くだらないことをくだらないと切り捨てるのではなく、素直に受け入れるのは人生のささやかな楽しみ方かもしれない。
今回はタイムリープを試みる倫也の話。
6月の日曜日。梅雨らしく雨の日が続いている。傘をさして駅前まで買い物にでかけ、今戻ってきたところだ。買ってきたものを冷蔵庫にしまう。
午後には英梨々が遊びに来る予定。俺らの中で流行っている『中二病ごっこ』は、いつもくだらないことばかりだが、最近の英梨々は名探偵に扮している。
名探偵といっても、チェック柄の黒いベレー帽をかぶり、大袈裟な虫眼鏡をもっているだけで、特に際立った名推理は披露していない。
英梨々が探偵になったのにはきっかけがある。
この春から伊織の妹が入学してきて、今は英梨々の後輩として美術部に入部している。出海ちゃんは英梨々のことを尊敬しているらしく、2人の仲は良好のようだが、問題も多少ある。
出海ちゃんが積極的で2学年の俺らの教室まで遊びに来ることがある。俺と英梨々は学校では一切口をきかないし、俺と英梨々が幼馴染で仲がいいことは秘密だ。伊織も出海ちゃんも気が付いていない。
一方で英梨々は、俺と出海ちゃんに面識があることを知ってしまった。教室にやってきた出海ちゃんが美術部の用事で英梨々と話した後、俺のところにも来て、雑談をすることがあるからだ。
英梨々の追及に対して、俺は別に嘘をつく必要もないので、出海ちゃんの勉強をみていたことを素直に話す。伊織と遊んでいるうちに仲良くなっただけだ。やましいことはない。
英梨々が探偵に扮したのはその頃で、俺の部屋のあちこちを調べている。いったい何を調べているのかわからないが・・・「伊織や出海ちゃんが部屋にきたことはないよ」と伝えると多少は落ち着いた。疑り深い。
そういうこともあり、引くに引けないのか英梨々の探偵ごっこは続いている。
俺としても何か面白い『中二病ごっこ』がないものかと悩んでいたが、今日はタイムリープに挑戦してみようと思う。
タイムリープというのは、時間を遡ってやり直すことだ。もちろん実際には時間は遡れない。しかし、相手には俺が遡ったことにすることは可能だ。未来予知っぽいことをすればいい。
※ ※ ※
英梨々が昼ごはんを食べ終わった頃にやってきた。
部屋でサイトの更新を一緒に話し合いながら行う。
英梨々は柏木エリ名義でイラストを投稿している。ファンの数はまだまだだけど、少しずつ増えている。俺のサイトはラノベ紹介サイトでこちらも順調にアクセス数を稼いでいた。
「なんかいまいち伸び悩むわよね」
「四桁もファンがいれば十分だろ。こういうのはどこかでブレイクすればラッキーなんだよ」
「ピクシボの方だと5桁アクセスがあるんだけど、登録はしてくれないのよね」
「拡散で踏むだけの人もいるからなぁ」
ほぼ愚痴である。英梨々の絵が上手いとはいえ、まだ中2である。トッププロや人気イラストレターの画力には届かないのは当然で、その辺はファンの素人もシビアだ。
あまりユーザーに媚びないのも特徴だろう。流行りのアニメのキャラを描けばもっとアクセス数は稼げるはずだ。俺のラノベの感想だって人気作をベタ褒めした方がいいかもしれない。
でも、自分達でやりたいことをあせらずにコツコツとやっている。
一段落したので、そろそろタイムリープをしようと思う。
「さて、そろそろ行くか・・・」
「えっ、どこによ?」
「ああ、そっか。英梨々は俺がタイムリープしているの知らないんだっけな」
「はぁ?」
俺は立ち上がった、時刻は14時を回ったところだ。
「駅前に洋菓子屋がオープンしただろ?おやつの時間に英梨々と買いに行ったんだがな・・・」
「何言ってるのかしら?」
「15時からの限定品があってだな・・・買い損ねたんだ」
「・・・いつ?」
「今日」
「そんなことであんたわざわざタイムリープしてきたの?」
「ん・・・そうだよ」
さっき駅前で広告をみた。オープンから日数が経っていないのでまだまだ人が並んでいた。15時からの限定品なら早く並ばないと買い損ねるだろう。
「ふーん。じゃ、行こうかしら」
「信じる?」
「何を?」
「タイムリープ」
「少なくとも、15時からの限定品販売の件は信じるわよ」
「・・・だよな」
英梨々は卵色の淡いシャツにデニムのオーバーオールを着ている。透き通った無色のレインブーツには、カラフルな水玉模様が散らばっていた。このシリーズの長靴を英梨々はずっと愛用している。サイズは変えているが大事な思い出の品だからだと思う。
玄関から出て、英梨々は空を眺めている。どんよりとした暗い雲がみえ、雨脚はそれほど強くない。
「並ぶかしら?」
「たぶん」
「だったら、傘は一つでいいわね」
英梨々が俺に青い傘を渡し、自分の傘は傘立てに戻した。
「傘があるのにわざわざ相合傘しなくてもいいだろ・・・」
「はぁ?なに勘違いしているのよ。別に相合傘したいわけじゃないわよ。二本差したら並んでいる時に邪魔になるでしょ。少しは人の迷惑も考えなさいよ。バカ」
「そうだな・・・」
商店街はアーケードなんで並んでいる時には傘は差さない・・・などと野暮なことは名探偵様には言わない方がいいだろう。
俺が傘をさすと英梨々が横に並んだ。傘の中は少し狭い。もちろんとても緊張する。こんなに近いのにいつもみたいにしゃべることができなくなる。英梨々は前を向いたままで、足取りだけは軽い。レインボーブーツが水をはじいていく。
なんだか懐かしい気分になる。大きくなってからは俺は長靴を履かなくなってしまった。今だって普通のスニーカーだ。
英梨々はレインボーブーツでわざと水たまりを歩いて波紋を作っている。隣に歩いている俺はもう濡れないことを早々と諦めていた。
あの日も雨だった。それだけは確かだ。引っ越しで幼稚園に転園してきた英梨々は、綺麗な透明の長靴を履いていた。みんなが持っているのは青か赤の分厚いゴムの長靴だ。もちろん緑や黄色のものもあったとは思う。でも分厚いゴムのいかにも長靴って感じのものをみんなが履いていた。
みんなは英梨々の金髪が珍しかったようで、それで騒いでいた。頭の上にちょんと二つほどリボンを結んでいて、周りの子よりも小さかった。英梨々はほとんどしゃべらず、母親の後ろから先生の後ろへ隠れてからは、泣くのを必死に我慢しているので精一杯の様子だった。
俺はというと下駄箱にある英梨々の靴を一人で眺めていた。
「はぁ?あんたバカなの?変態?靴フェチとかサイテー」などと英梨々はなじるようなことはしなかった。
帰りのお迎えの時間まで英梨々はいなくて、その日はみんなよりも早めに帰った。もしかしたら母親の小百合さんもどこかにいて、待っていたのかもしれない。
玄関に座って長靴を履く英梨々をみんなが遠まわしに見ていた。
俺だけ玄関に先にいたので、英梨々のそばにいた。
「その長靴、かわいいなっ!」俺はちょっと興奮してそういった。スケルトンに憧れない少年はいない。透明の長靴とかマジかっこいい。
英梨々は何も言わずに、不思議そうにこっちをみた後に、その日初めて笑った。八重歯がちょっとだけ見えた。
・・・
「・・・倫也っ・・・倫也」
「んっ?なんだ?」
「アーケード内で傘は必要ないわよ」
「ああ、そうだよな・・・」
俺は傘をたたんだ。ずいぶんとぼんやりと歩いていたようだ。
「なにをぼっーとしているのよ」
「ちょっと考え事をだな・・・」
行列はそんなに長くなかった。雨のせいだろう。15時まではまだ時間があった。店員さんが店の外にでて限定品の整理券を配っていたので、英梨々はそれを受け取って、その場を離れた。
少しの時間をつぶすために文房具屋で買い物をする。
店に戻ると行列はなくなっていた。商店街の人通りも少ないし、やはり雨の日は外にでないのだろう。
店にはいってショーウインドーを確認する。
「なぁ英梨々・・・俺、タイムリープできるっていったよな」
「言ってたわね。でも、ちゃんと買えそうじゃない」
「いや、それはいいんだけどな・・・」
限定品のスペシャルいちごのショートケーキが、普通のものとデザインがぜんぜん違っていて大きかった。
英梨々が限定ショートを選び、俺はモンブランにした。
※ ※ ※
家に戻ってきて、英梨々が手を洗っている間に、俺はタイムリープの工作をする。といってもつまらない冗談みたいなものだ。
まずは午前中に買いに行って冷蔵庫にいれたケーキを取り出し、今買ってきたものと取り替えた。
そしてテーブルの上に箱を置き、皿とフォークを用意した。飲み物はTパックの紅茶でいいだろう。
英梨々がテーブルに座って待っている。できた紅茶を運びつつ、「それにしても残念だったな」と言った。
英梨々はきょとんとこちらを見上げて、「何がよ?」と聞いてきた。
「ほら、限定品だよ。売り切れて買えなかっただろ」
「はぁ?あんな何言ってんのよ、買ってきたでしょ」
「何を?」
「何をって、限定品のケーキをよ」
「英梨々何言ってるんだ?」
俺はあくまでもすっとぼけてみせる。紅茶の入ったマグカップを英梨々の前に置いた。英梨々は砂糖もミルクもいれない。
「倫也こそ何言ってるのよ」
「あんなに並んだのにな」
「並ばなかったでしょ」
箱は英梨々に開けさせたい。けれど、「箱を開けてみろよ」などいうのはいかにも胡散臭い。俺はじっと紅茶をすすって機をみる。
「なんか、英梨々の様子がおかしいけど、大丈夫か?」
「それは倫也でしょ」
そう言いながら、英梨々はケーキの箱を開け始めた。中にはショートケーキと、アップルパイが入っている。
「あれ・・・?お店の人間違えたかしら?」
「どうした?」
「ショートケーキとアップルパイがはいっているのよ」
「そりゃそうだろ。ショートケーキとアップルパイを買ってきたんだから」
「はぁ?あんた何言ってるのよ」
「いやいや、英梨々こそ何言ってるんだ?」
英梨々が箱をじっとみている。
「食べようぜ」そういってアップルパイを取って皿の上に置いた。
「・・・」英梨々は黙っている。
「どうした?」
「限定品買ったのに」ちょっと涙声である。
ん・・・どうやらケーキにこだわりがあるよりも、『限定品』という言葉に弱かったか。オタクの心をくすぐる魔法の言葉だからな。
「限定品ってなんだよ?」
俺としてはこのまま英梨々が気が付くまで白を切るつもりだ。まさかこのままパラレルワールドを信じることもないだろう。
「限定品のショートケーキよ。イチゴだってこんなトツオトメじゃなくて、大粒のアマジョオウだったのに・・・」
口をとがらしている。
「そんなの売ってたか?」
「だから、限定品の整理券をもらったでしょ」
「いや?何の話しているんだよ」
「あっ、倫也、タイムリープしているって言ってたわよね?」
「そんな話した記憶ないけどな」
「言ってたわよね。『限定品が買えなくなるから早く買いに行こう』って」
「記憶にないな・・・ほれ、とりあえず食べろよ」
普通のショートケーキを皿にのせる。
「倫也、嘘ついてないわよね?」
「何の?だよ。もぐもぐっと・・・お前もアップルパイ少し食う?」
「いらないわよ。あんたまさか、1人で限定品のケーキ食べるつもりじゃないでしょうね」
「どこにあるんだ?買えなかっただろ」
1人で食べるつもりはない。英梨々が気が付けばいいだけの話だ。別に隠していないので、冷蔵庫を開ければすぐに見つかる。
「なんか・・・あたしがおかしいのかしら・・・」
英梨々が話を信じはじめた。まさかアニメの観すぎで現実と妄想の区別がつかなくなったか・・・
「帰る」
「ケーキ食わねぇの?」
「うん。食べたかったのと違うし、倫也が食べていいわよ」
そう言って英梨々が立ち上がった。
俺としても信じてもらえるとは考えてもみなかったので、ネタバレするタイミングを考えていなかった。
「ねぇ倫也」
「ん?」
「あたしのために、タイムリープして限定品買ってきなさいよ。あっちの世界のあたしが待ってるから」
「分かった。で、どうやってタイムリープするんだ?」
「そんなのあたしが知るわけないでしょ」
うーん。このまま帰られても後味悪いし、ネタバレするにバカバカしいし。だいたい英梨々は『名探偵』設定なのだから、ずばっと解決して欲しいものだが、本人はショック受けすぎて設定をすっかり忘れているようだ。
英梨々が玄関にとぼとぼと向かっていったので、俺はリビングのテーブルのケーキを箱にしまって、冷蔵庫のケーキをテーブルの上に置いた。これで元通り。
レインブーツを履いた英梨々が玄関の扉を開けて、外へと出たところで、俺は呼び止める。
「英梨々。どこに行くんだ?」
「帰るのよ」
「なんで?ケーキは?」
「さっきいらないって言ったでしょ」
「いや、聞いてねぇぞ?」
「はぁ?あんたバカなの?なんなの?」
「せっかくの限定品なのに」
「ちょっと待ちなさいよ。なんで限定品があるのよ」
「なんでって、あ・・・そうか・・・」
「何よ」
「こっちの英梨々は知らないんだな。俺がタイムリープできることを」
「いや、知ってるわよ?信じてないけど」
「英梨々に頼まれて、買ってきたんだけどな」
英梨々が不審そうに俺をみて、考え込んでいる。
「玄関もなんだから、とりあえずあがれよ」
「なんだか狐につままれた気分ね」
というか、早く気が付け。
テーブルに戻った英梨々は箱を開けて限定品のショートケーキを確認した。それを皿の上に置く。
笑顔がようやく戻って、ニコニコしていて可愛い。やっぱりあんまり英梨々をからかうものじゃないらしい。
「紅茶冷めかけているけど、淹れなおそうか?」
「いいわよこれで。ちょうどいいじゃない」
「じゃ、そういうわけで、食うか」
モンブランを皿に乗せて、「いただきます」をした。
英梨々は大粒のイチゴを口にほおばっている。幸せに食べる姿は見ていて気分がいい。
「ありがとね。倫也」
「何がだ?」
「こんなくだらないことのために、タイムリープしてくれて」
「ああ、別に大したことしてねぇよ」
タイムリープを信じてくれる英梨々の脳みそが少し心配だが、満足してくれたならわざわざネタバレをしなくていいだろう。
「それにしても、手が混んでいるわね」
「その限定ケーキか?」
「違うわよ。倫也のタイムリープ」
「どういうこと?」
「だって、午前中にケーキ買いに行ったんでしょ」
・・・こいつ。
「気づいてたのかよ!?」
英梨々がおかしそうにクスクスと笑って立ち上がって、冷蔵庫からもう一つのケーキ箱も持ってきた。
雨が静かに振る平和な日曜日の事だ。
(了)