3人の背中が見えるこの立ち位置が、つぐみの居場所なのだと信じている。右側にひまり、目の前にモカ、右斜め前、センターには蘭。隣には、シンバルの隙間から巴が見える。
きっと今も燃えている。
ピックを持った右腕を観客席の方に掲げた蘭の背中を見、最後の一曲のアウトロを駆け抜ける。
『燦々』
この曲をやりたいと蘭が言ったとき、付け加えた言葉は「こうならないために」だった。後悔しないために、ではないと思う。
後悔は避けがたい。二者択一をしたとしても、両方を取ったとしても、両方を切捨てたとしても。
最近は、納得のいく選択を意識するようになった。
メジャーレーベルに所属することを決めたのだってそのひとつ。
Afterglowを続けるかさえ、最初は不透明だった。
蘭は、これから先続けられるかは分からない。なし崩し的に自然消滅するくらいなら、きっちりと有終の美を飾りたいと言った。
ひまりがそれに反対して、Afterglowを続けたいと言った。私たちの居場所だ。人生を掛けて守ってもいい、とまで。蘭も、本心では続けたいと思っているのは分かりきっていたから、あとは意地の張り合いだった。そして今回は、ひまりの意地が勝っただけ。
リーダーの資格という部分で一時期悩んでいたのを知っているつぐみとしては、ひまりが意志を貫き通したことが何よりも嬉しかった。
つぐみは、何も言えなかった。
恵まれた立場にいる自覚がある。蘭程に大きくはないが安定している家業があって、それを継ぐか継がないかもつぐみの裁量に任せられている。家業に対して蘭ほどの責任感もないし、ひまり、モカ、巴のように単身音楽に生きることを選んだわけでもない。中途半端に恵まれたつぐみは、甘えた言葉を発してはいけない気がして、口を開かなかった。
あんなにひまりが怒っているところを、初めて見たと思う。
続ける意味、というワードに口に出した蘭に、ならAfterglowに最初から意味なんてなかったよ、と冷たい口調で言い放って、全部否定したいならそうすれば良い、とまで言ってのけたひまりは、強かった。
結局、Afterglowを続けることになって、中途半端に続けるのはやめようということになった。ちゃんと事務所に所属するか、所属しないにしても、音楽を生業にする形をちゃんと作らなくてはならない。
噂話程度は知っていても、事務所の内部事情を積極的に知る機会は少なかったから、情報収集にはまず日菜を頼った。
つぐみにとってまず頼れる歳上の知り合いとなると第一候補は日菜だし、気兼ねのなさという意味でもそう。
「ウチはやめた方がいいよ」
その一言でバッサリと切られたのには、誠実さを感じるべきなのか、悲壮感を覚えるべきなのか。
おねーちゃん、というかRoseliaのところは悪くないんじゃないと言われて、他にも仕事をしたことがある中からいくつか名前を上げてもらった。
Roseliaの事務所とはひまりと蘭が話をしていたから、紗夜に相談をもちかけることはしなかった。実は少し、紗夜を頼るのは苦手だ。
頼りきりになってしまうのが恐ろしい。絶対に見返りを求めて来ないことがわかっているから、尚更。日菜の場合は、用事に付き合わされたり、無茶振りをされたりして上手く帳尻を合わせてくれるというか、つぐみが気兼ねなくいられるようにしてくれるところがあるが、紗夜はそもそも一方的に頼られることを悪く思わないだろうし、つぐみを頼りもしない。頼られるほどの能力がつぐみにないのだという現実が、正しいようで悲しい。
──残響。
拍手と歓声に、Afterglowの出番が終わったことを認識する。
『ありがとうございました! Afterglowでした!』
今までで最大規模のライブ。それもオープニングアクトではなく、対等なツーマンライブ。半分以上はRoseliaの好意に乗っかっていると自覚した上で、それでも目の前の現実が信じられないような心地だった。
「ほら、つぐ、戻るよ」
「あ、うん……」
「何か気になる?」
「ううん。……すごいなって、思っただけ」
ひまりに手を引かれて、幕が下りる中舞台袖に引っ込む。入れ替わりでステージに上がるRoseliaの5人とハイタッチを交わして、熱も冷めぬままに幕が上がり直すのを袖で眺める。
モニター用意してますよ、という晴海の言葉に誘導されて、先程までRoseliaがライブを聴いていただろう席に腰掛けた。
「……初めて見た景色だった」
「個人じゃ難しいもんな、この規模は」
「声が、響かなくて──歓声に飲まれていく感覚とか、フェスともまた違う……駄目だ、色々混ざって、なんにも言えない。……けど、よかった。ここで、やれて。……知っておけて」
──遠い。何もかも、遠い。
自分が、将来に悩んでいる皆が、自分の足で歩いている人達が。決断を迫られなかったつぐみには、道を選んだ皆が遠く見えた。
Roseliaの演奏が始まる。
『ツナグ、ソラモヨウ』。蘭の細やかな感性が乗った歌詞が、つぐみは好きだった。Roseliaの音に染まって、紺碧の空に幾分悲哀の色を滲ませた空の色。
「音、分厚いね」
「ギター、一本すくないのに〜」
「燐子さんが大概めちゃくちゃだから」
ギターがひとつ少ない分、キーボードがバッキングを受け持つ範囲が増えている。元々のキーボードパートの音は多くないけれど、それはそれとして仕事が少ない曲でもないのにな、と思いながら、オルガンとピアノのサウンドを使い分けて弾きこなしている燐子の手元を眺めていた。
クラシック畑の人は強い、と思う。燐子がどこまであの世界に浸っていたのかつぐみは知らないが、大学でもピアノ専攻だったらしいということと、高校で1度ピアノのコンクールに出ていたことくらいは知っていた。ポップスやロックとクラシックは全く異なるものではあるけれど、音楽である以上は共通する部分というのは多くあって、狭い世界しか知らないつぐみよりも、もっと広い世界が見えている燐子の方が表現に長けていると感じることは多々ある。
ピアノ、ちゃんとやっておけばよかったなぁ、なんて後悔をすることN回目。街の子どもピアノ教室に通っていたくらいで、ほとんどピアノをやっていたとも言えないようなつぐみの経験は、正直なところあまり役に立っているとは思えなかった。確かに鍵盤の扱いに慣れるのに役立ったかもしれないが、それくらい。
選択的にクラシックを学び直したり、技術や知識を盗もうと足掻いてはいるけれど、一足飛びに縮まる差でもない。
妬ましくはないけれど、羨ましくはある。
元々の下地がありつつ、技術を磨くことに余念が無いRoseliaは、やはりテクニック、メカニクスの面でとても強い。
普段は他人と比べてどう、ということをほとんど考えないつぐみでも、Afterglowの曲を演奏されればさすがに感じ入るものはある。
シンフォニックなテイストを混ぜられた『Hey-day狂騒曲』。
金切り声のような音で騒ぎ立てるギターが、終始はね回っている。頻繁にペダルを踏んで音を弄り回している紗夜を見るのは初めてだった。モカがギターソロで入れ込んでいるような表現が、随所で顔を見せる。不規則なビブラート。調和を乱した音は、あくまで聴き心地を損ねない範囲で技巧を凝らしているAfterglowには出せないものだった。このあたりは、持ち曲か1度きりのカバーかの差が大きく出ている。後先を考える必要があるAfterglowには、ここまで振り切った演奏ができない。聴いていて不快な音を前面に押し出すなんて、破綻した音楽は。
ああ、エクソシストか、と納得した。教会音楽のような雰囲気のオルガンとピアノ、暴れ狂う悪魔のポルターガイスト、友希那のゴスペル。
歌詞を聴けば夜の学校の肝試しか何かを連想するはずだし、それがRoseliaにも伝わっていないとは思えないから、ツーマンライブに相応しい『お遊び』としての演奏なんだろう。Roseliaの音で表現するならこうなる、という別解。
ラウドなリズムギターと、金切り声をあげるリードギターを切り替えながら、綺麗に曲として成立させている紗夜に、モカがうへぇ、と唸った。ニュアンスも完璧、全く異なる表現を使い分けて、偏執的だと思えるくらいには細部を詰めた演奏をする。クラシックピアニストのようだ、という印象さえ過ぎったのは、つぐみの憧れが故か。
モカにも余裕をもって弾けるスコアだろうというのに声が漏れるのは、つぐみが燐子に感じているのと同種の感想をモカが紗夜に抱いているからだろう、と勝手に思う。
『紗夜がAfterglowのファンなのよね。……それを言えばあこもなのだけど、身内はまた違うでしょうし』
『……ライブを企画したのは私ではありませんよ。私利私欲では──』
『はしゃいでいたのはあなた』
『…………それは否定できませんが』
Afterglowのカバー2曲を終えて、MCに入っていた。ツーマンライブだからか、ソロ回しでの簡易的な名乗りの他に、きちんとMCでも自己紹介を挟む。
「なんであの人が、って感じはあるよね。Afterglowの曲を好きになりそうには見えない」
「失礼でしょ! 実際ありがたいことなんだし……」
「そうだけどさ。モカも前言ってなかった?」
「あたしはもう納得したから〜」
「……サシ飲みのときに?」
「んー、まあ、そんなところ〜」
ずけずけと、というわけではないことは重々承知しているけれど、モカがこうやって紗夜や、それに限らず目上の人間の懐に飛び込んでいける能力を備えていることは常々羨ましく思う。距離感と温度感を測るのが上手いのだ、と感じていた。どこまでが許されるのか、そのギリギリを見極めるのが上手いから、懐に入っても嫌がられない。
取られようによっては失礼な発言を紗夜に投げかけてみたり、初対面から早々、ギターケースを紗夜に持たせていたり。むしろつぐみの方が過剰に紗夜を畏れているというか敬っているのだろうけれど、意識してもこれは直らない。
先週ぐらいだろうか。朝起きたら深夜に紗夜からのメッセージが入っていた。モカの住所を知りたい旨と、やっぱり諦めたから問題なくなった、忘れて欲しいという内容で、困惑したのを覚えている。あとから聞けば、酔いつぶれたモカを抱えて紗夜は相当困ったらしく、結局家に泊めたのだとか。流石にやらかしたと思った、とはモカの言。その日ばかりはひまりのお説教を黙って聞いていた。
つぐちゃんも泊まりに来なよ、と日菜に誘われているから、いつかはと思っているけれど、なんの用もなくお泊まりというのもハードルが高い。
下心を持って接したいわけじゃない。純粋に尊敬していて……少しばかり普段のギャップにクるものがあることは否定しないけれど。
先週のスタジオ練習でも、メンバーが揃う前に巴とモカとふざけ倒して疲労困憊になっていた。蘭なんかは紗夜のそういう、気安い部分というか、人間味のある部分を見て警戒を解いたような気がするし、つぐみも紗夜のそういう一面を見る度になんだか安心する。
恐ろしい人に見えていた日菜が実の所はそうでもなかったように、紗夜も年相応の人間なのだというだけの話だ。根っこの部分はちゃんと双子なんだなと思える。
3曲目、『FIRE BIRD』に入る。
通しのリハーサルで披露された紗夜のソロには聞き覚えのないフレーズが入っていて、オリジナルですかと尋ねたら「『The Phoenix』からの引用です」と答えられた。知らない曲だったからあまりピンと来なかったけれど、あとから調べてみたらアメリカのオルタナティヴ・ロックバンドの曲だった。メタルやパンクはあまり聴いてこなかったから、Roseliaに入ることになってかなり勉強した、といつか言っていたのを覚えている。これもそのひとつなのだろうか。
Roseliaの曲調はリズムを刻む低音のサイドギターが強調されやすく、Afterglowに比べてもリードが映えない作りになることが多いように思える。キーボードがあるから、Roseliaの編成ではそれが一番楽曲としてまとまりが良くなるのだろうか。
その分ソロで惜しげも無く技術を披露する瞬間が盛り上がるから、善し悪しだ。紗夜自身は別に、高難易度の演奏を見せつけることに固執してはいないのだろうけれど。
「『燦々』やってさ、ちょっとスッキリした」
蘭が口を開く。ドラムの音が響くライブ会場でも、蘭の声はすんなりと耳に届いた。
「ひまりに言われて、やっぱりバンドを続けたいって思ったから作った曲だったけど、ここでやれて良かったと思う。Roseliaと──湊さんとのライブで」
「どういう意味で〜?」
「音楽で生きていく決心が、やっとついた。お金の話を絡めることが嫌で選択肢から排除してたけど、結局何も変わらないんだってことに気が付いたから。変わってしまうとしたらそれはプロになったからじゃなくて、あたし達が眩んだから」
「蘭、友希那さんと話してたよね。その内容?」
「……詳しくは言えないけど、そう。ちゃんと諭されたし、気付かされた」
ライブの前に、しばらく友希那と蘭が話し込んでいた。その内容はつぐみ達も、リサ達も知り得ないけれど、蘭が抱いているプロへの忌避感みたいなものの存在を知っている紗夜には、おおよそ予想がつくらしかった。
そんな細かな部分にも疎外感を覚える。
恵まれた自分にも、踏み込めない自分にも、少しの虚しさ。
はたらいていないと落ち着かないのは、それ以外に何も持っていないから。かつて日菜に指摘されたそれが、こびりついて離れない。
悩みがないことが悩みなんて贅沢だね、というのも日菜の言葉。
やっぱりあの人は弱者の気持ちに共感性が欠けているところがあって、けれどそれは欠点じゃないと思う。
弱者に寄り添うことはせず、ただ正しい強さだけを見せてくれる背中は、つぐみにとっては有難い存在だった。べつに、頼れば助けてくれるのだけど。
Afterglowは、甘やかしてくれる世界だ。つぐみ達のモラトリアム、子どもの世界。
家庭環境にも恵まれて、友人にも恵まれて、金銭的に不自由したこともなく、不幸を味わったこともないつぐみが「恵まれている」ことを、なんでもないような顔で教えてくれるのが日菜だ。つぐみの甘えを、それとなく気付かせてくれる。
理屈の上では整理出来ている悩みを引きずるのも、つぐみの弱さだ。
仲間と一緒にいられて幸せで、このバンドで生きていくことがつぐみの望みのはず。他人よりも苦労していないことを後ろめたく思うことが傲慢だと諭された。
今更こんな悩みをぶり返したのは、燦々と独創収差のせいだ、と思う。だから蘭のせい。
「つぐ?」
「え、あ、ごめん。……聞いてなかった」
「アンコールのソロ回しになにか仕込もうって話」
「でもRoseliaの曲はもうやったから……あんまりじゃない?」
「だよね〜」
「アンコールだからセトリなぞってもいいけど」
「順番は私たちの方が先だから、Roselia側への無茶振りにならない?」
「モカの次氷川さんでしょ。なんとかなるんじゃない」
「ハードル上がるだけだって〜、リハの通りでいいよー」
変なことする場面じゃないでしょ、というモカの指摘は至極真っ当だ。ひまりの提案に否を突きつけたモカは、困ったようにため息を吐いた。
テンションが上がりすぎたひまりも、それを自覚してはいたのか主張を引っこめる。事前に準備したものよりも突発でやった思いつきの方が上手くいく、なんてことは早々ないのだとひまりも知っている。止められる前提での提案だったのか、乗っかって良い案が出れば突っ走るつもりだったのか。どっちもかな。
「まー、アドリブやってひーちゃんがスベるのは見たいけど〜」
「……そう言われるとやりたくなくなるなぁ。どうせ思いつかなかったし、予定通り『R』やっちゃおーっと」
「結局Roseliaかよ」
「だって、今回のアレンジめちゃくちゃ良くない? あんなベースライン、Roseliaがやるイメージなかったなぁ」
話している間に汗もひいて、少しのお色直しを挟む。
アンコールで出る予定だけれど、アンコールされなかったらどうしよう、なんてお遊びみたいな思考。
『ROZEN HORIZON』。駆け抜けてゆくRoseliaの演奏を聴きながら、巴が腰を伸ばすために立ち上がった。
「蘭はソロパートなくて残念だなぁ」
「べつに。デュエットの方が神経使うし」
「それもそうか。……モカも?」
「モカちゃんはパート違うから緊張しませ〜ん」
「心臓に毛も生えてるしな」
「ツルツルですけど〜?」
「その言い方やめて」
また4人でわちゃわちゃ。そうこうしているあいだにRoseliaの演奏が終わった。黄色い声が上がるのは、やっぱりビジュアルなんだろうなぁと思う。Afterglowでも蘭や巴は結構そういう扱いを受ける。
舞台裏に戻ってきた5人を迎え入れて、会場に響くアンコールの声に、再びステージへ。汗を拭ってステージ脇へと並び直したRoseliaと、足並みを揃えて歩く。
「アンコールという言葉は、舞台の幕が降りることに由来しているそうです。カーテンコール、と言いますよね」
不意に、隣で紗夜がそんなことを言った。つぐみにだけ話しかけているわけでもない、タイミングを待つ間に緊張を解すような話題提供だろう。
「幕が降りることをカーテンコール。そこに否定の意味を持つ接頭語の『un』をつけてアンコール。幕を引かないで、という意味でしょうか。アンラッキー、なんかと似たような感じですね」
「へ〜、たしかに。雑学だ……」
「ひまり、これ嘘だよ」
「ええっ!?」
やっぱり博識だな、と思いかけたところに、呆れたような蘭の言葉。
「アンコールのスペルは『encore』だし、カーテンコールは舞台が終わったあとの挨拶のこと。要するに全部デタラメ」
「紗夜さん……信じてたのに……」
「合コンで使っていいですよ」
「使いません!」
さっさとステージに上がって手を振っている紗夜に、ひまりが「えぇ……」と声を漏らして、巴が爆笑していた。ちゃんと英単語を思い浮かべていれば騙されようもないというのは分かるけれど、紗夜にそう言われると信じてしまう。かく言う巴だって絶対に気がついていなかったし、Roselia側だってリサとあこは絶対に騙されていた。
紗夜にじとっとした視線を送っていると、視線に気づいた彼女が首を傾げた。これはわざとだ、と気が付く。真面目な顔で天然を発揮するときもあるけれど、今日に限っては絶対に、悪ふざけでつぐみたちをからかっていた。
蘭と友希那がそれぞれマイクの前に立って、客席から歓声が上がる。
『今回限りの曲よ。冗談抜きに、二度とこのメンバーで演奏することはない可能性もあるわ』
『……まあ、そうですね。ツーマンライブなんて、そうそうあるとも思えませんし』
アンコールだからか、メンバー全員がセッションのときのような緩い雰囲気で立っている。モカが何事か紗夜に話しかけて、紗夜がBGMのようにギターを鳴らし始めた。会話を阻害しないように音量も音数も絞られた協奏曲のメロディに、観客の期待値も上がっているのがわかった。
Roseliaは普段、緩急のはっきりしたライブをするから、今回は観客の受ける印象も随分変わっているはずだ。近頃のパフォーマーとしての姿勢を崩さないライブと違って、今日はMCで私生活の話さえしていた。
『『競宴VIORED』。本当はRed × Violetにしようと思っていたのだけれど、あこのゴリ押しでこうなったわ』
抗議のフロアタムとリムショット。それをつとめて無視して、友希那が話を続ける。
『リードギターをモカにしたのは?』
『紗夜が推すから。AfterglowとRoseliaの切り替えで曲の雰囲気をガラリと変えてしまうのももちろん悪くないけれど、ボーカルはデュエットなのだもの。パートが溢れないギターも、デュオで良いんじゃないかと思って』
モカがギターで名乗りを上げた。えい、えい、おー。いつもの音頭の音程。
前置きはこれくらいでいいかしら、と友希那が居住まいを正す。まずはRoseliaから、と名乗りを上げて、あこがスティックを4度打ち付けた。Roseliaの4人と共にモカもギターを鳴らして、イントロへ。
手拍子よろしく、と蘭が客席に声を掛けて、つぐみ、ひまり、巴に合わせてホールから津波のようにクラップが響いてくる。
『ツーマンライブ、「RAID」。最後まで駆け抜けましょう!』
Roseliaのラウドサウンドの上を、モカのテレキャスターが走り抜ける。サウンドを調整していてもなお、本人曰く「変な感じ」らしいリードは、これはこれできっちりと役割を果たしているように聴こえた。紗夜とモカが目を合わせて、思わずと言った様子で笑みを零す。ひまりがモカの肩を叩いて、舌を出されていた。
1分半程度の1番を終えて、そのままAfterglowの出番が回ってくる。あこから巴がリズムを引き継いで、スネアの音がシャリ感のある乾いた音へ変わる。ベースラインがツーフィンガーをほとんど崩さないリサから、スラップを多用するひまりへと変わってアグレッシブな印象に。オルガンとピアノを使い分けてメロディでも激しく主張する燐子のキーボードから、演奏のアクセントになることを意識したつぐみのシンセへ。
スイッチペダルを踏んで音を弄った紗夜が、モカと連れ立ってAfterglowの方へ歩いてくる。モカ曰く、音作りのためにピッキングや弦の押さえ方まで変えているらしい紗夜の音は、ぴたりとAfterglowの音に付き従ってくる。
少しぎこちない燐子の手拍子をリサがからかって、あこに叱られていた。
何より、蘭が友希那と並び立って歌っている。それがつぐみには、Afterglowには、何よりも誇らしいのだった。
──湊友希那は天才である。
花咲川周辺の高校生バンドマン──つまりはAfterglowやPoppin’Party、その他CiRCLEやRiNGなんかを拠点にしていた学生たちにとって、湊友希那という存在は別格だった。
小さなライブハウスで、楽器も持たずボーカルのみでステージに立つ少女に、大手事務所のスカウトマンが声を掛けに来る。それがどれほど異常なことか、業界に疎い人間だってわかるだろう。それほどまでに湊友希那という人間は飛び抜けた才能と実力を持っていて、ほぼ同年代のつぐみ達は、自分たちと彼女の差を肌で感じながら生きてきた。
Afterglowが劣る、とは思わない。けれど、生きる世界が違うのだろうとは思っていた。
蘭が踏み込んだ時には、驚いたし慄いた。自分たちが触れていい世界ではないと思っていたから。
何度も折れて、悩んで、声を枯らして。そうして蘭が、友希那の隣で歌うことを許されている。見劣りすることなく、対等に言葉を紡いでいる。それだけで、このライブに出ている意味があると思う。
2番を終えて、ソロに入る。約10分の長尺の曲で、一人ずつソロを入れ込んでいくことを前提に作られたスコアには、パートの割り振りとアドリブの記号が打たれている。
再びラウドな音に戻して、爆ぜる紗夜のギター。『悲愴』から『月光』、ミドルを強調するロングトーンで叫んだあと、『Y.O.L.O.!!!!!』へ。モカへバトンを渡すようにくるりとターンを決めて振り返った。
悪戯っぽく笑ったモカが、『BLACK SHOUT』から『紙月と揺籃』、最近好んで使っているギタースラップフレーズを挟んで、軽くステップを踏みながら『陽だまりロードナイト』。フィンガースナップでリサを指し示した。
『独創収差』のサビ、引き裂かれるようなハイトーン。ビブラートを効かせて、ベースの低音が胸腔を震わせる。タッピングとスラップを交えた『COMIC PANIC!!!』のアレンジフレーズでひまりへフィンガースナップ。
今回のライブで大幅にアレンジされた『R』からの引用フレーズ。『Scarlet Sky』を経由して、はじける笑顔でひまりが選んだのは『ピコっと! パピっと!! ガルパ☆ピコ!!!』。巴がガクッと肩を落としたのが見えた。リサの呆れ笑い。
もはやバトンを投げつけられたようなあこはそのままリズムを引き継いで、バスドラムとシンバルワーク中心の派手なソロを見せる。バスを任せたまま巴がハイハットとスネア、タムを中心にわざとらしいくらいアクセントを効かせたソロを返して、ツインドラムでしばらくやり取りを交わす。互いに目を合わせながらの息のあったやり取りは、さすが姉妹だと思わせられる。
スティックを回して指し示された燐子が、恐らくあこが最後にやったジャズ風のフレーズに触発されてか、『Autumn Leaves』の引用から入る。それから『Ringing Bloom』。ピアノパートとボーカルパートをなぞったメロディは、分かりやすく人気曲だけあって観客の反応も大きい。
グリッサンドで腕を振り抜いたまま指先を向けられて、上がりのグリッサンドを受け取ったことを示すように駆け下るグリッサンドから入る。オルガンで『sasanqua』から、『燦々』へ。
蘭と目が合った。時間が止まるような間隔。観客の拍手も、自分の指先が奏でる音も遠ざかって、視界の端が白く染まる。
『True Color』。私の、私たちの色は。斜陽に染まる私たちの心は、いつまでも──
あこからスティックを手渡されたのだろう紗夜が、シンバルを叩く音で切り替わる。モカが
もうやりませんよ、とスティックを返しながら紗夜があこに言ったのがわかった。満面の笑みだから聞かないと思います。
心に溶けていく。
隣で演奏しているRoseliaも、目の前の蘭の背中も、2バンドの間を行ったり来たりして遊んでいるギター2人の姿も。
つぐみはこの世界が好きだ。
寂しくても、この景色だけは忘れないでいようと胸に刻む。