月輪より滴り   作:おいかぜ

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間に……あった!


《95》青薔薇と終点

 

 これがもし夢であったら、目が覚めたときに心が折れてしまうかもしれない、とまで友希那は思った。渾身の演奏、沸き立つ歓声、父からの感謝の言葉、共に喜んでくれる仲間たち。

 

 今日こそ終わってしまった。報われてしまった。

 夢見心地でステージを降りて、夜に差しかかる夕方の終わりに会場を辞した。涙で腫れた瞼に赤みが差したまま、リサが破顔する。

 

「友希那っ! 最っ高だったよ!」

「……ありがとう、リサ」

 

 ちかちかと視界がスパークした余韻で、思考までふわふわとしていた。

 撤収作業が忙しかったせいもあって父とはゆっくりと話せなかったが、帰宅すれば久しぶりに時間を割いて話し合うことになるだろう。

 

 父の背中を見て育ってきたこと。音楽に育てられたこと。父の音楽が折れてしまった日に感じた衝撃、その後の決意。一人きりでライブを始めたこと。最初は否定的な意見ばかりだったこと。ボーカルだけのライブに、少しずつファンが増えたこと。チケットがまともに売り切れるようになった日のこと。初めてスカウトが来た日のこと。高校の玄関であこに話しかけられた日のこと。リサがバンドに加わってくれた日のこと。燐子に出会った日、本当に大丈夫なのか不安になったこと。リサに付き添って、たまたま紗夜のライブを見たこと。

 

 RoseliaがRoseliaになった日のこと。フェスの予選で落ちたときのこと。紗夜が憤っていたのが印象的だ。夏フェスに出た時のこと。ただのインディーズバンドに過ぎなかったRoseliaがメジャーデビューしてすぐ、それなりの知名度を得られていたのはフェスのおかげだろう。

 

 ──紗夜がいなくなった日のこと。

 

 口ではなんと言おうとも、実際にどう思っていようとも、その時が来るまでは実感することさえできないのだ。本当にこの5人でなければいけないのか、なんて。

 

 手に取ったギターがくすんで見えた。自分のギターの腕を、友希那は概ね客観視できているはずだった。過大でも過小評価でもなく、それなり。作曲や突発のセッションに耐えうるくらいには応用できて、練習すればそこそこ難しい曲も弾ける。けれども、それ止まり。スコアをなぞることができても、表現までは至らない。委細知り尽くした自分の曲ならばギリギリ、というところだろうか。止むを得ずに渋々許したものの、Roseliaで演奏する水準には到達していない。

 

 紗夜がいなくなったRoseliaは、5分の1の空白を埋められないままだった。

 

 父の背中を追いかけていた日々を、とうに脱していた事に気が付いた。

 友希那は音楽を通して、いちばん大切なものを見ていた。最初は、父とリサと友希那の3人で初めてセッションした日の景色。

 メジャーデビューして、キャリアの絶頂期にあった父の音楽が友希那には染み込んでいて、それに導かれるように父と同じ道を歩いてきたつもりだった。そして、父よりも先へ進んでみせると決意していた。父の音楽の骸を火にくべてRoseliaを作った。

 

 いつの間にか、湊友希那の道を歩いていた。青い薔薇のリング、5人分に広がった道幅、以前はずっと先まで見えていたはずの旅は、不明瞭な霧に覆われている。五里霧中、どういうわけかそれが心地よかった。

 

 音楽を愛している。音楽を通して、Roseliaを愛している。ベースはリサでなければならないし、あこ以外のドラムを考えられない。キーボードは燐子の指先で奏でられなければならないし、RoseliaのLoudは紗夜のギターによって為されるべきだ。

 

 

 だから、区切りをつけた。途中まで歩いていた父と同じ道を外れたことを、父に示さなければならなかった。

 父の音楽の終着点(ターミナス)で、レールを切り替える。

 

 

 本当の意味で父を超えるという目標は、結局達成できなくなってしまったことに気が付いた。友希那が今日やったのは、友希那自身が見つけた答えを示したに過ぎないのだから。

 父と同じ事務所に入って、自分の音楽に振り回されて、それでもなお父より前に進んでみせる、と思うような気概は最早なくなっていた。一人きりだったら、破滅をなぞっていただろう。けれども友希那は、途中から父の音楽に影を落とした毒を避けて進んでいた。事務所選びも、音楽性の徹底も、紗夜を諦めなかった理由の数パーセントも。

 

 弔い程度にはなるだろうか。

 独り立ちであり巣立ちだった。音楽という翼を広げて、友希那自身が飛び方を覚えた。

 与えられるエサ(音楽)を、嘴を開いて待ちわびていた日々も今は昔。

 

「お疲れ様でした。忘れられないライブが、またひとつ増えてしまったわね」

「わたし達とのライブは全部忘れちゃダメですよ!」

「ええ、勿論。宇田川さんには言っていなかったけど、私には完全記憶能力があるの。全部覚えているわ」

「でも都合が悪いことは忘れますよね?」

「覚えていたいことしか覚えていないのよ」

 

 リサと友希那をそっとしておきたいと思っているのか、紗夜とあこと燐子は2歩ほど後ろを歩いている。頭が痛くなるような会話に日常が回帰する。

 打ち上げに行こう、というリサの提案で、5人揃ってファミレスに向かっているところだった。初期のRoseliaが何度か打ち上げに使ったファミリーレストラン。近頃は焼肉屋だったり居酒屋だったりすることが多かったから、初心に返ろうということになった。

 

「でも確かに、完全記憶能力があるか人生二周目かと思うくらいには紗夜さんって落ち着いてるし色々知ってますよね」

「鋭いわね。そう、実は49歳なの」

「……それだと、日菜さんも49歳ということに、なってしまいませんか?」

「まあ、許してくれるでしょう」

「どうですかねぇ……」

 

 そういえば、と思い返す。生まれ変わる、という言葉が好きだった。

『Re:birthday』もそうだし、『FIRE BIRD』も不死鳥を意識して書いたところがある。ずっと、現状に不満を抱いて生きてきたのだ。上手くいかないことばかりで、生まれ変わるとか羽ばたくとか、そういう祈りばかりを込めて歌ってきた。

 

 ── Light will take us to the right place.

 光が私たちを正しい場所へと導いてくれると、そう信じていた。結局、友希那は自分の足で前に進むことを繰り返してきたわけだが。

 

「少なくとも1週間くらいは、何も書けなさそうね」

「……創作を引退するのはナシよ」

「そうだよ、アタシ達も曲を作ってはいるけど、あくまでRoseliaの音楽は友希那の音楽が軸なんだから」

「わかっているわ。でも、これまでより一歩進んだ曲が作りたいの」

 

 初冬の空気はよく澄んでいた。両手を広げてひらりとターン。見上げれば、街の灯りの隙間から少しだけ星空が覗いている。

 今まで脳内に溜め込んでいた曲の案を1度リセットして、今の心境で新しく曲を練り直したい。曲や歌詞に目に見えるような変化が生まれるかは分からないが、友希那は今日という日に新しい一歩を踏み出したのだ。新曲も同じスタートラインから作りたい。

 

 5人でファミレスに入ると、何かしらの配慮をされたのか、奥の方の6人席を案内された。あこが5人分の『デラックスセット』を注文して、紗夜の顔が若干強ばる。燐子が食べきれない分は大抵あこが食べるのだが、紗夜の分はどうなるか……

 前回はどうだったか、と記憶を掘り返すも、あまり覚えていなかった。紗夜は普通に食べきっていたんだろうか。

 

「新曲、評判良さそうだよ」

 

 SNSを覗いていたリサが言う。評判が悪かったよ、なんて言われたためしはないような気がするのだが、とりあえずは安堵。

 早速動画が出回っているのを、燐子とあこと3人で検分している。一応は違法アップロードなのだが、度が過ぎなければ細かく咎めたりはしない。

 

 リサの投げキッスを囃し立てたり、テンションが上がったあこのスティック回しが失敗しなくて良かったと笑ったり、燐子が大きく手を振るだけで歓声が上がっていたり。ステージの高台に登った紗夜が、友希那を真似た所作で蒼穹の向こうを指し示す。

 紗夜はライブではしゃぐタイプだから、ライブのときに限っては友希那やリサの考える演出によく乗ってくれる。リサはソロの度に紗夜を目立つところに見せたがるし、友希那も間奏の手持ち無沙汰にリサや紗夜にちょっかいをかける。

 近頃は特にそれが顕著で、氷川紗夜のパブリックイメージが歪みつつあるのを実感していた。

 

 友希那としては、親切をしていると思っている。本人は親しみやすい人物像を目指していると言っていたから、少しくらい「天然扱い」されることも許容圏内だろう。

 一時期路上ライブばかりしていたからか、演奏バカみたいな風潮もあるらしい。まだインタビューなどでの露出もそう多くないから、ファンの中でも氷川紗夜像は曖昧なものである。

 日菜とのバンドの動画から、妹に振り回されがちな姉というイメージだけは強く根付いているのが伺えるくらい。

 

「こうしてコメント見てると、やっぱり紗夜って人気だよね」

「そうかしら。4人と差があるようには見えないけれど」

「アタシ達は最初からこうじゃなかったし……」

「それはそうでしょう。貴方達が集めたファンが、ついでに私のことも許してくれているだけよ」

 

 紗夜はファンに「許される」という表現をよく使う。

 実際に、紗夜の再加入で離れたファンもいただろう。だがそれは、友希那にとって必要ないものだったとさえ思う。本当のファンではなかっただとか否定するつもりはなく、彼らの離脱は友希那にとって仕方のないこと、必要な犠牲であったというだけだ。

 

「……望まれていたのよ。大多数のファンは、あなたがRoseliaに戻ることを願っていた。……どうせ、自分が抜けたときの騒動なんて見ていないのでしょう?」

 

 紗夜が頷く。

 友希那達が時折紗夜について言及していたのもあるだろうが、紗夜の復帰を願う声は目障りなほど大きかった。日菜にも手伝ってもらいながら、紗夜を連れ戻す方法を模索していた友希那にとっては苛立たしく感じられることも多かったが、それでもいざ紗夜を連れ戻せた時の先行きが明るいことは喜ばしいものだった。

 

 そして、今の紗夜に対する評価も。

 元々妹の日菜がアイドルとして名を馳せていたり、ベーシストとして同業者から高い評価を受けていることも追い風になっているとは思うが、友希那が見初めたギタリストが評価されていることが、どうしようもなく嬉しい。

 

 とりわけ、同業者に対しては。

 頻繁にサポートに参加するのは紗夜だけだから、他のバンドからの評価を聞くのは紗夜ばかりというのもある。ウチに欲しいと言われる度に、Roseliaのギターは凄いだろうと胸を張っている。

 

 料理が届く。5人分の大プレートがテーブルの面積を圧迫した。リサが写真を撮るのを余所に、紗夜が不安そうな表情でプレートを見つめている。あことは対照的だった。少食なイメージはなかったが、何度かリサにからかわれたせいで気にしているらしい。

 

「湊さんのお父様とお話ができたのは良かったわ。……ちょっと引っかかっていたのよね」

「……父が反対したとしてもあなたはRoseliaのギタリストよ」

「そういうのじゃないわ」

 

 ハンバーグにナイフを差し込みながら、紗夜は思案げな表情。言うべきか口を噤むべきか迷うような素振りを見せたあと、おもむろに口を開いた。

 

「ひとつ背負うのもふたつ背負うのも変わらないのよね。……降り積もった灰は、かき混ぜられないと再び炎を見せることはない。自らの心で燃え上がることがないのなら、誰かに薪をくべてもらうしかないでしょう?」

「……私は2番目なのね」

「それは許して欲しいわね。生まれた瞬間から、私はあの子にとっての1番であることを義務付けられているらしいの」

 

 1()()()()()()()()。そういう意味と取ってもいいのだろうか。

 火の鳥の纏う焔は温度を上げ、青く染る。

 

「……友希那と紗夜の会話、ときどきわかんないよね」

「貴方達がいつまでも私に気を遣うから、そういうのは必要ないと言っているのよ」

「それにしたって抽象的な会話が好きだよねぇ」

 

 青い薔薇は、かつて奇跡の象徴だった。不可能を可能にすること。夢が叶うことを願ってつけたRoseliaに、今度は自分たちが意味を持たせたい。不甲斐ないリーダーについてきてくれた仲間たちの居場所として、今満開の薔薇がたちまちに枯れてしまわないように。

 

 

 




春のバンドリ祭スタートしました!
作者はこの後日談を書くのに必死でまだ書き上がってないです。
誰だよ100話までやろうって言ったの。
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