戦国の鬼狩り、呪うは己   作:みくりあ

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お久しぶりです。感想、誤字報告、そして高評価ありがとうございます!
難産を極めました。


第拾陸話 明治神宮前

 21時27分

 明治神宮前〜渋谷間

 

「すぅっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みっちー!!! 五条先生が! 封印されたんだけど!!!』

 

 

 

 

 無機質な摩天楼群ですら山びこを返してしまうほどの声量が渋谷に轟く。ある者は足を止め、ある者は不気味に笑い、ある者は声の主へと駆け出した。

 声の主である悠仁は乾燥した喉を潤すために唾を飲んだ。

 

『……それでイイ。聾唖でもない限リ届いただろウ。そして呪詛師にもナ』

「片っ端からぶっ飛ばしゃあいいっしょ。ダイジョーブ。メカ丸は俺が守るから」

『俺のことはどうでもイイ。オマエひとりがみんなに知らせてくれれバ』

「えっと。五条先生は今渋谷に閉じ込められてて、取り返すには帳を何枚か破らなきゃだけど帳を破るためには……どうするんだっけ、殴れば壊れたっけ」

『俺を死ぬ気で守レ』

 

(五条悟はこいつに何を教えていル?)

 

『……人を殺したことハ?』

「え? あるっちゃあるけど……」

 

 悠仁はこの前の任務で受肉した九相図を殺している。変質しているとはいえ人は人。腹から生まれ土に還る同族。己の拳で腹を貫いた感触は脳裏に焼き付いて離れない。

 

 虎杖悠仁は善人である。『殺害』を何度も犯すことで日常のふとした選択肢に『殺す』ことが介入してくることを恐れている。現に呪言師である狗巻棘の術式を聞いた時、彼の第一声は『死ねって言えば死ぬってこと?』である。高校生の彼にとって殺しに慣れることも、死生観が麻痺することも、命の価値を見いだせなくなることも同じなのだ。

 至極当然当たり前である。

 寧ろ高校生が殺人を犯した時点で現代の倫理観と大幅に乖離している。だが呪いの世界はもちろん、今の渋谷はどうこう言っている場合では無い。

 

『できる限り殺したくなイ……などとほざくなヨ。殺さなければ仲間が殺されル。殺される前に殺セ』

「うん。話変わるけどさ、メカ丸の術式って何」

『本当に変わるナ。俺の術式は傀儡操術。天与呪縛はおいといて、今の俺みたいな小型のデバイスから大きな人形まで操ることが出来ル』

「すげぇー。それって映像とか遠隔でみれるんでしょ。覗き放題じゃん」

『……あのなァ』

「ごめんごめん」

 

 ハロウィンの夜は少々肌寒く、その上ビルの屋上となれば冷たい風が吹く。メカ丸は眉尻を下げて屈託なく笑う悠仁に少し毒気を抜かれた。死人だからこそ、そしてもう一時間も生きれないからこそ生者の微笑みは懐かしく思った。

 

『……考えなかったと言えば嘘になル』

「マジで!?!?」

『まぁ、男の夢だロ?』

「メカ丸……いやメカ丸先輩!」

 

 悠仁は立派な思春期男子。呪術と聞いてそういうこともあると考えたことはある。同時に京都校の男はヤバいやつしかいないと認識した。無理もない。初対面にほぼ全員が殺しにかかってきた集団である。

 

『狙うのは女子だけの時ダ。京都校の男はどれも勘が鋭イ。そして俺はそういうことに興味が無い男と印象づけられていル。これは遂行する上で有利に働ク。狙うはモチロン……』

 

 

『「風呂」』

 

 

『ふふ……呪術師は貞操観念が強イ。例えば巫女はそれを縛りにすル。当然、風呂のセキリュティレベルは高かっタ。だが、たかだか古臭い爺の考えた網が俺を止められるわけが無イ』

「なんかかっけぇ」

『だが俺は計画を中止しタ。バレれば呪詛師認定はモチロン、友人からの信頼も地に落ちル。俺は裏切れなかっタ。俺を一人の友人として扱ってくれたあいつらがどんな顔をするか想像した瞬間、おれは小型デバイスを砕いていタ』

「やっぱりかっけぇ」

『死ぬなら……やっておきたかっタ。未来も過去もかなぐり捨てて、向こう側へと辿り着きたかったのだがナ、このザマだ』

 

 悠仁の瞳にメカ丸は輝いて見えた。たとえそれが、もう死んでいるからと無敵メンタルになってしまった先輩といえど覗きのために命をかける一歩前まで進んだのだ。

 

『虎杖……今言ったことは誰にも言わないでくレ。みんなには最後までカッコつけたいんダ。縛らなくても信頼しているゾ』

「うん。誰にも言わない。俺の心の中にしまっとくよ」

 

 なお悠仁の口は羽毛より軽く、後にメカ丸の人権が無くなることを本人はまだ知らない。

 

 

「何が起きている?」

 

 

 そこへ降り立つ侍。日輪の耳飾りを付け、纏めあげられた長い黒髪は先端につれて朱が混じる。その色に似た羽織りは縁壱に似せたもの。黒い袴の上には刀を二本差している。

 悠仁にとっては心強い援軍。心做しか少し場が温まったように思えた。

 

「みっちー!? ここ屋上だよ!? どっから降ってきたの!?」

「空」

「なにそれ」

『継国巌勝』

「誰だ」

『京都校のメカ丸ダ』

 

 メカ丸によって巌勝に渋谷の状況が伝えられる。そして渋谷の底にいる首謀者たちの特徴も。

 

『夏油傑の他にはツギハギ、タコ、火山頭がいる』

「火山頭? 右腕はあったか?」

『ないが……なぜ知っている』

「奪ったのは私だ」

『お前が逃がしたせいでこっちが割食らってイル』

「すまない。隕石に夢中になっていてな」

『おまえは何を言っているんダ』

 

 終ぞ引き出した呪霊の全身全霊。巌勝の頭にあの瞬間に避けるという選択肢はなかった。大地を殺す星の一撃、受けきってこそ誉れ。だが噴煙の霧が晴れたときには既に逃げられていた。

 

「虎杖! ……と」

「マジで式神便利だな。空飛べるの羨ましいわ」

 

 続けて恵と琢真が合流。ビルの上までは鵺が運んだ。一度に二人が運べる限界である。恵と巌勝の目が合う。

 

「交流戦以来ですね巌勝さん」

「久しいな恵。そして」

「俺は猪野琢真ッす。高専所属の二級術師。んで、五条サンが封印されたのって……」

『本当ダ』

 

 メカ丸によって繰り返し巌勝、琢真、恵の3人に渋谷で起こっていることを知らされる。反応は三者三葉。特に琢真は夏油傑の人柄を知るだけあって驚愕していた。

 

「え、夏油サンが!? まじですかいな……」

「四の五の言っている場合では無い。至急五条悟の救出に取り掛かる」

「う、うス。じゃあ俺、伏黒は現状を術師に伝え続け、帳を解くことも並行してやります。伏黒、とりあえず術師を入れない帳まで行くぞ」

「分かりました」

「私は一度帳を出る。一級でしか通らない要請が幾つかあるからな」

「『五条悟が封印された』なんて信じてくれますかね」

「冥冥班は言わずもがな。禪院班は恵がいるからよい。日下部班は帳にすら入ってないだろう」

「人手不足極まれりですね」

「故に五条悟一人奪還すれば天秤は傾く。人は数だが呪術師は質だ」

 

(なんか、よくわかんないけど大人ってすげぇ)

 

 悠仁は場違いながら少し高揚していた。呪術師は基本的に単独で任務に赴く。多くてタッグ。稀にトリオ。人手不足の呪術師が多人数で任務にあたることはまず無い。

 しかし今回は違う。最初は冥冥班とメカ丸のみの五条救出への糸口。心細くなかったと言えば嘘になる。だが、巌勝と猪野班と合流したことによって広がる包囲網。頼れる仲間が、尊敬する先輩が目標をひとつに力を合わせること自体に心が燃える。

 

「みっちーはいつ合流する?」

「厳しいな。帳の外で補助監督らが殺されている。加えて電波が通っていない。一度帳を出て先に連絡網を確立する。その後になる」

「では先に俺たちが特級と……」

「ならん。逃げろ。特にメカ丸殿の報告に合った火山頭。アレはお前たちの手に負える呪霊ではない」

「巌勝さん。伏黒は俺に任してください」

「頼んだ」

 

 決まれば後は急ぐのみ。琢真と恵は帳へと向かっていく。

 猪野琢真は自らを二級術師と名乗った。しかし巌勝の目には十分一級としてやって行けるだけのポテンシャルがあるように見えた。だからこそ若き芽を託す。

 

「撤退しろと言いたいが……従わぬな」

「じゃあさ、俺みっちーに着いてっていい?」

「……」

 

 ⬛︎

 

 虎杖悠仁の底。赤黒く汚れた骨の山。死を積上げた玉座に坐し、眼前に広がる血の海を睥睨する呪いの王。頬杖をつき半目で見つめる先には月の侍。

 

「都合はいい。だが理解出来ん」

 

 終ぞ零れた言葉。

 悠仁、琢真、恵。そして渋谷に来た有象無象。活きがいいのは何人かいるがどれも巌勝が気にかけるまでもない。人間を片っ端から殺していけば渋谷の底には辿り着く。なぜ弱者のように連携をとるのか理解出来なかった。

 

(だがアレを封印したか。元より()()()()。どちらが先にせよ全力で止めにかかるだろう。指の気配もする。ここいらで味見といくか……ん)

 

 ふと、巌勝と宿儺の目が合う。彼の視線は器である悠仁の瞳ではなく、直接宿儺自身の魂を、心の底を覗き見ている。なぜ器を通り越して生得領域内の宿儺と目線を合わせることが出来るのか分からない。しかし胞状奇胎のそれは宿儺にとって挑発でしか無かった。

 

「クヒッ。お前は本当に面白いな。廉に指を持たせるはずがない。『契闊』で指をまとめて食えば一時的に体の支配はこちらに移る。叶うものなら小僧と行動して欲しいが……」

 

 ⬛︎

 

「……」

「どうしたのみっちー」

「いや、宿儺が静かだなと」

「そういやみっちーがいるのになんも言わねぇ。嫌われたんじゃない?」

「そうか?」

「みっちーも律儀に話すからさ。飽きたんじゃない? ほら、たまに話すの飽きることあるし、飽きたなら話しかけようと思わんじゃん?」

「む、ならば別行動が吉か」

無問題(モーマンタイ)! メカ丸もいるしさ。じゃあ行ってくる!」

 

 

 ⬛︎

 

「大問題だ小僧ォッッッ!!」

 

 八つ当たりのように牛の頭骨を掴み、遠方へと投げつける。地面と衝突し粉々に砕けた。彼の額にはありありと青筋が浮かんでいる。

 今すぐ発現して怒鳴りたいところだが己がそこまで執着していると悠仁に知られるのは癪に障る。そうしたところで勘繰られ別行動されては元の木阿弥。

 つまりどうすることも出来ない。そんな自分に余計に腹が立つ。これぞ無限ループ。

 

「殺す。絶対殺す」

 

 ⬛︎

 

 ★

 

 一方その頃。甚爾は空を縦横無尽に駆け回り渋谷駅へ向かっていた。一般人には黒い残像しか見えないであろう速度。

 

(もう四十手前。肉体は嘘つかねぇな)

 

 人である以上、どうしても感じてしまう肉体の劣化。全盛期の十年前と比較すると確かに劣る。他者から見れば強者に変わりないが、本人だからこそ軽微な支障も気づいてしまう。

 生まれつき強者である甚爾。それゆえ命を懸けた戦いによる成長は稀。その上フィジカルギフテッドとなると成長曲線は非術師と同じなのだ。彼を強者たらしめているのは叩き上げの戦闘スキルと呪具の性能に依る所が大きい。

 

 

『五条先生が! 封印されたんだけどー!!』

 

 

 叩きつけられた事実に足を止める。

 

「嘘だろ……ひょっとしなくても呪術界ひっくり返るんじゃね」

 

 五条悟の消失がどれほど呪術界に影響を与えるか。それを呪術界で正確に予想できるのは直毘人、彼の次点に甚爾である。御三家の光すら届かない闇を直毘人以上に知っているのは彼なのだ。

 よって甚爾は警戒レベルを数段上げる。五条悟を封印まで持って言った時点で特級格の上澄みが敵にいると断定した。

 

(一回戻るか? さすがに単独で五条レベルとやり合うのはまずい)

 

 ビルの屋上から屋上へ跳ぶ。既に二枚の帳を素通りした。渋谷駅はもうすぐそこ。

 

 

 

 

「おっと」

 

 

 

 そして降ってくる氷柱を避けた。冷気が甚爾の頬を撫でる。

 

 

 

「チッ」

 

(男? 女か? これ見よがしに氷の術式だな)

 

 ビルの側面から直角に氷柱を伸ばし両手を構える呪詛師。白髪に朱が交じった髪色は人ならざるもののよう。その顔には不快感をありありと現し甚爾を睨みつけている。

 彼、若しくは彼女の名前は裏梅。千年前の呪詛師である。

 

「天与呪縛だな。わかりやすい見た目で助かる」

「そっちは宿儺の手下だな。見りゃわかる」

「なぜわかった」

「適当に言ってみただけなんだが」

「死ね」

「お前が死ね」

 

 戦いの火蓋はあっさりと切って落とされた。裏梅に〝起こり〟が見えた瞬間、甚爾はホルスターからハンドガンを引き抜き発砲した。

 

 ❝氷凝呪法 直爆❞

 

 着弾よりも速く全てが凍った。晩秋の涼しさは一瞬にして厳冬の寒さへとその色を変える。比重に耐えかねた氷が割れ、落下する。だが透き通った氷の中に人影は無い。

 

「……」

 

 ビルの側面が破裂したと思えばそこに姿は無い。跳躍時に蹴りあげた足場のクレーターしか見当たらない。

 

 ❝氷凝❞

 

(上か!)

(遅せぇ!)

 

 

 空を蹴り、避ける。落下する甚爾とすれ違いざまに肩口から脇腹にかけて切りつける。手応えあり。吹き出す赤色。しかし瞬く間に血は凍った。甚爾は白い息を吐いて笑った。

 

「……」

「治んねぇだろ」

「……お前たち(天与呪縛)は確かに強いが、失った分より強くなった例を知らん」

「そりゃお前が戦った奴らが雑魚だったんだろ。俺は恵まれてんだわ、色々と」

 

(反転使えるっぽいな。んで使えなくても狼狽えない。五条を封印するにしては弱すぎる。やっぱし集団で封印した臭いな)

(面倒だ。天与呪縛の内容が鮮明じゃない。『無傷の時だけ肉体強化』『漏れる呪力を遮断』そもそも天与呪縛自体がブラフということも有り得る)

 

「俺は生まれつき呪力がゼロなんだよ。その代わりに肉体が強化されてる。面倒だからこんなもんでいいか?」

「……」

 

 能力の開示。推測されて効果が薄まる前に底上げを行う。あわよくば呪詛師の術式の開示も期待しての行動。既に甚爾は撤退を視野に入れている。彼の戦闘スタイルからして真っ向勝負は好まない。情報の収集を第一目標に据えた。

 

 裏梅は拳を握り締める。甚爾に呪力は必要では無い。呪力がなくとも呪術師を屠れる。それは明らかな絶対否定。呪いは所詮肉や皮でしかない。己が主であり呪いの王である宿儺を真っ向から否定している。

 

「なるほどな」

「あ?」

「お前は化け物だ。もう人とは思わん」

 

(勝手に化け物認定されたしなんかキレた。冷静さを失ってくれるならありがたいが。本気にさせたのなら不味ったな)

 

「んだよ。わざわざ人様が人間相手の戦い方してあげてるのに…………よっ!!」

『ヴォォェェエエエエ!!!』

 

 格納呪霊が悲鳴をあげて何かを吐き出す。

 呪力技術と現代技術の融合体。黒光りするそれは戦闘機に搭載されている機関砲を無理やり持てるように改造したもの。しかしいくら呪術師とてそれを人が使用する想定はしなかった。雛形は車や土台に設置する固定砲台として構想されたものである。

 甚爾は片手でそれを使える。つまり二丁持ち。

 

「一人戦闘機だァ!」

「!?」

 

 大気を揺るがす爆音。

 昼かと錯覚するほどの閃光。

 排出された薬莢が遥かビルの下へと落ちていく。打ち出される弾の直径は30mmを超える。直径ですらその大きさ。長さは裏梅の縦顔よりも長い。威力は言わずもがな。氷はもちろんビルの鉄筋コンクリートすら容易く貫通する。

 裏梅の空気が変わろうとした瞬間、空気を壊し間を潰した。相手に領域も奥の手も使わせないただの暴力。本気にさせても全力は出させない。超音速で撒き散らされる破壊の雨。加えて甚爾は空を渡り、一定の距離を取りながら確実に裏梅を狙っている。

 

(違う。これは。これは呪術師の戦いではない)

 

 数十秒。裏梅にとっては数分にも似た時間が経過した時、ガトリングの嵐は止んだ。振り返ればガトリングを捨てて刀を構える甚爾。

 

(弾切れか)

 

「残念。どこでもドアだ」

「かは……っ」

 

 手印を結ぼうとした裏梅の鳩尾に拳が叩きつけられる。

 

(幻影だと!?)

 

 特級呪物『胆狭浅之蒲黄(いささのほおう)

 見た目は綿のような粉薬。込められた能力は、服用した瞬間に身につけていたものから記憶まで全てコピーした全く同一の個人を生成する。その代わり服用者は五秒後に世界から消失する。つまり5秒間の分身。5秒間、単純計算で戦力が二倍。ただし本体が消失しコピーが残るため、深く考えれば己が何者か分からなくなる。前所有者は発狂死した。

 

 呪具すら使わず隠密性を最大限まで高めた上で死角からの純粋な掌底。裏梅は肺の中の空気が一瞬でゼロになり、一時的に呼吸困難に陥る。ビルのガラスに突っ込みオフィスチェアをまとめて吹き飛ばした。だが即死では無い。

 

(氷を間に挟んだか。死角からだぞ、やるな)

(これ以上の消耗は後に響く)

 

 

 

 ❝氷凝呪法 最大出力 霜凪!!! ❞

 

 

 

 

 先程の直爆とは比にならない範囲が瞬く間にして凍る。ビル群はまとめて氷河の下へ沈んだ。大きさにして四方一町。漏瑚の『隕』に匹敵する範囲と威力。

 

「逃げたか。最後に呪力の塊を放出して撤退ね。引き際も弁えてやがる」

 

 言葉の主は甚爾。何をされても十分な距離を保っていたからこそ回避は案外容易であった。犬のようにすんすんと鼻を鳴らす。呪術師ならば特大の呪力反応により追跡は困難を極める。しかし彼はその限りでは無い。臭い。足跡。極めつけに血痕。そのどれもが濃く鮮明に残っている。

 

「大規模な計画だし一回戻っても……いやめんどくせぇ。捕まえて吐かせて殺すか」

 

 不敵に笑うその狡猾な横顔。先程までガトリング砲二丁で暴れていた男とは思えない。氷の中に閉ざされたガトリングの回収は諦め、狙撃銃を取り出す。

 

 

 

 

違和感。

 

 

 

 

「……?」

 

 怖気にも似たそれに足を止める。事態のより早い終息を求めてはいたが、今逃げた呪詛師は自らを宿儺の手下と漏らした。酔狂でなければ千年前の受肉体ということになる。もし追い詰めたとしても五条悟を封印した何かとエンカウントする可能性が高い。

 

「アブねぇアブねぇ。学習しねぇと……一回戻るとするか」




次はそんな待たせない
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