月輪より滴り   作:おいかぜ

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《96》かわいい子と旅をしよう!

 1月9日、金曜日。作戦決行。

 

「あの、日菜さん。なんとなく予想はつくんですけど……何を企んでいるのか、教えて貰ってもいいですか?」

「そりゃあ、……ヒミツだよ。新幹線に乗ったら教えたげる」

 

 2泊3日分のお泊まりセットを用意しておくこと。それだけの説明でもつぐちゃんはなんだかんだと付き合ってくれるだろうとわかっていたし、一応周囲に迷惑をかけないように手を回してもいた。Afterglowの子達や親御さんに予定を尋ねて、つぐちゃんがフリーなことは確認済み。それでも何か用事があったり虫の居所が悪かったりする可能性をゼロにできるわけじゃないけど、上手くいかなかったら諦めるくらいのノリじゃなきゃこんなお遊びはできない。

 

 大学が午前までだと言うので、夕方の3時につぐちゃんをタクシーで迎えに来た。そうしてあたしに出会ったつぐちゃんの第一声が、諦念と呆れと期待と優しさと気だるさでごちゃ混ぜになった上記の発言というわけだ。

 

 つぐちゃんはジトっとした眼差しであたしを睨めつけたあと、その視線を助手席のおねーちゃんにもぶつけることにしたようだった。ミラー越しにもそれは見えていないだろうおねーちゃんは、居心地悪そうに身じろぎする。

 

「あ、そうそう。つぐちゃんお誕生日おめでとう!」

「……私からも、お誕生日おめでとう」

「ありがとうございます。当日も祝ってもらいましたけど……ハタチと違って、あんまり特別感はないですね」

「……まあ、それはそうね」

「でも、ここから2ヶ月くらいつぐちゃんはあたしたちと同い年だよ? トクベツな感じしない?」

「それは毎年のことですし……というか、それなら日菜さんの企みを教えてください」

「分かるでしょ? はっぴぃばぁすでぃ! だよ」

 

 バースデープレゼント、と言うやつだ。タクシーのトランクに荷物を載せたつぐちゃんを連れて、馴染みの主要駅へ。混みあった駅を、ヌーの群れに巻き込まれたように流されて歩く。正月からは少し外れているとはいえ、まだまだ冬休みシーズン。新幹線のホームもひどく混みあっていた。

 

「日菜さん。調べましたけど、明後日はツアーの大阪公演ですよね」

「うん」

「2泊3日分の荷物、ですよね」

「うん」

「……何も言わずに大阪に連れて行くのは、いくらなんでもだと思います」

 

 何も言わずについてくる方もついてくる方だと思うけど、という言葉が口をついて出かけたけど、あたしが言うのもおかしいかなと思って黙っていた。

 

「ついて行く側も大概です。……信頼できる人以外について行ってはダメよ」

「……紗夜さん? きっと紗夜さんも悪ノリしたんですよね?」

「……私は止めたわ。押し切られただけ」

 

 おねーちゃんがつぐちゃんに言い負かされそうになって怯んでいるのを尻目に、自販機の方へ退散。おやつと飲み物を買って戻ると、おねーちゃんから恨みがましい視線を向けられた。

 被害者面してるけどおねーちゃんが悪ノリしたのは事実だよね。おねーちゃんがノってくれそうな計画を立てたのも、言いくるめたのもあたしだけど。誕生日当日ではなく2日後にしたりとか、親御さんの許可を取ったりとか、まあ、いろいろ。

 

 どうせ、つぐちゃんとあたしの関係が気になって首を突っ込むことにしたに違いないのだ。昔と違ってあたしは独りじゃないのだけど、未だにおねーちゃんはあたしの人間関係事情について心配しているらしい。つぐちゃんとのあれこれを今更危ぶんでいるわけではないと思うけれども。

 日菜と仲良くしてくれるお礼をしたい、くらいは思っているかもしれない。

 

 新幹線に乗り込む。適当に振り分けた切符の通りに座ると、つぐちゃんが窓側、おねーちゃんを真ん中に挟んであたしが通路側になる。

 

「お二人は目立ちませんか? 声を掛けられたりするんじゃ……」

「羽沢さん、貴方ももうプロミュージシャンなのよ」

「いや、お二人は有名人じゃないですか」

「声掛けられたりはするかもね〜。でも慣れてるし気になんないよ。むしろつぐちゃんがそういうのに慣れていかなきゃいけないんだから、声かけられても別にいいんじゃない?」

 

 ファンの人に声をかけられる、なんてことはもう日常に馴染んでしまった。おねーちゃんは未だに面倒くさいと思っているらしいけど、やっぱり手つきとしては慣れているし、すっかり著名人側の対応になってきている。

 曰く、ミーハーが少ないから貴方よりは楽、らしい。あたしと比べておねーちゃんの地上波への露出はかなり少ないから、おねーちゃんに声をかけるような人は大抵バンドが好きな人かRoseliaのファンだ。あたしの場合はあたしの事をよく知らない人まで話しかけてきたりするから、おねーちゃんと比べれば面倒な人に囲まれやすいし話しかけられる頻度も高い。

 

 まあ、いずれにせよ声を掛けられるくらいは日常茶飯事だし、これからの事を思えばつぐちゃんにも慣れておいて欲しい。とはいえこれはつぐちゃんのためのお誕生日プレゼントだから、心労は減らしておきたい。……結果的にベストな席順になったと言えるんじゃないだろうか。

 

「そういえば、羽沢さんからは聞いていなかったわね。メジャーアルバムを出した感想はどう?」

「……レーベルって凄いんだなって思いました」

「ああ、そっちになるのね。……まあ、そうか。元々メジャーデビューを目指していたわけでもなければ、そうもなるか……」

「え? ……ああ! えっと、どちらかと言えば安心しました。数字が出るまで、ファンの人たちの反応とかこれから先の活動指針とかが決めにくかったので」

 

 おねーちゃんが本を取り出しかけて仕舞った。酔うからか、真ん中の席になってしまったからか。たぶんあたしと位置が逆だったら、本を読みながら会話に参加していただろう。

 

「なるほど。……晴海さんは信用できる人だけれど、もし困ったことがあれば私を頼ってもらっても構わないから、抱え込まないようにね。デビュー当時のことは知らないから、結局は湊さんや日菜のことを頼った方が良いのかもしれないけれど……」

「ありがとうございます」

「おねーちゃん、つぐちゃんが頼ってくれないのを気にしてるんだよ」

「気にしてなんかいないわ。問題が起こらないのがいちばんなのだし。気を遣わせるようなことを言わないで」

 

 ぺしんとおでこを叩かれる。実際おねーちゃんは、Afterglowの事務所選びのときにつぐちゃんがあたしに相談したことをどうとも思ってはいないだろう。自分が頼られなかったからどう、とかそういう感情はあまりないんじゃないだろうか。あたしやRoseliaの人達に対しては別だろうけれども。

 

 おねーちゃんにとってのつぐちゃんは仲が良い後輩止まりだろうし、間にあたしを挟んでいるような感覚もあるだろう。相談相手としてはAfterglowの子達をいちばん信頼してるだろう、というところまでわかっているから、自分がしゃしゃり出るつもりは無いに違いない。

 

 東京から大阪まではほとんど都市部だ。あたしとしては山の間をぬけてトンネルをくぐるような旅も好きだけれど、夜はこっちの方が綺麗だろうな。

 

 新大阪まではすぐだ。そこから快速に乗り換えて梅田へ。そしてもう一度乗り換えて、環状線でライブ会場近くの駅へ。大阪城にほど近い駅で降りて、真新しい雰囲気のあるアスファルトとベーカリーの酵母香る南口から街に出る。遠目に天守閣が望む道路を歩いて、ホテルに到着した。

 

「あとで大阪城の方散歩しようよ。ご飯のついでに。……ちなみに、つぐちゃん何食べたい?」

「んーと、せっかくだし、串カツかお好み焼き食べたいです」

「りょーかーい!」

 

 受付でチェックインを済ませて、ロビーを見て回っているつぐちゃんとおねーちゃんに合流する。荷物片手にエレベーターに乗り込むと、あたしが鍵をふたつしか持っていないことに気がついたおねーちゃんが、戦々恐々と口を開いた。

 

「……2部屋しか取らなかったの?」

「うん! そもそもあたしの部屋は事務所で取ってたやつを前倒ししてもらっただけだし」

「じゃあ、私と紗夜さんが同じ部屋ですねっ」

「……楽しそうだねつぐちゃん。あたしとじゃなくて良かった?」

「日菜さんとは前お泊まりしたじゃないですか」

 

 このまま大きい方の部屋に荷物を一旦まとめよう、という話になって、2人部屋の方のフロアでエレベーターを降りる。おねーちゃんは何か言いたげにあたしをじとりと睨みつけていたけれど、黙殺する。つぐちゃんが楽しそうにしているから、文句を付けることもできないのだろう。哀れ。

 Roseliaとかでもバンドメンバーと一緒に泊まっていそうなものだけど、事情を知ってるあたしがこのチョイスにしたことにご立腹らしい。ごもっとも。

 

 そしてあたしは、結局おねーちゃんが「ツインならまあ……」と渋々納得するところまで読んでいる。ので、

 

「この部屋、ダブルじゃない」

「そだよ〜」

「……日菜」

「えー、いいじゃん。つぐちゃんは気にしないよね? あたしとも同じベッドで寝たわけだし」

「えっと、はい。紗夜さんが嫌でなければ……」

 

 そこそこ良いホテルだけあってかなり豪華な内装。でっかいベッドが部屋の奥側に鎮座している。

 嫌ですか? とつぐちゃんが首を傾けるのに、おねーちゃんが困ったように目を瞑る。

 

「……羽沢さんが嫌なわけじゃないの。少し気恥しいと思っただけ」

「あたしと一緒に寝てるじゃーん」

「妹と友人は違うでしょう」

 

 つぐちゃんは幼なじみ組と距離が近いからか、ダブルベッドにも特に抵抗はなさそうだった。

 おねーちゃんとつぐちゃんの組み合わせでアウトなら、あたしとつぐちゃんでも一応アウトな気がするというのは黙っておく。おねーちゃんは肉体的に同性愛者だけど、あたしだっておねーちゃんが好きなのだから同性愛者といえなくもない。……まあ、わざわざ言わないけど。

 

「まあまあ、とりあえずご飯食べに行こうよ」

「……誰のせいよ」

 

 最初はつぐちゃんの方が色々と困惑してたのに、おねーちゃんの方が疲れてそうなのが面白い。まあつぐちゃんは慣れてるもんね、と納得しかけて、その理論ならおねーちゃんの方が余程慣れているのでは? と思い直した。

 

 串カツのお店を検索して、歩いて行ける範囲に良さそうなお店があったからそのまま予約する。1時間くらい席が取れなさそうだったから、先に大阪城公園を散歩することになった。1月にしては暖かく風のない夜。コート一枚で凍えることなく出歩けられるくらいの温度感だった。

 

 心做しか斜面の多い道を、堀の水面に反射する月を見ながら歩く。

 

 おねーちゃんの横顔に視線をやると、おねーちゃんを挟んでつぐちゃんと目が合った。

 

 ずっと昔におねーちゃんに本気で怒られてから、こういうことはやらないようにして来たけど、つぐちゃんとおねーちゃんをくっつけられたりしないかなぁとちょっと目論んだ。

 

 万事が万事うまくいくわけではないけれど、人の心なんてちょっとした誘導である程度操作できてしまう。それが恋愛ごとともなると、流石にゼロから作ることは難しいんだけども。

 

 あたしとおねーちゃんが直接くっつく手段は、たぶん無い。諦めるつもりはないけど、姉妹というのはどうにも高い壁だ。子供を作るわけでもなければ血の濃さなんて問題にならないはずだけど、あたしが22年間積み上げてきたおねーちゃんの妹としての日常が邪魔をする。

 

 けれども、つぐちゃんがおねーちゃんのことを好きになったのなら、おねーちゃんには受け入れる余地が……あるような気がする。ついでにあたしの事も好きになってもらって……あたしもつぐちゃんのこと好きだから、三人でカップルになったりできないものだろうか。

 

 ……まあ半分以上は冗談というか、もしこうなったらラッキーくらいの思いつき、妄想なんだけど。

 

「明日の予定なんだけどさ、つぐちゃんはUSJと大阪めぐりコース、どっちがいい? 後者はアメ村とか海遊館とか道頓堀とかになるんだけど」

「……お2人はどっち派ですか?」

「私はどちらでも。羽沢さんに楽しんで貰うのが一番だから、気を遣わずに選んで欲しいわ」

「あたしもどっちでも楽しめるからなー」

「じゃあ、USJの方がいいです。紗夜さんがテーマパークで遊んでるの、想像できないですし……」

「普通に楽しむわよ。……ああでも、昔は日菜が迷子にならないか心配でそれどころじゃなかったような気もするけど」

 

 小学生くらいまではずっとおねーちゃんと手を繋いで歩いていたのを思い出した。ついでに、ジェットコースターの待ち時間にはその手が固く握られていたことも。懐かしさのままにおねーちゃんの手を取って、そのままつぐちゃんの右手も確保。両手に花、ってやつ。

 

「これでだいじょーぶ!」

「歩きにくいわ」

 

 これはこれで幸せだから良いかなぁ、とか。

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