「叩き切ってくれるわ!」
抜刀。噎せ返るような熱がチリチリと肌を焼く。扇の刀には焔が纏われていた。室内の温度が急激に上昇する。
(刀から炎を放出できる術式。一体何の因果か)
「扇、客人の前だ」
どの口で客人というのか、と巌勝はツッコミたかったがやめた。
これは茶番だ。巌勝の実力を測るために直毘人は態と扇を煽ったに過ぎない。
いつもなら無視しているが、あえて巌勝は挑発に乗ることにした。
「刀を抜いたか。生憎得物を持ち合わせておらぬ。拳で御容赦願おう」
「……ッ! 覚悟ォ!」
巌勝は自然体で構えた。刹那、振るわれた刀を半身で躱す。続けて上段からの振り下ろし。
振り下ろされた刃の背を上から踏みつけ、畳に押し付ける。熱で畳の焦げる音が響いた。足裏に形容し難い痛みが生じるが、赫刀の痛みより遥かに
それでも刀から手を離さなかったので、空いた足で刀の側面を蹴りつける。パキン、と音を立てて刀が根元から折れた。
「な……!」
「失礼」
意地でも刀から手を離さなかった扇の襟首を掴み、力任せに庭先へと投げる。天性の膂力が呪力の底上げを受けたのだ。人一人片手で投げることなど容易い。障子をひとつ破り、躯倶留隊の控える部屋を通り過ぎ、またひとつ障子を破って庭へと飛んでいった。
巌勝はギョッとした顔の躯倶留隊を横目に扇へと歩みを進める。
「直毘人」
「ああ。戦い方が奴そっくりだ。ありゃ扇じゃ手に余る」
「だが呪力操作は下の下だ。基礎すらなってない。ありゃすぐ呪力切れを起こすぞ。おい、躯倶留隊も見ておけ。次はお前たちになるかもな」
「まじすか。……いや、集団戦に慣れてなければ勝てます」
そんな軽口を背に受けながら、巌勝は庭に躍り出る。扇は受け身をとったのでほぼ無傷。しかしその目は屈辱に爛々とギラついていた。頬に血管が浮き出て殺気すら放っている。溢れ出る呪力はとうとう、周囲を巻き込んで燃え上がった。
庭の二人を囲うようにしてギャラリーが増えていく。そこにはあの双子の姿もあった。
「しいっ!」
「蒙昧だな」
右足で踏み込み、袈裟懸けに振り下ろされる刀。折れた刀であろうと、吹き出す焔が刀身を生成する。どれほど伸ばせるのか未知数なので、屈んで避けた。案の定伸びた刀身は本来の二倍にもわたる長さ。リーチを活かし、炎の刃が鞭のように唸る。
それを巌勝は涼し気な瞳で観察する。念の為、観戦者にも気を配っていた。
(強者……とは言えんな。由基達より弱い)
刀の速度は甚爾の方が速い。呪力操作は由基の方が巧い。そして見られている以上、使える手札は晒したくはない。領域展開は論外。反転術式に至っては自動で行われる故に無傷で勝たなければならない。足裏の火傷が治っているかどうかを態々みる人間も居ないし、反転術式の際に溢れ出る鬼呪も余程呪力に精通してなければ見えない。
(刀さえあればカタはつくというのに)
「貴様、先程から逃げてばかり。なぜ術式を使わんのだ」
「術式など知らん」
「は?」
「知らんと言った。最早あるのかすら不明よ」
(まぁ嘘だがな)
巌勝は由基から術式の内容が漏れることのリスクを散々聞いていた。五条の無下限が良い例である。尤も、無下限を知ったところで戦いを有利に運べるとは限らないが。あと単純に術式の開示による能力の底上げが効かなくなる。
羂索すら予期しなかった彼の術式。領域を展開すれば六つ目の鬼に転ずるそれはまだ彼の手に余る。
「術式を持たない……だと」
そんなことは禪院家に分かるはずもない。彼らにとって相伝は名誉。生まれが全ての世界で、生まれ持って得た術式を秘匿することなど理解不能。
故に扇は巌勝の言葉をそのままに受けとった。今の時点で術式がない。つまり呪術師として論外も論外。ならば種はひとつ──
「天与呪縛か! その膂力と引替えに術式がないのだろう!」
「……その通りだ」
「貴様も
更に奮い立つ扇。攻撃はさらに苛烈になった。負の感情は呪力そのもの。屈辱の怒りや、
しかし依然として隙は多い。
(得るものは得た。手刀で落とすか)
突きを避け、懐に潜り込む。そして柄を握る扇の両手を上から片手で掴み行動不能にする。同時に空いた方の片手を振り上げ、一直線に彼の首へと叩き込────もうとした。
「あ」
迸る黒い稲妻。
巌勝の肉体は縁壱のもの。しかし魂は身長も背格好も同じ巌勝のもの。
それは黒閃が発動しやすいこと。至って普通の手刀に通常の2.5乗の威力が掛け合わせられる。
(む、これは不味いな。首を落としてしまう)
(よもや殺す気か!?)
経験から生まれた勘とでも言おうか。死を悟った扇。火事場の力で何とか避けようとする。巌勝も振り下ろす位置を変えようとした。
結果として、首は避けた。
ふぁさ。
「……」
「……」
地面に落ちる、ポニーテールだったもの。
扇の総髪──ポニーテールは根元から無くなっていた。扇はゆっくりと手を伸ばし、後頭部を撫でる。そこにある筈のものは確かになかった。一言も発さず、わなわなと手が震えている。
気不味い沈黙が場を支配した。
「…………………………成敗」
巌勝はダメ押しとばかりに再度手刀を振るう。今度はしっかりと意識を奪った。うつ伏せに崩れ落ちる扇。気不味い沈黙に耐えきれなかった巌勝が情けとばかりに気絶させたが、更に無様になったのは言うまでもない。
「そこまでだ。控えよ」
直毘人が制止の声を発する。巌勝が黒閃を発動したことに躯倶留隊や甚壱達が目を見開く一方、直哉は呼吸困難で腹を抱えて笑っている。笑いすぎて声が出ず、地面に落ちた髪を指さしながらプルプル震えていた。
「禪院家を代表して謝罪しよう。弟が粗相をした。悪かったな」
謝意の込められていない言葉。これも挑発のひとつである。突っぱねれば今度は巌勝が加害者となり躯倶留隊と戦うことは必至。家の格とはそういうもの。
「迷惑料だ。呪具を幾つか貰い受ける」
巌勝は悪人面をした。その顔はどこかのヒモに似ている。直毘人は了承の意を示す。二人が姿を消した後、扇は躯倶留隊に運ばれていった。
★
「あの話は真か?」
「貴様を次期当主にする話か? 嘘に決まってるだろ。だが恵を当主にするのはいいかもしれん」
「直哉殿では無いのか」
「性格がちとな。あれには誰も着いてこんよ」
忌庫への道を歩きながら、あっけらかんと直毘人は言う。直毘人とて、元より直哉に継がせる気はそんなになかった。彼自身、禪院の将来に限界を感じており、古きを重んじるだけの当主では心もとないと思っているのだ。
「相伝の術式を継いでいるのは子息だけか? あの双子は?」
「双子が継いでいるわけなかろうて」
「……なぜそう言える」
「呪いの世界では双子は凶兆よ」
そう吐き捨てるように言った。途端、巌勝が立ち止まる。それに気づいた直毘人が振り向いた。巌勝の表情は諦観を含んでいる。
「呪いの世界だけでは無い」
「ぬかせ、呪い以外の理由で双子が忌み嫌われるなどいつの時代だ」
「そうだな」
再び歩き出す二人。じゃりじゃりと小石を踏みしめることが二つ並んだ。忌庫は洞窟の中。幾重にも貼られた結界のさらに奥。中でも強力な呪具は当主が直々に管理している。
「何故……双子は凶兆なのだ」
「知らんのか。呪術的に双子は一人として考える。本来術式と呪力を併せ持って産み落とされる筈が、一方ずつしか持ち合わせなんだりしよる」
「ではあの双子は……仲良しか?」
「は?」
仲良し。そんな柔らかい言葉が目の前の大男から出てきたことに直毘人は少し意表をつかれる。
直毘人が双子に抱く感情は憐憫。禪院に生まれたことが運の尽き。逆に一般家庭に生まれたところで、呪いが見えるだけで自衛手段を持たない真依は長く生きられない。呪いが見えない真希は時間の問題。双子でなければ或いは──といったところ。
「仲良し……なんじゃねぇか? いっつも二人でいるからな」
「そうか」
「ってか双子双子双子うるせえ。甚爾に聞けば話してくれるだろうが」
「生憎、奴と呪力云々の話はせん」
「じゃあ何話してんだ」
「…………競馬とスナイパーライフル」
「もういい。揃いも揃って底抜けの阿呆か」
巌勝はむっとした顔をしたが、黙ってついていく。ろくでなしという言葉が筋肉纏って歩いているような甚爾という男と一括りにされるのは些か心外であった。
辿り着いたのは円状の広間。岩の壁に金属の扉が並んでいる。その最奥部の扉を直毘人は開けた。
「忌庫だ。呪具ならだいたい揃っている」
「……」
並んである呪具の数々に巌勝は目を輝かせた。
とりあえず飾り立ててある刀を一本手に取る。鞘から抜き放てば呪怨が悲鳴をあげた。鞘は名刀のそれだが、本体の刀は鈍。鈍のくせして込められた呪いが強い。まるで禪院家を形にしたような刀。
(大方、妖刀よな。斬れ味の悪さが斬られた者の痛みを増幅させ、慟哭が呪いに転じたとみえる)
「この刀は数打ちか?」
「その刀を数打ちと言えるのなら、貴様が求めるような刀はここには無い」
「そうか」
巌勝は少しガッカリした。そして刀を正眼に構える。左手の小指と薬指に力を込め、右手は添えるだけ。少しずつ込める力を増やしていくと柄が割れた。刀身はほんの少しだけ赤熱化している。
「……すまん」
「すまんでは、
「すま……? 何と言った?」
「もういい。寄越せ、修理に出す」
イラついた直毘人へ刀を渡し、再び物色し始める。甚爾の釈魂刀、天逆鉾、万里ノ鎖。あれらに匹敵する呪具があると踏んだが期待外れであった。
「これは?」
「硬いだけの刀だ。これといった特性もない」
巌勝が手に取ったのは無骨な刀。刀と言うよりサーベルに似た呪具。しかし鞘は着いている。形だけの柄もあった。握ってみると先程の刀よりも握力に耐えうるようだった。
「貰っていくぞ」
「おいおい。ただで渡せねえが」
「これ一本だけで良い」
「五億するぞ。さっきのやつは十億だが」
「扇を噛ませ犬とした様子見。話し合いの邪魔となる部外者もいたな。もしやすると甚爾に言いつけてしまうかもしれぬ」
「はぁ……なんなら夜寝ている間に女でも宛がおうかと思ったんだがな。持ってけ泥棒」
「……」
巌勝は怒りを通り越して呆れた。ここまで来るといっそ清々しい。
「部屋は用意してある。急いでいる訳では無いのなら泊まってけ。俺にだって罪悪感はある」
「
★
「よい。よいぞ」
時は夕刻。蝉の声が落ち着き、暑さが息を潜め出す。橙色の空は烏達の帰宅ラッシュで忙しない。しかしそれもまた風情。
「なんと心地よい。懐かしさすら感じる」
禪院家に泊まっていくことにした巌勝。言わずもがな彼は洋よりも和を好む。今の時代、ここまで和を残した邸宅も数える程しかなく、思う存分哀愁に浸る。
漆喰の柱。松の足下を流れる枯山水。金魚の描かれた壺。目を引かれる生け花。恵が当主になれば、幼少期の恩を盾に住み着こうと決意した。
ひとつ息もついたところで欠伸をする。そして携帯を取り出し、甚爾にかける。1コール、2コール、3コール、4コール目でやっと繋がった。
「甚爾か?」
『お、生きてる。んでどうだった?』
「色々あったが、交渉は決裂だな」
『まーそうだろうな。ダメ元だったし。天元の結界だけでよしとするか』
「因みに恵が禪院家の次期当主になるかもしれん」
『……は????????????????』
「まぁ、そういうことだ」
『おい待──』
通話時間は10秒にも満たない。それでも甚爾の驚く反応が見れたので満足。携帯の電源を切って懐に仕舞う。
巌勝が沈みゆく太陽を見つめながらほおけていると、何者かが歩いてくる気配を感じた。縁側の廊下の角から姿を現したのは禪院直哉。あの場にいて── 一言なければ──普通だった人物。片手に年季の入った木刀を携えていた。
「直哉か」
「僕の名前覚えててくれたんか。今話してたのって甚爾君?」
「……せや」
「え」
「そうだ」
現れた青年、直哉は巌勝の横で胡座をかいた。頬杖をつき、興味なさげに庭を見る。甚爾についてなにか聞かれると思った巌勝は、虚をつかれた。
関西弁にはノータッチ。
「つかぬ事を聞くが、お前は養子か?」
「ちゃうで。〝直〟哉で〝直〟毘人やのにそんなわけあらへんやろ」
「それもそうだな」
「……なあ、なんでウチに来てくれへんの?」
「む、お前は反対していると思っていたが」
「強い人に仲間になって欲しい思うんはおなじや。そんでも次期当主は僕が貰うけどな」
ニカッと笑う顔は好青年。とても叔父の髪型をこき下ろした人物とは思えない。
「父ちゃんから話は聞いたで。刀使うんやってな」
「ああ。しかし得物を持つのは呪力操作が疎かになる故、良い顔はされんのだろう?」
「別に強かったらええやろ。弱いくせに己の力量と向き合わんと呪具で埋めようとするのがダサいわ。素手であいつボコしたんなら誰も文句いわれへんと思うで」
「一理あるな」
だとすると扇の刀は名のある呪具かもしれないと、今更になって心配し始める。いずれ恵が当主となったときの確執となるかもしれない、などと考え出した。もう既に手遅れだが。
「兄弟はいるのか?」
「おるけど、あんまパッとせーへん。弟より弱い兄なんている意味あらへんのにな」
「……」
「あいつらは大して強ないのに呪力操作も中途半端やのにぶらぶらと得物掲げて。ぶっちゃけダサいって思わん?」
「…………」
「あそこまで来たら生き恥や。生き恥晒すぐらいなら死んだらええ。全員腹切ったらええのにな」
「………………」
当事者ではない巌勝の全身に言葉の矢が突き刺さる。彼は思う。縁壱が直哉のような性格ならさらに地獄だったと。言い過ぎだと窘めようにも、直哉の目が澄んでいる。彼にとっては当たり前のことなのだ。
「弱ければ上に立つなと?」
「んなもん当たり前や。せや、躯倶留隊に刀教えてくれへん? うち刀使うやつ多いからな。僕も知りたいし」
「私の技など、そう大したものでは無い」
「何ゆーとんねん。謙遜も過ぎれば嫌味やで」
「……言ってみたかっただけだ」
「なんやそれ」
ケラケラと笑う直哉。その顔は少し甚爾に似ていた。直哉自身も巌勝が意外に取っ付きやすい人柄で会話するのが楽しかった。
しかし直哉の提案はやんわりと断る。巌勝は既に刀を教えるよう言われている相手がいる。それ故に断ったが、直哉がそれを知った時矛先は恵に行くのが確定した。
巌勝、甚爾共に屈辱を味わわされた扇。甚爾に並ならぬコンプレックスを抱く甚壱。恵と違って巌勝に刀を教えて貰えなかった直哉。さらに三者とも禪院家当主の座を狙っている。ここに次期当主候補の恵を一人入れるだけで場は修羅と化すことは想像に難くない。
「なあ、ちょっと手合わせしてくれへん?」
そう言うと直哉は木刀を手渡した。彼は初めからそのつもりで巌勝に話しかけてきたのだ。前置きが長くなったのは緊張の表れ。可愛いものである。
巌勝は木刀を受け取る。直哉は瞳を輝かせて笑った。投射呪法を使ってどこかへ駆け出したかと思うと草履を履いて庭に現れた。
鼻息荒く、目力で急かしてくる直哉に苦笑しながら、巌勝も木刀を片手に庭先へ歩みを進める。
「あ、せや。巌勝君ってアニメとか見る?」
「あまり。目が良すぎるのも考えものでな、少し間隔の短い紙芝居にしか見えん」
「はっ、バケモンや。ほんなら胸、借りさせてもらうで」
そう言うと地を蹴って駆け出し、トレースを始めた。まずは加速、イメージするのはカウンター。屋外ということもあり屋根を伝い、塀の上を駆けてスピードを上げる。
巌勝は腰を落とし、シンプルな居合の構えをした。
(僕の最高速度。どう迎え撃ってくるんやろ)
(一定の間隔で動きを刻む術式。直哉には悪いが、全て見えているぞ)
十分に加速した直哉が、今度は巌勝の周りを移動しながら突っ込んできた。もちろん背後からの奇襲。
「ふっ……!」
間合いに入った瞬間、一歩後退するコマを後追いした。奇襲したというのに目の前を通り過ぎる刃先。しかしここまではまだ想定内。次のコマで攻勢に転じる。相手は刀を振り切っている。次の攻撃に移るには遅い。扇にはこれで一発叩き込むことができた。
次の動きは──
「ぐぼはぁ!?」
直哉の腹に木刀がめり込む。体が崩れ落ちる。逆流した胃液を根性で飲み干した。明暗する視界のまま無様に地面を転がる。汗が止まらない。
巌勝は居合の速さを遅くし、逆に振り切ったあとの切り返しを速く見せることで捉えられなくした。
呼吸も態と使っていない。しかも木刀とはいえど今の力で振り切れば直哉の胴体は泣き別れ。当たる直前で受け止めるような形で振るった。それでも直哉自体が加速しているので焼け石に水程度。
「……」
「居合相手に愚直に突っ込むのは感心せん。一歩後退したのは良かった」
「切り払う……だけやと……思ったんや」
「直哉が先の先と後の先なら、私は先の後と後の後。今回は上手く噛み合ったな。噛み合わなければ、結果は違ってたかもしれん」
「そ……ん……ぁ」
(そんなわけないやろ)
木刀のくせして血を飛ばすように空を斬る巌勝に、軽口を叩きたかったが胃液が喉を焼いたので声が掠れる。
「知見を広めろ。
そう言われ巌勝に抱き抱えられる記憶を最後に、直哉の意識は闇に包まれた。
彼の目指す星々はまだ遥か頭上で瞬いている。堕ちてくる気配は、皆無。
★
巌勝が禪院家を去った次の朝。そこにはいつも通りの禪院家があった。少し違うとすれば、直哉が前よりも任務を受けるようになったこと。
「ぐっ……!」
「お姉ちゃん!!」
「ザッコ、なんやもうおわりかいな。もうちょい耐えてほしいわ。それだけが取り柄やろ。
にしても暑っついわぁ。せや真依ちゃん、氷菓買ってきてくれへん? 百年そこらの店程度やと許さへんで」
「……っ」
しかし直哉は変わらない。彼が見るのはいつも彼方の背中。足元に転がる弱者はそれだけで罪。踏みにじることで強者足り得る。
彼は巌勝との攻防で理解した。まだ自分には何もかも足りていない。己は努力家だと自負していたが、まだまだ甘いと再認識した。血反吐を吐く程度の努力では足りない。
「あの人に一撃でやられたくせに……!」
「なんや、みとったんか。ええ眺めやったやろ、いつもサンドバッグ扱いしてくるやつがゲボ吐いて地べたごろごろ転がっとったんやからなあ」
直哉が真希の腹を蹴り上げる。今度は真希が吐瀉物を吐き散らして転がった。いつもならさらに追い打ちをかけているが、これから任務が入っている。支度のために早く切り上げなければならない。
「僕もピアス開けてみよかな。ひひ」
直哉
あっち側と話す時は多分好青年。それ以外が入ってくるとドブドブカスカス。
ポニーテール
黒い火花の微笑む先
次回は恵とか津美紀とか