『23区はほぼ壊滅』
「はっきりと無事と断言できるのは奥多摩の町村。青梅市。あきる野市。八王寺市。町田市の一部。各島嶼だけだ」
「官房長官を含めた総理代理全員が安否不明」
『政治的空白……! 文字通りの空白だぞ!!』
「今はでしょ? 放たれた呪霊の数は100万は下りません」
「そんな中どう少なく見積っても500万人の都民の疎開プランを組まなければならん」
『各地のラブホテル、キャンプ地、廃村まで。最低限のインフラでいい。使えるものは全て使え』
『都内全域を避難命令区域に設定するんですか!?』
「経団連ブチギレ?」
「皆死んでたらロビイングもクソもないでしょ」
『明治に貼り直した皇居を中心とした結界と幕末に東京遷都候補地だった薨星宮直上を中心とした結界。これを無理やり県境まで拡張する』
「ちくわ大明神」
『その後立ち入り禁止区域とする。まさに人外魔境さ』
「呪霊の存在を公表する!? マジで言ってんの!?」
「官邸機能は大阪へ!」
「このままでは呪霊が各地に大量発生する! 多くの術師が都内で避難民の救護に当たっているこの時にだぞ!」
『この規模での権力の真空。他国の軍事介入も有り得る』
「呪霊はあくまで東京都内にのみ発生するものとして公表する。一般人の呪力漏出を都内に限定する」
「逆に良かったんじゃ? これ霞ヶ関が元気だったら出来なかった判断でしょ」
「スルーしてたが誰だ今の」
★
2018年11月1日。ハロウィン翌日。
京都 禪院家 別邸。
夕日が沈む。黄昏が来たる。第二の都たる京都は東京の喧騒など嘘のように日常を享受していた。ただそれは嵐の前の静けさに過ぎない。既に死滅回游は始まっているのだから。もうすぐ結界から弾き出された一般人が押し寄せ、ここは無法地帯と化す。
そんな世界の真ん中から少し外れたところ。そこで三輪霞は小さくなってしまった友人を胸に抱いていた。
「会いたかった!」
『……オレはもうお前の知るメカ丸じゃナイ。本体から分離した分体。残留思念もいいとこダ。
三輪。与幸吉は死んダ。それは紛れもない事実ダ』
「……」
『結果的に功労者みたいな扱いをされているガ、裏切ったのは事実。姉妹校交流を滅茶苦茶にし、呪物を奪わせタ。……大切な人の大切な人を危険に晒しタ』
「でも」
メカ丸こと与幸吉は大罪人である。彼がエゴで動かなければ渋谷事変はもっと違う形で収束していたかもしれない。彼のせいで大勢が死んだと言っても決して過言では無い。
『でもも何もナイ。辛うじて会話しか出来ない。媒体を分離もできナイ。ただの喋るガラクタになりさがっタ』
何よりも結果的に京都校の仲間を危険に晒したことがメカ丸自身を追い詰めていた。確かに鬼の血は極小の分体を稼働させ続けるには十分である。しかし脹相のサポートをした時点で彼の役割は終わっていた。
『話すことは話した。壊されようが、砕かれようガ受け入れる。それがみんなの命を危険に晒したせめてもの贖罪だ』
「……」
『聞いているカ? じきに日が落チル。寒くなるから中に入レ』
「……残留思念なんだったら、メカ丸はメカ丸じゃない」
『ああ』
「だから罪を償う必要も無い」
『おい』
ぽつりとメカ丸に雫が落ちる。ようやくメカ丸は気がついた。危険に晒した京都校への償い。そのために命をかけたメカ丸。そんな彼を霞は何よりも心配していた。死んだとすら思っていた。
「もう、いなくならないでよ。メカ丸だって私の大切な人の一人なんだよ。馬鹿。馬鹿丸」
『……すまん。少し無神経だった』
「いつか……メカ丸の体を見つけてあげる。京都校のみんなもきっと助けてくれるから」
『すまない』
「謝らないで」
これはどう足掻いても死なせてすら貰えない。メカ丸の完敗である。いや、元々同じ土俵に立っていない。文字通り手も足も出ない。死んで償おうにも自分の手で自分は壊せない。その上良くも悪くもメカ丸の生存は渋谷事変の当事者しか知らない。
(待てよ。好きな女の子に重い感情向けられていると思えば…………悪くないな。たまに死んだフリとかしよう)
そしてメカ丸は曇らせに目覚めた。
★
翌日。11月2日。正午。
同じく、京都 禪院家別邸。
「……」
(知らない天井だ)
渋谷事変で一番働いたとも言える人物。伏黒恵は目を覚ました。体の節々は重く、持ち上げた手には包帯がミイラのように巻かれている。指には包帯がまかれていないようで、術師としての己は死んでいない。その事に安堵した。
「そうか、玉犬」
手始めに影絵を作ってみる。何も出てこない。恵から九つの式神は消え去った。嘗てない虚無感に目を閉じる。恵は一般人が死ぬよりも式神が死ぬほうが堪える人間である。もはや残るは一体のみ。その一体が問題なのだが。
「起きたか」
「……家入さん」
白衣の美女、家入硝子が入ってくる。その手には軽食。ココアが湯気を立てている。彼女の目には酷い隈があった。
「聞きたいことがあるなら答える」
「ここはどこですか?」
「京都。禪院家の別邸さ。九十九さんがみんなをここに寄越した。禪院家当主付きだから誰も文句言えなかったよ」
「今いつですか」
「えー……11月2日。12時4分。君は2日寝ていた」
「親父は」
「生きてる。だが片腕がない状態が長引き、血が足りてない。今は療養中だ」
「そうですか」
甚爾は恵の出した魔虚羅で重傷を負った。そして恵を硝子に預けたあと、宿儺と巌勝の戦いを見届けた。
「俺はあいつのこと。全く尊敬していません。人としても、父親としても。けれど、なぜあの人たちと肩を並べることが出来たのかわかった気がします」
「そうか」
「はい」
暗い顔を見せる恵。彼とて父親が重傷で心が乱れる。何よりも己の術式だから。雄叫びをあげ、自分が手も足も出なかった魔虚羅を真っ二つにする姿は目に焼き付いて離れない。
硝子は椅子に腰かけると足を組んだ。そしてゆっくりと体を伸ばす。
「うちの前髪はさ、ボヤいてたよ。『あの人たちは3人とも最強のままでいられるんだね』と」
「……」
「今じゃあいつも半端者だ。全く。私がいたろ」
硝子は自然と煙草に手を出した。そして病人の前だからと自制した。
「家入さ……」
「やっと分かったかマイサン」
「…………いや」
「は」
「……いつから聞いてた」
「さっきお前が起きた時……」
「布瑠部由良由良」
❝八握剣異戒神将魔虚羅❞
現れた白き巨人。九つの式神による継承が行われたのか何やら色々生えている。先程まで甚爾が居たところに裂傷が生まれる。硝子は衝撃で倒れかけた花瓶を支えた。
「危ねぇだろうが!? 俺は怪我人だぞ!」
「初めから聞いていやがって! 居るなら居るって言えクソ親父!!」
「だからと言って魔虚羅は反則だろうが!! 腕返せ!」
「……なんじゃ騒がしい」
現れた直毘人。上半身は包帯に覆われ、片腕は無い。見るからに満身創痍。だがしかし空いた片手に漫画を抱える様はもはやけが人では無い。片腕をなくした次の日に平常運転できるのはにわかに信じ難いが。
「「「……」」」
魔虚羅が直毘人を見る。
直毘人が甚爾を見る。
そして甚爾の腕を見る。
「……チッ」
「ぷ…………ぶわっはっはっは!! なんだ! てめぇも腕ねぇのかよ! はっはっは!! 新しい時代に賭けたのか? ギャンブルの才能ないくせして賭けたのか? お?」
「殺すぞクソジジイ」
「殺すだとォ〜? そんなに怖いか! 新時代が! 」
「殺す」
「⬛︎⬛︎⬛︎?」
ギャーギャー騒ぎ出す大人二名。
先程まで主の呪力に呼応してブチ切れていた魔虚羅も、げんなりとした主に『どうするんすか』と振り返る。恵の呪力がやる気をなくしていくのを見てとうとう真顔になった。口しかないが。
「もういいぞ」
シュンと影に戻る魔虚羅。あれはあれで感情があるらしい。恵は少しかわいく思えてきた。
「待てゴラァ」
「ほれ言え、『俺の腕はパーになったぞ』ってな!」
術式を使い俊敏に逃げ回る直毘人。痺れを切らした甚爾が痣を出す。物理的にはギリギリありえない挙動をし始め、直毘人は捕まった。
「お前その面で刺青は役満だろ」
「これか? 踏ん張ったら出てくる」
「う○こじゃねぇか」
「殴るぞ」
「胸ぐら掴んでも片腕ではなんも出来んぞ? 何するんだ?」
「てめぇ1人殺るぐらい片腕で十分だ」
「黙れ片腕共。病室で騒ぐんじゃねえ」
((片腕共……))
イラついた真希が正論で一蹴。2人はなんとも言えない顔をした。彼女は恵の横で寝ていた。比較的軽傷だった彼女は羂索の出した呪霊の掃討に駆り出されたのだ。故に疲れて寝ていた。
因みに硝子は出ていった。
「すいませーん、禪院の」
「「「「なんだ」」」」
「あ、いや、片腕の」
「「……」」
「え、えーと。……伏黒さんで」
「最初からそういえ。禪院は縁切ってるぞ」
「え、その距離感で?」
「……」
「ごめんなさい。由基さんからお電話です」
「あいつから? よこせ。あいつには聞きてえことがある」
★
2018年11月2日。
東京 薨星宮 入口。主殿。
薨星宮の入口。それは神社の境内である。主殿の外にある階段をのぼり、鳥居をくぐれば薨星宮はすぐそこ。
嘗て星漿体であった天内理子を天元の元へ運ぶ際に通る場所である。結界の狭間でありながら物理的に存在もしている。
「知らない天井」
扉の隙間から見えるのは砂利道とその上にある参道。人よりも神を優先した造り。確かな信仰がここにはあった。禪院の家でそうだったように巌勝の大和心をくすぐる。
「ねぇ。このままどっか違う星に行こっか」
耳元から聞こえる声。逆を見ればベッドに肘を着く由基。相変わらず二十代にしか見えない顔と寄せられた胸から目をそらすように再び天井を向いた。2回目の知らない天井。
「……何日寝ていた」
「1日経ってないかも」
「皆は」
「全員京都にプラベジェットで投げた。中の空気は地獄だったらしいよ」
「状況は」
「日本が国としての機能を喪失した。羂索が死滅回游とかいうデスゲームを始めた」
「……服は」
「残念ながら着替えさせたのは虎杖君たちだよ。着物っていうか着流しになったけどね」
「そうか」
「着替えるかい? 今なら誰もいないよ」
「……いや」
由基が蠱惑的に微笑む。人もいない上に、腕に胸が当たっている。首肯すれば冗談ではすまないことになるだろう。
「まー。何人か死んだし失踪したけど、直接関係あるのは君が特級になったぐらいだね。おめでとー」
「……特級の基準は単独での国家転覆では無いのか?」
「いや、厳密には違う。私はそうだけど乙骨くんがいい例かな。簡単に言うと暴れた時に止められるのが特級しかないっていう感じ」
「…………」
「で? 」
「眠らせてすまない。放置してすまない。嘘ついてすまない」
「はい許す。私は理解のある女だからね」
由基は立ち上がると散らかった医療器具を片付け始めた。巌勝は妙にソワソワしている由基に違和感を感じた。数十年の付き合いだというのに何故か壁を感じるのだ。
「……逆に聞きたいことは無いのか?」
「私が……」
そこで由基は止まった。彼女の顔は見えない。
「私達が菅原道真を祓った後に言った言葉覚えてるか?」
「『次死んだら殺す』だ。しかし何度も言うがあれは死んでいない。頭が吹き飛んだだけだ」
「だけ?」
「む。治っただろう?」
やっと目が合う。イラついたように形の整った眉が片方上げられる。しかし直ぐに顔をそらされる。巌勝は首を傾げた。
「あんた。今さっき死んだんだよ」
「ああ。どうやらそのようだ。もう私にあの太陽はない。だが、鬼のままでもない。やつの言う通り、ひとつ上の次元に至ったのかもな」
「やつ? 夏油君の中身?」
「そうだ」
「へぇー…………」
「先程かららしくないぞ。こっちを向け。なにか隠し事でもあるのか」
「らしくない? 私がどれだけ心配したか……!」
由基はキレた。起きて直ぐに身を削って渋谷に向かった。そこには幾千の呪霊と満身創痍の呪術師達。そして気絶しているというのに呪霊が怯えて近寄らない巌勝。瞬く間に呪霊を祓い終えた瞬間、天元が全てを拒み出す。とりあえず実質東京を見殺し、呪術師達を京都に投げる。その考え方は百を殺し、百一を生かす巌勝そのもの。
(労ってもらいたいんじゃない。私を眠らせたのも私を思ってのことなら許せる。だが、受肉を強制させられたのなら私が……!)
巌勝の魂は泥臭い。努力して這い上がった彼の心意気は由基にとって気持ちのいいものだった。しかし肉体は天賦。泥すら纏わずただ在る極光だった。つまり彼女にとってブサメン紳士だったのだ。
由基は振り返る。ガツンと言ってやろうと思った。だが今や受肉した泥塗れの肉体は、
(えっっっっっっど)
「すまん。本当に助かった」
「いや、まあいいさ。まだその時じゃない。私の方が強いから。私が選ぶ。あーあ。マジのマジで引っ越さない?」
「? ……縛られているのか? また斬るぞ。今ならば同化の隙も与えん」
「そーゆーことじゃないんよねえ」
由基は立てかけてあった神籬を巌勝へ投げた。その雑な扱いに彼は怪訝な顔をした。宿儺の斬撃と焔で鞘には切り傷と焦げた跡が無数にあった。しかし刀身はまだ無事のようで胸を撫で下ろす。そんな彼を無視して携帯を手に取る。
「一回、みんなに説明する必要があるね。このデスゲームは私達だけだとちょっと手に余る。
……とーじ」
『なんだよ』
「事実確認したい。京都で天元に会うぞ」
『そんなことより、覚えのない息子がいるんだが。これお前の弟子だよな。説明してくれ。頼む。孫がもう2人も───』
プツッと電話が切れた。
★
11月9日 午後8時
薨星宮地下茎 京都末梢。
「ご案内を任されました。天内理子と申します」
「黒井美里です」
「天元様が思念体でお待ちです。どうぞこちらへ」
パーフェクト摩虎羅ってどんなんだろうな