5月。新緑爽やかなゴールデンウイークだというのに、英梨々はビルの中で画材を選んでいた。美術部として表の顔を持つ英梨々御用達の場所だ。もちろんマンガ関連の道具も充実している。
今日の英梨々はゴスロリ調のレトロなプリンセスドレスを着ていた。色はやや青みかかった黒。ボタンは金色だがそんなには目立っていない。肩が丸くなっていて、ウエストラインも高めだ。特徴的なのはやはり大きなスカートだ。
コスプレ感がそんなに強いわけでもなく、金髪ツインテールの英梨々が着ているとお人形みたいで可愛くみえる。
本人も自覚はしているようで、髪には大きめの黒いリボン。うさぎの形をしたショルダーバックを合わせている。腕時計が小さいながらも凝っていて良い品なのが俺でもわかる。
で、何をこんなに英梨々について話しているかというと、英梨々はさっきからじっと油絵の具を選んでいるからだ。
「どうかしら?このブルー」
「どうだろうなー」
「開けてみないとわからないじゃないね」
「そうだけどなー」
英梨々が真剣に俺に話しかけているのかどうかはわからない。もしかしたら独り言かもしれない。一応は適当に相槌をうっておく。
『油絵具の蓋を開けないでください』と書いてある。それはマナーだ。しかし紙の色だけではわからないのだ・・・
「どれがいいかしら?」
「クサガへでいいんじゃないか」
「無難よねぇ・・・」
クサガヘは大手油絵具メーカーで、お手頃価格で商品を扱っている。初心にはおすすめだが、だんだんと詳しくなると他のメーカーにも興味を持ち始める。
英梨々があちこちのメーカーの青系統を集めて並べ、手にとっては光にあてて考えている。光に当てても中身が見えないし、分らないものを悩んでもしょうがないと思うのだが・・・どうしてこう買い物が長いのか。
俺がさっきから気になるのは英梨々のスカートだ。少し広がっていて形をつくっていることから、ワイヤーが入っているのだろうか。それにしてはもふもふと柔らかそうな上質の生地である。やや光沢がある。
「コバルトブルーヒューと・・・コバルトターコイズと・・・」
何やら英梨々がぶつぶつ言っているが、俺にはわからん。絵具の色は青とか緑とかそんな単純な物はなかった。
英梨々は空を綺麗に描きたいと言っていた。だから空色の青が欲しいのだろう。
英梨々が前かがみに絵具を選ぶたびに、お尻のラインが出そうだが、スカートはもふもふと膨らんでいるから体のラインはまったくでない。ということはやっぱりワイヤーが入っているのだろうか・・・
英梨々がブルー系の絵具を何本か選び、次に白色を選び始めた。こちらは種類はそんなにはない。白は用途が多くでかいものを一本買っている。その他にも白色を買うようだ。
「そのでっかい白だけじゃダメなのか?」
「こっちは混ぜる用なのよ。白を綺麗に発色するにはやっぱりいい白い絵の具を使わないと・・・」
「何描くんだ?」
「雲」
「ほう・・・そりゃ大事だな」
腰から上はけっこう体のラインがでている。ウエストはギュッと細いし、胸はまぁペタンコと言っていいだろう。多少パットでも入れれば良さそうだが、強調しない方がこの服には合っていると俺も思う。
英梨々がやっと白色の絵具を選び終えて、「次、筆」と言った。4本の絵具を買うのに実に2時間を費やしていた・・・
英梨々が筆を選び始める。俺としてはやることがない。いっそ上の階にある喫茶で時間でもつぶしていたいが、以前、英梨々が買い物している時に話しかけてきた物知りのおっさんがいたらしい。最初は愛想よく対応していたが、だんだんとムカついてきたらしい。英梨々としてはやっぱりじっくり1人で買い物がしたいのだろう。
そういうわけで、俺は対して役にたっていないようで護衛としての存在価値が一応はあるらしい。
それにしても、英梨々のスカートの膨らみが気になる。なんか仕掛けがあるのだろうか・・・
ちょっと触ってみたい気になるが、それじゃ変質者だ。別に英梨々を触りたいわけじゃにないのに、誤解は避けられない。
英梨々が筆を手に取ったり、説明を読みながら良いものを探している。たまに筆先を触って確認しているが、それはマナー的にはどうなのだろうか。
それにしても多くのメーカーが筆を作っていて、イタリア産のものもある。筆一本で一万円ぐらいするのがあるのだが・・・いったいどういうことだ。
ああ・・・スカートがめくりたい。いや、別に変質者的な意味じゃないよ?英梨々のパンツがみたいとかそんな邪な心はこれっぽちもないのだが、純粋にスカートの構造が気になる。
英梨々が筆を選んでいる。時間はゆっくり過ぎる。俺が無心でいるには長すぎる。
俺の前には金髪のツインテールがゆらゆらと煌めいていて、黒いワンピースの少女はもふもふとしたスカートを揺らしている。
「ちょっと、倫也なにしてんのよ!?」
「えっ、あっごめん」
「もう・・・」
つい、英梨々の長いツインテールを指先でくるくると絡めて遊んでしまった。だってやることないし・・・しょうがないと思うんだ。髪の毛を触るぶんにはそこまで変質者じゃないだろう。セーフだよね。
「英梨々の髪って見た目よりもずっと柔らかいよな」
「これでも手間かけてるから当然でしょ」
「金髪って硬そうにみえるじゃん」
「それ、あんまり褒め言葉になってないわよ?」
「いや、シルクみたいでツヤツヤして綺麗だと思うぞ?気にせずに筆を選んでてくれ」
「気になるわよ」
両手でツインテールで遊んでいたら、流石に英梨々に怒られた。しかし、このままぼんやりとしていると、スカートに意識がいって過ちをおかしそうなのだ。
※ ※ ※
会計で2万円を超えていた。品数はそれほど多くのないのにこの金額である。英梨々は驚きもせずにカードで決済を済ませる。
「買い物付き合ってくれたお礼に、何かおごってあげるわよ」
「じゃあ、ジュースで」
「そんなんでなくて、マッグのセットでもいいのに」
「とりあえず、上のフロアで少し休めるみたいだし、上行こうぜ」
「別にいいけど」
エスカレーターを使わず、非常口からフロアの外に出て階段を登っていく。展示コーナーと、自販機と、ベンチが置いてあった。周りに人はいない。あとは奥に喫茶店がある。
俺は自販機の前に立ってドクペを買った。英梨々は「喫茶店でいいのに」と言ったが、結局水を買っていた。
「だって、2人で喫茶店入るぐらいなら、もう一本油絵具買えただろ」
「そうだけど、それは別問題でしょ」
「俺はこれでいいよ。コンビニの菓子パンでもあれば尚いいけどな」
金持ちのお嬢様の英梨々といると金銭感覚が狂ってしまう。だからこそ俺は中二らしく庶民的に生きるようにこころがけていた。
2人で並んで木製のベンチに座る。屋内のなんでもない廊下に置いてあるのは少し違和感がある。通路が狭いせいだろう。
英梨々のスカートは別にすごく弾力があるわけではないらしい。ちゃんとベンチ座ることができた。一体どうなっているのかとても気になる。
「倫也、何をじぃーと見ているのよ・・・まさか・・・」
「いや、別に変な目で見てねぇよ」
「ニーソフェチに目覚めたかしら?」
確かに英梨々は黒ニーソを履いている。レース模様でオシャレだ。靴もそれに合わせて黒のエナメルなので徹底していた。
「そういえば白ニーソじゃないんだな。そういうゴスロリ系って白黒なイメージだけど」
「襟や袖先が白いレースを合わせているタイプなら、白ニーソがいいと思うけど、これはそこまでゴスロリファッションじゃないでしょ?」
「そうだな。ちょっと小悪魔系?」
「そのつもりもないけど・・・黒で統一した方がカワイイじゃない」
俺にはよくわからん。ただ黒で統一すると英梨々の金色の髪はとても目立つからより綺麗だとは思う。口には出さない。
今ならファッションの話だし、流れの中から聞いてもおかしくないかな。
「なぁ・・・英梨々。その服のスカートってどうなってるんだ?」
「どうって何がよ?」
「ちょっと立って見ろよ。なんかモフモフと広がってるだろ」
「ああこれ?」
英梨々が目の前に立った。くるりと回るとスカートはひらひらと揺れるが形はあまり崩れない。
「ワイヤー?」
「あんた、そんなことが気になってたの?」
「すまんな・・・」
「ふふっ、秘密」
「ならいいよ・・・」
結局わからず仕舞いか・・・だが、ヒラヒラとしているスカートが気になる。今は目の前にある。
「そういえば・・・俺も右手に邪神がっ!」
「はっあんた何いいだすのよ!?・・・きゃっ」
目の前のスカートの裾をつかんで少し捲し上げてみる。下着が見えない程度にだ。
「バカっ!何すんのよ変態!」
「これ、邪神のせいだから・・・」
「だったら、最後まで躊躇なくめくりなさいよ。だいたいそういうところで小心者なのよね」
「めくった方が良かったのかよ・・・」
「そうは言ってないわよ」
・・・というか、見えなかった。なんか白いモフモフしたスカートをさらに履いていた。
「英梨々、スカートにスカート履いているのかよ」
「はぁ・・・」
英梨々が深いため息をついた。まぁそうだろう。
「通報するわね」
そういって、英梨々がスマホを取り出した。
「待て。今のは邪神のせいだから」
「はぁ?あんたバカなの?倫也が宿したのは邪眼だったでしょ」
「・・・そうだっけ」
そういえば先月にそんなことを言った気がする・・・よく覚えているなぁ。
「まったく。これはパニエっていって、スカートの下に履くものなのよ。バレリーナとかはもっとモフモフしたものを身に着けるけど、これはそこまでじゃないわね」
「へぇ・・・」
「納得したかしら?」
「はい・・・」
「じゃ、通報するわね」
「待て・・・」
「何よ。どうするのよ?謝ってすむと思っているの」
「わかった・・・英梨々。お前には俺の秘密を教えよう」
「何かしら?」
「実は俺…右目に邪眼を宿しているんだ」
「それで?」
「俺は今からその能力を発動させる。それが真実だったら、お前は俺を許す。それでどうだ?」
「ふーん。で、邪眼で何が見えるのよ」
「お前の下着の色」
「・・・バカなのかしら?」
許可を取っている場合ではない。ここは悪ノリのまま乗り切るしかない!
俺は立ち上がって、ポーズを取る。体をくねらせたJOJO立ちに、右手で仰々しく左手を隠した。
英梨々はのんびりと座って、水を飲んでみている。なんのツッコミもないのも寂しいものだが、やりきってみせる。
「解放せよ。我が瞳に宿りしアポローンの力!」
ちなみにアポロンはギリシアの神で太陽神として有名だか、託宣の神でもある。未来予知ができるので巫女が神託を聞いた。カサンドラの話が有名だ。
俺は片目でじぃーと英梨々を見つめる。
・・・見つめるが、英梨々の黒い服からは下着の色は透けて見えない。こうなったら、推理して当てるしかない。
なんか知らんが、英梨々が顔が赤くなってきてモジモジと照れている。どちらかといえば俺の方が照れたい。
1・今日の色は黒。次いで金色だ。金色の下着は考えられないので、黒。これは本命だろう。
2・しかし、白は捨てがたい。外側は黒、中側が白は十分に考えられる。パニエだって白かった。
3・白か黒の二択と思わせておいて、基本を外さないのが英梨々だ。今日のゴスロリ系ファッションに英梨々がオタクの煩悩に逆らうわけがない。
4・それに、今日は空と雲。そう水色と白だ。
ゆえに、結論は出た。
「今日の英梨々。お前の下着のカラーは・・・白と水色のストライプだ!」
しばしの沈黙のあと、英梨々の顔が真っ赤になって下にうつむいた。ぷしゅ~と湯気の立つ効果音がなりそうなぐらいだ。
「どうだ?!?」
英梨々が黙っている。あれ、間違えたかな。だが、この反応は正解だろう。
「ちょっと・・・あんたいつスカートの中覗いたのよ。この変態!」
「いや、覗いてないからねっ!?」
「じゃあ、なんでわかるのよ!」
英梨々が照れ隠しで怒ったふりをしている。耳まで赤い英梨々も珍しい。
「ふっ・・・これが右目に宿りし邪眼の力さ。他に説明のしようもないだろ?」
英梨々が口をとがらせて考えている。この表情もなかなかレアで可愛かった。
(了)