戦国の鬼狩り、呪うは己   作:みくりあ

18 / 35
感想、誤字報告、そして評価ありがとうございます!励みになります!


第拾捌話 般若

 時は太平の江戸。

 将軍が治めし江戸は発展の真っ只中。武士の時代の最盛期。町人は商いに精を出し、農民は重税に汗を流す。もはや呪術など御伽噺の類であり、ちょっとした妖怪として町を騒がせるぐらいであった。

 

 

しかし、遥か地下にて日ノ本は滅びの瀬戸際である。

 

 

 立ち並ぶ豪華絢爛な屋敷群。煌びやかな灯りが地下であるこの場所を照らす。どれもが寝殿造であり、あるはずのない灯りがかえって不気味さを演出する。人の気配はなくただ背景としての町だった。

 その中心。摩天楼かと見紛う大樹を前に並び立つ二人。一人は星から祝福されし星漿体。なるほど、天元自ら子を成すとは盲点だった。などと現実逃避を吐かしている場合ではなかった。

 隣に立つ見覚えのある背格好。男の顔面が晒される。持っていた呪具がカランと乾いた音を立てて落ちた。

 

 

 

 

()()……まさか六眼!? ……なぜ。なぜよりによって君がァ……!!』

 

 

 

 

 

 暗転。

 

 

 

 

 

 

「……懐かしいね。後悔の味だ」

 

 羂索は微睡みから覚める。既に獄門疆の封印は万丈。来る手先を迎え撃つための仮眠すら出来る。

 絶望、あるいは落胆。舌で転がすは怒髪天を突く程の怒りに少しの寂寥が混じった味。素っ気ない態度をとられながらも屋敷で寝食を共にしたあの数ヶ月。そして百年越しの絶望的な裏切り。

 まさか星漿体どころか()がいるとは思わず、ろくに呪霊も集めなかった非戦闘向きの肉体で来たことが致命的。命からがら結界を脱すれば、いつの間にか落とされていた左腕に顔が引き攣ったことも今となっては思い出。

 

「私は忘れなかった。君は私のことを覚えていてくれているかな?」

 

 

 

 ★

 

21時40分 松勝 文化財ストリート

 

 野薔薇は一時的に禪院班から離脱。新田明と合流した。魔境と化した渋谷からほぼ自衛の力を持たない明を脱出させるためである。禪院班には真希や合流した恵らもいたが、流石に禪院当主と面識のない一般高専生を一緒にする訳にはいかなかった。

 普段は喧騒などという言葉が生温いほど騒がしい通りであるが、今は不気味なほど静まり返っていた。硬いコンクリートの上を二人が疾走する。

 

「くっそ。おしゃんな渋谷をこんなにしやがってよ。これ以上壊されたらもう頭爆発するっつーの」

「あはは……でも伊地知さんによると、補助監督達で連絡網を作るみたいっす。しかももう出来上がってるとか」

「ナイス伊地知さん! よし、あとは私達でゆっくりと追い詰めるだけね。待ってなさいよ」

 

(クソジジイと別れられたのはいいけど、こちとらあんまり護衛向いてないっての)

 

 

 

 

「新田ちゃん隠れてて」

 

 

 

 

 空気がピリつく。おもむろに得物を構えた野薔薇を見て明は言う通り後方へ退いた。離れすぎず、邪魔しない程度の距離へ。

 

 

「女かぁ。ひひ。適当にヤって適当に殺そう」

 

 

 現れたのは男の呪詛師。

 分裂するようにしてあっという間に5人に増える呪詛師。後方に下がる明を横目に野薔薇は冷静に金槌を構える。

 

「何紙袋被ってんのよ。ガチムチ紙袋とかただの変態よ」

「だからなんだ?」

「俺は誇りを持って変態をしている」

「正常者にとやかく言われる筋合いはないな」

「変態を隠している方がダサい。対して俺は全身でこの世界に存在している。オマエも今から剥いてやるよ」

「ここまでキモイといっそ清々しいわね」

 

(でも本体だけが喋れるってわけじゃないってこと)

 

「オラァ!!」

 

 掴みかかってくる分身を避けながらも野薔薇の思考はクレバーだった。

 彼女が目をつけているのは分裂前後で一歩も動かない個体。だが野薔薇の術式は関係ない。分身する相手などベストバウトにも程がある。

 

「ばーか。分身相手なんぞ、私の十八番なんだよ」

 

 男の術式は『分裂でき、本体を自由に選択出来る』術式である。どれもが本体であり、どれもが分身。術式単体の性能でもかなり上澄みと言っていい。あの羂索ですら、秒で頭蓋を狙いに来る術式と言える。

 

 野薔薇が釘を無差別に打ち出す。その数十数本。避ける個体もいたが何体かは突き刺さる。たかが釘。痛みこそあれど殺傷能力は皆無。加えて分身は避ける必要が無い。

 それでいい。一本でも刺さればそれで十分。呪詛師はダメージをものともせず愚直に突進。野薔薇は藁人形を取り出し血の滴る拳に向かって構える。

 

 

「つぅかま───」

 

 ❝共鳴り!! ❞

 

 術式発動。

 

「ぐぉあっ!?」

「おっ!?」

 

 一撃で全ての分身が消滅。

 残ったのは腕から血を流す男一人。何が起こったか理解する前に耐え難い激痛が体を蝕む。絶えず耳元でガラスを引っ掻いているような不快感と痛みを混ぜ合わせたようた感触に吐き気を催した。

 芻霊呪法。分身を通して彼女の術式は魂を傷つける。

 

「あースッキリ。まるでドミノ倒しね」

 

 野薔薇は金槌を銃に見立て金属部分に息を吹きかけた。呪詛師は何が起こったのか分からなかった。しかし、野薔薇の余裕な表情から彼女の術式が己の術式と相性が最悪であることを確信。

 もちろんあとは……

 

「逃げる!」

「は? ちょっ、待てやゴrrrrrァ!! 

 

 後ろから飛んで来る釘の雨を避ける。男は再び分身を出した。

 男は恵まれていたが、単純であった。持つ武器は術式ゴリ押しの体術だけ。故に破られれば速攻で逃げる。呪具や奥の手があれば結果は変わっていたかもしれない。

 ギリギリまで引き付けて分身を解く。狙うは野薔薇が釘を打ち付け、藁人形を使い、共鳴りが発動するまでのラグ。その間に本体を無事な分身に乗り換えて分身を解けば問題ない。後は路地裏に入ってしまえば逃げ切れる。追いつかれても同じ戦法を取ればいい。先に相手の体力が切れる。

 奇しくも同時にその作戦を思いついた呪詛師と、勘づいた野薔薇。

 

(まずいわね、全然逃げられる。新田ちゃんの守りが手薄になるのもだし見逃すしかないか)

 

 

 

 紙袋の逃避先に人影が降り立つ。

 

 

 

「うわぁあ!?」

「暴れるな。舌を噛むぞ」

 

 隠れていたはずの明を脇に抱えて現れた男。だが彼の隣よりも安全な場所はいま渋谷にはない。

 

(確か伏黒の師匠……名前は)

 

「みっちー!!! そいつ敵! 分身する呪詛師! ぶっ飛ばして!」

「む」

 

 

 

(誰?)

 

 

 

 ★

 

『巌勝。いいか、これだけは覚えておけ。女の名前を忘れることは論外だが、絶対に間違えるな。間違えるぐらいなら忘れたフリしろ。絶望から最悪にはなるはずだ』

 

 ★

 

(哀れ甚爾。私は何も違わない。私は何も間違えない

 

 頬を手の形に腫れさせた親友が言った格言が頭を過ぎる。

 巌勝の頭がフル回転する。1度会った相手に、しかも女性に名を忘れたなどと言えない。それこそ侍の名が泣こう。

 ヒントは右手の金槌。連想されるは鬼女。言葉遣いは最期に刃を交えた風柱。

 

(確か釘を使っていた女子か。思い出せん。いや、こういう時は自然に……自然に名を呼ばず会話をする。誰しもやってきたことだ)

 

 名を呼ばれてからこの間、一秒。巌勝の諦めは早かった。

 

「おぉ!?」

 

 突然現れた大男に驚くも走る速度は落ちない。加えて分身が周囲に散開している。カバーは可能と判断した。

 

 ❝血鬼術 虚哭神去❞

 

 巌勝の手に現れた禍々しい日本刀。刀身を走る血管は絶えず蠢き、等間隔に置かれた瞳は紙袋を凝視している。彼の血肉から作られたそれは縁壱の肉体では手の熱で崩れてしまう。だが今はそれで十分。

 

 

 «月の呼吸 拾陸ノ型 月虹・片割れ月»

 

 

 それは天から地へと鉤爪のように降り注ぐ嵐月。いわゆる広範囲超火力技。先程まで金槌が釘を打ち込む音しか響かなかった通りに、落雷の如き響めきが轟く。

 巌勝なりの分身する敵への対処法は一撃で全て消し飛ばすこと。それは童磨との入れ替わりの血戦で身をもって知った。

 背中からざっくりと切られ崩れ落ちる紙袋。

 

(うわかっけー。伏黒が手放しで尊敬するだけはあるわね)

 

 年中人手不足の呪術師。老年は大抵呪術総監部になっているために学生の身で熟達した風格の大人に会うことは少ない。野薔薇は少し憧れた。老いぼれるのではなく研ぎ澄ます。すり減るのではなく磨き続ける。そんな呪術師に。

 とりあえず危険は去った。駆け寄る野薔薇を横目に塵になった虚哭神去を投げ捨て、明を降ろす。透き通る世界は明はもちろん野薔薇ですら渋谷で生き残る確率が低いことを巌勝に伝えた。

 

「二人共。直ぐに───」

「助けてくださってありがとうございます! あ、私の事覚えてますか? 交流会襲撃の後少し話しましたよね?」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 

 危険発生。真顔のまま思考が停止する。

 

 

「釘……釘…………」

「釘」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?」

「あは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは。顔はいいけど面白みにかけますね。馬鹿目隠しの先輩なんだからおかず語録とか喋るパンダより個性強いって思ってましたけど、全然そんなことないですね。あー怒ってません。ツラが良ければ性格終わってるなんて呪術界ではよくある話です。ただ、みっちーはそうじゃないって思ってたんですけど。アテが外れましたね、残念!!」

「ほぼ初対面よな?」

 

 額に青筋を浮かべた野薔薇。彼女の中で巌勝の評価が大暴落する。女性の名前を忘れるなど論外。彼女の嫌いな『かきくけこ』の『か』に該当した。情けないも何も異性の名前を忘れやすい時点で論外である。

 野薔薇の『かきくけこ』とは、

 かいしょうなし。

 きんけつ。

 くさい。

 けち。

 こときれてる。

 中でも〝かいしょうなし〟の『か』である。なお彼は一度〝こ〟ときれている。

 巌勝は金槌を警戒していたが流石に釘は飛んでこなかった。

 

「冗談はこのくらい……にしまして……」

「冗談で済むかは私が決めますけど?」

「……済まない」

「あはは。とりあえず私は新田ちゃんを帳の外へ護衛しに行きます」

「………………私はここに残る。だが女子2人では心もとなかろう」

「離せ! なにしやがぉ……おおおお!!!」

 

 会話の途中ではあるが、当たり前のように呪詛師の肉体へと手刀を突き入れる。断末魔にも等しい大声が木霊する。人の肉体が水泡のように泡立ったあと、残ったのは浅黒い肌と白目を向いた呪詛師のなれのはて。

 野薔薇と明は巌勝の術式について知らない。とりあえずゾンビにする術式と考えた。

 

(うわあ。倫理観。伏黒があんな目付きになるわけだわ。みっちーが、名誉挽回みたいなドヤ顔してるの腹立つけど怖いし黙っとこ)

 

「二人を身を呈して守れ」

『俺……仲間……ミンナ……守る』

 

 白目を向けて笑いかける呪詛師。

 

「わぁお。継国一級術師! 倫理観えぐいっすね」

 

(新田ちゃん言うんかい)

 

 野薔薇は新を横目に見た。盛大に顔が引き攣っている。言ったと言うより、思わずといったところ。

 

「えぐいぞ」

 

((意外とノリいいな……))




復旧が早すぎる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。