月輪より滴り   作:おいかぜ

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すみません、この話でストックが無くなりました……
頑張りはしますが、0時に投稿されなくなったら「間に合わなかったんやな……」と思ってください。

あと詩については前話と同じ心構えでお願いします。


《94》震えよわが翼

 

「そのやる気を、普段から出して欲しいところね。……気持ちは分かるから、これ以上言うつもりはないけれど」

「……すみません。でも、Roseliaを軽んじているわけでは──」

「──ええ、わかっているわ。ちょっとしたやっかみよ」

 

 真顔で湊さんがそう言うものだから、反応に困ってしまった。

 Pastel*Palettesの演奏を聴き届けて戻ってきた楽屋で、開口一番にこれだ。確かにRoseliaに不誠実なところがあったことは否定できないので、やっかみだと言うのなら甘んじて受ける所存だが。

 

「やる気がある分にはいいんじゃないですか? とは言っても、紗夜さんはなんだかんだいつも楽しそうですけど」

 

 宇田川さんのフォローになっているのだかよく分からない発言で空気が緩くなったところで、他のバンドの衣装についてメモをまとめていた白金さんが振り返る。

 

「私は、嬉しいです。以前の紗夜さんなら……そんな感情も隠してしまっていたような気がしますから」

「かもね〜。……うん、だから友希那も拗ねないで!」

「拗ねていないわ」

 

 今井さんに寄りかかられて湊さんが口元を緩ませる。以前よりもこういったじゃれあいは増えたような気がしていて、さらに私が標的になる頻度は間違いなく上昇している。

 

「……少しくらいモチベーションが上がったところで、演奏のクオリティはそう変わらないわ。練習は本番のように」

「──本番は練習のように、でしょ? 練習で詰めきった通りにやれば、最高の本番になる。……そう、今日は特に、()()()()()やればいいんだもんね」

 

 口癖という程でもなく、されど座右の銘に準ずるくらいには大事にしている信条の後ろ半分を今井さんに奪われる。ついでとばかりに後輩たちの口癖も借りて、彼女はにこやかに笑った。どうやら今日は、それほど緊張していないらしい。

 

 ライブの出来の95パーセントは、当日までの練習によって既に決まっていると思う。練習で出せたパフォーマンスを100だとして、本番で発揮出来る技術的なパフォーマンスは99以下だろう。それを例えば有り余るパッションとかで補ったとして、最大値はせいぜい105程度。しかし、事前に練習をきっちり詰め込んでおけば、そもそもの基礎値みたいなものを150まであげておくことが可能かもしれない。……分かりにくいな。

 

 ライブ本番で動かせるクオリティの差なんてものは、微々たるものに過ぎない。けれども練習では時間が許す限りどこまでも技術を詰め込み反復を行えるわけで。

 それに加えて1回限りの本番では慣れない環境や緊張によるミスなんかも頻発するだろうから、やはり技術的な意味で練習を超えてくることはないはずだ。

 

 要はテスト直前にいくら悪あがきしても結果はさほど変わらないということだ。ノー勉だったなら直前の詰め込みにも大きな利益が見込めるのだろうが。

 

「でも、嬉しいのよ。一度は無視してしまった湊さんの想いを、今度こそ背負えるのだから。貴方達が私に手を差し伸べてくれたことを後悔しないようにしてみせるわ。それと……」

「それと?」

「湊さんのお父様と同じギターパートなのだから、見劣りしないようにしないといけないわね」

「……技術面ではもう既に、あなたは父より上よ」

 

 そういう意味ではないのだが、と思ったが、間違ってもいない。……いや、見劣り云々と言ったのは私か。恥じないように、くらいのつもりだったが、言葉選びが雑だったかもしれない。

 湊さんが父親にこのライブを見てもらうところまでが計画のうちなのだから、私の演奏が下手くそでシラケる、なんてことにはなって欲しくない。むしろ成仏するくらいの──この表現は悪ふざけがすぎるだろうか──演奏をぶつけるのが最低ラインだろう。

 

 ラウド系のゴシック・ロックという初期の路線に立ち戻ったRoseliaは、目立った反発もなく順調に活動の規模を大きくすることに成功している。私の加入によって離れてしまった人もいたのだろうが、それを申し訳ないと思うよりも割り切れるくらいには私も成長した。それだけの価値を、私が示せばいいのだ。

 

 出番です、と呼び出しがかかる。深い海の蒼を湛えたギターを担いで、ステージの方へ移動する。青薔薇に例えるにしても、白いバラを染料で染めたようなあの白っぽい青ではなく、自然色らしい深みを纏った藍色だ。白金さんが手がける衣装は大抵の場合紫か青紫、藍色といったところだが、後者にはよく馴染むので気に入っている。逆に紫の衣装には今井さんの紅のベースが良く映える。

 

 湊さんも白いギターを手にしている。本番でも使うタイミングは極わずかだが、楽器が増えるのは良い事だ。湊さん自身は卑下するが、彼女のギターは相当に上手いし、少なくとも表現に幅を持たせるという一点においては大きな効果がある。

 

「改めて、湊さん。貴方の想いを、私にも預けて欲しい」

 

 湊さんの手を取って、膝をつく。薄い手袋越しの指先に熱を感じる。少し震えていた。

 額に指先をくっつける。前世だったらこんな振る舞いはしなかっただろうし、許されなかっただろう。そう思うと、少しだけ役得なのかもしれなかった。……大概日菜に毒されている。

 

「……とうに託したつもりよ。大変な……ええ、大変な苦労をさせられたけれどね。あなたが私の隣でギターを弾いてくれるだけでいいの。気負う必要は無いわ。ただ、全霊を尽くして」

 

 手を離して立ち上がる。先頭を歩き始めた湊さんは、少し照れているらしい。耳が赤くなっているのが後ろからでも見て取れた。

 

「でも、良い気分よ。懐かなかった野良猫が、やっと心を開いてくれたみたいで」

「……そうですか」

 

 わたしもやりたかったです、と宇田川さん。宇田川さんがやると絵面が洒落では済まないような気がする。……それに、私以外の4人は今更だろう。私が抜けて直ぐにプロ入りして、ここまでファンを獲得し続けて来たのだ。立ち止まっての確認作業なんて彼女たちには必要ない。

 

 円陣を組んで手を重ねた後、アナウンスに合わせてステージに立つ。

 スポットライトが肌を舐める感触に、ザワザワと揺れる歓声に、心臓が高鳴る。ピックホルダーから一つ抜き取って、音を確認する。観客に音を吸われることを加味して微調節はPAが行なってくれるだろうから、そこは気にしない。

 

『こんにちは。もしくは、初めまして。Roseliaです。以前にも立たせて頂いたこの舞台に、以前とは違う編成で立つというのは変な感覚ね』

 

 初めましてなのはギターの氷川紗夜、という軽い紹介に一礼する。

 

『──8年。8年前から、私はこの瞬間を目指して歌ってきた。無理なんじゃないかと思う夜があった。立ち上がれない朝があった。声が掠れて出ないステージがあった。悔しくて泣いて、自分の不甲斐なさに憤って、何度も一人になって……』

 

 客席が静まり返る。ぽつぽつと浮かんだサイリウムが所在なさげに揺れた。

 

『私がバンドメンバーを探していると聞きつけて、あこが売り込みに来たの。最初は妥協のつもりだったのよ? ……笑ってしまうわよね。それから、幼馴染のリサが私の手を取ってくれて、あこの紹介で燐子に出会って──Roseliaができた矢先に、紗夜を見つけた。……まあ、一度は逃げられてしまったのだけど』

 

 まばらに笑い声が聞こえて、湊さんが口角をあげた。正面に置かれた台に片足を乗せて、左手を仰いだ。

 

『終わりじゃないわ。今日、新しく飛び立つの。だからあなた達にも見届けて欲しい』

 

 目配せを受けて、ピックを振り下ろす。稲妻のように音がはじけて、会場のボルテージがにわかに上昇する。

 

『さあ行きましょう、翼を広げて!』

 

 湊さんがマントを翻す。ギターソロイントロに三人が合流して、会場がRoseliaのサウンドで埋め尽くされた。努めてブレのないピッキングを心がけながら、手元にばかり意識を向け過ぎず、周囲に目を配る。音に違和感はないし、表情が不自然に強ばっていたりすることもない。ひとまずは問題なさそうだと判断して、再びギターに集中する。

 

 常に、というわけではないが、演奏中は思考がふわふわと宙に浮かんだような感覚を覚えることがある。集中できていないわけではなく、かといって手元の演奏に手一杯になるわけでもなく。半ば無意識に演奏ができてしまっているばかりに、リソースが余っているのだろうか。

 幽体離脱したように、あるいはまるで人形使いの黒子になったかのように高みから自分を見下ろしながら、考えるのはやはり湊さんのこと。

 

 湊さんの父親は、ファンとレーベルの板挟みになり、自分たちの音楽を歪めてしまったのだという。インディーズで尖っていられた頃の音楽と、メジャーで広く支持を得るための音楽はまるで異なる。レーベルは売れ筋を求め、ファンは一貫性を求めた。自分たちの色を残しながら売れ筋の曲を作れれば良かったのだろうが、それらは常に両立し得る概念では無いし、両立したとしても成立させるのは難しい。

 

 結局どっちつかずのままふらふらとさまよい、FUTURE WORLD FES.の舞台に辿り着いた彼らは、この舞台でトドメを刺され、その活動に終止符を打った。……らしい。伝聞でわかるのはそれくらいだ。

 

 湊さんの目的の一つは、父の不名誉を雪ぐことらしい。レーベルの圧力で不本意な演奏を強いられた父親の無念を、父親の元の音楽性を引き継いだ湊さんの演奏で晴らす。今のRoseliaがこのフェスで評価されるのならば、湊さんの父親のバンドも同等の評価を得られたはずだ、ということだそうだ。大きく共感もしないし、否定もしない。そのバンドの曲は聴いたし、いくつか好みの曲もあったが、私は生半可な同情でこの場に立っているわけではない。あくまで、湊さんのために私はここに居る。

 

 Roseliaの音楽性は、何度か変化している。私が加入する前の、ギター抜きの4人。私がサポートで加入した後のアマチュア時代。私が離脱したあとの、オルガン主体のプロ時代。そして、今の5人でのゴシック・ロックスタイル。それぞれにファンがいて、けれども大きな反発もなくここまで来れているのは、湊さん自身がブレていないからだろう。

 

 湊さんが書きたいもの。湊さんが伝えたいこと。

 明確なテーマがあるわけではない、と思う。けれども、彼女が書くのは鼓舞だ。脆弱を見捨てず、堕落を否定し、停滞を許さず、前を向けと指し示す。

 私はそこに気高さを見出しているし、湊さん自身の理想像もおそらくは()()なのだろう。

 

 ……そういう意味では、表面的にはともかく、根本的にRoseliaの音楽性は揺らいでいないことになるのだが、湊さん的にはこれで良いのだろう。同じ轍を踏む意味もないのだし。

 

 

──Drown out 押し寄せる月光

 

 

 星の光さえ塗りつぶす満月(full moon)。悪者、という程でもないのだろうけど、敵側に月を持ってきた歌詞を見せられた時には苦笑してしまった。

 最初に月に魅せられたのは私。そうなりたいと憧れて、果たして少しでも近付けたのかは分からないが、今では私は夜になった。日菜が私を月に喩えてくるから、なんとなく意識してしまう。紗夜という祈りを、さあれかしと願う心を受け取って、私は氷川紗夜として生きてきた。

 

 けれども、湊さんは私を灰に喩える。だからまあ、思い過ごしなのかもしれないと考えたりして──歌詞を追う度に再び疑いが首を擡げたりも。

 

──塗りつぶす Attractive Light

 

 客席に向けられる照明。逆光になっているだろう手元が、機械的に弦を弾く。満月は星空をも眩ませる。月に被った星の光は、地上からは見えなくなる。

 アトラクトライト。見上げる夜空の月は美しいけれど、人を狂わせるのもまた月の光だ。狂気的(Lunatic)。色を変え、形を変え、人間を狼に変え、ローマ皇帝さえも狂わせる。

 手を伸ばしても届かず、水面に写った光を掬い上げることさえ泡沫の感傷でしかない。

 

──諦めないで 1等の輝きじゃなくても

 

 前世に聴いておくべきだったな、と思う。私が()であった頃に、湊さんに出会っていれば。……変わらないか。太陽もn光年先の恒星も、不変に美しいというのに。ころころと表情を変える月をこそ愛してしまうのは、満たされない者たちの弱さだろうか。

 

──褪せているとは限らない ゴールが遠くにあるだけ

──きっと旅は長い方が楽しめる

 

 六等星であっても、近付けば月よりはるかに輝いているのだ。よく澄んだ空の下、人工の匂いが風に混ざらない草原でようやっと目視できるような遠い光に夢を託したのなら、それこそが美しくて純粋な夢だろう。

 丸山さんなんかは、そういう類いだと思う。太陽に焦がされることなく、月に飲まれることなく、ただ星光に(成功を)祈る夢。

 

──眩まないで 1/6の重力に囚われないで

 

 軽やかにピアノが走り抜ける。シンプルなストロークに切り替えてコードをなぞる私の上を、白金さんが裸足で駆けてゆく。

 

──星雲を超えた先の星標(シルシ)

 

 宇田川さんが右手に持ったスティックを掲げる。左手で芯から抜けるようなスネアが、決して力強さを損なわない足元のバスが、私たちが進むべき道を舗装する。

 

──情熱の(Aile) 抱き締めた Noble Heart

 

 本を読むようになった、という湊さんの言葉を思い出す。時折私か白金さんのおすすめの本を貸し出すこともあって、Roseliaではちょっとした読書ブームが起こった時期もあった。星を目指す翼、とか。私が表面的に捉える以上に、私が感動した(コトバ)が、湊さんの心に降り積もっているのかもしれないと思うと、少しは私の趣味も役に立ったかと自分を褒めたくもなる。

 

──幽かでも 見えていれば辿り着ける

 

 今井さんがひらりと手を振った。ワァ、と歓声が上がる。音楽ジャンル的には男性ファンが多そうなものだが、Roseliaはガールズバンドだからか女性ファンの割合も高い。文字通りの黄色い声援、というわけだ。今井さんは受け取り慣れていそうだけれど。普段のライブではある程度自重される歓声も、フェスならばと許される空気の中、私達も観客も思い切り叫んでいる。

 

──百光年の夢へと Burning out!

 

 夢。夢。夢。

 今からこうなりたいとか、こんなことをしたい、というような具体的な目標があるわけじゃない。丸山さんのように、信念があるわけでもない。

 

 ギターソロのために一歩前に出ると、隣に歩み寄ってきた湊さんが私の肩に手を置いた。ほとんど力が入っていないから演奏の邪魔にはならないが、それよりも意識してしまうのは、左手から伝わる熱。

 

 このままでいたい、と思うことは許されるだろうか。現状維持のためには、前進しなければならないらしい。私が止まっても周囲が前に進んでしまえば、私は相対的に置いていかれてしまう。

 だから私は、湊さんの隣に立つことが許されるギタリストとして、Roseliaの仲間たちに認められる同僚として、日菜の前を歩き続ける双子の姉として、()()()()でありたい。

 

 湊さんの左手から伝わった熱が私の右手へと伝播して、指先からギターの弦へと流し込まれる。籠った熱は振り下ろされたギターによって空気中へはじけ飛んで、会場のボルテージを一段階上げた。

 

 Cメロに入る前の息継ぎ。わざとブレスをマイクに乗せた湊さんが、仰ぐように息を吐く。

 

 ──ああ、そうだ。()()()()──

 

 ──今こそが、私が永遠を願う瞬間なのだ。

 

 紫のライトに視界が眩む。右足を下げて、客席に対して半身になった姿勢のまま、Roseliaの全員を視界に収める。

 

 震えよわが翼、砕けよわが魂。105パーセントが生まれ得るのは、きっと今日に違いない!

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