戦国の鬼狩り、呪うは己   作:みくりあ

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私は必ず、神になります。


第廿話 走馬灯

 2007年7月11日。沖ノ北海道島 沖ノ稚内市 伏黒家。

 

 

「危ないぞ下がっていろ」

「お揃い」

「…………」

 

 伏黒家にて。三人が机をかこう。それぞれがそれぞれ己の趣味に没頭する。たたその中で一人、宿題を終わらせたというのに構ってくれないと伏黒恵は拗ねていた。

 

「遊ぼう」

「しばし待て。もうすぐ終える」

 

 尊敬せしサムライは刀になにやら粉を打ち付けている。触ろうとすれば止められた。

 横を見ればいつもクールな由基がキーホルダーを恍惚の表情で見つめている。取り繕う気は無いようで見てはいけない気がして目を逸らした。

 ちなみに彼の初恋は由基である。物心つく前からケツとタッパと胸のデカイ美女が入り浸っている時点で確実に性癖は歪んでいた。星漿体補正もあってその若さは衰えを知らない。

 

 なんでもないあくる日。少し暑いぐらいの一日が取り留めもなく過ぎていく。甚爾が明美と津美紀を連れて買い物に出かけ、三人は留守番。その構図は月一の習慣である。

 

「…………」

 

 明日は五条悟が来て丸一日呪術の講義となる。だからこそ恵はこういう休みの日を遊び尽くしたい。

 

 突然それは起こった。

 

 いや、兆しはあったと言えばあった。

 

 その日、巌勝は新しく手に入れた刀に打ち粉を振っていたし、由基はお揃いのキーホルダーを見つめていた。つまり、構って貰えなかった。

 

(うう)

 

 もとより回避不可能だったのかもしれない。呪いを知らない伴侶と、呪いから解き放たれた夫では、呪いが刻まれた子供を制御することなど。

 呪いを誇れどその価値も危険度もまだ分からない子供は。

 

「みちかつさん! みて!」

「?」

 

 恵が両手を構える。呪術特有の不気味な構え方に巌勝の瞳が不安げに揺れた。それに気づいた由基がようやくキーホルダーから目を離す。恵の腕を視界に入れた瞬間、全てを悟った。

 

「やば」

 

 由基が呪力で強化した足で地面を蹴る。

 だが間に合わない。

 唯一近い巌勝はそれを知らなかった。

 

「ふるべゆらゆら」

 

❝領域展開❞

 

 由基の領域が辺りを包む。

 恒星。

 惑星。

 彗星。

 星団。

 銀河。

 神は星に。

 命は海に。

 呪いは人に。

 宇宙は空にある。

 惑星轟は彼方からの呼びかけに応え、その輝きを増した。

 影から伸びた剣が振りかざす先はもちろん恵。己の五倍はあろう無骨なそれは一切の躊躇いなく血飛沫を迸らせた。丸っこい瞳が見開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……すまん。もう1回言ってくれ」

「何度も言わせるな。

 恵君が魔虚羅を出した。

 私が領域を展開した。

 君の家が無くなった。OK?」

「OKじゃねぇよ。ローンまだ払い終わってねぇよお」

 

 甚爾は眉間を摘んで揉んだ。本州とこの島を繋ぐ結界門からふたりが帰ってくるまでに言い訳を考えなくてはならない。女の名前を思い出す時と同じ速度で頭が回転する。

 

「瓦礫だらけならまだ耐えなんだが」

「かの哲学者、セネカはこういいました。『困難はその人の魂の力を試す試金石である』。魂つよつよの君ならなんくるないさー」

 

 領域展開の必中は呪力のあるものにしか作用しない。家などの建造物は呪力を持たないためにふつう対象外となる。

 しかし足を洗った身からすれば一般人である明美達の元へ甚爾に因縁のある呪詛師が来られるのは困る。そこで甚爾は呪具化した家を購入したのだがそれが仇となった。呪力を含んでいるということで必中の対象になった。領域内における術式対象の選択は高度な技術を必要とするため、まだふたりが限界である。つまり巌勝と恵。

 

「……魔虚羅はどうだった?」

「んー。一撃で殺したからわかんない」

「やれそうか、俺でも」

「ちょいときびいかも。七支刀、天逆鉾、牛の首……あと胆狭浅と杵。あの辺の特級呪具使っても負けると思う。それにあの術式は欠陥だ。なんで背後から出てくるんだ。不意打ち確定じゃないか」

「…………恵が無事ならいいが、問題は家だ。明美になんて説明するか」

「家が無くなったから引っ越すって言えばいい」

「それ説明じゃねぇぞ」

「言い訳でも無いな」

 

 正直に言うべきだと、由基。何とか言い訳を考えようとしてもぽっかり空いた土地が言い訳の余地は無いと言ってくる。

 

「あ、つーかよ、お前らの監督不行届じゃね。どう落とし前つけんだ。あ?」

「確かに。それを言われたら弱いな。仕方ない。修理代は出してしんぜよう……」

「言われるまで出す気無かったのか」

「……巌勝が」

「あいつまた刀に全部使ったって言ってなかったっけ」

「あらまあ。では巌勝様とお馬様をご覧になっては如何かしら」

「まあ素敵。是非ともそうさせていただきます」

 

 数日後、甚爾は三連単勝ちを決めた。ちなみに巌勝の刀もれっきとした呪具故に必中の対象である。

 

「んであいつは?」

「日向ぼっこしてる」

「はあ? ひなたぼっこぉ?」

 

「ああ。ほら、そこ」

 

 甚爾は気が付かなかった。ずっと前から目の前にいたのだ。

 土塀を椅子にしてぽやぽやと日光に微睡む様は隠居した爺婆のよう。その腕の中には恵がすやすやと寝ていた。六眼を殺した式神をつい数時間前に出した子供とは思えない。

 

 

「まじか」

 

 

 だが問題はそこではない。少なくとも巌勝は日光が苦手であった。そして、領域も展開していない状態でこれほど強くはなかった。

 

(あの五条悟ですら努力してる時点で本物の天才なんてこの世にいねぇと思ってたが…………成程ね。そりゃ狂うわ。逆に届くと思ったのかね)

 

「そうか。甚爾は会うの初めてか。影からでてきた魔虚羅の一撃から恵を庇ったんだ」

「退魔の剣か。そりゃ魔のあいつにはクリティカルだろうよ」

 

 甚爾が近づくとその男は立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。持ち上げられた恵は起きる気配がない。

 

(いや、起きてる。怒られると思って寝たふりしてやがる)

 

「お初にお目にかかる」

「あー。いらんいらん。硬っ苦しいのは苦手だし、あいつの顔でかしこまられると違和感えぐい。弟でいいんだよな?」

「相違ない。兄上は傷ついておられる。故に私が出るしかなかった」

 

 由基と甚爾。そして縁壱が相対する。

 未だ腕の中ですやすやと眠るふりをする恵。

 

「記憶とかあんのか?」

「朧気に。基本的に私は兄上の中で眠っている。私は肉体に引っ張られたただの残留思念に過ぎない。だが肉体は私である限り兄上は私で私は兄上だ」

「面白い症例だ。双子故か、それとも愛ゆえか。魂と肉体の間に境界線はあるのか」

 

 縁壱が満足そうに恵の寝顔を眺める。巌勝と違いあやし方は不慣れ。恵の三半規管がダメージを受ける。なまじ意識があるので気持ち悪くなり苦悶の表情を浮かべた。

 

「私はただ兄上とともに鬼のいない世界を見るだけでよかった。だが兄上にはその先があった。私はそれが酷く羨ましい」

「ほーん。殺されておいてよく言えるな」

「おい」

 

 デリケートな話題に土足で踏み込む様はまさに暴君。本人は何気なく聞いただけである。

 

「兄上は優しい人だから」

 

((拗らせてるぅ))

 

「話そうか? 君の知らない彼のこと」

「兄上はもうすぐお目覚めになられる。それに私の方がお前たちの知らない兄上を知っている」

 

 

継国縁壱。ここで煽る。

 

 

「はは。抜かしおる。甚爾殿、こいつァ許せねぇよ」

「まぁ待つがよい。九十九殿、恐らくこの男はあいつがこの前まで前妻に取り憑かれてたことをご存知ないようだぜ?」

「十年以上前だろ、今更ぶり返すな。んで私の前で前妻の話をするな。()()この島を大きくしてしまう」

「お前が特級術師なの信じられねぇ」

 

 なんでもない。あくる日のことである。

 

 ★

 

 

 なんで今になって思い出す。

 

 頭をよぎるは数年も前のこと。ただひねくれて摩虎羅を始めて出した。怒られるのが嫌で寝たフリをした。今思えば由基さんにも父さんにも、巌勝さんの中の人にも気が付かれていたのだろう。

 あの後めちゃくちゃ怒られたっけ。

 

 

「俺は何を」

 

 

 

 津美紀を治さなきゃ。

 

 

 いや今ここはどこだ。

 

 

 早く授業に行かねぇと。虎杖達を待たせる。

 

 

 地面が硬い。ベッドから落ちたのか? 

 

 

 

 

「起きろ」

 

 

 

 思えば恵まれすぎていたように思う。

 呪術の才能は遺伝しやすいとはよく言ったもので、親を呪いによって亡くしていたりする人が大半だった。それなのに家族が一人たりとも欠けていないのは父さんのおかげだろう。十種の式神達だってそうだ。俺だけの術式も結局は父さんに与えられたもの。

 俺の中には俺がいない。だから刀と呼吸は大好きだ。

 けれど高専は楽しかった。家以外の居場所はあそこだろう。呼吸を使っているのにあっさり虎杖にフィジカル負けして、一番便利な術式のはずなのに釘崎に役たたずって言われて。

 

 

 だからこうして死が目の前に近づくと怖い。

 

 

 ああそうか。俺は死ぬんだ。

 

 

「なんだ。弱くなりすぎやしないか? あの鉄砲はどうした。逃げてみろ」

 

 絶対親父と間違えてる。そんなに似てるか? てかなんで服が穴だらけなんだよ。ス〇ンジ・ボブかよ。こいつのファッションでなければこれも親父がやっただろ。見逃してんじゃねぇよ。

 

『▂▅▇█▇▅▂!!!!!』

 

「顎斗!?」

 

 影絵がなくても来てくれるのか。最期にいいもんみたな。

 

『████████████████!!!!!』

「躾がなってないぞ」

 

 顎斗の腕が凍る。その重みでよろめく。

 

「戻れ!」

 

 無理やり呪力の供給を断つことで顎斗を影に戻した。

 

「式神に情が湧いたか? なら出せ。全部破壊して最後にお前を殺す。でなければ今お前を殺す。破壊している間に援軍が来るかもな」

 

 目の前の呪詛師にとって俺の死はもう確定している。甚振るつもりだから遅いか早いかの違い。

 実際に助けに来てくれた呪術師は氷漬けにされて砕かれた。奇抜な黄色いポニーテールが特徴の彼は運良く何度か呪詛師の攻撃を躱し、致命傷を負っても立ち向かっていた。だが健闘虚しく敗れた。

 よく言えば時間稼ぎ。悪く言えばほんの少しだけ伸びた寿命の恩人。

 

「…………」

 

 死ぬのは怖い。

 斬られるのは痛い。

 悪意に震える。

 いつか惨めな死を迎えるものだとは思っていた。父さんのように振り切れない。色んな死に方を想像し、この道を選んだことを何度後悔したか。何回か家族に顔を見せておくべきだったか。悔いしか残らねぇよ。

 

 

 いや、後悔は死んでからでいい。

 

 

「おいクソ野郎。お前、宿儺と同じ時代の回し者だろ」

「また言わせる気か?」

 

 一抹の希望を捨てる。

 俺は呪術師。伏黒甚爾の息子だ。そしてこれから死ぬ。ああ震えが止まらない。笑うのもやめられない。父さんが逃がすレベルの奴を殺せるんだ。度肝を抜かれた呪詛師の顔が最後の光景も悪くねえ。

 きっとここでこいつを殺すことが俺の、俺だけの生まれてきた意味だ。

 慶長の当主も俺みたいに雑魚で、六眼を道連れにするために御前試合させられたのかもな。

 

 

 ❝布瑠部由良由良❞

 

 

 呪いの言葉は案外スラスラと言えた。ああ、その顔が見たかった。

 背後にナニカが産まれ堕ちる。

 

「お手並み拝見だな、先輩」

 

 ❝八握剣異戒神将魔虚羅❞

 

 頼むから綺麗に殺してくれよ。死体でも家に帰りたいからな。

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 

 

「何だこのデカブツ。調伏されていない式神か? ならばなぜ術師を殺しても消えない。まさか」

 

 

 

 

 

 

 

ごっ…………!!!!  

 

 

 

 

 

「めぐみ」

 

 

 

 

 

 漸く辿り着いた。乗っていたトラックから降りて携帯電話をポケットにしまう。何か挽き飛ばした気がするがきっと気の所為。

 本来断絶されていたはずの補助監督連絡網。それが甚爾を恵へと導いた。呪詛師との戦闘を発見した補助監督が1番近い甚爾へと繋いだのだ。

 

「死んでない。あー。そういやそういう術式だったな。巫山戯やがって。そこは似なくていいんだよ」

 

 このままでは魔虚羅を倒したところで恵は死ぬ。甚爾は一度きりだが反転術式の行使を可能とする呪具を恵に刺す。失った手足が瞬く間に元に戻る。

 安くなかった代物なので渋々であったが。

 

「分身……?」

「黙ってろカス」

 

 なぜか足元に倒れていた呪詛師を蹴って昏倒させる。どこかであった気がするが覚えていない。おそらく気の所為。

 今気絶させた呪詛師は魔虚羅に何もしていない。つまり甚爾が倒せば、恵に魔虚羅が与えられる。

 ゆっくりと構える魔虚羅。

 

「バケモン具合でいくと、領域展開したアイツとどっこいどっこいだな。二つぐらい目ん玉分けて貰えよ」

 

 

 魔虚羅の倒し方は1つ。初見の攻撃で手早く仕留めること。

 

 

 甚爾は超人である。裏を返せば、人の想像を超えない。斬撃を飛ばせる訳でもなく、血を操れる訳でもない。

 ただ由基が反転術式を使えるまでは、巌勝の肉体が成熟を迎えるまでは、二人は口を揃えて言った。彼がぶっちぎりで最強だったと。青年期は彼の背中しか見えなかったと。

 

「ははっ。負ける気がしねェ」

 

 神殺しの時間である。




祝二十話!いつも感想、評価、誤字報告ありがとうございます!
余談ですが、近頃かなり短めの幕間を投稿する予定です。
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