戦国の鬼狩り、呪うは己   作:みくりあ

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本誌見て書いた


第拾話 異物

 

「持っているのか!? あの忌み物を!!」

 

 ファミレスの室温が急激に上がる。店員が訝しげな顔をするが、仕事を取りやめるほどではなかった。しかし異変を察知した一人の店員が店の外へと消えた。

 熱波の中心には夏油傑──否、羂索。そして三匹の呪霊がいた。

 

 呪霊達の目的は人間を滅ぼし、呪霊が人として在る世界を作ること。しかし呪術師の存在が邪魔をしていた。

 そこに天啓のように現れたのが夏油である。呪詛師の彼と呪霊達とは目的が似通っているらしく、協力することにしたのだ。彼らが目下、一番の障害としている五条悟の封印。そのための同盟。

 

「お客様、ご注文は?」

「待って漏瑚」

「?」

「すいません、コーラをひとつお願いします」

 

 有無を言わさず店員を焼き殺そうとした漏瑚を夏油が止める。

 

「なんだまだあるのか」

「話はまだ終わってないよ。漏瑚、五条悟を殺す前にさ。殺して欲しい受肉体がいるんだ」

「あぁ?」

「花札の耳飾りと焔のような痣のある剣士。どうやら計画の邪魔になりそうだからね」

 

 夏油は試す。四百年の呪いが、山の災いに敵うか。敵わなければそれまで。人から人への呪いよりも、人による畏れや信仰が勝っただけのこと。

 だが漏瑚が祓われるようならば『呪霊が人間として存在する世界』はどう転んでも実現し得ない。

 漏瑚は最強格の呪霊である。五条悟は兎も角、彼がそれ以外に負けるようであれば全ての人間を滅ぼすことは不可能。もちろん夏油は呪霊が人として在る世界を実現させる気は無い。言ってしまえばただの好奇心。育てたカブト虫が他のカブト虫に勝てるかどうか程度のこと。

 

「まぁよい」

「ありがとう。2点、注意しておくべきことがある。

 経験と呪力を使わない動き。この2つはどう足掻いても彼に分がある。長期戦を避け、極力術式を使って戦うんだ」

「経験は分かる。儂らのような最近の呪霊には欠けているもの。だが、たかが受肉体なぞ……」

「あーちがうちがう。経験のレベルが違うんだよ。そうだなあ。ねぇ花御」

 

 夏油は隣の呪霊に話しかける。無言を貫いていた森の呪霊、花御が顔(?)を上げる。漏瑚が嫌な顔をした。彼女の言葉は理解できないが意図だけ伝わる。その感覚が気持ち悪く、極力聞きたくないのだ。

 

《なんですか》

「例えば、頭や手足がなくなっても即再生するような生物が数百年ずうーっと強者達と戦い続け、しかも生き残ったらどうなると思う?」

《それは……無類の強さを誇るでしょう》

「うん。それが彼だよ。わかった?」

 

 有無を言わさない笑み。どこか挑発的なそれに漏瑚は押し黙った。

 

「ぬぅ。ならば呪力を使わない動きをしてはならない訳を教えろ」

「彼は肉体が透けて見えるんだよ。どの筋が動いて、次にどのような動きを繰り出すかが見える。その代わり呪力の流れはまるで理解してないと思うけど。呪力のない世界だったら、紛れもなく彼が最強だよ」

 

 夏油は笑う。巌勝には想像を超えてもらう。そうでないと意味が無い。持たざる癖に進み続けた人間と持ってる癖に進まなかった人間の組み合わせ。彼自身、最高のデュエットだと自負している。

 だと言うのに、それだと言うのに──

 

「なんで術式がないんだろうね。本当に惜しい」

「,! (6(7」

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

 てらてらとした触手が夏油を撫でる。彼は巌勝に術式が刻まれていることを知らない。本来なら刻まれるはずがないのだ。術師に受肉するならともかく、非術師が非術師に受肉したのだから。

 つまり、()()()()()も知らない。

 

「それと、漏瑚にはこれを渡しておくよ」

「なんじゃそれは」

「日輪刀『神籬』。刃には正の呪力があるから触らない方がいいよ。鬼の首魁を誅した際に使われた刀で正真正銘の特級呪具。その時に折れたんだけど、何故か元通り。最後の最後で半端な使い手に使われた未練か、握るに足る存在が生まれ落ちたからか。どっちだろうね」

「熱で溶けん」

「溶かそうとしないで。でも結構丈夫だから、受肉体と戦う時に使いな」

 

 そう言って帰り支度をする夏油。彼が渡した呪具には探知の呪術が込められている。もしも巌勝が勝って手に入れたのなら、位置情報は夏油に筒抜け。用心は欠かさない。

 

「漏瑚」

「あ?」

「もういいよ。燃やしても」

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「…………」

 

 所変わって東京都立呪術高等専門学校。呪術師の才能がある学生を育成するための学校。才能の稀有さから一学年は片手で数える程。ただ、近年の術師不足も相まって命懸けの任務に学生のうちから派遣されることもあり、それが少人数教室に拍車をかけている。

 

 そんな高専の年季の入った応接間に男が一人、人を待っていた。しかし既に三十分近く待たされている。確実に待たされるのは分かっていても集合時刻を守るのは、性格故。待つよりも待たせる方が嫌いなのだ。

 静まり返った部屋の外から床を走る音が聞こえてくる。その音は次第に大きくなり、部屋の前で止まる。瞬間、勢いよく戸が開けられた。

 

「センパーイ、元気してた?」

「無論だ。お前も元気そうだな、宿儺の器が死んだらしいが」

「悠仁ね、虎杖悠仁。死んだなんて嘘にきまってんじゃーん。ピンピンしてるよ、今は七海と伊地知に任せてる。なんでか聞きたい?」

「いや、今は」

「上の喋る廃棄物を出し抜くためでしたー!」

 

 ぬいぐるみを抱え、ハイテンションに現れたのは五条悟。黒ずくめの制服をと黒い目隠し、それ故に映える雪のように白い髪を持つ彼は現役の教師であり、現最強でもある。

 二人は一度殺し合い一歩手前まで戦ったことがあり、悟にとって巌勝は数少ない信頼出来る先輩という立ち位置。

 悟は訓練用呪骸を手の上でくるくると回した。それが起きる気配は無い。

 

「なんだそれは」

「はい持ってみて」

 

 鼻ちょうちんを浮かべて眠るぬいぐるみ。巌勝は呪骸の頭を鷲掴んで受け取る。暫くするとでしでしと指を殴り始めた。

 

「殴ってきたぞ」

「それ一定の呪力流さないと殴ってくんのー。センパイの場合、一生殴られるよ」

「……」

 

 無言で背中の刀に手をかける。長身の彼が背中に背負っていても脹脛の中ほどまで長い大太刀。本当に長すぎて腰に差せないのだ。

 

「だめだめ斬らないで。返して、悠仁の訓練に使ってたやつだから」

 

 巌勝は小さく嘆息した。手ずから呪骸を悟に返す。呪骸は再び眠り始めた。受け取った悟は一瞬考える素振りをした後、両の手で抱き抱える。

 

「……センパイってさ、弱者のことどう思ってる?」

「随分唐突だな」

「いいから。非術師とか、等級の低い術師とかどう思ってんの」

「……」

 

 巌勝は暫し逡巡した。顎に手を当てて考える。

 彼にとって万物は斬り捨てるもの。そこに強弱や命の有無は関係ない。

 刀を抜いたからには、斬らねばならない。ただそれだけ。

 何も眼前に広がる全てに刃を向ける訳では無い。己が鯉口を切って尚、歯向かうような存在のみ。ただの石ころであろうが、同胞であろうが刀を抜いたなら等しく斬り捨てる。斬り捨てなければならない。それが侍というもの。

 呪骸を投げて渡し、両の腕で抱えた悟。呪骸を手ずから渡し、頭を鷲掴んだ巌勝。その違いとは……

 

()さ、まだアイツら(生徒達)と同じガキだった頃植木鉢を買ったんだ。土塊を入れて、呪力なんてある訳ない種を埋めて、雑草と見分けがつかない若葉に喜んだ。

 それを見た傑が、()を教師に向いてるだなんて言ったんだ。育てるのに向いているって。笑えるよね。たかが花と人間はちげーだろって。……でも、違わなかった。違わなかったよ」

 

 目隠しに隠された瞳は遠くを向いていた。彼にとって戻ることの無い青い三年間は、以降と以前の二十年少しよりも充実していた。今が楽しくない訳では無い。ただ、最近の彼は心の底から笑っていない。

 彼はずっと、ずっと北に向かいながら、南を向いている。戻ることは無いと知っていても、戻りたいという願いは呪いに違いない。

 

「私にとって弱者も強者も変わりない。歯向かうならば斬って捨てる。それだけよ」

「それって孤独じゃない?」

「何。刀さえ振っていれば気も紛れるというもの」

「あんたらしいね」

「どういう意味だ」

「なんでもない、忘れて。ちょっと宿儺について調べてたら思っただけで、まぁ前座ってやつさ」

 

 

 

 瞬間、迸る殺気。凍てつく刃が壁を成して巌勝に突き刺さる。

 巌勝は刀に手をかけた。

 

 

 

「傑がどこで何をしているか知ってるでしょ。俺が数年前から探してるのになんで言わない」

「……」

「縛りでも結ばされてるの? まぁいいけど。ぶっちゃけさー、センパイってどっち側?」

「……虎杖悠仁の死刑には」

「そっちじゃねぇよ受肉体」

 

 さらに空気がピリつく。踏み出された悟の足が床を陥没させる。破片は宙に浮いたまま。感情の昂りによって無限の力場が生成されたのだ。

 

「悠仁の体質そのものがおかしいよ。千年ぶりの逸材? なわけ。誰かが絶対糸引いてる。アンタから疑ってかかるのは当たり前っしょ。呪いに関する知識がないくせに受肉体である時点でもう真っ黒。

 んで、そこんとこどうなんだよ。元最強」

「……」

「今はあの呪具持ってないだろ。もう一回腹に大穴開けてやるよ」

 

 悟は目隠しを外した。青が鬼を映す。

 可能であれば、ここで殺すつもり。興味本位で由基が持ってきた黒縄を破壊したように。自分に届きうる存在は危うい。

 二戦一敗一引き分けではあるが、今や黒縄は巌勝の手には無い。彼の攻撃は悟に届かない。

 

「覚えていない」

「は?」

「受肉する前に唯一覚えているのは男の誘いに乗った。それだけだ。思い出そうにも儘ならぬ」

 

 

 

 

「………………はぁぁぁぁああああ」

 

 

 

 

 張り詰めた空気が弛緩する。悟はどっかりとソファーに倒れ込んだ。目隠しも戻し、さらに大きなため息をついた。

 

「ほんと? 嘘だったら……」

「断じて嘘は言っていない」

「……まぁ、多分縛りの内容に縛りそのものを忘れるってことが入ってる。何か時が来た瞬間思い出すよ。ってなると悠仁の体質も無関係じゃないか。そいつが何企んでるか知らねぇけど、絶対潰す。

 じゃあ傑の事は?」

「本当に知らん」

「ふーん。ま、それも縛りで忘れてるかもね」

「話は終わりか?」

「終わりだけど。あ、センパイも見ていきなよ三日後の交流会~♩恵も葵も出るからさ。それに()()()()()()()()()()()らしいよ」

「考えておこう」

 

 巌勝は踵を返し、退室しようとする。扉に手をかけたが留まった。悟が怪訝そうに顔を覗かせる。

 

 

 

「虎杖悠仁に会ってもいいか?」

 

 

 

 ★

 

 

「じゃじゃーん!!! 故人の虎杖悠仁君です!!!」

「虎杖悠仁ッス!」

「継国巌勝だ」

 

 場面は変わって呪術高専からより離れた辺境。限られたものしか知らない地下室には3人はいた。

 

「む、故人と言ったな」

「言ったよ」

「戸籍上も死亡扱いか?」

「モチのロン」

「投票、保険、大学入学、結婚」

「行かなくていい。必要ない。行けない。出来ないでしょ」

「いやひどくね!?」

「まぁ生き返った云々は伊地知に任せとくから安心しな。ってことでセンパイ、後ヨロシク!」

 

 颯爽と去っていく悟。もちろんこの後の任務は巌勝に丸投げしてある。彼はこれから話題の新宿スイーツに伊地知をぱしらせるという大事な予定があるのだ。

 

「……ほへぇ」

「なんだ」

「いや五条先生が先輩って言ってるのなんか新鮮で」

「私の事は好きなように呼べ」

「改めて虎杖悠仁ッス! よろしくみっちー」

 

 

「み?」

 

 

 巌勝は無量空所を食らったような顔をした。

 

「あー早速で悪いんだけど、宿儺がみっちーと話したいって」

「呪いの王が?」

 

 突拍子も無い申し出に疑問符をうかべる。己は呪いと関わらないで生きてきた存在。呪いの王が興味を引くようなものは何一つ持っていないと思っていた。

 

「お前は大丈夫なのか?」

「多分大丈夫ス。1歩も動かないし、口しか動かさない。俺が明け渡している間の記憶を忘れることを条件に五分間体を使うらしいス」

「……」

 

 呪いの王へと体を明け渡す。

 軽々しくそれをしてしまう事実。彼はまだ宿儺の邪悪さに気がついていない。否、邪悪であることは分かっているが、縛りの奥深さを把握していない。それが一般人がこの世界に突然入ったことによる弊害。だが呪いの王を内に飼っておきながらそれは致命的であった。

 

(体を明け渡す……か。私は縁壱の肉体に受肉しているが、体を縁壱に明け渡されている状態。ならば、縁壱はどこへ行った?)

 

 ドクン。

 縁壱の心臓が跳ねる。それは巌勝が気が付き始めたからでは無い。目の前の、尋常ではない驚異に体が強ばったのだ。

 目を閉じた悠仁。紋様のような刺青が刻まれ、狐のように口角が上がる。

 

(……化け物め)

 

 眼前に佇む少年はもはや少年では無い。ドス黒い存在感を醸し出している。縁壱のように至った者。有象無象が手を伸ばす場所へとたどり着いた存在。

 だからこそ巌勝は──

 

『おい受肉体。何を笑っている』

「響凱……?」

『誰だそいつは』

 

 現れた呪いの王。口しか動かせない。一歩も動けない。だと言うのに最大限の警戒を強いられる。

 

『まぁいい、単純に興味が湧いた。呪いの世は久遠のものだと勘ぐっていたからな』

 

 両面宿儺が生きた、呪いの全盛期平安。呪術師が政を行い、呪いが国の方向性を決めていた最後の時代。生きとし生ける全ての術師が強者であった時代。裏を返せば、弱者はそれだけで生きることが許されなかった時代でもある。

 ただ事実として、それを終わらせたのは紛れもなく武士である。

 

『加えて貴様の呪力だ。随分と愛されている。水子の方が澄んでいるぞ』

「愛されている……か」

『身の上を話せ。聞いてやる』

「生憎と……」

 

 

 ❛龍鱗、反発、番いの流星

 

 

 

 キン。

 

 

 

 

 瞬間、宿儺は自らの片腕を根元から切断した。断面から血が流れ出るが、当の本人は眉一つ動かさない。むしろ笑みを浮かべている。

 宿儺が行ったのは呪詞による詠唱。『口しか動かさない』縛りだが、つまり『口は動かせる』のだ。

 その上、誰も傷つけないと約束していない。完全に悠仁の落ち度である。つけは悠仁が身をもって払ったが。

 

『話さなければ次は首だ』

「……話せば治すか?」

『ああ』

「縛りだ。私は身の上を話す。貴様は悠仁を五体満足にし、彼に体を成り代われ」

『構わん』

「退屈するぞ。大して面白みもない」

『それは俺が決めることだ。貴様が決めることでは無い』

 

 巌勝は一息ついたあと、口を開いた。

 

「私は双子で生まれたがその時代、戦国時代において双子は凶兆だった」

『……忌み子か』

「知っているのか」

『構わん。続けろ』

 

 巌勝が忌み子であったという事実。それを知った宿儺の威勢が鳴りを潜めた。それだけで粗方察し、巌勝は続けた。

 

「我ながら盲目に力を追い求めた。強くならざるを得なかったからな。だがどこで道を間違えたか、善人を切り捨て喰らう化け物に成り果てた」

『なんだ。人を喰ったことがあるのか!! 呪霊以外にそんなやつは初めてだ』

 

 打って変わって喜色満面。人喰いに興味津々の呪いの王。人の道を外れ、恨みの根源に受肉してまで強くなろうとする飽くなき飢え。それでいて泥水を啜るような努力を惜しまない愚直さ。それらは宿儺に、有り体に言えばどストライクだった。

 対して、鬼のいない世界に生まれたというのに人喰いの話をしている。その事実に巌勝は複雑だった。

 

『味はどうだった?』

「……美味であったと記憶している」

『ク…………クハハ!!!! そうだろう。そうだろう!!! 舌で転がす味だけでは無い!! そやつの生きた年月、鍛え上げた技を味わうのもまた一興!!!』

「だが殺すことで鍛え上げた技が途絶えてしまうことは惜しい。積み上げた技は積み上げた者たちのものであって、私に打ち勝ったものの技では無いからな」

『……負けたのか』

「負けたのだ。目指した理想との乖離に押しつぶされ、醜く死んだ。もし押しつぶされず、受け入れていたのなら……」

『勝ち残れたか』

「……いや、もう過ぎたことだ」

 

 宿儺は黙り込んだ。彼自身、なにか思うことがあった。即身仏として死んだ己。だがもし、もしも己の全力がそれすらも上回る強者に完膚なきまでに叩き伏せられたのなら、それは得難い味となる。

 巌勝は思い出す。首の弱点すら克服し新たな生物と進化した途端、柱の刀に映った化け物。最強の侍を屠り、最強の侍であり続けた己が侍ですらなかった事実。

 

『恥も尊厳も捨て、斬り捨てればよかったものを』

「斬り捨てなかったからこそ、今こうして話している。私は強者となる事自体は過程であって目的では無い。いくら強くなったとて、器が追いつかなければ伽藍堂となる。

 そうは思わんか? 呪いの王よ」

『……難解だな。だがどうやら貴様も俺と同じく、辿り着き方は違えど至ったものらしい。ならばその刀、貴様には不足だろう』

「これか。そもそも呪具を持つのは、弱者のすることらしいが」

『なんだと?』

「呪具に頼らなければ勝てないと看做されるそうだ」

『……………………ほざいていたのはどこのどいつだ』

「御三家が一つ、禪院家当主の子だ」

『覚えておいてやろう。……ククッ。思いの外楽しかった。また話そう、継国巌勝』

 

 体を明け渡してからちょうど5分。血の滴る肩から反転術式により腕が生えてくる。巌勝の目に映るその速さは自分の再生速度より遅かった。

 

(加えて自らの腕を切断したあの斬撃……私の呼吸に似ている。不可視の刃を高速で飛ばすか。面白い)

 

「ただいまみっちー。ん、血溜まり? え、なんか片腕だけノースリーブ!? ……もしかしなくても……」

「このことは悟に報告する。一番身の上を知るべきはお前のようだったな」

「やっちゃった」

 

 それからというもの、巌勝と悠仁が話している時はほぼ確実に宿儺が口を挟むようになった。巌勝も最初は身構えていたものの、宿儺が単に話したいからという理由であることを察し、自然体で相手をするようになった。

 

 ★

 

「なんか寒気したわ。どっかで僕のこと噂しとるんとちゃう?」

「カイロいるか?」

「なんでそういうとこ気が利くねん。きしょいわ」

 

 散々言いながら葵のカイロを直哉が受け取る。二人は他愛もない会話を続けながら東京校の石畳を上がっている。葵の師匠である由基は、弟子をポケモン感覚で強者と戦わせようとする狂人。当然、葵が戦わされた中には直哉もいた。

 どちらも一級術師。これからの呪術界を担っていく人材である。

 

「なぁ。なんで僕呼ばれたん」

「京都校が人数不利だからだ」

「僕一級やけどええん? 乙骨君も出るん?」

「乙骨は海外出張。ってことで骨のある奴がほぼいないっ!!」

「んー。楽勝やな、まぁ弱いものいじめは嫌いちゃうし遊んだろ」

「まぁまて。ほぼいないと言ったが、一人もいないとは言ってないだろ?」

 

 葵は息を吸って吐いた。直哉の顔が引き攣る。葵の顔は誰がどう見ても気持ちの悪いものであったから。

 

「高田ちゃんの夫であり、マイブラザー。伏黒恵が来ている」

「あー恵君か。夫ってことは……なんやもう結婚しとったんか。ええ顔やもんな父親に似て」

「それだけでなく子供もいるぞ。名付け親は俺だ」

「なにそれおもろいやん。あんなキリッとした顔のくせしてやる事やってんのや。子供さんの名前なんてゆうん?」

「伏黒空音。もうすぐ中学校に入学する。好きな食べ物はパイナップル。嫌いな食べ物はレーズン。高田ちゃんに似たツインテールを揺らしながら登校する。趣味は父親とドライブ。つまりファザコンだ。マイブラザーはそんな空音がたまらなく可愛いから、可愛がってしまうんだ。しかし高田ちゃんは嫉妬してしまう。少し夫婦仲がぎこちなかった所を、空音がほっぺにチューで救ったのがちょうど三時間十分前だ」

「なんやて?????」

 

 羅列される存在しない記憶の数々。東堂葵の脳は、とうの昔に破壊されていた。




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