混濁した意識の中、脳にはただひとつ。
熱い。
潰れた下半身が焼けるように熱い。抜け出そうにも背骨が絡みついて抜けない。
脳裏を穿つ耳障りな高笑い。まだ笑っているのか、それとも幻聴なのか分からない。さぞかし気分が良かっただろう。生意気な弱者を返り討ちにしたのだから。敵が強者だったのは認める。だが相手は女である。
「うぁうぁ……」
女はこれから生き、男はこれから死ぬのだ。途端、目の前が真っ赤に染る。怒りである。弱い己に対する怒り。女の分際で男を殺そうとした怒り。
「殺したる……ぅ……ァ!!」
殺すだけでいいのか。最大の苦痛を味合わせなければ、屈辱に歪む顔を想像する。
「手足もぎ取って犯して殺したる!」
「死にたくない! 殺したる! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
まだ死ぬ訳にはいかない。精神と違い、肉体は既に死を受け入れてしまった。ゆっくりと感覚が冷えていく。もはや流れ出た赤すら暖かい。じんわりと身体を蝕む温もり。かつて命だったものが失われていく。
「はぁ! は! 詰めが甘いんじ……」
腹を穿つは呪力で作られた杭。相手の女は知っていた。呪術師は死後呪いに転じる前に呪力で殺さなければならない。微かな望みですら潰えた。むしろなぜそこに希望を見いだしたのか。
「なんやっ……! これわあ!」
完璧だ。杭の呪力に蝕まれながらゆっくりと死ぬ。見上げた性格の悪さ。死の瞬間まで看取られないことが救いか。それはもう無様すぎる。
混濁した意識をなんとか引っ張る。腹はもう使えない呪力は回せない。反転術式も使えない。肝心の才能は己にはなかった。いや、本人はそうは思っていないが確実にあった。だがあれらと比べてしまった。灼かれてしまった。
「星の怒り! 天逆鉾! 血鬼術!」
性懲りもない憧れ。目を瞑る。いつ死ぬか。まだ死なないのか。
『直哉』
肩を並べた景色。無理を言って任務に着いて行けば良かった。そしたら、恵のようになれたかもしれない。邪魔したくなかった。あの3人の間に入り込むほど無粋ではない。ただ一目置かれるような、会話の話題に現れるような呪術師になりたかった。
(死にたく……ない)
誰よりも努力した自信はある。一日とて気を抜いた日はない。こうならないために、こんな死に方をしたくないために歩いたのではないか。全て無駄だったのか。
「ど……ブカスがぁ……」
「直哉さん」
薄らと目を開ける。幻聴か。否。誰かが立っている。見覚えのある靴しか見えない。それだけで十分。
「あ? なに、しとんねん、や!」
なぜ帰ってきた。傷を塞げ。見上げれば言うべき言葉を躊躇う程の満身創痍。中身が見えそうな頭蓋を持ってよく立っている。
手に持つは力を失ったであろう呪具。たかがそれ如きであの強者を欺けるとは思わない。人を生き返らせる呪具は存在しない。つまり目の前の女性はもう死ぬ。
言葉を交わすことも時間の無駄。言うべき言葉は限られてくる。直哉は笑った。
「……殺してくれへんか? 僕の頭上に瓦礫あるやろ。それを棒でつついて頭潰してな」
死後呪いに転じることがないように呪術師は呪力で殺す。呪力の楔にじわじわと嬲られているが、いわば最期の瞬間が無呪力であればいい。
目の前の女性は一般人。だが説明する時間もない。
明美も薄く笑った。
「分かりません。私はあなたたちが分からない」
「……」
「だからこそ。言う通りにします。分からない私よりも、分かるあなたの言葉が今は正しいと思うから」
「ええ女や」
甚爾は目の前の女に何も言わなかったらしい。不器用極まれり、直哉は思った。
細い鉄骨を握る。片手かつ女とはいえ瓦礫はしっかりと落ちてくれそうだ。
「最期にひとついいですか?」
「……」
「私は転んで死にました」
「は」
破顔する。ああそうかと思う。甚爾が射抜かれた理由が少しわかった気がした。
「最期やろ、呪いの言葉、言わんかい」
辞世の句。
⬛︎
暗転。
『……』
物言わぬ骸となった女を抱える。最強の心臓を射抜いた女。
ここに置いてはいけない。あの女が甚爾や恵と衝突したとする。肉体の母親が己の手で殺していないとわかった途端、せめて死体を蹂躙しに来るだろう。持っていかなければならない。
ゆっくりと肉体を持ち上げる。新しい肉体はお粗末にも人とは思えない。芋虫。不細工。虫けら。だがそれがいい。虫は虫に殺されるのがお似合いである。
『悪いけど僕、性格わるいねん。あの女は殺す。津美紀ちゃんとかしらんから』
相手を害するため。その為だけに生を渇望する。呪うために生きる。人はそれを呪霊と呼ぶ。
兄上は……
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仙台(四すくみボスラッシュ)乙骨別結界
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東京第二(鹿紫雲その他)秤パンダ別結界
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桜島(呪霊直哉その他)真希真依別結界
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どれでも