月輪より滴り   作:おいかぜ

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詩として書いてないから、声に出したり音を気にしてはいけませんよ(予防線)

あと、なんでお気に入り急に増え始めたんですかね……チラ裏もチェックしてる人間がいるのか、Twitterとかで布教してる人がいるのか……


《93》重力加速度

「実は、結構楽しみにしてたのよ。紗夜ちゃんと同じステージに立ってみたいと、ずっと思っていたの」

 

 パステルイエローのギターのボディを撫でて、白鷺さんが子どものように笑った。FUTURE WORLD FES.の本番、一日目の出演バンド欄には、Pastel*PalettesとRoseliaの名前が並んでいる。

 年末の凍て晴れを跳ね除けるほどの熱気が、フェス会場には立ち込めていた。

 

「期待外れになってしまわないように頑張らなくてはいけないわね」

「ええ、私の師匠なのだもの。……まあ、先に私たちの番が回ってくるのだけど」

「ファンの一人としても、応援しています」

「……そう言われると格好がつかないじゃない」

 

 リハーサルを終えた楽屋でスタッフさんと打ち合わせをしていた白鷺さんと鉢合わせた。白鷺さんは私のことを意識してくれているらしいが、正直私が白鷺さんの師を名乗るのは烏滸がましいような気がする。白鷺さんにギターを教えたと言っても、即席でとりあえずの実力を身につけるための基礎と誤魔化し方を教えただけだ。

 自惚れでなければ今でも私の演奏を参考にしてくれている部分があるのは認識しているし、それは素直に嬉しいのだが……師匠面はできない。かと言って今更アドバイスを送るには白鷺さんはギタリストとして成長しすぎている。

 結果として、薄情な師匠になってしまったような後ろめたさだけが残っているのだった。

 

「新曲の方も楽しみにしておいて。まだ聴いていないんでしょう?」

「今日が初披露だと言うから、楽しみに取っておいたわ。日菜が練習しているのは何度か聴いたけれど、全体の演奏は初めてね」

「……とても苦労したのよ? それだけ、やりがいがあったということでもあるけれど」

「それほど難しい曲を書いた覚えはないのだけど……ベースとドラムを除いては」

「あなたに見せるのに恥じないくらいに、というのはハードルが高いのよ」

 

 とても楽しそうな白鷺さんに釣られて、私も笑みがこぼれた。時間があるのならとPastel*Palettesの楽屋に誘われたので、お邪魔することにする。

 

 慌ただしく動いているスタッフの間を縫うように、機材で少し狭くなった廊下を歩く。スタッフ一人一人にきちんと挨拶をしてすれ違う白鷺さんの姿には感心させられた。私たちとて勿論丁寧な挨拶を心掛けているつもりだが、白鷺さんほど真摯に向き合ってはいないだろう。小さい頃から尽くされるのが当たり前の環境で過ごしてきたはずなのに、堕落していないのは凄いと思う。私だったら感覚が狂ってしまいそう。今でこそ、例えばメイクにスタッフがつくことにさえ遠慮してしまっているが、これに慣れきってしまうと色々雑になってしまいそうで恐ろしい。

 

「麻弥ちゃんとイヴちゃんは不在?」

「あ、千聖ちゃん、おかえり。それに、紗夜ちゃんも! 麻弥ちゃんは機材を見に行って、イヴちゃんはその付き添いだよ。時間通りには戻ってくるって言ってたし、大丈夫だと思うけど……」

「そう。イヴちゃんも紗夜ちゃんと会いたがってたから、ちょうど良いかと思ったのだけど……残念ね」

 

 楽屋ではテーブルを挟んで丸山さんと日菜が座っていた。別になにか打ち合わせをしていたわけではないらしく、日菜がひらひらと手を振った。

 

「丸山さんとは……3ヶ月ぶりくらいかしら。久しぶりの範疇に入ると思う?」

「ギリギリ、かな。でも、会えてよかった。曲のお礼も言いたかったし」

「それは本番で見せてもらうからいいのよ」

「……うん、楽しみにしてて」

 

 丸山さんがグッと拳を握る。楽しみにしていて、と言われたからには期待させてもらってもいいだろう。日菜とのお泊まり会以来に会った丸山さんだが、本番前だからか随分と印象が違う。いつものぽやぽやとした空気を払拭して、アイドルらしい自信を滾らせている。

 

「彩ちゃん、さっきまで緊張でガクガクしてたんだよ」

「……そう。でも、本番には強いタイプでしょう?」

「MCも本番に入るのかな?」

「確かに、MCで噛むのに本番に強いとは言い難いわね……」

 

 丸山さんに好き勝手言いながら腰掛ける。早々にRoseliaの楽屋に戻って準備をしておく必要はあるが、スケジュールが詰まっているわけではない。予定ではPastel*Palettesの演奏も観られるはずだ。

 

「実は、あたしもおねーちゃんとこのステージに立つのを楽しみにしてたんだよ」

「貴方はいつでも私とやれるでしょうに」

「ううん、Roseliaの氷川紗夜と同じステージに立つ機会はあんまりないから」

 

 日菜まで変なことを言い出した、とは思ったが、分からなくもない。私の方は別に楽しみにしていたわけではなかったが、2人でバンドを組んでステージに立つのと、それぞれ違うバンドで同じステージに集うのでは意味合いが異なってくることくらいは。

 

 夢の始発点から応援していたクラスメイトと、ギターに初めて触れたところから教えたギタリストと、人生を分けた半身。そんな思い入れのある集まりで構成されたバンドと共演できることには、純粋にワクワクしている。せっかくなら出番が並んでいたりすると良かったのだが、ジャンルが離れているからか流石に並ぶことは無かった。

 

「でも、びっくりしたよ。前から思ってたけど、紗夜ちゃんって結構暗い歌詞書くよね」

「そうかしら。……いえ、Roseliaでもそんなことを言われたわね」

 

 歌詞がイメージと違う、みたいなことは行く先々で言われる。私の内面からそう離れた詩を書いているつもりはないし、日菜もそういうことは言ってこないから、結局は氷川紗夜のパブリックイメージが素の私と乖離してしまっているということなのだろう。

 

 悲しいとは思わない。22年間築き上げた氷川紗夜の化粧の出来栄えが、それほど良かったということだ。自分を隠すことをやめるよう意識し始めた今は、徐々に素のままの私で周囲と接することができているだろうから、剥離したイメージもそのうち消えてなくなるはずだ。

 

「おねーちゃん、外面はいいから」

「貴方に言われたくはないわね。()()氷川日菜の姉というイメージが、どれほど私に対する他者の第一印象を歪めたか……」

「千聖ちゃんは、学校でのおねーちゃんも素で怖かったって言ってたけどね」

 

 そんなはずはない。確かに、近寄り難いとかそんなニュアンスの言葉を受けた記憶はあるが、まさかそんな。

 緩やかに首を振った白鷺さんに、その意図を問い詰めることを諦める。

 

 情緒が振れていた時代の私が客観的にどうだったかはちょっと分からないし、そうでなくとも、他人から距離を置くために人間関係を調整していた時期のことだ。まあ、そういうこともあるだろう。

 

 私の昔話よりも、今のことが大事だ。白鷺さんが私に相応の演奏を返してくれると言ったように、日菜がいつも以上に楽しそうにベースを撫でているように、マイクを握るはずの丸山さんにも期待してしまう。

 

「……歌詞を書くとき、丸山さんがどんなアイドルになりたかったのかということに思いを馳せたわ。だから、その答えが聴けると嬉しい、かしら」

 

 着替えも配置の確認も済んでいない。流石にRoseliaの楽屋に戻らなければならないだろう。

 ああ、一つ口惜しく感じるとすれば、それは私にとっての主題があくまでRoseliaの事である、というそれだけだった。受け取る側としては等身大の氷川紗夜でいい。けれども返せる演奏は、Roseliaの氷川紗夜のものだ。

 

 まあ、いいか。そこまで求められちゃいないだろう。私はただ、受け止めればいい。

 

 三人に暇を告げて、Roseliaの楽屋へ戻る。

 本当は、今でもこのフェスが嫌いだ。権威主義なんて滅んでしまえばいい。湊さんがこの舞台に拘泥していなければ、即座に別のイベントを勧めていたくらいには嫌っている。

 予選で一度難癖を付けられて落ちたことを、ずっと根に持っていた。本番では順位をつけたりするわけでもないし、予選のゴタゴタが引き継がれることもないのだが、イベントの看板についた傷はよく目立つ。

 

 おかえり、と今井さんが迎えてくれたのに頷きを返す。着替えて来ますね、と告げると空気を読んで誰もついては来ない。最初は背中に傷跡がある、とかそういう設定で通そうかとも思ったが、そちらの方が面倒くさそうだと思ってやめた。

 着替えを見られるのが苦手なんだろう、くらいの認識に落ち着いたらしく、急ぎの場合以外は私を一人にしてくれる。

 

 衣装に着替えて、姿見で細部をチェックする。ブーツは少し歩きにくいけれど、流石に慣れた。

 

「パスパレの演奏聴きに行くんでしょ?」

「ええ、勿論」

「右寄りになっちゃうけど、出演者用のブースから観られるらしいから一緒に行こうよ」

「構わないけれど、全員で行くの? 普段はあまり他のバンドを聴いたりしないじゃない。特に湊さんは──」

「私も行くわ。知人のバンドくらいはね。……それに、気を遣って貰うのはありがたいけれど、あくまで今日は確認作業なの。答えはとうに見つけているのだから、今更躓いたりはしないわ」

 

 そうですか、と言葉に詰まる。待たせてしまった身としては、少し後ろめたい。

 

 連れ立って観客席の方へ向かう。5人で歩くとやはり目立つらしく、少し離れた客席からも視線を感じる。

 

 Pastel*Palettesの出番になって、ステージに上がった5人が手を振る。Pastel*Palettesです、といういつもの挨拶。日菜が即座に私たちを見つけて、手を振ってきた。

 

『あの、日菜ちゃん? 誰に手を振ってるの? ……いや、多分わかるけど……』

『おねーちゃん!』

『だよね……』

 

 先程よりも多くの視線がこちらに集まる……どころか、カメラの1台が私達を映した。仕込まれていたんだろうか。呆れ顔を隠さずにカメラ越しに手を振り返すと、ステージで何やら盛り上がっている。

 

「ヒナって、ライブのとき絶対紗夜を見つけるよね」

「でも、紗夜さんもひなちんのこと見つけてますよ」

「双子の絆……でしょうか?」

「いや、大きなハコでは見つけられないし、あの子がおかしいだけよ」

 

 視力の限界がある。数百人規模のハコなら見つけられたりもするが、何万人も収容できるようなアリーナやドームで特定の個人を見つけ出すことなんかできない。互いに、どの辺の席にいるかを事前に把握しているだけだ。基本的には。

 

『最初は、そんな日菜ちゃんのお姉さんが作ってくれた曲です。聴いてください、【分裂流星】』

 

 ギターソロイントロ。春の嵐のごとく吹き荒れるカッティングリフに、キーボードとドラムが合流する。Aメロに入ってから、ドラムとユニゾンするようにベースが存在感を主張し始める。

 

──流れ星になりたかったんだ

 

 丸山さんにとってのアイドルとは、なんだろう。私から見た丸山彩というアイドルは。

 

 高校時代に何度かそういう話をしたことがある。丸山さんのアイドルとしての原点とは。Marmaladeというグループがきっかけだったと聞いた。真面目で、努力家で、抜けていて、少し頼りないような、そんなアイドルがお茶の間を魅了する姿に心を奪われたのだと。

 

 そうなりたいという憧憬が、丸山さんの背中を押した。

 

 憧憬を動機にすることを、私は決して否定しない。追い風になるほどの感情は、未知の大海原を進む動力でもあり羅針盤でもある。

 諦めてしまえば、夢には届かない。丸山さん自身が言った言葉だ。諦めないための芯になる感情。夢の始発点に、憧れのような美しい感情を抱えておけるなんてなんとも羨ましい限りだ。

 

──私たちは群れになって

 

 けれどもすぐに丸山さんは躓いた。非協力的な事務所、脱退してしまったメンバー、憶測ばかりの中傷記事。悪意と不理解の高波に攫われて、竜骨が軋んだ。

 

 発破をかけて欲しい、と言われた。それが丸山さんのためになるのか、当時の私には判断ができなかったが、その上で私は『諦めてしまえば一生後悔する』と告げた。茨のように心臓に突き立って、生きていく限り忘れられない悔いになるだろうと。

 労力をかけるほど良い結果が返ってくるなんて単純な世界じゃない。

 労力をかけずとも良い結果が舞い込んでくるなんて優しい世界じゃない。

 ──けれど、努力するだけ無駄だなんて無情な世界でもない。努力をしても届かない場所があって、努力をしなければ届かない場所もある。

 

 掛けた言葉を、ほとんどそのまま思い出せる。

 

──夜空に瞬く焔になった

 

 軽やかにリードギターが滑る。リズムをベースに委ねて、メロディーと共に五線譜を跳ねていく。私が書いたときの想像よりもずっと軽やかだ。私が弾くよりも、白鷺さんに合っている。──もしくは、既に私よりも白鷺さんの方がこの曲を分かっている。

 

 結局、丸山さんは立ち上がった。

 

 日菜と喧嘩した日を思い出す。散々警告したのに、勝手にアイドルスカウトなんか受けて、しかもそれが瓦解寸前のPastel*Palettesだなんて、到底許容できなかった。結果的に、日菜はPastel*Palettesを救い、Pastel*Palettesは日菜を救った。

 

 仲間と同じ道を歩むこと。私が終ぞ日菜に与えられなかったものを丸山さん達は日菜に与え、日菜は丸山さん達を導き、ついでに日菜は無二の友人まで得た。Pastel*Palettesの中で、丸山さんは一人ではなくなった。

 

──明日の朝日が恐ろしい夜も

 

 勇気を分け与えるアイドルになりたい、とかつて丸山さんは言った。自分が背中を押されたように、誰かが夢へと踏み出す第一歩を導く風に、光になりたいのだと。

 アイドルになることがゴールではない、と気が付いた後のことだ。アイドルとしてどう生きていくかを考え始めた丸山さんの相談に乗ったときにそういう話をした。

 

 人を助けたいのなら、そういう施設で働いたりボランティアをする方が余程直接的だ。それこそハロー、ハッピーワールドみたいに。あるいは、医者になるとか。

 けれども、そういう話ではないのだ。自分がアイドルになって輝きたい、名を残したいという欲のもと、さらに重ねて誰かのことも救いたいなんて夢を抱く。……ああ、そういう意味では丸山さんは更に私の先へ行ってしまったわけだ。Roseliaでこれからどうしたいかも曖昧な私には、そのひたむきさが眩しいまま。

 

──逆さまの第三宇宙速度で迎えに行くから

 

 ベーススラップがはじける。

 常々感じていることだが、パーカッションはどんな人間にも通用する。観客に音楽を楽しむ意思があれば、メトロノームみたいな8ビートだって音楽になり得る。

 けれども、リスナーを曲に惹き込むのはメロディーだ。如何に心に響くメロディーを作れるか。

 

 Pastel*Palettesの編成でギターを活かすために、ベースの仕事量はかなり多くなっている。技量が足りなければ途端に薄っぺらくなってしまうのがありありと分かる曲になってしまったが、聴いている感じは私の期待以上だった。

 特に、若宮さんのアレンジがいい。彼女の引き出しがよくわかっていなかったからマージンを取ったつもりだったが、見くびり過ぎてしまっただろうか。次があれば、もっとキーボードにリソースを割いてもいいかもしれない。

 

 悩みを書いた。挫折を書いた。それでも立ち上がる光を書いた。他人を思いやる強さを書いた。安定感の増した丸山さんの歌声が、会場を席巻する。アイドルだからと侮るような観客はいない。ひたすらに盛り上がっている。

 

 嬉しそうだね、と今井さんに耳打ちされる。鼓動が早くなっているのも、心の底から感情が沸き立っているのにも、口角が上がっているのにも気が付いていた。

 嬉しくないはずがない。曲そのもののクオリティはともかく──依頼されて作った曲を下げるようなことは向こうにも失礼だから言いはしないが──自分が作った曲を、さらに練り上げて披露して貰える喜びは想像以上だった。

 

──さあ手を伸ばして

 

 疎らなサイリウムが、星空のように煌めく。ギターの音に合わせて、星の草原が揺れる。丸山さんの指先に集まる感情が、流星のように会場を飛び越えてゆく。

 

 ああ、はやく、はやく。ギターが弾きたい。この感動を音にしたい。

 

 会場全体が魅了されている。丸山さんの、Pastel*Palettesの音に乗せられて発熱している。

 

 正直なところ、私は単なる部外者のひとりでしかないのだ。丸山さんの理想のアイドル像も、白鷺さんの想いも、日菜の心も、大和さんの目標も、若宮さんの夢も知らない。

 けれど、私の背中を押すこの熱は。Roseliaとしての私にさえ、意味を一つ付け加えてくれそうなほどの風は──

 

 

 

 ──どうしたって、アイドルが齎した光なのだ。

 

 

 

 

 

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