ちょっと短いかも
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一方その頃。
直哉は異様な雰囲気に包まれた森の中で、黄土に染る空を見上げていた。
「なんで帳?」
『あら、仲間割……っ!?』
直哉は現れた呪霊に問答無用で蹴りかかる。筋肉質な巨体。頭部には特徴的な枝状の突起が触覚のように生えている。さらに独自の言語形態を確立。
間違いなく特級。彼の本能が警鐘を鳴らしていた。
しかし最高速に達していないこともあり、呪霊は怯んだものの受身を取り無傷。
『足癖が悪いですね』
(呪霊。それも意思疎通できるやつやん。上は皆殺しのつもりなんか?
「虎杖君はここにおらへんで」
『宿儺の器ですか。今はまだその時ではありません』
「虎杖……となんの関係が」
「まだおったんか喧しい。はよどっか行きぃ。はっきり言うて足でまといや」
「……任せます」
「阿呆。誰に言うとんねん」
恵は黙って戦線を離脱する。
追撃に向かった木の根を直哉は全て踏み砕いた。悠仁を狙っていない時点でほぼ確実に外部の勢力。彼は御三家の一人であるが故、こういった暗殺も初めてでは無い。
『仲間思いなのですね』
「まー、ちょっとした家の事情や。恵君に強なってもらったら困るんは僕やからな」
『あの男が私と戦えると?』
「当たり前や。甚爾君の息子さんやで。……ほんま、うざいわ」
直哉の怒り。それは不甲斐ない恵に対してのもの。
開始直後、彼は全力で恵を潰しに来た。
なぜなら直哉の父親も、指南役も、周囲も誰一人向こう側に立つ存在はいない。しかし、恵の周りには最強が立ち並ぶ。強くないわけが無い。
そんな恵に直哉は圧勝した。圧勝してしまった。
(あの人から産まれるんは僕やったはずや。あの人に教えられるんも僕やったはずや。なのにあの雲丹頭が!! 中途半端に甘い汁吸いよって!)
力任せの飛び膝蹴りが花御の顔面にクリーンヒット。装甲のような甲殻のような何かが剥離する。
『ぐっ!?』
「トロい。あと喋んなカス。声気持ち悪いねん。呪霊が人間様の猿真似かて」
吹き飛ばされる過程で数十本の木を巻き込む。それを看過する花御ではない。気を使い、木を避けるようにして転がった。
「あは、何。こんなん大事?」
直哉はわざと木を蹴り倒す。
花御が剣呑な雰囲気を醸し出した。あからさますぎて直哉は肩を竦めた。
『……草木にも命はあるのですよ』
「やからなんやねんアホ。うちの兄ちゃんにもあるんや、雑草にあってもおかしないやろ」
『……』
(人は……これ程醜悪になれるのですか。真人)
人の淀み。それは花御が直哉に下した評価。呪霊はもちろん、同胞であるはずの呪術師ですら卑下する性悪。大地に優しいような人間に思うところがない訳でもない。だが、目の前の男は躊躇いなく草木を踏み潰す。
彼女がこれまでに殺した呪術師は花御を呪いとして祓おうとしてきた。対して直哉は下等生物として殺そうとしてくる。
花御は我慢ならなかった。戦いを楽しめるはずも無く、残ったのはむき出しの憎悪。呪霊も同様、負の感情は呪力の糧になる。
❝領域展開───
───朶頤光海❞
「は」
一面に広がる花園。赤、橙、黄、緑、紫。まるで虹を編めたような絶景が展開される。頭上には澄み渡る青空。
不自然なまでに人の手が入っていない自然。それが花御の領域。彼女の世界に人は不要。
領域展開。それは呪術の究極奥義。自らの生得領域、術式を付与した領域で相手を閉じ込めることで術式を必中させる。使える存在はそれだけで上澄み中の上澄み。
対処法は大きくわけて二つ。
一つ目は領域の外に出ること。しかし領域は閉じ込めることに特化している。大抵の場合、領域にヒビを入れる前に術式は必中してしまう。
二つ目は領域を展開すること。領域の押し合いで場を制すのは、より洗練された方。拮抗している間に畳み掛けてもよし。当たり前ではあるが領域展開を使えなければならない。
❝秘伝 落花の情❞
直哉が薄く呪力を纏う。それは胞子となって飛んできた呪力の種子を真っ二つに切り裂いた。
『領域対策もしているとは』
「あんまし続かんけどな」
『ならば畳み掛けるまで』
「そらないわ」
肩を竦めた直哉に自然が襲いかかり続ける。対して彼は必中効果をオートカウンターで相殺し続ける。花御の必中効果は、花が飛ばす呪力の籠った種子。
落花の情は御三家しか知らない領域対策。故に秘伝。呪力を薄く纏い、必中の術式に触れた瞬間に呪力を解放し相殺する。
(領域を展開した以上。確実に殺す)
(だっっっる。それなりの呪霊やないかい)
受けの姿勢を取った直哉。領域展開のメリットは術式が必中するだけでは無い。展開した本人の能力が著しく向上するという特徴もある。
怒涛の攻めを経験と知識で捌き切る直哉。しかしその表情は硬かった。
『敵ながらお見事。しかしいつまで続けられるのか』
「……」
『ん? もしや、それを使っている間はあの高速移動する術式は使えない。若しくは使うことは』
「じゃかぁしい!! んなもんなかろうが、余裕なんじ」
- ̀͏̗ ウェァハァ ́͏̖-
(なんやこの花ッ……)
直哉の腹に口のある花が咲く。彼が呪力を練ろうとした瞬間に激痛が走る。思わず片膝をついてしまう。血が口の端から零れようが秘伝を解かないのは彼の実力。
『私の拳を当てたところに植え付けました。その花は呪力を吸って深く根を伸ばす。
その守りを花が内側から喰い破るのが先か、私の必中が通り苗床となるのが先か……といったところでしょう』
術式の開示。敢えて術式を説明することで、相手に理解させる代わりに威力を上げる縛り。この場合は術式そのものではなく付随効果の説明だが、同じく威力は上がっている。
もし直哉が秘伝を解けば、種子に埋め尽くされ死ぬ。しかし秘伝に回している呪力で花は成長し続ける。
「ざけんなや 呪力がねれん ドブカスが……」
「勝った思たか 詰めが甘いわ!!!」
『な』
俳句もとい、短歌。
直哉は花を掴むと力任せに引きちぎった。根の先には拳大の肉の塊。内臓も傷ついている。口から血が垂れる。
さらに秘伝を、
「僕の術式は投射呪法。一秒を分割して動きを作り、刻む。んで作れば作るほど加速できんねん。あとは触ったやつは動き作れんと一秒止まる」
直哉も術式の開示。
瞬間、駆け出す直哉。一歩目からトップスピード。突発的な超加速は己も一秒フリーズする危険を孕む。しかし開示の底上げもあり、彼は賭けに勝った。
領域内を縦横無尽に駆け回る韋駄天。
『まさか』
「呪力を吸って根を張るが先か、僕の速さで振り落とされるンが先かってとこやなぁ!
時間かけすぎなんじゃボケェ!!!」
(止まんなや、僕の足。領域を凌いだ後にこいつを祓わなあかんねん)
最早直哉には茶化す余力すらない。胞子は直哉の速さについていけず、根を張る前に振り落とされていく。しかし次の瞬間には呪力が切れ、種子に覆い尽くされていても何らおかしくは無い。
「あ?」
『!?』
領域が崩壊する。
花御の集中が切れたのでは無い。外部からの干渉によって世界が褪せる。
「雲丹頭」
直哉の視界に映ったのは恵。
領域は外からの攻撃に弱い。
だが、一撃で粉々にする膂力は恵にはない。恵自身には。
(なんや、あの式神)
それは異形だった。女型の虫に獣のような毛が生えた式神。
魔虎羅を抜いた
嵌合獣 顎斗
それは恵にとって切り札中の切り札。顎斗を失えば、術式を使えないも同義。つまり何がなんでも勝たなくてはならない。
「直哉さん!」
「花の呪霊や! 弱点は頭の角! 大地に気を配れ、種子は絶対に避けるんや!」
術師の常識。領域展開後は術式が焼き切れ、一定時間使えない。花御は一時的な弱体化を食らっている。畳み掛けるなら今。だが直哉は瀕死。
「顎斗、治せ!」
(式神使い。しかも反転術式……厄介。だが、近づいてくるのなら好都合。この男を殺せばあの式神は消える)
(阿呆、何前出とんねん)
一時的に始まった恵と花御の1VS1
顎斗の尻尾が直哉の腹に触れる。沸騰するような音を立てて傷が回復していく。
「スゥゥゥゥゥ……ハァ」
恵の口から零れる独特な呼吸音。式神使いは基本的に前に出ない。そのための式神。近接戦闘は二の次となる。
故に。
故にこそ。
戦える式神使いはそれだけで強い。
澄み渡る呪力。凪いだ体捌き。そこに個性は無い。受け且つ異形相手に限定された動き。丁寧に基本を積むことでさらに基本が乗る。
直哉はそれを見た事がある。
(こいつ……! 黒閃をどっかでキメて来よった!! んであの刀捌き……ホンマにこいつはァ!!)
「治った。畳み掛けるで」
「はい!」
捕えられないほどに加速した直哉の蹴り。
正確に頭部の弱点を狙う恵の斬撃。
帯電した顎斗の電撃。
極めつけは顎斗の反転術式。出力こそ微々たるものだが、呪霊の花御にとっては存在そのものを減らされる。術式も未だ回復しない。
敗北。
その二文字が花御の脳裏にチラつきはじめる。
瞬間、帳が消える。否、消し飛ばされる。
遥か天空より地上を睥睨する最強。
(帳が! ……いえ、どの道撤退です。術式は復活しましたが、五条悟が到着した以上長居は命に関わる)
『さらば』
「まて……やぁ!!」
「逃がすか!」
❝大蛇❞
恵は顎斗に大蛇を混ぜていない。花御に顎斗が全ての式神の集合体だと思わせるためのブラフ。
大蛇が花御の前に現れる。
(新手の式神!? だが遅い)
「もういっぺん言うたろか。トロいねん、お前」
『な!?』
肉薄した直哉が花御に触れる。きっかり一秒フリーズした花御を大蛇が捕え、空へと投げ出す。
瞬間、宙に舞った花御を虚式が消し飛ばした。
★
「あんだけの力あって、なに、僕ん時は手加減してたんか?」
「刀は呪霊相手にしか使う気はなかったです。顎斗は虎杖が東堂に負けた時の保険でした。直哉さんに使うつもりでしたがその前に伸されたので」
直哉と恵。先の戦闘でタッグを組んだ二人は揃って高専の食堂にいた。
反転術式を他人に施せるのが家入硝子だけではなく、恵の円鹿も使えるために直哉は完治。ただし失った呪力が回復するまでの間、任務を受けないこととなった。
丁寧な箸使い、一糸乱れぬ所作。普段の言動とのギャップに恵は少し面食らった。
(そういえばこの人、名家の出だった)
「にしてもまさか黒閃キメとるとはなぁ。逃げてる途中におった呪霊にラッキーパンチでも当たったんか」
「地面です」
「あ?」
「地面でも、壁でもいいから殴るんです。千回殴って一回でも黒閃が出ればゾーンに入れます。ゾーンになった瞬間、参戦するんです。そうすれば戦闘開始の時点で最強のコンディション。
言わば低確率のドーピングです」
「……誰から教えてもらったん?」
「九十九さ……痛。なんで叩くんすか」
「どうしようもないやっちゃな。もうなんかあほらしなったわ」
黒閃。出すのはかなり難しいが出せれば一時的にゾーンに突入することができる。出せない者は十年かかっても出せない。領域展開と違い、それ自体は呪力も消費しない。文字通りのラッキーパンチ。
脳筋である由基は『当たらなければ当たるまで当て続ける』を地で実行する方法を確立。
会話が途絶えたところに白髪目隠しが盆をもって現れる。そこには一人ひとつまでのスイーツが三つ乗せられている。今日亡くなった高専勤務の分だがそこら辺はドライ。
「悟君やん」
「直哉〜。恵の世話ありがとさん。隣いい?」
「もちろんええで、大歓迎や」
「対応が違いすぎる」
恵がげんなりした。だがこうして食事を共にする時点で直哉は彼を認めている。
「忌庫から色々取られてさぁ。僕がいながらうんたらかんたらって、上がうるさいのなんの」
「何取られたん」
「呪胎九相図と、宿儺の指六本全部〜♪♪」
「五条家も今日で終わりか。遺言がてら呪霊消し飛ばした紫のあれについて教えてくれへん?」
「教えないよーん」
五条家の相伝術式、無下限呪術。相伝故に術式の内容は漏れやすいが、最後に悟が放った虚式は秘伝中の秘伝。禪院家が知る由もない。
(って言いながら。一本か二本、隠し持っとるやろ。盗られたって言う方が楽やもんな)
「んで、何人死んだん」
「補助監督二人と忌庫番四人。呪物が盗まれたことは内密にね。ほら呪詛師が浮き足立ったら面倒だから」
「合点承知。食い終わったし帰るわ」
「最後まで見てかなくていいのー? 恵が寂しいって言ってるよ」
「言ってません」
「んじゃ僕はここらで」
直哉は席を立ち、盆を持って振り返る。
壁。
(は?)
「直哉、息災か」
「巌勝……君か。びっくりしたわ。なんも食べへんの?」
「あまり腹は空いていない」
「そか。何やえらい学生服似合っとるやん」
病的に白くなった肌、神器らしき刀、色の変わった瞳。
これまでは植物のような感覚だった存在が、いつの間にか魔に近づいている。もはや彼は人ではない。などとツッコミどころ満載だったが何とか飲み込んだ。
「服は焼失した。焼ける方のな」
「まぁ服はよー破けるからな。火使う呪霊か」
「ああ。領域展開を使える呪霊でな」
「ほーん」
「反転術式が間に合った故、生身で受けきった」
「ん?」
「何、大焦熱の業火に比べればな」
「大焦熱って、大焦熱地獄のこと? なに、地獄にでも落ちたんかっちゅーて」
「……」
「……は?」
直哉が無量空処を食らったかのような顔をする。巌勝も軽く失言したとフリーズした。彼は受肉するまでの時間、無惨達と揃って地獄にいた気がするのだ。岩の呼吸についてインタビューを受けたとか受けなかったとか。
「そういえば巌勝さん。この人津美紀のこと」
「待って。待ってや恵君。冗談やて。な?」
「……」
「……何。何が欲しいん」
「津美紀の入院代。原因の解明」
「僕に任しとけ。なんとかしたる」
直哉はあっさりと快諾した。彼のような人間は己の命より重いものなどないのだ。
直哉
論外だけど育ちはいいから所作は絶対綺麗。本当に好きなった人に対しては、粗暴ながら蝶よりも花よりも丁重に扱うのかと愚考。
これからはまた三人組に焦点を当てた話に戻します。
良いお年を