虚飾まみれのハッタリ魔王   作:ブナハブ

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異能ありきな世界でゾンビもの取り入れたらカオスになりそう

 今から五十年前、ある一つの事件が日本中を騒がせた。

 負傷者五十六、死傷者十三、その事件で発生した被害である。

 

 事件の加害者は全部で二十六名。目撃者が言うには、いきなり見境なく暴れ始めたらしい。

 警察が来ても暴れ狂う加害者だったが、一度眠って目を覚ますと正常に戻った。そこで警察が彼らに事情聴取した所、どうにも暴れた記憶は無く、しかもなんで自分がそんな状態に陥ったのかも分からないと。

 

 結局原因が分からないまま時は流れ、五年……再び悲劇は起きた。

 

 今回の負傷者数は百にも上り、加害者数も以前の倍増えていた。

 あまりに大きな被害、しかしこれにより警察は犯人を突き止めた。

 

 犯人は一人の男だった。協力者はいない。たった一人の男の手で、この二つの大事件は生まれたのだ。

 

 国はその男を新たな異能犯罪者として指名手配し、名を付けた。

 

 聖職者のようなその格好と、人々を狂気に陥らせるその異能から、『伝狂師』と。

 

 日本中を騒がせた異能犯罪者、だが次に姿を見せた時は必ずや身柄を確保しよう。

 そう警察が決意して四十五年。伝狂師の姿は一向に現れず、もしや死んだのではと噂されるようになった頃。

 

 奴は、現れた。

 

▼▼▼

 

 ショッピングセンター内に響き渡った獣のような雄叫び、それを皮切りに至る所から怒号と悲鳴が聞こえてくるようになった。

 

「グオオオ!」

 

「ひぃっ!?」

 

 まるで猛獣のように歯を剥き出しにして近くの人間へと襲い掛かる。そんな光景がショッピングセンターのあちこちで発見されていた。

 

「く、くそがぁ!」

 

 襲われそうになった者の一人は、がむしゃらに自身の小石を飛ばす異能で攻撃する。

 

「ガッ!?」

 

 それは襲ってきた者の頭部に命中するも、

 

「グルルル!」

 

 少し怯み、頭から血を流すだけで終わるのみ。どころか攻撃してきた者に更なる怒りを抱いてしまった。

 

「や、やめ───ぐあああ!?」

 

 まるで肉食獣が獲物を捕まえる時のように、その者は飛びかかる。

 

「皆さん落ち着いて! スタッフの指示に従って下さい!」

 

 そんな光景が広がる中、警備員達は懸命に正常な一般客の誘導を行っていた。

 

「こちらへ行った先に非常口があります!」

 

 そんな警備員の一人の側を、神父のような服を着た者が通り過ぎる。

 

「皆さんこちらへ! さあ、はや───ッ!」

 

 その直後、その警備員は急に項垂れる。

 

「お、おいどうした?」

 

 そんな様子を見た同僚の男は、何があったのか聞く為に近寄る。

 

「……グ」

 

「おい、おいしっかりしろ!」

 

 何かがおかしいそう思い男は警備員の体を揺すると、

 

「グオオオ!」

 

「う、うわあああ!?」

 

 その警備員は正気を失った目でこちらを睨み、襲い掛かった。

 

「ど、どうなってるのよこれ!?」

 

 さっきまで正常だった人間がいつの間にか凶暴化する。その一部始終を見ていた者達は、次は誰が暴れ出すのかと気が気でなくなってしまう。

 

「ち、近寄らないでよ!」

 

「お前の方こそ! お、俺を襲うつもりか!」

 

 もはや誰を信じていいのか分からず、少し近くに来られるだけで過剰に反応し、不和が生まれる。

 

 まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図。怒りに恐怖、そして疑心が渦巻くこの状況を作り出したのは、たった一人の青年だと言うのだから信じがたい。

 

「ふふふ、皆さん思うがままに心を解放して下さっていますね」

 

 暴れ狂う者達の姿を見て慈愛の笑みを浮かべる青年、この青年こそが伝狂師。過去に二度の大事件を起こし、今日に至るまで姿を消していた異能犯罪者である。

 

「……おっと、大丈夫ですか」

 

 伝狂師は目の前で少女が転んだのを見て声をかける。

 

「う、うぅぅ……おかあ、おかあさーん!」

 

「おや、逸れたのですか?」

 

「ひっぐ、えぐ……うん、おかあさん、おかあさんがいないのー!」

 

 伝狂師は暴れ狂う者達を見る時と同じように、慈愛の笑みを少女に向ける。

 

「それは大変ですね。お母様はどのような方なのですか?」

 

 怒号と悲鳴が混じり合う異常事態の中、まるで平時と変わらない様子で青年は尋ねる。

 

「ひぐっ、えっとね」

 

 その落ち着いた様子に安心した少女は、泣きじゃくりながらも母親の特徴を答えた。

 

「ふむ、それなら見覚えがありますね」

 

「ほんとう!?」

 

「ええ、あちらの方に」

 

「……! お兄さんありがとう!」

 

 指差す方向を見ると、確かに母親らしき人物が居て、少女はパァッと顔色を明るくさせて一目散にそちらへ走っていく。

 

「……あの子のように、皆が心の解放を躊躇わない世の中にしたいものですね」

 

 そんな少女の姿を好ましそうに見つめた後、伝狂師は背を向けて去っていく。

 

「グガアアア!」

 

「……おかあさん?」

 

 後ろからは、少女の呆気に取られるような声が聞こえてきた。

 

(ふふ……あなたのお母様も、心の解放をさせてあげましたので)

 

 まるでそれが善行であるかのように、彼は清い笑みを浮かべる。

 

「さて、この調子で続けていきましょう」

 

 まだまだ救いを求める心はありますからねと、伝狂師は逃げ惑う民衆の中へと消えていく。

 

……少しして、そこから新たな怒号と悲鳴が生まれた。

 

▼▼▼

 

「クソッ! ここもかよ」

 

 伝狂師による一般人の暴動が発生しておよそ十分、アルファは進行方向で数人が暴れ回ってるのを見て思わず悪態を付いた。

 

「ね、ねえアルファ、大丈夫だよね?」

 

 アルファに連れられてる緋雨は、目の前の暴動に……肌で感じる圧倒的な暴力に怯える。

 

「……っ、安心して下さいお嬢。お嬢の身は必ず自分が守りますので」

 

 恐怖で体を震わす彼女に、アルファは安心させるよう平静を心掛けて言葉を掛ける。

 

(とりあえずこっちはダメだな、あと他で下に降りれそうな場所は……)

 

 その裏では、どうすれば緋雨を外へ逃がせるかを急いで考えていた。

 

(あーチクショウ、ベータが居ればやれる手も増えるんだが)

 

 ガンマから伝狂師の存在を聞かされた後、アルファとベータはすぐに緋雨を外に連れ出そうとした。しかし、

 

『でもまだ流星が!』

 

 そう言って緋雨はトイレに行ったきり戻って来ない流星を心配した。

 電話して聞こうにも彼女のスマホからは繋がらず、ガンマの異能で流星の居場所を確認して貰おうとも思ったが、彼女も彼女でこちらへ向かいに車を走らせていたので異能が使えない。

 

 アルファは心配する彼女を安心させる為、ベータに流星を見つけて外へ連れ出すよう言ったのだが、

 

(そのせいでこっちがピンチになっちゃあ本末転倒だっての)

 

 彼らの仕事はあくまで緋雨の警護なのだ。本来なら彼女の意思を無視してでも全力で逃がす必要があった。

 

(一階まで降りたら強行突破も視野に入れるけど……ッ!)

 

 直後、アルファは耳鳴りがするのを感じた。

 

「お嬢こちらへ」

 

「へ?」

 

 アルファは緋雨の手を引っ張り身を寄せ、

 

「グガアアア!」

 

 数瞬の後、さっきまで緋雨が居た場所目掛けて男が飛び掛かる。

 

「───シュッ!」

 

 自身の異能『危機察知』による耳鳴りで、緋雨が襲われるのを事前に知っていたアルファは、その男を狙って回し蹴りを放った。

 

「グゲェッ!?」

 

 その蹴りは男の顔面へと命中し、男は鼻血を吹き出して後頭部から地面へ倒れる。

 

「グガガガ……!」

 

「おいおいこれで気絶しないのかよ」

 

 まだ意識があり、しかもまだ攻撃の意思を見せる男にアルファは戦慄する。

 

(耐久力の上昇、じゃない)

 

 確実に、しかし殺しはしないよう、アルファは男の頭部に一発蹴りを入れる。

 

「グベッ」

 

 小さな悲鳴を漏らした後、男は完全に意識を失った。

 

(痛みへの耐性)

 

 脳内麻薬という言葉がある。これは極度のストレスに晒されたり過度な運動をすると脳内に分泌されるもので、ストレスや痛みを和らげる効果がある。

 

 恐らく伝狂師により暴走させられた人間は全員、その脳内麻薬を分泌してる状態なのだろう。

 

「本当、厄介極まりない異能だな」

 

 一人一人がしぶとい上、決して戦意を衰えさせない。訓練された兵士に使っても理性を無くして力任せに攻撃するようになるから効果は薄いが、一般人に使う分にはほとんどデメリット無し。

 

 一般人を兵士、いや猛獣へと変える力。しかも正気に戻すには一度意識を失わせる必要があるときた。

 

「ったく、胸糞悪いったらありゃしない」

 

 彼らを無力化する為に痛め付けないといけない警官達には同情するばかりだと嘆くアルファ。

 

「さて、早くここから離れましょうかお嬢」

 

 しかし今のアルファに悲しむ時間は無い。一刻も早く緋雨を外へ連れ出す必要があるのだから。

 

「え、ええ」

 

 アルファは緋雨が歩きやすいよう抱き寄せていた状態から少し体を離す。

 

 

 

───その瞬間だった。

 

「ッ!」

 

 ピキピキという音と共に、視界の端で地面が凍り付くのが見えた。

 

「お嬢!!」

 

「きゃっ!?」

 

 咄嗟に緋雨を突き飛ばす。

 

「イタタ、ちょっと何を……え?」

 

 乱暴に飛ばされて尻もちをついてしまい、少し怒りが湧く緋雨だったが、その怒りも目の前の光景を見て霧散する。

 

「アル、ファ?」

 

 アルファの両脚が……凍りついていたのだ。

 

(クソッ! どうなってんだこりゃ!)

 

 徐々に氷で覆われていく体、しかしアルファはそれどころじゃ無かった。

 

(なんで、なんで『危機察知』が反応しない!?)

 

 もう腰まで凍ってるというのに、今すぐ死んでもおかしくないというのに、微かな耳鳴りすら起きていないのだ。

 

「お嬢! 逃げてくだ───」

 

 もう動く事もままならない。せめて放心している彼女に逃げるよう伝えなければと、そう思って声を上げようとするが、

 

「───」

 

 その前に、アルファは完全に氷漬けとなった。

 

「……なん、で」

 

 アルファは固まったまま動かない。凍った事なんて気付いてないかのように、自身の方に顔を向けて口を開いていた。

 

「あ、あああ」

 

 まるで死んでないかのようだ。……そんな筈無いのに。

 

「ああああ!」

 

 震えが止まらない。こんなにもあっさり人が死ぬなんて想像も付かなかった。

 

「……ゥゥウウ」

 

 その時、唸り声のような物が耳に入った。

 

「っ!」

 

 咄嗟に聞こえた方を向けば、そこには足元を凍らせる少女が居た。

 彼女の凍り付いた地面を辿ってみれば……そこには氷漬けのアルファが居る。

 

「……あなたが」

 

 緋雨は気付く。彼女がやったのだ。自分と同い年であろう彼女が……自分のボディーガードを。

 

「あなたが……!」

 

 許せない。これは異能犯罪者のせいだとか、彼女もまた犠牲者なのだとか、今の彼女にそんな事を考えれる余裕は無かった。

 

「あなたがアルファを!」

 

 ただ、親しい者を殺された悲しみと怒りだけが、彼女を支配していた。

 

「ガアアア!」

 

 少女もまた、獣のように声を荒げて緋雨を睨んだ。

 

……ここで流星が居れば、彼は気付くだろう。

 

『───あ、うちのクラスのランクA5の子だ』

 

 その少女が流星の学校で有名な強力な異能の持ち主、清城流奈である事を。

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