「ほう、なかなかの造り」
巌勝は荘厳な門のを前にして感嘆の溜息をついた。横に広がる高い塀は終わりが見えなくなるほど続いている。道をゆく人は総じて着物を着ていた。屋敷の敷地ではない道ですら石畳となっており、ここの地区だけ数百年前にタイムスリップしたよう。
今回、彼の服装は着物。縁壱に似せた着物ではなく、黒死牟時代に着ていたものと同じような着物を着ている。これは彼なりの正装。
『見た目だけだがな。それと絶対お前は何人か伸して帰ってくる』
「よもや戦闘になると? 仮にも格式高き御三家とも言われる家。粗相など起こせぬと思うが」
『賭けてもいいぜ』
「む」
『言ってた賭けさ。自信アリ。俺が勝ったら恵に刀、教えてくれ』
「わかった」
『んじゃまぁ、そういうこった』
通話の切れた携帯電話を懐にしまう。
それと同時に軋みながら門が開いた。二人の女……と言うには若すぎるぐらいの双子の女子が出てくる。巌勝は向き直って一礼した。
「継国巌勝殿とお見受けします」
「いかにも。私が継国巌勝だ」
「ご案内します。どうぞこちらへ」
完璧な所作で一礼する二人。目が死んでいることを除けば、そして少しばかり手が震えていることを隠せていれば心地よい接待となっただろう。栄養状態もあまり良いとはいえず、訳ありなのかと邪推してしまう。
「待て。俺が変わる」
「「失礼致しました」」
現れたのは禪院家の現当主、禪院直毘人。特徴的な髭と手に持った瓢箪が目立つ。飄々としているも目線は巌勝を捉えたまま。明らかに警戒されている。尤も、それは至極当たり前のことであったが。
「ついてこい」
「承知した」
巌勝は黙って直毘人に着いていく。姿は見えないが、不特定多数に監視されていることには目をつぶった。
「何用だ」
「甚爾の息子について。話は後ほど」
「奴抜きでか」
「ああ。『俺が行くと、ふとした時にぶっこわしちまいそうだ』と言っていた」
「腹立つな」
甚爾が禪院を滅ぼせるのは紛れもない事実。だが彼には家庭がある。守るべき家族がいながら呪術界を敵に回すほど、彼は愚かではない。ただ、滅ぼしてお釣りが返ってくる状況になった瞬間、嬉々として滅ぼすだろう。
「あいつのことだ、モラハラ、DV、虐待もする。息子は無事なんだろうな」
「良き父親だぞ。この前は息子に家を追い出されていた」
「嘘をつくな」
「私も言ってて無理があるとは思うが、事実だ」
適当な会話を続けていくと、どこか下から見上げるような視線が追加された。
「ん?」
「あ……」
巌勝が体を傾けて振り向くと、驚いて固まっている緑髪がいた。後を付けてきたというより、様子を見に来たのだ。悟達より一回り小柄で童顔。年の瀬は中学生ぐらいであろう青年が顔を青白くさせていた。病的な顔のまま、一歩後ずさる。
「直毘人殿、彼は?」
「ん? ああ、息子の直哉だ」
「ほう、ならば彼が相伝の」
巌勝の赤い目が直哉を写す。見抜き、見取り、見透かし、見極め、見破る。
二人に確執は全くなく、初対面である。しかし彼は由基の見合い写真を見た事がある。他ならぬ親友の伴侶として相応しいか、そして薄ら濁った独占欲のために観察する。
(深いが狭いな。彼女の好みでは無い)
「ぅあ」
「やめろ」
直毘人の制止の声には素直に従った。一応目礼だけは行い、歩き出した直毘人に再び着いていく。最早彼の目には直哉は映っておらず、庭先の松や枯山水に興味を示していた。
…………
直哉は巌勝達が角を曲がり後ろ姿が見えなくなった瞬間、膝をついた。冷や汗を拭う。心音がどんどん彼の胸を叩く。しかし口角は上がっていた。
ドク。ドク。ドク。
「はぁ……えっぐ、同じ人かいな」
彼は父親から甚爾の使いが来ることは聞かされていた。今更出来損ないが何用だと口走る贋物を睥睨し、甚爾が用を任せるような人物に興味を抱いた。
禪院に臆しない礼儀正しいだけの売女か、本当に小間使いなだけの下人か。どちらにせよ殴って従順にさせてから甚爾の情報を聞き出すつもりだった。
結果は見ての通り。甚爾が任せた相手は強者。均整の取れた体つき。揺るぎない体幹と柔軟な足運び。なにより────
(なんやあれ、全ッ然強なさそうやんけ。逆に怖いわ)
強いはずなのに弱く見える。無害だと思い込んでしまう。それはまるで植物のような雰囲気。彼の右肩に蝶が警戒せず止まっていたのがその証拠。呪いでは説明がつかない。
彼の肩には蝶だけでなく数百年の経験が乗っていることを知らずにいたのは幸運か。
「ひひっ。楽しみになってきたわ。何を見せてくれるんやろ」
…………
微かに聞こえた直哉の独白に、巌勝は疑問を抱いた。
「本当に息子なのか」
「どう思った?」
「何故関西弁なのだ。京都生まれ京都育ちの京都弁では無いのか?」
「……どうでもいいわ。着いたぞ」
直毘人が襖を開ける。瞬時に巌勝は悟った。
(賭けは甚爾の勝ちになるかもな)
「貴様が甚爾の使いか」
無精髭を生やした大男、禪院甚壱。床の間に腰掛ける様は荒くれ者としか言いようのない。値踏みするように睨めつける。肉体は出来上がっているが、それでも甚爾と比べれば一回り劣る。
故に肉体だけを見れば、甚爾の兄だと一瞬で分かる。
「遅い」
痩躯の剣士、禪院扇。不機嫌さを隠そうとしない。客人の前だというのに帯刀している。巌勝を見て蔑んだ目線を送り付けた。彼を格下と判断したのである。
「……」
そして目を輝かせて巌勝を見る直哉。正座している分、一番礼儀正しいといえる。巌勝は頭の上に犬の耳を幻視した。恐らく尻尾も振られている。
ドドーンと効果音が付きそうなほど、彼らの登場のインパクトは強かった。そもそも床の間に甚壱が座り込んでいるのが目に入った瞬間、頭が痛くなった。彼の行いは神仏に対してあまりにも無礼。巌勝とて理想のために同族の命すら刈り取った身で言える口ではないが、不快は不快。
巌勝が正座をしようと、甚壱は床の間を占拠しているし、扇は立ち上がったまま。直哉は依然として食い入るように巌勝を見ている。
「さあ、手短に話せ」
「部外者がいるようだが」
「何も話は1対1など言っておらんだろう」
「……………………甚爾の息子、恵についてどこまで知っている?」
「十種影法術を持った子が甚爾の元に生まれた。それだけよ」
直毘人は余裕の表情を崩さない。薄ら笑いすら浮かべている。ただ胡座をかいているところは抜け目ない。正座よりも胡座の方が奇襲に強いのだ。因みにここで初めて巌勝は恵の術式の名前を知った。
「手を出すなと言いたいのか?」
「否、奴の妻についてだ」
「胎を守れというか」
「然り。一言、公言するだけで十分だと言っていた」
十種影法術を産み落とした種と胎。確実に産み落とす訳では無いにしろ恵という前例がある以上、術式を持った子供を産み落とす確率が高いとも受け取れる。禪院が無下限の五条に対抗して見せた相伝中の相伝を産んだ女。そんな彼女がたまに化け物が泊まりに来ることを除けばただの一軒家に住んでいることの重大さ。
ただ、甚爾の妻を『胎』と呼んだ一点に不快感を覚えた。
「だが彼奴はもう禪院では無い、伏黒だ。禪院の名を持たぬものを守れなどと、虫の良いにも程があるな。
禪院姓になるのなら話は別だが」
「有り得んな」
「少しいいか?」
(良いわけないだろう)
割って入ったのは甚壱。髭を撫で付けながら口を開いた。直毘人への抗議の目線は無視される。
「甚爾の女を禪院に下女として働かせればいい話だろう。孕んだ子は確実に禪院だという証明になる。その上──」
「何か思い違いをしているようだが。我らは甚爾の妻を守れと言っている。そこに歩み寄りも折衷も無い」
この時、巌勝は初めて甚壱と目を合わせた。無機質な瞳が射抜く。結果、先に逸らしたのは甚壱の方。彼自身、己が目を逸らしたことに驚いていた。驚きは警戒へと変わる。
巌勝は理解した。明美と津美紀はこの家と関わってはいけない。関われば最後、生き地獄に引き摺り込まれる。
「我らを、禪院を脅すか」
「ふ、そう聞こえたか?」
お互いにあくまで冷静。ただし雰囲気は一触即発。
直毘人とて間抜けでは無い。話し合いの部屋を囲うようにして躯倶留隊を控えさせている。
御三家が一つ。禪院家の当主がなぜ大きく出られないのか。理由は得体が知れないからである。
当時、十を過ぎたばかりの巌勝が前当主を返り討ちにして見せたことは禪院家の中でもこの場にいる人間のみ知る紛れもない事実。果たして一体何にやられたのか。無下限のような理外の術式か、強力な呪具か。
ただ分かるのは、見た目からして肉弾戦を得意とすることと甚爾が任せるに足る何かを持っていること。彼は進んで地雷をふむようなマネはしない。
直毘人は口を開いた。
「巌勝と言ったか、年は?」
「二十六だ」
「なら貴様が
「私がか?」
直毘人は知らないが、この発言は甚爾と巌勝のみならず、もう一人の化け物を敵に回す発言であった。
「不思議に思わんかったか? なぜ禪院が落伍者の息子なんぞにここまで固執するなど」
直毘人は酒を一呑みし苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。剣呑な眼差しは苛立ちを隠しきれていない。
「術式が当たりだったのだろう?」
「当たりも当たり、大当たりよ。なにせ、奴の息子の術式はかの六眼と相打ったのだからな」
「ほう」
厳密に言えば十種影法術最後の式神があまりにイレギュラーすぎた故の事故である。巌勝は心の中で甚爾に悪態をついた。彼は恵の術式を知らないのだ。強力な術式だとは思っていたが、まさか無下限と並ぶほどとは思ってもみなかったのである。
「つまり、我らは六眼と対等であればそれでよい。これでわかっただろう?
六眼と無下限呪術の抱き合わせ。世界の均衡すら崩して見せたあの五条悟に正面から挑み、破った。その事実は貴様が思うよりも遥かに大事だ。
甚爾がどんなやつを使いに寄こすかと思っていたが、まさか貴様が来るとはな」
五条悟に勝ったのも正々堂々とは言い難い。不意打ちが成功した結果のことである。彼にとってそのようなことでこうも煽てられるのは少し心外だった。
「私が仮に禪院姓を貰い受けたとして、なんの利点がある」
「そうだな。特級呪具の二本や三本くれてやるし……」
「ほう」
心が一気につられる。当主になりたくは無いが、なにか恩を売れば刀が貰える可能性がある。釈魂刀のようなものではなく、鞘も鍔もある刀。さらに特級呪具ともなれば威力は計り知れない。
扇の気配が少し揺れ動く。
「なんなら貴様の息子には次期当主の座ぐらいくれてやるが──」
「直毘人!」
要らん。巌勝がそう言おうとした矢先に隣から怒鳴り声が響く。声の主、扇は怒気を露わにして一歩踏み出した。溢れ出る呪力が扇の体から立ち上る。
彼だけでは無い。直毘人の打診に甚壱ですら驚きを顕にしていた。声は上げないが、彼も扇と同じ意見。
「下がれ扇。俺が話している」
「……」
「で、どうだ」
「
「些細なことよ。いろんな所から婿や嫁を持ってきているからな。誰でもいいから禪院の嫁を娶って相伝の子を産んでくれればよい。
言わば玉石混交の術式ガチャに貴様が入るだけよ。ガハハハハ!!」
「次期当主など恵にくれてやれ。私はいらん」
「き、貴様ァ!!!」
その一言で扇は耐えきれなかった。怒りの矛先は直毘人から巌勝へと振り切られる。
彼ですら使うことを許されない特級呪具の譲渡ですら腸が煮えくり返り。そこへさらに次期当主の打診。その上打診を蹴り、出来損ないの息子に明け渡すと言う。
巌勝は扇の地雷をひとつずつ丁寧に踏んでいった。
極めつけに──
「やっぱ並んでみると巌勝君のポニーテールの方がかっこええわ」
((((それはそう))))
───今まで空気だった直哉のトドメの一言。悪びれもなく独り言のように謗る。これでも巌勝の手前、抑えた方である。
「舐め腐りおって!!」
❝術式解放 焦眉之赳❞
「叩き切ってくれる!」
高専時代の五条達が十六なので、巌勝、甚爾、由基の三人はキリよく二十六歳で統一します。
バトルは次回。多分すぐ書けるかも。禪院家が終わったら由基と夏祭りとかその後は原作かな