために借りていた部屋をおねーちゃんは引き払って、そちらの荷物をそのまま新居に移したから、最低限の家具は買い足す必要すらほとんどなかった。

 ワンルームというわけではないから、それでもソファとか、色々買いはしたけど。

 

「自分で言えばいいじゃん」

「そうだけど……」

「久しぶりに会うから緊張してるの?」

「それは、うん」

 

 借りてきた猫みたいになった彩ちゃんにお茶を……ジュースでいいか。オレンジジュースを出して、テレビ画面で映画を選ぶ。ホラーがいいな、彩ちゃんの反応が面白そうだから。

 

 ポップコーンを買ってきたから、それを軽く煎って深皿に盛り付ける。あのアルミホイルのフライパンもどきみたいなやつ買ってくればよかった。種から作るやつ。

 

「あ、帰ってきた。おかえりー!」

「ただいま。……丸山さん? 来てたのね、お久しぶりです」

「うん、久しぶり? お邪魔してます?」

「今日泊まってくって〜」

「良いけど、日菜の部屋の服、片付けたの?」

「彩ちゃんに手伝ってもらう」

「え?」

 

 事前に言っていなかったけど、靴でわかったみたいだった。帰ってくるなり特に驚いた様子もなく、リビングに入ってくる。

 

「夕食は?」

「食べてきた」

「そう。キッチン使うから、映画を観るなら少し待って。多分うるさくなるから」

「はーい」

「紗夜ちゃんも観ようよ!」

「食事を摂りながらでいいのなら」

「もちろん」

「ちなみに、何を観るの?」

「オーメン」

「丸山さんチョイスじゃないわよね。……やめておきなさい」

「えー。じゃあ時計じかけのオレンジとか」

「自分でそんなに好きじゃないって言ってたでしょう。爽やかな話にしなさいよ」

 

 おねーちゃんと2人で見るときはスプラッターでも猟奇ホラーでもコメディでもSFでも楽しく観てくれるけど、今日は彩ちゃんが楽しめるかどうかも考慮に入れているようだった。

 

 ショーシャンクの空に、とか? 最強のふたりはなんとなくのオチだけ知ってる。

 

「あ、紗夜ちゃんの曲、聴いたよ! 凄い良かった!」

「白鷺さんに渡した曲のこと? 気に入って貰えたなら良いのだけど、今までと結構曲風が違うでしょう」

「それは気にならないかな。蘭ちゃんからY.O.L.O.!!!!! を預かったときもそうだったけど、これを私たちの曲にしていくんだーって思いの方が強かったから」

「なら、良いけど。ライブで聴けるのを楽しみにしています」

 

 彩ちゃんがキッチンの方に冷やかしに行って、料理できるんだ、とか言ってる。フライヤーの電源をつけてたからポテトでも揚げるのかな。映画観るわけだし。あたしが好きだから冷凍のやつをよく食べてたらおねーちゃんがフライヤーを買ってきた。太るからって量は制限されてるけど、あたしは太ったことないし必要かなぁ、とは思う。塩分過多なのはそう。

 

「鮫島事件を、観ます!」

「……好きにすればいいわ。昔みたいに夜中私の部屋に来るのはやめてね」

「あれはおねーちゃんが『幽霊は実在する』って真面目な顔で言うからさぁ!」

「日菜ちゃん幽霊信じてたの? 可愛い〜!」

「幼稚園のときだよ」

 

 今でもちょっと信じている、とは言わないけれど。……ああ、だからホラーが面白く思えているのか、となんとなく納得した。

 

 

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