戦国の鬼狩り、呪うは己   作:みくりあ

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感想、評価、誤字報告ありがとうございます。
感想は隅々まで見ておりますゆえ、あと次から渋谷事変編ってことで


第拾参話 終わりの始まり

 ここは知る人ぞ知るラーメン屋。しかし最近はインターネットが普及しネットの声によって拡散され今や少し見つけにくいだけの店。色の薄くなったのれんに書かれている白い文字が目印。店内は店主が流すラジオとパチンコ帰りの客が作る狂騒に包まれていた。

 

「ラーメン一杯」

「私も同じやつ」

「餃子三つ」

「「「……」」」

 

 由基と甚爾と店主のジト目が巌勝に突き刺さる。ラーメン屋、しかも家系ラーメンに来て餃子となると何をしに来たんだと言われても何らおかしくはない。そんなものなど何処吹く風と向けられた視線は無視し頼みもしないメニューを見始めた。

 

「先の交流会、恵君の術式が裏目に出たね」

「術式が術式だろ」

 

 日付的には交流会を過ぎた秋。文字通り海外を飛び回っている由基がスケジュールの合間をぬって一日だけ帰国。それを機に集まろうということになった。久方振りの再会というのに集まる場所がいつものラーメン屋なのは腐れ縁ならでは。

 

「調伏するのが早すぎた。扱いきれてないんだ」

「経験ね」

「そ」

「最初からそう言え」

 

 ラーメンが二杯届く。豚骨醤油ラーメン。店の売りは肉厚のチャーシューと四つ入っている大きな半熟卵である。よって他の店よりも割高だがこの物量で黙らせる。また出汁を全て飲み干すことで次に来店した時替え玉が無料となる。こってりした出汁を飲み干せるのは若者ぐらいであり、よって客は必然的に大学生が多い。

 

 麺を顔に近づけた時に香る出汁に噎せ返る。深夜のラーメンは背徳感がブレンドされさらにうまくなるのだ。次の日に何も無い日であれば尚更。

 続けて餃子が届いた。小食だが巌勝はしっかりと手を合わせ頂いた。

 

「恵君は?」

「高専で寝込んだぐらいだ。今はピンピンしてる」

「煮込みうどん作ったげた?」

「なんで煮込みうどんなんだよ」

「熱出したら煮込みうどんだろ」

「熱出たことねェ」

 

 由基は無言で巌勝へ視線をやる。

 

「だってよ平熱40℃さん」

「どうしろと」

「マジで面白ぇよな。店のサーモグラフィーで一人だけバグみてぇな色してたし。それに平熱高ぇと寿命短いらしいぞ」

「「ふふ」」

「なんの笑いだよ」

「言ってなかったっけ、私たち寿命ないみたいなもんだからさ」

「……初耳」

 

 甚爾は素で面食らう。呪術師は一般より逸脱している。中でもな二人が輪廻の輪から外れたという事実。甚爾はほんの少し二人が遠い存在に感じた。持っていた箸を一旦置く。巌勝と一方的に肩を組む由基から目を外せばカレンダーが目に入った。

 

「そうか。俺は看取られる側か。早死したら天国で笑ってやるよ」

 

 徒人として死ぬ。己の髪が白くなっても並ぶふたりは今の姿のまま。いや、肉体の衰えが二人を遠ざけるかもしれない。だがそれもいいかもしれない。何かサプライズでも用意しておいてやろうと、甚爾は思った。

 

「お前、天国に行けると本気で思っているのか?」

「地獄はかなりきついぞ」

「だる」

 

 しんみりとした気持ちは吹き飛んだ。一人だけ老いるのは嫌だからいっそそれらしい呪具で輪廻の輪に蹴り戻してやろうと考え始める。おもむろにずずずっとラーメンを啜る。

 その勢いで油こってりの汁を飲み干した。それを見た由基はうへぇと顔を歪ませた。

 

「それ体に悪くないか」

「食いてぇもん食うんだよ。年取ってもな」

「ち、小さい頃は胃もたれしなかったんだけどな」

「餃子三つだけとはいえ、普通の食事は受け付けんか」

「お前らほんとに寿命無いんだろうな? 会話がジジババのそれだぞ」

 

 由基は固まる。歳の取り方など考えていなかった。己が星漿体とはいえ、健康寿命がどうなるか分からない。さすがに寝台に縛りつけられて介護されながらの数百年は辛いものがある。

 まだ現役、そう自分に言い聞かせ勢いで汁を全て飲み干した。腹に何か形容しがたいものが溜まる。飲み干したことをすぐに後悔した。

 

「恵と言えば、宿儺の器だったか。同級生にいただろう」

「虎杖悠仁ね。その子がどうかした?」

「当たり前のように言っているが宿儺とはなんだ。少し話したが性格は良いと言えるものではなかったぞ」

「平安の呪詛師。腕がよっつ、目もよっつ。口もふたつ」

「バケモンだ。一応人らしいけどよどう考えても呪術師するために生まれてきたようなもんだ」

「ほんとそれ。掌印も呪詞も余った手口でやりゃあいいんだから」

「手口が倍か……」

 

 巌勝の記憶によれば手足が多い鬼は少なからずいた。そもそも首魁が脳と心臓を複数持っているのだから気にしていなかったが器官や臓器が複数あればこと戦闘においてかなりの有利を取れる。

 巌勝も肉体改造で手や口を容易に複製できる。だが悲しいかな、巌勝の術式は掌印も呪詞も必要ない。

 しかし巌勝が血を分け与え、例えば五条悟のような強者を手や口が複数ある鬼にすれば最強で無敵の呪術師を作ることが出来る。

 

「双子が胎児の時に合体したってのが今のところ有力な説だよ」

「じゃあよ、キン〇マ四つあんじゃね」

「「……!」」

 

 甚爾は爆弾を投下。巌勝と由基に電流が走った。会話の流れが急激に変化する。由基は手を口の前で交差させ熟考し始める。

 巌勝が一言。

 

「いや、よもやすると男女の双子の可能性がある」

「その心は?」

「……口が二つある。つまり下の口」

「普段真面目なやつが下ネタ言うのおもしろ。ちょくちょく私たちに毒されてるね」

「ってことはあれか、股間に口があるから股間が喋るのか」

「位置的に竿の下だろ」

「口の上に竿があるのはキモイな。鼻みたいで」

「目はどこにあるのだ?」

「乳首じゃね」

「面長だな」

 

 この世の終わりみたいな会話を始める三人。一応由基は詳しい姿について正確な知識があるが悪ノリに乗っかる。

 

「デ〇ピサロじゃね」

「デ〇ピサロでは無いと思うな」

「デ〇ピサロとはなんだ」

「待てお前ら三つ目の口がありえるぞ」

「「?」」

「ケツがまだ残ってる」

「ホンモノの化け物ではないか」

 

 地獄絵図。小学生のような話題に大人の知識が入ればどうあれ会話は弾む。旧知の仲となれば憚る話題も無いに等しい。もちろん三人の声は店の喧騒にかき消されている。

 散々語り合った後、空になったラーメンを見て甚爾が話す。

 

「そうそう。近々、魔虚羅を調伏するから手伝え。んでもう終わり。恵に魔虚羅をやってこれっきりだ。嫁と津美紀と田舎にこもる」

「……」

「……」

「なんか言えよ」

「この流れで言うか」

「この流れでしか言えなかったからな」

 

 唯一この中で巌勝だけが頭に疑問符を浮かべていた。魔虎羅とはなにか。恵の術式に関係する何かだとは分かっているが、こうして甚爾が宣言するほどとなれば分からない。

 

「魔虎羅とは?」

「八握剣異戒神将魔虎羅」

「それはなんだ。式神か?」

「式神に決まってるじゃん」

「玉犬、蟆、鵺、万象、脱兎、大蛇、円鹿、貫牛、虎葬」

「……そして?」

「布瑠部由良由良八握剣異戒神将魔虎羅」

「術式変わったか?」

「それなー。仲間外れってかんじだよね。でも無下限呪術と六眼の抱合せを数百年前に屠ってる」

「……ほう」

 

 巌勝の目の色が変わる。知識として十種影法術が無下限呪術と六眼の抱合せと相打ったことは直毘人から聞いている。しかし蓋を開けてみれば死ねば二度と顕現できない変わりに強い式神を使役できる術式。多彩な行動が可能だが、逆に言えばその程度。とても最強レベルの術式だとは思わなかった。

 

 八握剣異戒神将魔虎羅。

 

 巌勝は考えを改める。つまりこの式神だけで最強。能力は後々聞くとして簡単に言えば五条悟レベルの強者を式神として扱える。この強みこそ十種影法術の真価。

 

「作戦とかはなし。初見の攻撃で仕留めるし恵はまた置物。俺一人で削り切る。欲しいのは二役。

 ひとつは成功失敗は兎も角瀕死になった時に反転術式をかける役。これは恵でいい。一応家入硝子も呼ぶ予定。治してまた後日やり直す。

 もうひとつは俺が失敗したら魔虎羅を殺して調伏を無かったことにできるぐらい強いやつ」

 

 由基と巌勝は笑った。それを見て甚爾も笑う。二人の笑みは獰猛的で心強い。甚爾が負けそうになれば嬉々として参戦するだろう。

 とても先程まで下ネタで盛りあがっていたとは思えないほど頼りになる二人であった。

 

「バトルステージだが」

「高専を使おう。天元の結界内ならどれだけ壊してもいい。結界に適応を使わせれば時間稼ぎになって万々歳さ。

 ちなみになんだけど日光は克服できた?」

「まだだ。あと一歩何か足りない」

「足りないんじゃねェ。失ってねェんだ」

「一理あるかも。呪力はマイナスのエネルギー。負であればあるほど強い。天与呪縛に限った話だとそうなるね。捨てれば捨てるほど強くなる」

「……」

 

 巌勝が目指すのは向こう側のその先。そこへ行き着くために捨てるべきもの。彼が刀を振るとき、そこに自分はいない。自分ですら不純物。感情を完全に殺し、流す血の一滴まで刀であり続ける。

 冷えた鉄の瞳が食べかけの餃子を写す。青い彼岸花を大量に摂取してから異常に低くなった食欲。そして人の血肉を欲する昏い衝動。しかしかの竈門禰豆子は人の肉を喰らわなかった故にそれに準じている。

 それでも足りない。

 

「捨て方が……分からん」

「ならまだ持っておけ。間違って捨てたもんがあったら俺が拾ってやるよ」

「かっこいー。淑女じゃなければキュンてきたかも」

「淑女」

「なぜそこだけオウム返しした?」

 

(捨てる。捨てれば得る。私にあるもの)

 

 縁壱。

 この居心地のよい空間。

 薬指の歯型。

 妥協。怠惰。錆。

 純物と不純物。その線引きは人と化け物を分ける。力の先には人としての幸せは望めない。それは巌勝本人が一番分かっている。彼は持たず生まれ、余分を斬り捨ててきた化け物なのだから。しかし捨てきれない自分がいる。徹しきれない甘さがある。

 

「ん? 何」

「……なんでもない。甚爾、明日だが」

「わーってるよ。前言った時間にな」

「何の話? 気になるから言いな。明日の海外キャンセルしてやるから」

 

 ❝血鬼術 強制昏倒睡眠・眼❞

 

 翌日は10月31日。渋谷事変が始まり、世界が終わる日。

 

 『然るべき時に然るべき場所へ向かう。このことは縛りを結んだ者以外に知られてはならない』

 謎の男とかわした縛り。それが示す日付は明日。巌勝の魂がそれを示していた。

 縛りの内容的に第三者が気づく。それだけで縛りを破ったことになる可能性がある。もちろん甚爾は例外。縛りは呪力に関連したものしか駆け引き出来ない。

 由基は何かあると気がついたらしい。縛りが働く前に意識を飛ばさせる。夢すら見せない。彼女は秒で気づき躊躇いなく己を殺すだろう。ついでに直近の記憶もなかったことにする。

 

「便利だな。お前が眠らさなきゃぶん殴ってた」

「殴って落ちる奴ではない。笑って殴り返されるぞ」

「違いねェ」

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 などと話していたのがつい昨日。

 

「……マジで帳張られたじゃねぇか」

「ここまでが縛りだ。名も知らぬ呪術師と交わした縛り。時間帯も一致している。私がこの時代に生まれ落ちた意味が、今夜分かる」

 

 渋谷のビルの屋上にイレギュラー二人。本来介入どころか存在すらしていない男達。ドーム状に張られた帳。全てを包み込むかのような漆黒の球体を見つめる。すでに高専は気づき、行動を開始している。

 帳の見た目からして一般人を閉じこめるためのもの。こう言った場合総じて非呪術師の扱いは悲惨なものにしかならない。いわば人質か触媒かである。

 

「案外、死ぬために生まれてきたかもな」

「殺せるのなら殺してみろ。だがここに来た時点で縛りは果たされた。面倒事は避けられるが?」

 

 つまり、逃げられる。巌勝が甚爾を呼んだのは騙し討ちの保険。一人では初見の攻撃にどうしても遅れる。縛りが果たされた時点で同時に甚爾がここにいる必要もなくなったのだ。

 

「今日俺はいつも通り家を出た。朝帰りで作り置きの飯を食って今の今まで寝てた。んで明美に行ってきますのキスをしようとした」

「……ん?」

「そしたら明美が泣いてた。恵やオレや津美紀に死んで欲しくねェ。怪我して欲しくねェって。俺たちは普通じゃねェ。恵もオレも、津美紀ももう普通じゃねェんだ。だから間違ってんのは明美の方だ」

「………………お前が家に帰り、恵も呪術師をやめればよい。呪われた津美紀は禪院の跡取りが何とかするだろう」

「そいつが言うには呪いは明日で終わりだそうだ」

 

 あっけらかんと甚爾は言った。巌勝は呆れた。伏黒甚爾という人間はしれっと重要な情報を前にも言ったように話す。

 

「な訳がねェ。できすぎてる。似たような症状のやつが数百人。しかも解呪日は津美紀と同じ明日」

「尚更、今日何かが起こるな」

「オエッ」

 

 甚爾の体に芋虫呪霊が巻き付く。彼はいつになく本気だった。

 ここで津美紀の呪いを潰し、恵に魔虎羅を調伏させ、禪院を継がせる。気に食わないので禪院の屋敷を燃やして直毘人の金で立て替える。後は家族ぐるみで元禪院邸で暮らす。

 それが甚爾の思い描くアフターライフ。

 

「なんのつもりか知らねェが、全部ぶっ壊すぞ」

「無論そのつもりだ」

 

 太陽を堕としたように。因果を壊したように。

 戦国の鬼狩り、天与の暴君。並び立つ。




宿儺
キレそう
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