「服を着たまま風呂に入ったことはあるか? 思ったより気持ちがいいぞ」
(すごく賢そうな人が馬鹿な演出で出てきた)
(悠仁と髪型が被っているな)
甘井に教えてもらった通りの場所に来た悠仁と脹相。廃れた劇場がその場所だった。瓦礫や破片など戦闘痕で溢れかえっている。
迎えた相手はスーツ姿で入浴している大人。さしもの二人も目が点になる。
「わかる気がする。とくにちん───」
「……死滅回遊は平等だ。ここにおいて人を殺すことは悪ではなく、ルールを犯したものだけが物理的に罰せられる。つまり俺は死滅回遊に可能性を見出している」
日車寛見。三十六歳。職業弁護士。死滅回遊100点泳者。磨き上げた法律センスと飽くなき向上心により、様々な難関試験をストレートに突破した『天才』。
そして呪術師としても術式の覚醒から完全な独学で、その上たった12日間で術式の解明から呪力による身体強化を会得して後述の戦闘スタイルを確立した挙げ句、1級呪術師クラスの戦闘能力にまで成長したまぎれもない『天才』である。
再三、彼は今スーツ姿で入浴している。
しかし、落ち着いた雰囲気から二人は話し合いができそうな相手だと思った。
「……俺たちはその死滅回遊を終わらせたい。まずは巻き込まれた人たちを助けるためにポイントの移動を可能にする。あと他の結界にも」
「おっと、俺と相談すると相談料が発生する。君に払えるのか?」
「!?」
「……冗談だ」
独特の雰囲気から敵意はまだないと判断した。そもそも思いついた悪いことがスーツのまま風呂に入るなどという時点で変わり者だが悪人ではない。
「御託はいい。点を渡す気がないのは分かった。百点使わせろ」
「脹相!」
「見たところ子供だが……受肉体と協力しているのか。だが襲ってくる相手は一切の容赦なく返り討ちにすると決めている」
『話の通じない人間』とは本来、感情的であったり、頑固であったりする人間を指す呼称である。しかし時として日車のような、論理や合理の結果、言葉が必要ない人間もいる。正義の反対は別の正義。
こういう人間は、常に最善を選択する。
❝領域展開
初手領域。現れた目のない式神。名をジャッジマン。
(いきなり!?)
(必中がくるか!?)
必中効果により、領域のシステムが悠仁たちに開示される。幸か不幸か、それは殺傷能力を持つものではなかった。
日車の領域は法廷。つまり裁判。一切の暴力行為が禁止され、擬似的な裁判を行う。ジャッジマンには日車が領域の対象とした一人の全てを知られる。その中から法律に関係する事実をひとつ提示する。
«虎杖悠仁は十八歳未満にもかかわらず、パチンコ店に客として入店した疑いがある»
「悠仁」
「なにそれ。あっ」
「悠仁?」
「……何も言わないなら次に行くぞ」
領域は次のフェーズに移る。それは被告人の弁解である。また領域の効果として証拠となる情報がひとつ、検察たる日車に与えられる。内容は日車しか知らない。つまり証拠により裏付けられた事実を回避しながら弁解する必要がある。
「た、助けて脹相」
「おい日車、いや式神! 俺が弁護する。被告人に弁護人は必要だろう!」
今この場において、日車は本来の弁護士では無く検察官の立場。被告人たる悠仁の有罪を確定させる側である。なぜそうなのかに本人は気付いているのか。
『許可します』
「なるほど。被告人たる虎杖悠仁、判事たるジャッジマン、検察たる俺。弁護人が欠けた裁判は裁判ではない。ただの糾弾だ」
日車は自嘲気味に笑う。ならば今まで自らが返り討ちにしてきた相手は不完全な裁判により殺したことになる。だがその心を殺す。提示された証拠や起訴された犯罪は全て紛れもない事実であったし、そもそも相手は殺しにかかってきている。
ならば此度も同じ。
「……悠仁はパチンコ店に入店したが、トイレを借りただけだ。パチンコで遊戯はしていない」
「この証拠はパチンコ店の監視カメラの映像だ。虎杖悠仁と見られる少年が入店しているのが確認できる。君は『そんな店知らなかった』と答えるだけで良かった」
「ちっ、頭の良い奴は羂索を思い出す」
日車はガベルを叩く。その行為により、最終フェーズに移行した。すなわちジャッジマンによる判定である。今回は釈明に失敗したため、
«
領域が解除される。表面上は変わっていないが、悠仁の身に何かが起こったことは確実。
「大丈夫か」
「……呪力が練れない!」
「なるほどな。没収は呪力を奪うのか。やはり下がっていろ」
「いや。いける」
突如巨大化したガベルが二人を押し潰す。脹相は兎も角、呪力強化ができない悠仁は体が軋む。しかしそれだけ。生まれ持った肉体性能が一級レベルの打撃を耐え抜いた。その事実に日車は驚きを隠せていない。
(本来なら術式を没収するはずだが、術式を持っていないから呪力の使用不可になったのか。もはや一般人と変わらんな)
(今までに犯した罪なら、ダントツで脹相が不利になる。なら俺の無罪を証明して戦力にならないと)
日車は標的を脹相に変える。体の色からして血流についての術式を持っていると推測したからだ。第一印象は、受肉体と見た目高校生の人間。裏をかいて高校生らしき人間の方のカルマを試したが、ハズレだった。
「日車、やり直しだ」
劇場が法廷に戻る。脹相の術式が解かれた。
「……気づいたか」
ジャッジマンに有罪を言い渡され罰を科されたものは、罪を認めない限り二回まで裁判のやり直しを請求できる。つまり三審制の再現。
だが一つ、奇妙な特性があった。
«虎杖悠仁は渋谷にて大量殺人を起こした»
「「!?」」
「……」
誅伏賜死は第一審、第二審、第三審の罪状が完全なランダムであること。
脹相は驚く。そして怒る。その事実を知っている理由は既に開示されている。問題は大量殺人を行ったのは宿儺であり、既に悠仁の体を手放したということ。
「弁護する! 悠仁は殺す意志などなかった。あれは肉体を奪っていた両面宿儺によるもの。本人の意思とは関係ない。つまり心神喪失! 有罪になる筋合いは無い」
「……」
日車は手元にある証拠を掴む。それは両面宿儺について記されたもの。脹相の弁護は十分。少なくとも要点は捉えている。
日車はガベルを叩こうとする。今回はうまく弁護されたため無罪は確定。
(三審目はもういい。次は騒がしい方を領域の対象としよう。虎杖悠仁はかなりワケあり。とはいえこの時代の人間。❝処刑人の剣❞を出すには)
「ああ、俺が殺した」
「な!?」
「自白……」
ジャッジマンの瞳が黒く光る。
『
判決は死刑。
日車の手に❝処刑人の剣❞が現れる。死刑となりうる罪を滅ぼすための罰。この剣で斬られたものは例外なく死に至る。その事実を脹相も悠仁も知り得ている。
なぜ。その先の言葉が日車の口から出ることはなかった。
「待て悠仁! 再審だ! あと一回残っている!」
「ありがとう。俺はもう逃げない。日車、確かに俺は死ぬべきだ。だがそれは今じゃない」
日車は脹相の声で我に返る。彼の手元にある証拠は宿儺についてのもの。心神喪失状態での行い故に酌量される。そのはず。
少し逡巡したあと、剣を握りしめた。まるで迷いに蓋をするかのように。
「子供がしていい顔じゃないな」
機械のような瞳。自己を省みぬ心。虎杖悠仁は全ての元凶を取り去るまで止まらない。その足もその意思も。宿儺と羂索を殺し、死滅回遊を終わらせた先に彼の
(君は……なぜ)
内心で日車は動揺していた。凡そ高校生が背負っていい咎ではない。証拠により、虎杖悠仁に意識がありながら大量殺人は遂行されたことが裏付けられている。その惨劇たるや、地獄すら生温い。
「ぐぬ……こっちだエセ悠仁! 俺は大量殺人者だ! いいのか、前科持ちが弁護できている時点でお前の裁判は茶番だ!」
「…………茶番だと? …………彼自身が大量虐殺をしたことは紛れもない事実だ…………裁かれるのは妥当。なぜ君が庇う」
「弟だからだ」
「回答になって……いないな」
ガベルで脹相を吹き飛ばす。次に狙うは悠仁。剣は、法は彼を有罪と認めた。ならばそれに従うまで。なぜなら己は弁護士だから。胸の金バッヂがそう示している。
❝赤血操術 超新星❞
目くらましのように飛び散る血液。日車の脳裏にフラッシュバックする。それは殺した一般人のもの。
殺人事件の夜に血の着いた刃物を持ち歩いていた容疑者。それだけで世論はあの人間を犯人と断定した。しかしそれは偶然が折り重なっただけ。彼は決して犯人ではなかった。
己が信じた被告が世論により不当な有罪判決を受ける。 保身に走る裁判所。あの瞬間、信じていた法の不完全さを誰よりも痛感した。今まで追い求めた光が消えれば、もがく自分が見えるだけ。
「逆に聞こう。法は人が作ったものだ。そこに俺のような呪いの居場所はない! 不完全な法で裁くことは正しいのか!」
「当たり前だ。呪いはその生存理由が人を害することだ。もはや獣と変わらない。社会秩序を保つための法は、君たちのような呪いの存在を認めてはならない。むしろ秩序の破壊者として祓われるのみ」
「自己紹介がまだだったな。俺は呪胎九相図。簡単に言えば人間と呪霊のハーフだ。死滅回遊に参加した目的は弟を守ることと、母を辱めた死滅回遊の首謀者を殺すこと」
「驚いた。呪霊とのハーフか。有り得るのか」
「法などとは縁遠い暮らしだ。さっきも言ったが人間も殺した。そのことは反省も後悔もしていない。そういう生き方を選んでしまったからな」
日車がガベルを構える。再び領域を展開すれば、殺人容疑は死刑判決にできる。自白したのなら尚更。問題はなぜ不利になるようなことをしたのか。
「脹相、俺は回遊に参加してから多くの人間と呪霊を見てきた。わかったことは人間に善し悪しはあるが、呪霊に善いものはいないという事実だ。そういうものなのだろう。元から分かり合えぬ存在」
「例えば、お前は死滅回遊に可能性があると言ったな。もしもだ。もし仮に死滅回遊にて蘇った受肉体や呪霊が今後日本で行き交うとしたら」
ガベルを振り上げる。脹相は避けるが悠仁に当たる。二対一では思うようにいかない。
日車を襲った泳者は全て外道だった。そもそも羂索が集めた人間は戦闘狂や戦乱の時代を生きた人間ばかり。今の時代に受け入れられるとは到底思えなかった。
「ふざけているのか? 彼らは等しく殺人者だ。無辜の民に触れる存在じゃない。呪霊は言うまでもない」
「それはいつ許される。
脹相の後悔。それは羂索に手を貸したこと。壊相と血塗。異形たる二人の兄弟が普通の暮らしをするには、人間ではなく呪いが闊歩する世界の方が都合が良かったのだ。
彼は、人と呪いが共に歩く道を選ぶことはなかった。不可能だと。何よりも人として苦しむ弟達を見たくなかったというエゴから。
だが、虎杖悠仁は紛れもない人間だった。
もし捨てた道を選んでいれば、共に歩めたかもしれない。
弟達が殺し合うことは無かったのかもしれない。
「少なくとも、呪いを生むのは人間だ。人の悪感情から生まれた心が呪霊だ。その事実から目を背けるな。俺は一度背けてしまった」
「何を言う。オマエは人殺しだ。失った命は回帰しない……!」
「そうだ。悔しいが、それが俺の〝弱さ〟だ」
脹相は悠仁を庇うように立ち回る。日車もバベルと剣を使い分けて悠仁を狙う。正確無比な攻撃は悠仁一人なら苦戦していたに違いなかった。
「法は神が作ったものではない。人が作ったものだ。なら、許されざる人間でも、許される道がある。俺はそう思う」
「……」
❝処刑人の剣❞が悠仁を狙う。悠仁も拳を振り上げる。しかし拳よりも剣の方が先に届くのは自明の理。
己が止めなければ弟が死ぬ。壊相や血塗の時とは違う。守れるところに、手を伸ばせる距離に弟がいる。ただ在る人間と呪いではない。その姿は弟を守る兄でしかない。
間違えた兄弟達のもがきに日車の目が眩む。瞬間、❝処刑人の剣❞が消失する。
「……っ!」
二人の拳を受け、吹き飛ぶ日車。その軌跡に一条の閃光を残す。まるで脳にかかっていた靄のよう。
椅子や机を巻き込んで壁に激突する。ろくな受け身もとらなかった。
(痛いな。これが裁かれる側の痛み。……そうか、俺は裁きたいのでもなく、守りたいのでもない。
日車が信じていたのは法ではなく、人間だった。あの日、世論も裁判所すらも信じていなかった《大江圭太》を信じていたのは紛れもなく彼だけだった。
日車寛見。弁護士たる彼が法を疑ったからこそ、人を信じるその尊さは誰よりも理解している男。
「脹相」
「諦めたな。剣を手放しわざと俺の拳を受けた」
「コガネ、ルール追加。プレイヤー間の……ポイント移動を可能にしろ」
倒れながら日車が言い放つ。それは降伏宣言だった。
ゆっくりと立ち上がり、土埃を払う。最後に弁護士のバッヂをポケットにしまった。いまよく見ると血で汚れていた。洗わなければならない。跡は残るだろうが、鈍く光るだろう。
「百点をやろう。おこがましいのは重々承知だが、……少し話さないか。弁護士ではなく、普通の大人として」
「いや、先に弟に説教しなければならない」
「えっ」
「ははっ。なら風呂にでも入ろう。普通のな」
日車はネクタイを緩めた。
日車戦はもう悠仁が大量殺人を認めた時点で日車のメンタルボロボロだったんじゃないかと
次回は高羽かな
兄上は……
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仙台(四すくみボスラッシュ)乙骨別結界
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東京第二(鹿紫雲その他)秤パンダ別結界
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桜島(呪霊直哉その他)真希真依別結界
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どれでも